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お土産と贈り物
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俺の食事が終わった頃、ようやくやってきたアキの髪はしっかり乾いていた。どうせまた濡れネズミで現れるのだろうと思っていたけれど、ちゃんと俺の話を聞いていたようだ。
「今温め直すからな」
俺の言うことをちゃんと聞いてくれたからか、温め直す手間も手間と思えない。素直なアキが可愛くて仕方ない。
「いただきー、ます?」
「合ってる合ってる。どうぞ、アキ」
食事を始めたアキを横目に皿を流し台へと運び、一旦水に漬けて義母への土産を取り出す。
「葉子さん、これ旅行のお土産です。俺とアキから」
アキは金を出すどころか選びすらしていない土産を義母に渡す。
「え、お土産? ありがと~! 唯乃ももらった?」
「私のはバームクーヘンだったわ。一人で食べるには多いし、アキが食べ終わったらデザートにしましょうか」
「五等分難しくない……? 唯乃なら出来るか、頑張って」
土産が好感触だったことに安心し、皿を洗っている最中、義母が部屋に戻って可愛らしい紙で包装されたプレゼントを持ってきた。
《アキ、私からのプレゼント》
《おー……ありがとよ》
プレゼントを受け取ったアキは嘘臭い笑顔を浮かべ、包装紙を破いて中身を出した。部屋着の上下セットのようだ。
《ピンクってお前……嫌味か?》
《何でよ。似合うと思って買ってきたの。室内なら別にUVカットのじゃなくていいんでしょ?》
淡いピンク色と白のボーダー柄の可愛らしい服だ。とても可愛らしいけれど、アキの趣味ではなさそうだ。
《一応礼は言っとくぜ》
《何よその顔、せっかく買ってきてあげたのに。ホント愛想のない子。水月くんならもっといい反応したんだろうなー……私も水月くんみたいな子が欲しかった》
舌打ちとため息の後、アキはプレゼントを机に置いたままセイカを小脇に抱えて部屋へ戻ってしまった。
(え……えぇえアキきゅん!? どうしたんですかアキきゅんっ、その態度はやべぇでしょ……!)
趣味に合わない物をもらったからと言って、それを放置して舌打ちとため息まで残して帰るなんて、酷過ぎる……いや、アキがそんなことするだろうか? 素直で正直で、それが過ぎるところはあるけれど、あんな態度を取るとは思えない。俺には分からない言語での会話に答えはあったのだろうか。
「何よぉ……私何か悪いこと言った?」
「……マジで言ってる?」
「え? うん……マジでって何よ、冗談っぽいことなんか私言ってないのに」
俺は皿洗いを手早く終えてダイニングへと戻った。
「母さん、俺ちょっとアキの様子見てくるね。葉子さん、プレゼント届けてきます」
「ありがとー。水月くんホントいい子。唯乃いいなぁ……」
部屋着を抱えて窓を開け庭を突っ切りアキの部屋へ。アキはベッドに座ったセイカの太腿に頭を乗せ、顔を腹に押し付けていた。
「セイカ、アキ……どうしたんだ?」
「あー……ご機嫌斜めだから、ほっといてやってくれ。そのうち戻るよ」
「そのうちって……」
部屋着を一旦床に置き、ベッドの前に膝を着いてアキの頭を撫でる。セイカは「ほっとけと言ってるのに」なんて言いたげな顔で俺を見下ろし、呆れたようにため息をつくとタブレットを弄り始めた。また勉強か? 真面目だな。
「アキ……プレゼントそんなに気に食わなかったのか? だからってあんな……いや、違うよな、アキはそんな子じゃない。どうしたんだ? お母さんとどんな話してたんだ? 俺分かんなくて……」
柔らかい髪を慈しむように指を動かしていると、アキが鼻をすすって身体を丸め、セイカの身体に強く抱きついた。服に爪を立てている。
「アキ……」
《向こう行けよ、心配してくれてんだろうけどいらねぇ。自分が情けねぇだけだ、とっくの昔に見限ってやったはずのババアにちょっと言われただけでっ、こんなに……! ふざけんなよ、クソ……ちくしょう、クソババアっ、俺だっててめぇなんかいらねぇんだよ……!》
内容は分からないけれど、声は泣きじゃくる子供のものだ。怒りと悲しみを混ぜた、折り合いをつけられない子供のもの……あぁ、愛おしい。俺の弟はこんなにも幼い。可愛い。守ってあげたい、ただ見守っていたい、俺に依存させてやりたい、一人でも生きていけるように育ててやりたい。
