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他人と眠る練習
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睡眠妨害を受けたシュカは凶暴だった。寝ぼけているのとメガネをかけておらず視界がぼんやりしているのが重なって、それはそれは酷い有様だった。
「……すいません」
意識がハッキリしたシュカはメガネをかけて、床に伏せている俺達に向かって謝った。俺達は二人とも脳天を殴られ、シュカを宥めるのを諦めて彼が自然と目を覚ますのを待っていたのだ。
「正気に戻ってくれたか……よかった」
「ブチ切れとったん一分足らずやったんやろうけど一時間くらいに感じたわ……」
「大袈裟ですよ。寝ぼけて殴ってしまったのは謝りますけど、あなたが入ってきたのが悪いんですからね。水月、なんで入れたんです? 知ってますよね、私のこと」
元不良のシュカは寝込みを襲われて命の危険を感じた経験が多いらしく、本当に心から信頼した者以外が同じ部屋に居ると眠れないという独特の性質を持っている。
「あぁ、分かってるよ」
ちなみにアキは一応誰と同じ部屋でも眠れるようだが、少しの物音や振動で起きるほど眠りが浅い。一人や俺と二人なら寝ぼけるほど眠れるシュカとはまた違う、彼氏を二人も安眠に導けていないことに対して深い無力感がある。
「だったら早く追い出してください」
「……練習しないか?」
お化けに狙われているから神社生まれのリュウに傍についていて欲しいなんて、霊の存在を信じていなさそうなシュカには言えない。
「何のです? 3P?」
「宿泊研修とか修学旅行とか、嫌でも誰かと同じ部屋で寝なきゃならない時は来るんだ。少しずつでも慣れていった方がいいよ」
「…………二、三日なら寝なくても平気です」
「ダメだよ、健康に悪いし……楽しい行事の時にシュカが一人だけ眠そうにしてたり、疲れた顔してたら嫌だよ。眠れるようになった方がいいのはシュカも分かってるだろ? せっかくの機会だから練習しようよ」
「…………」
「ダメ……かな?」
レンズの向こうからじっと俺を睨むシュカの切れ長の瞳を見つめ返し、やはりダメかと諦めかけたその頃、シュカが深いため息をついてメガネを外した。
「分かりました」
「やっぱりダ……えっ?」
「分かりましたと言ってるんです。さっさと来なさい」
「……ありがとう! 頑張ろうな! リュウ、おいで」
裸眼になりベッドに寝転がったシュカの元へリュウの手を引いて向かう。相変わらず俺の耳に聞こえているノック音や彼氏達の声での呼び掛けは二人には聞こえていないようだ、
「……そもそも天正さんが私に危害を加えられないのは分かっていますしね」
「開けてみっつん、中に入れてよ水月、出てこいよ鳴雷」
「信頼してくれとるみたいで嬉しいわぁ」
「水月! そこに居る俺偽モンやねん! 開けてぇな水月ぃ! そのまんま居ったらほんまに危ない!」
「いえ、あなたの力じゃ熟睡している私の首を絞めても無駄だろうと」
「そんな非力ちゃうわ!」
「私に馬乗りになっていても振り落とせるってことですよ、首を絞められないほど握力がないとは言ってません」
「水月! 水月ここを開けなさい! 水月!」
母の声まで聞こえてきた。シュカとリュウの話し声がお化け達のモノと混じってどの言葉が聞こえていいものなのか分からなくなってきた。
「……寝ぇへんの? やっぱ寝られへん?」
「今目覚めさせられましたしね」
返事をしていいか分からないから返事が出来ない。ノック音がうるさくて目を閉じても眠れやしない。眠いのに眠れない、これがシュカとアキが感じている苦痛なのかと思うと彼らに近付けた気がして少し嬉しくなった。
「水月に腕枕してもぉたら眠れるんちゃう?」
「そんなことされたこともありませんよ!」
ほぼ毎晩してきたじゃないか。今のシュカの声は偽物だな、となるとその前のリュウの声も偽物……いや、シュカはこういう時に恥ずかしがって嘘をつくくらいはする。どっちだ?
