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未練と執着

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サキヒコは成仏するかもしれないし、消滅してしまうかもしれない。そんな話を聞いて俺は絶望感や焦燥感を覚えたが、サキヒコ自身は消える前に遊びたいと前向きに考えている。

(一回死んでるから今はもうボーナスステージ的な感じに捉えてるんでしょうか? いやでも、死んだ時……十七くらいでしょう? まだまだやりたいこともあったはずで、しかもあんな死に方して……それに、ずっと魂を縛られて利用されて……ボーナスステージなんて思えませんよな、今もまだ本編であって欲しいでしょう)

めいっぱい楽しませなければ。しかし学校で出来る遊びというのも難しい。

「これは……本、か? いや……うぅん?」

モップ片手に悩む俺をよそにサキヒコは机の上にあるノートパソコンをパカパカ開閉させて首を傾げている。

「ミツキ、これは何だ?」

「ノーパソ。ノートパソコン」

「のぉとぱそこん。異国の品か」

「これはフジトゥーだから日本製だね」

「……どう使う物なんだ?」

サキヒコは一体何年前に生きていたんだ? 確か、ネザメの曽祖父の従者だったんだよな、曽祖父は幾つなんだろう。まだ生きているのかな。

(パソコン……サキヒコたんの時代にあったんでしょうか? あったとしても分厚いのですかな)
「えっ、とぉ……コンピューター、です。機械……」

「こんぴゅうたぁ……機械。なるほど、当代の機械はなかなかどうしてスッと洒落た形になったものだな。何が出来るんだ?」

「え……?」

パソコンで何が出来るか? 何でも出来るぞ。

「辞書の、代わりになったり……印刷物の原本を作ったり、色々出来ます」

「ほう……」

夢の中でも電源が入るのだろうか。試しにやってみると簡単に入った。画面が明るくなった瞬間サキヒコは大きな音が鳴った時の猫のように身体を跳ねさせ、俺の背後に回って俺の服をぎゅっと掴んだ。そういえば俺、制服着てる。

「ここが検索するところでぇ……サキヒコくん、何か詳しく知りたい単語一つ言ってみて、辞書引く感覚で」

「む……では、元号を調べてくれ。きっと変わったのだろう?」

それくらい俺でも教えられるのになと思いつつ、検索欄に元号と打ち込んでみた。表示された検索結果は俺の知識通りのものだ。

「昭和、平成、令和……今は令和というのか。平成、ふむ……」

(元号が変わっているぅうう! とか言って欲しかったでそ)

「……馴染みがないな。しかしこの一覧……明治以前の年号が出ていないな」

「俺の夢の中だからじゃないかな? 江戸時代の年号とか慶応しか知らないもん俺」

「不勉強者め」

ジロっと俺を見つめる仕草はミフユそっくりだ。

「すいません……ねぇサキヒコくん、ミフユさん……分かるよね。俺の彼氏中で一番ちっちゃい子。あの子さ、サキヒコくんの……子孫?」

「…………私の姉か弟の孫か何かではないか? 私に子供は居なかった、結婚の予定はあったが……主人より先に結婚する訳にはいかんのでな」

「え、こ、恋人居たの!?」

「……ミツキが思うようなものではない。父母や祖父母、紅葉家の方々、その関係者の相談によって選び出された、同じ年代のおなご。ただそれだけだ、写真は見たが直接会ったことはなかったな」

「お見合いってヤツかぁ」

「私の場合は見合いではないぞ、決まっていたのだから。許嫁と言った方が正しいな。当代では見合いは廃れてしまったのか?」

「あるにはあるはずだけど、近くでは聞かないかな」

「そうか……大変だな当代の若人達は。自ら結婚相手を探さねばならんとは」

哀れまれてしまった。今の若者は自由でいいなぁとか言われるかと思っていたのに。傲慢だったかな。

「しかしそれよりあのネザメという方、あの方はまさか私の主人ツザメ様の子孫ではないか? 全く紅葉家の血の濃さには驚かされる! 髪の色や目の色が同じで、顔立ちもよく似てらっしゃった」

ネザメの父親や祖父も何とかザメなのかな。

「やっぱり似てるんだ、俺もなんか夢でサキヒコくんの記憶みたいなの見た時、なんか似てるなーって思ったんだよね。だからサキヒコくんが年積の人じゃないかって分かったとこあるんだよ」