《血も繋がってないあんな女に必要とされてなくたって、兄貴も兄貴の男共もみんな俺の誕生日祝ってくれたんだ、十一人が俺が生まれたことを肯定してくれた……あんな、女一人にっ、失望されたくらい……なんてこと、ないっ》
「……セイカ、アキ……なんて言ってるんだ?」
「なんてって……うーん……」
翻訳が難しい表現なのだろうか。試験が近いのに勉強を邪魔しない方がいいかな、でもアキが……
《……兄貴は、いいなぁ……母親と仲良くてさ》
「うわめっちゃ分かる。鳴雷んとこ理想だよな」
「えっ?」
「あ、違う。日本語とロシア語間違えた」
アキへの返事だったのか。いや、言語を間違えることなんてあるのか? 俺には分からない感覚だ。
「理想かぁ……ふふ、ありがと。理想の兄、理想の恋人になれるよう! いられるように! お兄ちゃん頑張るぞ。もちろんセイカにとっても理想で居たいぞ」
「そういうことじゃ……うん、まぁ、いいや。鳴雷は……そのままでいいよ、特に不満ない。理想とかそういうのは持たないようにしてるんだ、俺……理想押し付けて、理想と違ったからって……お前に酷いことしたから。鳴雷は鳴雷のままでいいんだ、俺はお前がまた激太りしたって、急に人生に絶望して俺をストレスの捌け口としてサンドバッグにしたって、喋りも動きもしなくなったって、鳴雷が鳴雷である限りずーっと愛してる」
「セイカ……」
「ぁ……ごめん、なんか語っちゃって。うん……秋風は、大丈夫。すぐ落ち着く……別の依存先見つけたって、産みの親に存在否定されんのはキツいから……でも、鳴雷が居るから、俺達は……鳴雷がいいから、鳴雷が居ればそれでいい。だから大丈夫、お前がそこに居てくれたら秋風はすぐに機嫌直すよ」
「…………分かった、ここに居るよ」
セイカはホッとしたような顔で頷き、タブレットに視線を移した。アキと義母の詳細な会話の内容もアキの嘆きの内容もセイカは教えてはくれなかったけれど、産みの親に存在否定──という重たい言葉が出て、何となくアキの不機嫌の理由が分かった。
「……よしよし、お兄ちゃんはここに居るよ、アキ」
そして、セイカが詳細な説明や翻訳をしたがらない理由も分かった。セイカの母親との関係はアキよりずっと悪い、口に出せば鮮明に思い返してしまうだろう。母親と良好な関係を築けている俺に対して思うところもあるだろう。
「生まれてきてくれてありがとう、アキ。お兄ちゃんアキに出会えてすごく嬉しい、とっても幸せだよ」
一拍置いて、セイカが何か呟いた。翻訳してくれたのだろうかと思う暇もなくアキが顔を上げ、ボロボロと涙を流しながら俺に抱きついてきた。
「今温め直すからな」
俺の言うことをちゃんと聞いてくれたからか、温め直す手間も手間と思えない。素直なアキが可愛くて仕方ない。
「いただきー、ます?」
「合ってる合ってる。どうぞ、アキ」
食事を始めたアキを横目に皿を流し台へと運び、一旦水に漬けて義母への土産を取り出す。
「葉子さん、これ旅行のお土産です。俺とアキから」
アキは金を出すどころか選びすらしていない土産を義母に渡す。
「え、お土産? ありがと~! 唯乃ももらった?」
「私のはバームクーヘンだったわ。一人で食べるには多いし、アキが食べ終わったらデザートにしましょうか」
「五等分難しくない……? 唯乃なら出来るか、頑張って」
土産が好感触だったことに安心し、皿を洗っている最中、義母が部屋に戻って可愛らしい紙で包装されたプレゼントを持ってきた。
《アキ、私からのプレゼント》
《おー……ありがとよ》
プレゼントを受け取ったアキは嘘臭い笑顔を浮かべ、包装紙を破いて中身を出した。部屋着の上下セットのようだ。
《ピンクってお前……嫌味か?》
《何でよ。似合うと思って買ってきたの。室内なら別にUVカットのじゃなくていいんでしょ?》
淡いピンク色と白のボーダー柄の可愛らしい服だ。とても可愛らしいけれど、アキの趣味ではなさそうだ。
《一応礼は言っとくぜ》
《何よその顔、せっかく買ってきてあげたのに。ホント愛想のない子。水月くんならもっといい反応したんだろうなー……私も水月くんみたいな子が欲しかった》
舌打ちとため息の後、アキはプレゼントを机に置いたままセイカを小脇に抱えて部屋へ戻ってしまった。
(え……えぇえアキきゅん!? どうしたんですかアキきゅんっ、その態度はやべぇでしょ……!)
