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お耳よわよわ御曹司

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ようやくだ。ようやくネザメを抱ける。その興奮が先んじて彼を押し倒し服の中に手を突っ込んだりと強引な手に出てしまったが、すぐに今の今まで抱かれるのを渋っていたネザメが頑張って覚悟を決めてくれたのだからと理性を取り戻し、歯を食いしばって一旦引いた。

(落ち着け、落ち着くのでそ、素数を数えるのでそ! 1.1.2.3.5.8……これ素数じゃありませんな!?)

ふぅふぅと鼻の形が変わりそうなくらい荒く呼吸し、震える手でネザメの寝間着のボタンを外していく。ミフユがすぐ傍で俺達を見守っている、額に汗を垂らし、固唾を飲んで俺を見ている。ネザメに危害を加えないか警戒している。

「水月、くん……」

ネザメは不安そうに俺を見上げている。まずは安心させてやらなければ。でもどうする? 今口を開いたら唾液を零しそうだ、まず啜ろう。

「……水月くん、そんなに……僕を」

念の為手の甲で口を拭いているとネザメが俺の首に抱きついてきた。

「水月くんっ……! ごめんね、我慢させて……嬉しいよ、そんなに僕を求めてくれていたんだね。少し怖いけれど、この身体……水月くんの好きにしていいよ。きっとそれが僕の幸せへの近道なんだね」

「ネ、ネザメさん……そんな」

今まで抱かれるのだけは嫌がっていたくせに、そんないきなり全部放り投げられても困る。

「……君なら僕の嫌なことなんてしないだろう? たくさん見てきたから分かっているよ、水月くん……君は、優しいんだ」

「…………嫌われたくなくて、必死になってるだけです」

一瞬だけ弱音を吐いて、ボタンを外し終えた寝間着を開く。薄い胸板と割れていない腹から一旦目を逸らし、細く長い首筋に唇を押し付ける。

「んっ……ふふ、くすぐったい」

ネザメは子供のように無邪気に笑いながら俺に抱きつく。

「ネザメさん……ネザメさんっ、はぁ……ヤバい、これ……俺の、俺のなんだ……」

首筋にキスをしながら顎を辿るように耳へと近付く。その過程で漏らした吐息と言葉は酷く格好悪いものだった。

「……っ、あ……だ、め、だめ……そこで話さないでっ」

「あぁ、耳弱いんでしたっけ……可愛い」

「んっ……! だ、だからぁっ、ダメだって……言ってるのに、なんでやめないのっ……」

「好きにしていいんでしょう?」

耳に唇を掠らせて普段以上に低い声で話す。きっとネザメはゾワゾワと脳を撫でられるような快感を覚えているのだろう。俺もサンに耳を舐められたり耳元で話された時はそう感じた。

「ひっ、ぁ、あぅぅっ……! 水月、くんはぁっ……僕の、嫌なこと……しなっ、ぃ……水月くんはっ、やさひっ……くて、あいりょ……ぶかいからぁっ」

「そんなのネザメさんの勝手な思い込みじゃないですか」

「……っ!? そんなっ、ぁ……息、かけないれぇっ」

俺はまだ耳を舐めも噛みもしていない。耳以外への愛撫も全くしていない、ただ半裸の彼に覆い被さって耳元で話しているだけだ。息をあえて耳の中に吹き込んだりもしていない、普段通りに呼吸しているだけだ。それなのにネザメはもう呂律が回っていない。

(ネザメちゃま弱過ぎますぞ。パイセンより敏感じゃないですか、こんなもん抱いたら気持ちよさでショック死するのでわ? 御曹司がアクメ死とか……うわぁ)

チラリとミフユの方を見る。彼はただ俺達を見ているだけだ、少し頬が赤いけれど険しい顔すらしていない。つまりまだミフユ的にはセーフ、まだイケる。

「よく思い出してください、俺はネザメさんを照れさせて弄ぶような男なんですよ? そんな可愛い声で「だめ」なんて言われたってやめませんよ、やめる訳ない……可愛過ぎる。あなただって男で、タチだったんだから分かるでしょう?」

嫌よ嫌よも好きのうち、とはよく言ったものだ。実際快感はくすぐったさの向こうにある場合も多い、耳や首で得る快感は特にそうだ。

「でも……でも水月くんは、僕のやなことしない……」

俺の紳士神話が崩れないな。

「……そうですね、俺は彼氏が本気で嫌がることは絶対しません。ネザメさん気付いてないんですか? 嫌がってないんですよ、あなた……弱い耳を責められて、嫌だと泣いてもやめてもらえない……そんな状況を、あなたは望んでいるんです」

発声方法を少し変えてみる。少し掠れさせて、喉の奥深くから音を出す感覚で……出た出た、俺の中の最高点のイケボ。

「な、に……言って。僕は……僕は、耳されるの……嫌なんだよ?」

「……本当に?」

「ひぅっ……!」

「本当に嫌なことをされたら人間、すごい力で反抗するものですよ。火事場の馬鹿力ってヤツですね。闘争、逃走本能……それが働く。ハルが俺から距離取ったり、俺の手振り払ったりしちゃうアレです。ネザメさんにはそれがない……だめ、やだ、そう言うだけで身体はふにゃふにゃ……せいぜいきゅっと身を縮めるだけで、俺を押しのけようともしない。気持ちいいんでしょう? 耳」

舌を伸ばし、耳の縁をゆっくりと舐め上げる。

「ひぁああっ!?」

ネザメは甲高い声を上げて身を縮こまらせたが、逃げようとも俺を突き飛ばそうともしない。俺はニヤリと笑い、ネザメの頭を撫でた。

「……怯えてたりして身体が動かなくなったりして、それでも何とか「嫌だ」と意思表示する……そんなこともあるでしょう。でもそれなら俺分かります、彼氏のことですもん。ネザメさん……あなたの「だめ」はただただ可愛い。本気で嫌がって言ってたら俺、あっまずいなって、やり過ぎたなって、きっと察せちゃいますよ。でも可愛いだけなんですもんあなた……ねぇ、悦んでるんですよね?」

はむ、と耳を口に含む。

「ひぅぅっ……!」

「ミフユさんを縛ったり、跪かせたりしてSぶってましたけど……実はあなたがそうして欲しかったんですね? 人の上に立つように育てられたあなたは、こうして組み敷かれて嫌だと言っているのに責められることを夢見てた。ミフユさんに対して自分がして欲しいことを行って、自分をミフユさんに重ねて、擬似的な発散をしていた……もうそんなことしなくていいんですよネザメさん、俺があなたの夢も願いもぜーんぶ叶えてあげます。して欲しいことなんでもしてあげます……幸せにしてあげますね」

実際ネザメの行動原理が俺の言ったことと全く違っていたとしても、羞恥と照れと快感でぐちゃぐちゃになった脳は「そうだったのかもしれない」と楽な方に流れて今だけは抵抗感が緩むかもしれない。なのであえて決め付けるように話してみる。

「み、つき……くん」

「……はい」

「水月くん……水月くん、も……もっと、僕のこと」

「…………はい」

「いじ、めて」

堕ちた──! 堕ちた、儚げミステリアス御曹司のネザメを陥落させた!
俺は拳を強く握ってミフユを見た。

「……!」

ミフユは力強いサムズアップを俺に見せてくれた。
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