「ほな俺がもらうわ。水月ぃ、腕枕してぇ?」
ぐい、と腕を引っ張られて目を開ける。今のリュウの声は本物のようだ。
「……あぁ、いいぞ」
「やったぁ。へへへ……」
「…………水月、なんか元気ないですね。眠いんですか?」
「シュカもおいで」
今のシュカの言葉が本物でも偽物でもこのセリフに違和感はないだろう。俺は右腕をリュウの枕にしてやりながら左腕を広げた。
「………………水月が、どうしてもと言うなら」
「素直ちゃうなぁ~」
シュカは照れながら俺の腕に頭を乗せ、勝手に顔が緩むのを無理に抑えているような不自然で複雑な表情をした。
「……水月、こういう時に「そういうところが可愛いんや」とか言うてくんねんけど」
「あなたの中の水月関西弁なんですか?」
「参っとんねんなぁ……ゆっくり休みや水月、俺らここに居るからな」
気が狂いそうだ。昨日はここまで辛くはなかった、犬の魔除の力のおかげか、精神安定剤こともふもふの力のおかげか、一人だと逆にはっちゃけられていいのか……サキヒコを解放したことで怒らせてしまったのか。
「……おやすみなさい」
「おやすみ、水月ぃ」
まぁ、いい。どうせ呼びかけることしか出来ないんだ。俺のやることは昨日と同じ。恐怖に耐えて朝を待つのだ、今日もまたやり過ごすだけだ。
そう、思っていた。
「水月、水月っ、水月ぃっ! どこ行くん! 水月ぃ!」
「……え?」
自分がいつの間にかベッドから抜け出してドアの前に立っていたことに気付くまでは。リュウに腕を強く引っ張られて倒れ、俺が今の今まで自分の意思に関係なく踏ん張っていたことを悟り、ゾッと背筋が寒くなった。
「トイレなら行かせてあげればいいじゃないですか」
「い、いや……寝ぼけてた。催してもない……ごめんな、二人とも。起こしたよな」
「……しっかりしてぇな」
彼氏達の声でずっと呼ばれ続けて、眠りに落ちかけていた頭が騙されたのだろうか。それとも心霊現象的な何かだったのだろうか。
「水月ぃ……」
泣きそうな声のリュウと、事情を知らず気だるげにしているシュカのギャップが何だか面白い。
「ごめんなリュウ、大丈夫だよ」
眠っては危険だと判断した俺は一睡もせず朝を迎えることを決めた。
「……すいません」
意識がハッキリしたシュカはメガネをかけて、床に伏せている俺達に向かって謝った。俺達は二人とも脳天を殴られ、シュカを宥めるのを諦めて彼が自然と目を覚ますのを待っていたのだ。
「正気に戻ってくれたか……よかった」
「ブチ切れとったん一分足らずやったんやろうけど一時間くらいに感じたわ……」
「大袈裟ですよ。寝ぼけて殴ってしまったのは謝りますけど、あなたが入ってきたのが悪いんですからね。水月、なんで入れたんです? 知ってますよね、私のこと」
元不良のシュカは寝込みを襲われて命の危険を感じた経験が多いらしく、本当に心から信頼した者以外が同じ部屋に居ると眠れないという独特の性質を持っている。
「あぁ、分かってるよ」
ちなみにアキは一応誰と同じ部屋でも眠れるようだが、少しの物音や振動で起きるほど眠りが浅い。一人や俺と二人なら寝ぼけるほど眠れるシュカとはまた違う、彼氏を二人も安眠に導けていないことに対して深い無力感がある。
「だったら早く追い出してください」
「……練習しないか?」
お化けに狙われているから神社生まれのリュウに傍についていて欲しいなんて、霊の存在を信じていなさそうなシュカには言えない。
「何のです? 3P?」
「宿泊研修とか修学旅行とか、嫌でも誰かと同じ部屋で寝なきゃならない時は来るんだ。少しずつでも慣れていった方がいいよ」
「…………二、三日なら寝なくても平気です」
「ダメだよ、健康に悪いし……楽しい行事の時にシュカが一人だけ眠そうにしてたり、疲れた顔してたら嫌だよ。眠れるようになった方がいいのはシュカも分かってるだろ? せっかくの機会だから練習しようよ」
「…………」
「ダメ……かな?」
レンズの向こうからじっと俺を睨むシュカの切れ長の瞳を見つめ返し、やはりダメかと諦めかけたその頃、シュカが深いため息をついてメガネを外した。
