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バースデーコール

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と、と、と……と階段を下りていくアキを追いかける。ダイニングに着くと彼は持っていたスマホを耳に当てた。

《いいぜ。で、なんでこんな夜明けすぐに電話……あぁ? そっちはまだ夜ぅ? なんでだよ、んな訳ねぇだろ。時差……? 何それ……知らん》

ロシア語だ。相手は母か義母だろうか、白骨死体発見の件で俺が電話に出るのを面倒がっているからアキの方に行ったのかもしれない。だとしたら申し訳ない。

《……そうだな、親父からすりゃ明日……今日は俺の誕生日だ。で?》

何を話しているのか気になる。

《いや……今は兄貴に連れられて旅行中だ。家に送ってくれても受け取りは後日になっちまうぜ、感想はその後でもいいか?》

録音しておいて後でセイカに聞くか? いや、それは流石にプライバシーの侵害だろう。

《ん? あぁ、お姫様? 彼女じゃねぇよ、冗談。兄貴の……ぁー、親戚だったか。そう……ユノん家で預かってる親戚、一緒に旅行中。ちょっと手足がなくてな……そう、丁重に扱ってる。だからお姫様な。ん? ゃ、男だぜ》

声色が普段より数段低い。セイカと話している時はもう少し高くて、俺に話しかけてくれる時はもう一段高くて、ネザメには更に高い。

(眉間に皺寄ってますし……うーむ、今日は誕生日ですのにそんな顔するような電話、ママ上がするでしょうか。葉子さんならしそうですけども)

不機嫌そうなままだが時折笑い声を上げている、白骨死体発見の件での話なら笑ったりはしないだろう、なら相手は母ではないのか?

《ヨーコ、クソほど料理下手だったんだな。ユノの飯も兄貴の飯も美味いぜ、買い食いも最高。そっちじゃ美味いもん食った覚えねぇからな》

退屈だ。構って欲しい。目の前に居るとちょっかいをかけたくなる、電話の邪魔にならないようにと静かにしていたが、そろそろ限界だ。変なイタズラをしないうちにアキから離れよう、俺も寝間着から着替えなくては。

(シュカたまは寝てますな。そーっとそーっと)

音を立てないように寝室に入り、シュカを起こさないように服を着替えて部屋を出た。止めていた呼吸をまた始めたその時、微かに唸り声が聞こえてビクッと身体を跳ねさせた。

(なっ、な、何、どこ?)

音の方向を探るとアキとセイカの寝室からであることが分かった。恐る恐る扉を開けると、ベッドの上でセイカがもぞもぞと動きながら唸っていた。

「セ、セイカっ? セイカっ、どこか痛むのか?」

幻肢痛かもしれないと走り寄り、肩を掴んで抱き起こす。左手で顔や頭や腕を引っ掻いていたので手首を掴んで止め、何度か呼びかけた。

「ぃ、た……痛いぃぃいっ! 痛いっ、痛いぃっ……!」

「手か? 足か? 幻肢痛……か? ど、どうしよう……セイカ」

患部がないのだからさすったりなんて出来ないし、断面は先程からベッドに擦り付けたりしているから触れても意味がないと分かる。痛いところはないんだと口で説明したって痛いものは痛いだろうし……アキはこういう時、セイカの意識を落としていたな。

(確か、こんな感じ……)

セイカを引っくり返して背後から首に腕を回す。

「……っ!? ゃ、だっ……やめ……」

ぎゅっと締めてみたがアキのように一瞬で落とせないし、腕を引っ掻かれたし、嫌がられた。慌てて離したらベッドの上を四つん這いもどきで逃げていき、ベッドから落ちて更に大声で泣き始めた。

(何やってんですかわたくし! 素人にあんな真似出来るわきゃないってのに! あわわわどうしましょう)

よく見えなかったけれど、ベッドから落ちた際にどこか打っただろうか。抱き締めて、なだめて、数十分後、幻肢痛が収まったのか冷静に戻ったらしいセイカが光のない瞳で俺を見上げた。