趣味に合わない物をもらったからと言って、それを放置して舌打ちとため息まで残して帰るなんて、酷過ぎる……いや、アキがそんなことするだろうか? 素直で正直で、それが過ぎるところはあるけれど、あんな態度を取るとは思えない。俺には分からない言語での会話に答えはあったのだろうか。
「何よぉ……私何か悪いこと言った?」
「……マジで言ってる?」
「え? うん……マジでって何よ、冗談っぽいことなんか私言ってないのに」
俺は皿洗いを手早く終えてダイニングへと戻った。
「母さん、俺ちょっとアキの様子見てくるね。葉子さん、プレゼント届けてきます」
「ありがとー。水月くんホントいい子。唯乃いいなぁ……」
部屋着を抱えて窓を開け庭を突っ切りアキの部屋へ。アキはベッドに座ったセイカの太腿に頭を乗せ、顔を腹に押し付けていた。
「セイカ、アキ……どうしたんだ?」
「あー……ご機嫌斜めだから、ほっといてやってくれ。そのうち戻るよ」
「そのうちって……」
部屋着を一旦床に置き、ベッドの前に膝を着いてアキの頭を撫でる。セイカは「ほっとけと言ってるのに」なんて言いたげな顔で俺を見下ろし、呆れたようにため息をつくとタブレットを弄り始めた。また勉強か? 真面目だな。
「アキ……プレゼントそんなに気に食わなかったのか? だからってあんな……いや、違うよな、アキはそんな子じゃない。どうしたんだ? お母さんとどんな話してたんだ? 俺分かんなくて……」
柔らかい髪を慈しむように指を動かしていると、アキが鼻をすすって身体を丸め、セイカの身体に強く抱きついた。服に爪を立てている。
「アキ……」
《向こう行けよ、心配してくれてんだろうけどいらねぇ。自分が情けねぇだけだ、とっくの昔に見限ってやったはずのババアにちょっと言われただけでっ、こんなに……! ふざけんなよ、クソ……ちくしょう、クソババアっ、俺だっててめぇなんかいらねぇんだよ……!》
内容は分からないけれど、声は泣きじゃくる子供のものだ。怒りと悲しみを混ぜた、折り合いをつけられない子供のもの……あぁ、愛おしい。俺の弟はこんなにも幼い。可愛い。守ってあげたい、ただ見守っていたい、俺に依存させてやりたい、一人でも生きていけるように育ててやりたい。
《血も繋がってないあんな女に必要とされてなくたって、兄貴も兄貴の男共もみんな俺の誕生日祝ってくれたんだ、十一人が俺が生まれたことを肯定してくれた……あんな、女一人にっ、失望されたくらい……なんてこと、ないっ》
「……セイカ、アキ……なんて言ってるんだ?」
「なんてって……うーん……」
翻訳が難しい表現なのだろうか。試験が近いのに勉強を邪魔しない方がいいかな、でもアキが……
《……兄貴は、いいなぁ……母親と仲良くてさ》
「うわめっちゃ分かる。鳴雷んとこ理想だよな」
「えっ?」
「あ、違う。日本語とロシア語間違えた」
アキへの返事だったのか。いや、言語を間違えることなんてあるのか? 俺には分からない感覚だ。
「理想かぁ……ふふ、ありがと。理想の兄、理想の恋人になれるよう! いられるように! お兄ちゃん頑張るぞ。もちろんセイカにとっても理想で居たいぞ」
「そういうことじゃ……うん、まぁ、いいや。鳴雷は……そのままでいいよ、特に不満ない。理想とかそういうのは持たないようにしてるんだ、俺……理想押し付けて、理想と違ったからって……お前に酷いことしたから。鳴雷は鳴雷のままでいいんだ、俺はお前がまた激太りしたって、急に人生に絶望して俺をストレスの捌け口としてサンドバッグにしたって、喋りも動きもしなくなったって、鳴雷が鳴雷である限りずーっと愛してる」
「セイカ……」
「ぁ……ごめん、なんか語っちゃって。うん……秋風は、大丈夫。すぐ落ち着く……別の依存先見つけたって、産みの親に存在否定されんのはキツいから……でも、鳴雷が居るから、俺達は……鳴雷がいいから、鳴雷が居ればそれでいい。だから大丈夫、お前がそこに居てくれたら秋風はすぐに機嫌直すよ」
「…………分かった、ここに居るよ」
セイカはホッとしたような顔で頷き、タブレットに視線を移した。アキと義母の詳細な会話の内容もアキの嘆きの内容もセイカは教えてはくれなかったけれど、産みの親に存在否定──という重たい言葉が出て、何となくアキの不機嫌の理由が分かった。
「……よしよし、お兄ちゃんはここに居るよ、アキ」
そして、セイカが詳細な説明や翻訳をしたがらない理由も分かった。セイカの母親との関係はアキよりずっと悪い、口に出せば鮮明に思い返してしまうだろう。母親と良好な関係を築けている俺に対して思うところもあるだろう。
「生まれてきてくれてありがとう、アキ。お兄ちゃんアキに出会えてすごく嬉しい、とっても幸せだよ」
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