「そうだったのか……この数日しかネザメ様のことは見ていないが、彼は間抜けではないのか?」

「えっ? うーん……結構ポンコツなとこあるけど、マヌケってほどでは……しっかりしてる時はしてるし……抜けてることも多いけど」

「ツザメ様は間抜けでいらっしゃったのだ。美貌とは違いそちらは薄まったようでよかった……」

忠誠心が強そうなのに間抜け呼ばわりとは、よっぽど酷かったんだな。

「……しかし子孫が居るということは、ツザメ様は無事に逃げ切れたということだな。よかった……数十年の苦痛が報われた気分だ。ツザメ様の子孫、ネザメ様がどんなお方なのか、もっと知りたいな」

「可愛い人だよ。美しいものが好きで、だから俺に好意を持ってくれたんだ。困るとすぐにミフユさんを呼んで、甘えてる。俺にも時々……すごく可愛いよ」

「ツザメ様の話を聞いているようだ」

「そ、そうなんだ……」

「ツザメ様は何かあるとサキヒコサキヒコ……何もなくてもサキヒコサキヒコ……ふふ、あの甘えたが私を置いて一人で逃げられたか。やはりいざと言う時には決められるお方…………主様、サキヒコはご立派になった貴方を一目見てみとうございました」

俺が協力出来ることはない。ミフユやネザメに話を聞くにも限度があるし、両親との時間もほとんど過ごしていないというネザメは曽祖父のことなんて名前も知っているか怪しい。

「……そんなにネザメさんとツザメさんが似てるんだったらさ、この先何十年ずっとずーっと俺に取り憑いて、俺と一緒にネザメさんのこと見ようよ! 消えたり成仏したりなんてしないでさ!」

「…………そう、だな。そう出来るといいな……消えたく、ない。せっかく……ようやく、痛みも寒さも寂しさも、何もなくなったのに。もう消えてしまうなんて嫌だ」

数十年間ずっと死んだ時の苦痛を味わったまま、一人でいる寂しさに耐えるなんて、俺には出来ない。きっと途中で気が狂う。ミフユと同じで強いんだ、そんな強いサキヒコが今弱音を吐いてる。俺に聞かせてくれている。俺がするべきことは一つだ。

「……! ミツキ……?」

今にも泣き出しそうな彼を抱き締めるのに躊躇は要らない。

「…………俺の執着で、この世に縛ってみせる」

「ミツキ……」

小さな手が恐る恐る俺の背に回る。きゅっとシャツを掴み、震える。

「まだ、出会ったばかりで……それも、本意ではないとはいえ自分を殺そうとした相手を、何故そうも……」

「そんなの、サキヒコくんが可愛いからに決まってるだろ? こんなにちっちゃいのに健気でさぁ、もう痛ましくって。そんなの、俺が愛さなきゃいけないじゃん」

「…………同情か?」

「劣情だよ」

「……ふふ。ミツキの劣情は恐ろしいな、ミツキが眠る前の行為も……その、見ていたんだ、ハルという男のものは見るなと言われたが、その後のは何も言われなかったし……つい、はしたない覗き魔のような真似を」

「シュカのこと羨ましくなったりしてくれた?」

「いや全く。あんな猛々しいモノで身体を貫かれるなど恐ろしくて仕方ない、肉体がなくてよかった」

腹を刃物で貫かれたくせに今更肉棒がそんなに怖いか。

「肉体がなくてよかった、ねぇ……? 今触れるけど? 脱がせられるし……あれ、着物ってこれどうやって脱がすの? まぁいいや隙間に手ぇ突っ込めば」

「や、やめろ! 変なとこ触るな!」

「猛々しいモノを弱々しいモノにサキヒコくんの手で変えて欲しいな~」

「妙なものを握らせるなぁ! このっ、性欲異常者!」

ぽすんっ、と弱い拳が俺の胸を殴る。可愛らしい抵抗に萌えつつそろそろおふざけはやめるかと考えたその時、身体がふわりと浮かび上がって背後の書類棚に叩き付けられた。

「こ、これが……ぽるたぁ、がいすと」

不思議パワーを体験した俺だけでなく、サキヒコまでもがポカンとした顔で立ち尽くしていた。
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