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出てはいけない開けてはいけない

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ミサキ救出作戦を思い付いた俺は翌日の計画を立て始めた。こっそり彼氏達の元から抜け出して崖下の洞窟に行く、ここまではいいがこの先が問題だ。もし本当にミサキの死体があったら俺はどうすればいい? 祈ればいいのか? その後に通報? それで弔ったことになるのか? 死体がなかったらどうする? 諦めるのか?

「まぁ……心当たりの場所になかったら、諦めるしかありませんよな」

ミサキの死体が既に見つかって墓が建てられている可能性もある、それはミフユに聞けば分かるだろう。

「ん? どしたのメープルちゃん」

犬が突然起き上がって扉と窓を交互に見始めた、口は閉じており表情は固い。現在時刻は草木も眠る丑三つ時……来た、と考えていいだろう。まずは扉がノックされた。

「……メープルちゃん、こっちおいで」

彼氏の誰かなら扉を叩き続けはしない、返事をしなければ勝手に開けて入ってくるだろう。それをしないのは人ではないからだ、とベッドの上に乗ってきた犬を抱き締めながら考えた。

「あ~……数多の洒落怖で見ましたぞこの展開、ノックしたり知り合いの声で話しかけたりして、わたくしに扉を開けさせようとするのでそ。開けたらアウトですよな」

ホラーのセオリーなら分かっている。俺はちゃんとリュウの言いつけを守るぞ。

「明日になったらちゃんと死体探しとかしますから、今殺すのはやめていただきたいですな。かわゆいミサキたんのためなら命張るのもやぶさかではありませんが、わたくしが今殺されたところでミサキたんと共に居られる訳でもミサキたんが解放される訳でもなし……死んでやる理由はゼロですな」

ぐるると唸っている犬の背を撫でながら、ノックされる扉や窓に向かって独り言を述べる。

「はぁ~メープルたんもふもふ、もふ田もふ郎」

怖くて仕方がないので犬を可愛がることで何とか平静を保とうとする。

「水月ぃ? すまん、言い忘れたことあるからちょお出てきてくれん? みっつん、一緒に寝よ~? 水月くん、メープルはいい子にしているかい? 水月、鳴雷、にーに、水月ぃ、水月」

「混ざってる混ざってる後半声混ざってる! 真面目に騙せよ怖がらせるのに重き置いてるじゃんもうそれ! ひぃいちくしょう幽霊ってホントに声真似するんだこっわ騙されるわこんなん、洒落怖読み漁っててよかったリュウが神社生まれでよかったぁ、神社生まれのRさん存在してくれてありがとう」

そうだ、スマホでゲームでもして時間を潰せばいいじゃないか。

「ンァアア壁紙が撮った覚えのない海の写真に変わっている上にザザンザザン波の音が聞こえてきてヒョエエエエ!」

ワンッ!

「今俺に吠えた!? 俺に吠えたよね!? うるさかったねごめんねぇえ!?」

スマホはダメだ。電化製品は幽霊にバグらされるのは定番じゃないか。今だけバグるのならまだしも壊されたりしたらたまったもんじゃない、触らないでおこう。

「…………暇だな。扉と窓はずっとコンコンコンコンうるさいし、彼氏っぽい声で部屋から出させようとされ続けてもいるけど、慣れるとそんなに怖くないな」

わふん

「だよな。ホラゲーでも慣れてくるとクリア出来ない歯がゆさとか驚かされる苛立ちとかのが勝ってくるもんな。恐怖って難しいんだな……これをエンタメにしようと思ったらそりゃムズい。微妙なホラゲーやホラー番組ホラー映画が量産される訳だ」

わぅん

「分かるかメープルよ、ホラーというのはただグロい幽霊を出せばいいという訳でも、暗いところから急に化け物が飛び出してくればいい訳でも、エグい過去を幽霊に足せばいいという訳でもないのだよ。来そうで来ない、来ないと安心したところで来る、これが大事なんだ」

わぅぅ……

「ん? あぁそうか、あのコンコンとか水月水月呼んでるのとか、メープルちゃんはよく聞こえるよな……犬なんだから人間より耳いいもんなぁ。なんかイヤホン挿すとこにゴミ詰まってるみたいなノイズ音混ざってるし、不愉快だよなそりゃ」

くぅん

「よーし俺が歌って誤魔化してやろう。おーばけなんーだ毛が三本なんーだ」

ドォンッ! と割れそうなほど強く窓と扉が叩かれ、驚いて呼吸が数秒止まる。犬は大きく吠えた後、俺の顔をぺろぺろと舐めた。

「び、びっくりした……あぁ、大丈夫だよメープルちゃん……お化けの歌はやっぱりお化けにはよくないみたいだね」

わん

「はぁ……全く、どうしてこんな怖い目に遭わなきゃならないんだ? 悪いのは誰だメープルちゃん。誰……誰、誰! 俺! 俺! 俺! 俺俺俺あぁ~真夏のじゃんぼっアァまたドアドンされたァ! 何!? 俺そんなに音痴!? 音痴かなぁメープルちゃんどう思う!?」

リュウが以前霊だとかそういうものは恐怖するほど理解するほどにこちらに干渉しやすくなるのだ的なことを言っていた。俺が扉を開ける気がないと分かって、怖がらせるのに舵を切ったと考えるべきだろう。

「よし、ベッドの上で飛び跳ねながらパンツ振り回してジャンボリーするかメープルちゃん」

くぅん……

「嫌そうだな。お化けは下ネタ苦手なんだぞ? 詳しくは知らないけどさ、昔からそう言うだろ? だからパンツを振り回しつつベッドの上で飛び跳ねてれば完璧だと思うんだ」

わぅ……

「パンツ振り回してる男から距離を取らないヤツなんか居ないだろ。おいメープルちゃん、まだやってないんだから距離取らないでくれよ。意外と君のもふもふで正気保ってるところあるんだぞ」

ジリジリと離れていく犬を抱き寄せてその毛皮を堪能していると、窓の向こうに見覚えのある姿が見えた。

「ミサキくんっ……!」

犬を離し、窓に駆け寄る。窓を開けはせず、ミサキの痛々しく寒々しい姿を見て眉を顰める。

「ミサキくん……痛そうだね。今すぐここを開けて君を招き入れたいよ。でも、ここを開けたら俺は死んで、君の痛みも寂しさも何も埋められないんだろ?」

「…………嘘つき」

「嘘をついたつもりはない。俺は君を救ってみせる。そのために少し教えて欲しいんだ、ミサキくんが死んだのはそこの砂浜から見える崖の辺りで間違いないよね?」

「蛻コ縺輔l縺ヲ縲∝エ悶°繧芽誠縺ィ縺輔l縺ヲ縲∵エ樒ェ溘〒豁サ繧薙□」

「聞き取れない……君を解放するための情報は遮断されるのかな。リュウが言ってたよ、君は海に囚われてる、人を引き込むために利用されてるって……俺を寒くさせたり、首を絞めたのは君の意思じゃないんだよね?」

「…………ミツキは、優しい。引き込みたく……ない。でも、私に私の意思は反映されない」

「必ず君を解放するよ」

「……ミツキ、また……あの甘いものを、飲みたい」

「作るよ、絶対」

「ミツキ……」

諦め混じりの切なげな微笑みを浮かべたミサキは目を閉じ、窓に唇を押し付けた。俺は即座に彼の意図を察し、彼と同じように窓に唇を押し当てた。

「……必ず君を手に入れてみせる」

窓越しのキスを終えるとミサキの姿はすぅっと薄くなって消えていった。
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