「分かりました」
「やっぱりダ……えっ?」
「分かりましたと言ってるんです。さっさと来なさい」
「……ありがとう! 頑張ろうな! リュウ、おいで」
裸眼になりベッドに寝転がったシュカの元へリュウの手を引いて向かう。相変わらず俺の耳に聞こえているノック音や彼氏達の声での呼び掛けは二人には聞こえていないようだ、
「……そもそも天正さんが私に危害を加えられないのは分かっていますしね」
「開けてみっつん、中に入れてよ水月、出てこいよ鳴雷」
「信頼してくれとるみたいで嬉しいわぁ」
「水月! そこに居る俺偽モンやねん! 開けてぇな水月ぃ! そのまんま居ったらほんまに危ない!」
「いえ、あなたの力じゃ熟睡している私の首を絞めても無駄だろうと」
「そんな非力ちゃうわ!」
「私に馬乗りになっていても振り落とせるってことですよ、首を絞められないほど握力がないとは言ってません」
「水月! 水月ここを開けなさい! 水月!」
母の声まで聞こえてきた。シュカとリュウの話し声がお化け達のモノと混じってどの言葉が聞こえていいものなのか分からなくなってきた。
「……寝ぇへんの? やっぱ寝られへん?」
「今目覚めさせられましたしね」
返事をしていいか分からないから返事が出来ない。ノック音がうるさくて目を閉じても眠れやしない。眠いのに眠れない、これがシュカとアキが感じている苦痛なのかと思うと彼らに近付けた気がして少し嬉しくなった。
「水月に腕枕してもぉたら眠れるんちゃう?」
「そんなことされたこともありませんよ!」
ほぼ毎晩してきたじゃないか。今のシュカの声は偽物だな、となるとその前のリュウの声も偽物……いや、シュカはこういう時に恥ずかしがって嘘をつくくらいはする。どっちだ?
「ほな俺がもらうわ。水月ぃ、腕枕してぇ?」
ぐい、と腕を引っ張られて目を開ける。今のリュウの声は本物のようだ。
「……あぁ、いいぞ」
「やったぁ。へへへ……」
「…………水月、なんか元気ないですね。眠いんですか?」
「シュカもおいで」
今のシュカの言葉が本物でも偽物でもこのセリフに違和感はないだろう。俺は右腕をリュウの枕にしてやりながら左腕を広げた。
「………………水月が、どうしてもと言うなら」
「素直ちゃうなぁ~」
シュカは照れながら俺の腕に頭を乗せ、勝手に顔が緩むのを無理に抑えているような不自然で複雑な表情をした。
「……水月、こういう時に「そういうところが可愛いんや」とか言うてくんねんけど」
「あなたの中の水月関西弁なんですか?」
「参っとんねんなぁ……ゆっくり休みや水月、俺らここに居るからな」
気が狂いそうだ。昨日はここまで辛くはなかった、犬の魔除の力のおかげか、精神安定剤こともふもふの力のおかげか、一人だと逆にはっちゃけられていいのか……サキヒコを解放したことで怒らせてしまったのか。
「……おやすみなさい」
「おやすみ、水月ぃ」
まぁ、いい。どうせ呼びかけることしか出来ないんだ。俺のやることは昨日と同じ。恐怖に耐えて朝を待つのだ、今日もまたやり過ごすだけだ。
そう、思っていた。
「水月、水月っ、水月ぃっ! どこ行くん! 水月ぃ!」
「……え?」
自分がいつの間にかベッドから抜け出してドアの前に立っていたことに気付くまでは。リュウに腕を強く引っ張られて倒れ、俺が今の今まで自分の意思に関係なく踏ん張っていたことを悟り、ゾッと背筋が寒くなった。
「トイレなら行かせてあげればいいじゃないですか」
「い、いや……寝ぼけてた。催してもない……ごめんな、二人とも。起こしたよな」
「……しっかりしてぇな」
彼氏達の声でずっと呼ばれ続けて、眠りに落ちかけていた頭が騙されたのだろうか。それとも心霊現象的な何かだったのだろうか。
「水月ぃ……」
泣きそうな声のリュウと、事情を知らず気だるげにしているシュカのギャップが何だか面白い。
「ごめんなリュウ、大丈夫だよ」
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