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なんだか元気がないみたい

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親指の第一関節を手のひら側から見た時、皺が目のような形になっていたら霊感がある。そんな話を聞いたことがある。

「……二本線!」

どちらの指も目のような形にはなっていなかった。もちろん足も。

「はぁ……ごめんねサキヒコくん。霊感なくて……ナイフでちょっと切ったら跡残ったりしないかな?」

返事はない。本当に切ってやろうかな。



サキヒコの姿は見えないまま、声も聞こえないまま、昼食の時間になった。今日の昼食はサンドイッチだ、デザートとしてフルーツサンドもある。

「………………サキヒコくん、居るなら……俺が持ったヤツなら、食べていいからね」

他の彼氏達に聞こえないよう小声でそう呟き、ハムとタマゴのサンドを持つ。少し待ってから一口齧る。

「んっ……?」

「今日も美味し~! みっつんどれ担当だったの~?」

「ツナマヨは時雨一年生で、トンカツは自分で……鳴雷一年生は炒り卵だ。なぁ」

「んじゃタマゴちょーだい」

味見をしっかりしたはずのタマゴの塩気が薄く感じる。ハムの旨みも胡椒やバターの風味もほとんど感じない。居る。サキヒコは居る。サンドイッチを食べている。

(居るのが分かったのはいいんですが、会話が出来ないとやっぱり寂しいですな。表情分からないと何思ってるかも分かりませんし……サンドイッチ、美味しかったんでしょうか)

味の薄さを我慢して食べて、二つ目。カツサンドもやはりソースの味が薄く、肉の旨みが薄く、ただ物を噛んで飲み込むだけの作業のようになった。

(やっべぇ……超苦痛でそ)

今後はサキヒコ用の食事も用意するか? いや、物理的には減らないからなんかもったいない。やはり俺が後始末をするしかないのか、調味料を後から足せば味は戻るけれど、成分的には塩分過多だとかになる訳で、俺の健康が危ぶまれる。

(味の薄いのばっかり食べてたら慣れますかな)

舌が慣れることを願って、俺は味の薄いサンドイッチを食べ続けた。フルーツサンドも食べたが、ホイップクリームの甘みはほぼないし、フルーツもただグニョグニョしているだけの物体だった。

「ごちそうさまでした……」

「ごちそうさまでした! 美味しかった~!」

「ごっそさん。今日も美味かったわ。はぁ……この美味い飯も明日で終わりかぁ、寂しいわぁ」

「右に同じです。永遠に食べていたいですね」

「大評判だねぇ、ミフユ」

「そ、そんな……鳴雷一年生も随分手伝ってくれましたし、時雨一年生も、鳥待一年生もよくやってくれて……ミフユだけの力では、決して」

大絶賛する彼氏達に同意出来ないし、褒められて照れるミフユと一緒に顔を赤らめることも出来ない。

(ため息はついちゃダメでそ、表情も明るく保つのでそ。サキヒコたんが傷付いちゃうかもしれませんし、この場の雰囲気が悪くなりまそ)

何とか平静を装い、片付けを終え、目を閉じて海に飛び込み、ようやく表情筋の力を抜いた。

(水中でなら素で居れますな)

顔を水に浸けていれば誰も俺の顔を見られないし、もしサキヒコが覗き込んできても息苦しくて表情が崩れていると思ってくれるだろう。実際そうだし。

「ねぇみっつん、ねぇねぇみっつん、みっつんつん」

「そんなに呼ばなくても聞こえてるぞ? どうした、ハル」

「……今日、じゃん。その……あれ」

セックスの約束のことだろうな、それ以外にハルと今日約束したことはない。

「あぁ、今日だな」

「お、覚えてる?」

「当たり前だろ? 忘れる訳ないじゃん」

「……あ、あのさ、その話なんだけどさ」

やっぱり嫌になった、とか怖くなった、とか言い出すのだろうか? ハルならそれもありえると覚悟はしていたけれど、実際目前となるとショックを受け始めてきたな。まだ言われていないのに。

「ぁ、あら……ためて、その……よろしく、お願いします。って、こんなこと言いたかった訳じゃないんだけどぉ~……うん、これくらいしか思い付かないや……よろしく~……水月ぃ」

「……えっ? あ、あぁ、よろしく」

「何そのすっとぼけた反応~」

「あぁ、ごめん。やっぱりやだとか言うのかなとか思っちゃってて」

「流石にそんなこと言わないし~! もぉ…………とにかくぅ! よろしくね、みっつん……ゃ、優しくしてねっ? じゃあねっ!」

煽るだけ煽って逃げていくとは酷いヤツだ。男心がよく分かっていないのだろうか、それとも自分の魅力が分かっていないのだろうか、と股間に張りを感じながら思った。

「サキヒコくん……ああいう訳だから、もし夜なら話せるとかでも……ごめん、ハルと先に約束あるから。ハルとする時は俺から離れてね? ハル多分見られるの嫌だろうから……メープルちゃん見えてるみたいだし、ぷぅ太、カンナの飼ってるウサギもサキヒコくん見えるかも。構ってみたら? カンナ分かる? 前髪で目が隠れてる子だよ」

今この場にサキヒコが居ると信じて話し続ける。俺の傍にぴったり張り付いて離れない背後霊をイメージしているけれど、もしかしたらウロウロしているのかもしれない。だとしたら「ハルとする時は離れて」は酷く自惚れた言葉だなぁと真実を知る前から恥ずかしがる。

「サキヒコくんから見たらミフユさんって子孫? いくら昔は結婚と子作り早いって言ってもその歳じゃまだ早過ぎるもんね。兄弟とか親戚の血筋でも子孫っていうのかな」

「みーつき~」

「……っ、あ、歌見先輩。何か?」

「珍しく空いてたから取りに来た」

ぎゅっと抱き締められ、最初っからここまでデレている歌見も珍しいなぁと照れ屋な彼のこれまでを思い返しながら赤らんだ顔を見上げる。

「……誰もお前の傍に居ないなんて、珍しいこともあるもんだ」

「たまにはありますよ」

俺のことを抱き締めたまま、歌見は俺の腰や頭を撫でる。素肌に感じる歌見の手のひら、柔らかいとは言い難い男の手のひら、たまらない……!

「…………大丈夫か?」

「へっ? 何がです?」

俺は歌見に可愛がられて夢見心地だったのだが。

「いや、お前……飯の時、元気なかったろ。今も顔色悪いし……なんか、冷たいし」

「え……? 海入ってるからじゃないですかね? 水に浸かりゃ体温下がって顔色悪くもなりますよ!」

表情には気を配っていたのに、食事中の元気のなさに気付かれるとは不覚を取った。

「……俺に嘘をつくなと言ってるだろ、嘘をついたら別れると」

「なっ、そっ、そんなぁっ! 嘘なんかついてません! 本当に、本当にそんな……こ、心当たり? なくて……だって、別に元気だし、俺……」

「…………ならいいんだ、悪かったな脅して。少し心配し過ぎたかもしれん……でも、普段と違って見えるんだ、毎日遊んでるから疲れが出てきただけかな。自覚がないなら大したことはないんだろうが、今日はあまり深くまで泳ぎに行くなよ」

愛撫と共に注がれる視線は悲痛なほど心配に満ちていて、気にかけてもらえるのは嬉しいのに罪悪感が勝った。
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