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恋しくなったら偽物で

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俺はノヴェムを連れてアキの部屋に向かった、アキの機嫌を治したかったし二人に仲良くなって欲しかった。
アキとノヴェム、同時に構うのは不可能だった。片膝ずつ座ってもらうまではよかったのだが、二人とも俺の視線を奪い合い、話しかけ合い、アキはノヴェムを俺の膝から下ろそうとしノヴェムは泣き喚き、散々だった。

「翻訳係として居て欲しいけど……まぁ英語なら何とかなるし、アキの方は頼むよ」

「何とかなってねぇだろ」

幼く、すぐに泣いてしまうノヴェムを俺が優先してしまうのが身に染みたようでアキは俺を諦める形で俺から離れたが、代わりとでも言うようにセイカを抱き締めて離さなくなった。

《ちくしょう……兄貴取られたぁ、俺と同じで言葉通じない系で、でもアンタら的にはロシア語より簡単な英語使いで俺より歳下で…………上位互換じゃねぇかよぉ! んだよ、乗り換えるつもりかよぉっ、兄貴のばかぁ……》

ぐずる姿は俺から離されて泣くノヴェムと変わらない。アキはやはり歳の割に精神が幼いと思う、人との関わりが少ないからだろうか。

《ちっちゃくて簡単に持てて、どうとでも出来る弟のがよかったんだろ! 俺と違ってそいつなら昼間でも外連れ出せるしな。そんだけちっちゃけりゃ俺よりずっと締まりいいだろうしよぉ! そっち弟にしてろよばーか! 兄貴のばーか!》

「いざとなればスマホで翻訳するし……じゃあ、しばらくアキの相手頼むな、セイカ」

「……あぁ、うん……その子、今日の晩には迎えが来るんだよな? その後は秋風にいっぱい構ってやってくれよ、お前が思ってるより落ち込んでるから」

怒っているのではなく、落ち込んでいる? 気になってアキを見つめてみると、彼はふいっと顔を背けてしまった。拗ねているようだ。

「うん、今日の夜はたっぷり……じゃあ俺向こうでノヴェムくんと遊んでくるから」

リビングに戻り、ノヴェムをソファに下ろす。さて、八歳児の遊びとは一体……オモチャなんかないしな、ゲームでいいかな。

「ノヴェムくん、ゲーム出来る?」

俺は彼がゲームに慣れていてもいなくても出来るよう、アキと遊んだ時と同じようにスポーツ系のゲームに誘った。

《ゲーム……ノヴェム一人じゃないのはじめて、パパあそんでくれないから、ノヴェムいつも一人》

「プレイはそのままゲームで遊ぶって意味だよな、お父さん……? って言ったか? うぉんとぅーぷれい……だから、遊びたい……? んん?」

何故父親という単語が出たのかは分からないが、とりあえずゲームには乗り気のようでよかった。細い手首にしっかりとストラップを取り付け、コントローラーが手からすっぽ抜けても吹っ飛んでしまわないようにし、ゲームスタート。まずはチュートリアルからだ。




ノヴェムはゲームを気に入り、日暮れ前まで遊び続けた。しかし次第にふらふらし始め、目を擦るようになったので膝に乗せてソファに座った。

「おねむか? ノヴェムくん。すりーぴー?」

「あいむ、すりーぴー……」

俺の胸に頭を預けて数秒後、ノヴェムは寝息を立て始めた。何という寝付きの良さ、羨ましい。子供の体力は無尽蔵だというのはよく聞く話だ、今日それを実感した。正しくは、子供にも体力の限界はあるが疲労を感じることはないのか限界が来るまでトップパフォーマンスを保つ……と言ったところかな、なんて考えたりもした。

「……暑いな」

これが本物の子供体温か。太腿や腹や胸が汗ばんできた。

「ミフユさん……これくらいだったな」

背が低く童顔で声が高い、その上体温も高いと付け加えておこう。

「カンナも割と体温高めだよなぁ」

ちょっとしたことですぐに真っ赤になる照れ屋な性格のせいだろうか、初めはそんなふうに思っていたけれど、よくよく考えれば背中などは火傷によって汗腺が損傷してしまっているだろうから、汗をかけなくて体温の発散が鈍いのだろうと分かる。体温が高いことをチャームポイントとして本人に言っていいのか悪いのか判断が難しいところだ。

「よいしょ…………ふぅっ」

そっとノヴェムをソファに下ろし、タオルケットをかける。熟睡を確認したら足音を殺してアキの部屋へ走った。

「アキ、お待たせ!」

今日はノヴェムの方が幼いからと彼の方ばかり優先して、俺に構って欲しいだけのアキをまるで厄介者のように扱ってしまった。謝って許してもらえたら、うんと可愛がってやらなくては。

「んっ……ん、ぅ…………にーにぃ?」

アキはベッドの上にぺたんと座り、セイカにもたれかかっていた。その手は共に下半身に伸びており、ズボンと下着はベッドの下に落ちていた。

「鳴雷、おかえり。ガキは? 帰ったのか?」

「寝たから……ちょっと様子見に来たんだけど、えっと……」

説明を聞くまでもなくアキは自慰中だ。

「…………誕生日に型取りして作ったの使ってんだよ。お前が恋しくてな」

「アキぃ……!」

なんていじらしい。上気した頬に伝う涙が愛おしい、胸が締め付けられる。どうして俺はこんなにも可愛い弟を、恋人を、放置してしまったんだ。いや、仕方なかったんだ、近所の子供の世話を言い付けられたのだから。聞き分けの悪いアキが大人げなかったのだ、でもそんなことどうだっていい、俺が悪かった、両手をついて謝ろうじゃないか、そしてその愛おしげに咥え込んだ偽物を本物とすり替える許可を乞おう。

「ごめんなアキ、ほったらかしにして……」

三つ指をついて頭を下げる。下げたままずりずりと前へ進み、ベッドに頭をぶつけたらゆっくりと頭を上げ、アキの足の甲に口付ける。

「埋め合わせをさせてくれないかな?」

アキは僅かに身体を起こし、困ったような顔でセイカを見上げる。

《……何だよ。ほったらかしてごめんって、埋め合わせさせてくれって言ってるぜ、ヤらないのか?》

《…………もう、兄貴なんか知るかって、兄貴が俺から乗り換えるんなら、俺も兄貴捨ててやるって……なのに、なのにぃ……来てくれたら嬉しいばっかで。怒ってやるつもりだったんだ、今更遅いって、謝ったって許してやんねぇって、他のヤツに構わねぇディルドの方がいいって言ってやろうと思ってたのに……全然ダメなんだ、嬉しくて……今すぐ抱きつきたくて》

《乗り換えるつもりなんて多分ないって何回も言ったろ俺。いいじゃん、嬉しいんなら素直に抱きついてやれば。鳴雷もきっと喜ぶぜ》

《そんなちょろいのやだぁ……兄貴は俺のことキスで騙してどかすくらい雑にするくせに、俺はすぐ許すなんて……俺ばっかり、兄貴のこと好きみたいじゃん》

何を二人で話しているんだろう、アキは俺を許してくれないのだろうか。

「……アキ」

子供を優先するのは当然だろうとか、そんなふうに開き直る気はない。同時に構えなかったシングルタスク脳を、分身の術を使えない不甲斐なさを、分裂出来ない生態を、悔いるのみだ。
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