「………………鳴雷?」

「セイカっ、大丈夫か? すごく痛そうだったけど……ごめんな、俺アキみたいに締め落とせなくて。やってみたんだけど、セイカ苦しめるだけで……ごめんな」

「…………秋風は?」

「アキは電話かかってきたみたいで部屋から出てったよ、セイカはまだ寝てたのかな? 起こさないように気を遣ったんだろ」

セイカは小さく「そう」と呟くとベッドに戻りたがった。俺は彼をベッドに寝転ばせ、隣に寝転がり、頭を撫でた。

「……アキ呼んでくればよかったかな、それで落としてもらった方が楽だったよな。痛がるセイカ置いてけなくてさ……思い付けなかった、ごめんな、バカで……本当にごめん」

「…………謝らないでくれよ」

「……うん」

後頭部に手を添えて額にキスをする。小豆色の髪もようやく見慣れてきた。後付けのパーマに指を絡ませて遊び、艶の少ない髪の触れ心地を楽しむ。

「右手の、指が……なんか、挟んで潰されてるみたいに痛くて……いつもはすぐに秋風が意識落としてくれて、すぐに終わるのに今回はずっと痛くて……なんで、秋風痛いの終わらせてくれないのって、なんか、なんかさぁ……見捨てられた気分で」

「居なかったんだよ。呼んでくればよかったよな、本当に……」

「秋風、俺のこと好きって、可愛いって、毎日何回も言ってくれて」

マジかよアイツ。

「俺、俺……そんなことないって、自惚れちゃダメだって分かってたのに……甘やかされて、調子乗って、ワガママ言って、秋風が言ったって嘘ついて鳴雷にデザートねだったりして」

「あれセイカのリクエストだったのか。色々合わなくて作れなくてごめんな、また今度作るから」

「そんなだからバチ当たったんだって……」

「……そんなことないよ、幻肢痛はいつもなるんだろ? たまたまアキが居なかっただけだ。セイカは悪いことなんか何もしてないんだから、バチなんか当てられないよ」

「もう嫌だ、もう死にたい」

「へ……? な、なんで……アキは電話かかってきたから部屋出てただけなんだって、ホントたまたま、セイカが嫌で出てったとかじゃないからな!?」

「分かってる、でも嫌、もう全部嫌ぁ……死にたい、もうやだ、全部やだ」

どうしてそんなこと言い出すんだ? 俺の対応が悪かったのか? 昨日も一昨日も元気そうだったのに、よりにもよってアキの誕生日にこんなふうに落ち込むなんて。

「ん……? あ、メープルちゃん? 何?」

少し開いていた扉の隙間に鼻先を突っ込んで扉をこじ開けた犬がベッドに飛び乗り、俺の太腿をかしかしと引っ掻く。服を噛み、引っ張る。

「ミフユさん呼んでるの?」

わん、というおそらく肯定なのだろう返事。

「……でも」

今はセイカの元を離れられない。離れてはいけない。そう考えてセイカを抱き締める腕の力を強めたけれど、そのセイカが俺の腕の中から抜け出そうともぞもぞ動き始めた。

「セイカ……」

迷惑をかけていると思っているのだろうか。そんなことないのに。

「……一緒に行こっか」

抱き上げてもまだ降りようともがく。危ないからやめろと言っても止まらない。

「もぉ落とせよぉっ! 頭打って死ぬぅ……」

「ダメだってば! 大人しくしろ! メープルちゃんも足元ウロウロしないでぇ!?」

泣いているセイカが心配なのか足元をくるくる回る犬をそっと押しのけ、もがくセイカを強く抱き締めて階段を下りていく。

(寝不足なのに朝から濃いですなぁ。どこかで仮眠取らないとアキきゅんの誕生日ぱーちー中に寝ちゃいそうですぞ)

セイカが気に病まないようため息は堪え、あくびを漏らした。
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