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照れ屋な次期当主様
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昼食を終えた俺達は再び海へと走った。フロートに乗ろうと悪戦苦闘する者、腰まで浸かってボールで遊ぶ者、様々だ。
「レイ、チーズ口についてるぞ」
「え、どこっすか?」
俺はリュウに渡された漢字の大のような形の紙を丸めてティッシュっぽく見せつつ、何もついていない頬を拭った。
「ん……そのティッシュ随分硬い紙っすね」
「痛かったか? ごめんな」
「痛くはないっすよ。ありがとうございましたっす」
紙をくしゃくしゃに丸めて手の中に隠し、俺に顔を綺麗にしてもらったと思い込んでいる上機嫌なレイと共に水深の深い方へと歩いていく。
「今日はたっぷり泳ぎたい気分なんすよ」
「そうか、付き合うよ」
海に物を捨てる罪悪感を抱きつつ、リュウに教えられた通り紙を海に流す。海面を漂った紙は俺から数メートルの場所で突然沈んだ、まるで海の中から何かに引っ張られたように。
「せんぱい、俺のとこ来てくれてるのめちゃくちゃ嬉しいんすけど……眠いんでテント戻るっす」
「え? あ、あぁ……泳がないのか?」
「んー、海は楽しいんすけど俺元々運動好きじゃないっすし、今日はもう満足って感じっす。お腹いっぱいっすし、お昼寝するっす。じゃ、せんぱい、また後で構って欲しいっす」
「……あぁ、またな」
急に気が変わったらしいレイは欠伸をしながらテントに戻った。首を傾げつつ、他の彼氏の元へ泳ぐ。
「あ、水月くん! うわっ……!」
フロートに乗ったネザメがひっくり返るところに間に合ったので、ネザメの背を支えて顔が水に浸かることだけは防いでやった。
「あぁ……ありがとう水月くん。なかなか上手く乗れなくてね」
流れていこうとするシャチ型フロートを捕まえてネザメに渡す。ネザメは俺が渡したフロートの尻尾を握り、はにかんで礼を言った。
(普段と雰囲気違いますなぁ、ふんわりの髪の毛が濡れてぺしょっとなって……いや皆さんぺしょっとなるんですが、ネザメちゃまは皆さんより髪が長めなので映えますな)
普段ふんわりと広がり耳を半分程度見せていたはずの亜麻色の髪が、今は完全に耳を隠している。そっと髪に触れ、耳に髪をかけてやると、ネザメはまた頬を薄紅色に染めて照れくさそうに微笑んだ。
「髪、目に入っちゃいません?」
「……水月くん何とかしてくれないかい?」
普段から目に入ってしまいそうな髪は濡れたことでより目に入りやすそうになっていた。海水を含んだ髪が目に入ったら相当痛いだろう。
「こう……ですかね?」
俺はネザメの長い前髪を海水を使って撫で付けた。普段額が見えないネザメのオールバックヘアは新鮮で、端から端までしっかりと見える眉の綺麗な形にも見とれた。
「ありがとう。でも……あまり見ないで欲しいな、照れてしまうよ。額を出していると、変……かい?」
「まさか! 可愛いですよ、ネザメさん」
「……ありがとう」
アキほどではないが、ネザメも色素が薄い。亜麻色の髪がその証拠だ、眉も虹彩も同じく淡い色をしていて、色白な肌もあいまってネザメの儚げな魅力を補強している。一瞬後に目の前から消えてしまいそうで、捕まえたくなる。けれど触れると壊れてしまいそうで、手を伸ばすのがはばかられる。
「まさに水も滴るいい男、な君に褒められても……少し複雑な気分だよ」
視線を逸らしたネザメに意を決して手を伸ばす。海面下でネザメの腰を抱き、ゆっくりと引き寄せる。
「わ……ふふっ、どうしたの水月くん。ダメだよ、こんな近くで……僕、僕こんな、近くで……君を見たら、僕ぅ……」
ネザメの顔がどんどん赤くなっていく。先程髪をかけてやったばかりの耳まで赤い。
「みつき、くん……」
微かに震える手からシャチ型フロートが逃げていく。波に乗って浜へと向かうフロートを、俺もネザメも目ですら追わない。
「だ、め……」
俺の顔を見て照れて限界を迎えているくせに、俺から目を離そうとはしない。震えていた瞳が瞼の下に隠される。長いまつ毛に誘われるように腕の力を強めた俺は、ネザメの顔に手を添えて唇を重ねた。
「ネザメ様! シャチが逃げて……!」
舌を入れる隙を伺っているうちにシャチ型フロートを捕まえてきたミフユがネザメの元に戻り、ネザメは慌てて俺から離れる。
「ミフユ! あぁ、すまない。ありがとう、つい離してしまって」
「いえ……鳴雷一年生との時間を邪魔してしまったようで申し訳ありません。自分はシャチを連れて離れていますので、どうぞ続きをお楽しみください」
「そ、そんなんじゃないよ……全然、そんなんじゃ」
「ネザメ様……ネザメ様も鳴雷一年生の恋人でしょう? なのにいつまで経っても顔が良過ぎるだの緊張するだの言って逃げてばかり! 鳴雷一年生の恋人はたくさんいるんですから、積極的にならなければ埋もれてしまいますよ! いいんですか、紅葉家次期当主ともあろう者がそんな体たらくで!」
ネザメ、なんか説教されてる。どうしよう、話しかけにくいな。他の彼氏のところ行ってようかな。
「……! ほら、鳴雷一年生が行ってしまいますよネザメ様!」
「え、あっ……で、でも、顔を合わせると何を話せばいいか分からなくなってしまうし、僕と居るよりも他の子と話していた方がきっと水月くんは楽しく……」
「いいから追いかける!」
「あ、ぁ、お、押さないで、押さないでミフユぅっ」
キョロキョロと見回して他の彼氏達の居場所を再確認し、誰の元へ行こうかと悩んでいると、背中にトンとネザメがぶつかった。
「ネザメさん、お説教終わりました? 俺に構ってくれます?」
「ぁ……もちろん、でも……でも君は僕と居るよりも、他の子と話していた方が楽しいんじゃないのかい?」
「どうしてそんなこと言うんです。俺はネザメさんと居るの楽しいですよ」
「でも……僕、上手く話せなくて」
「そういうところが可愛くて面白いんじゃないですか」
頬を撫で、にっこりと微笑む。ネザメはぽっと顔を赤くして俯き、拳を強く握る。
「……ほら、可愛い」
「もう……! わざとなのかい? 僕を照れさせて遊ばないでおくれよ」
「ふふっ、ごめんなさい」
ちゅ、と普段は露出していない額にキスをし、耳元で囁く。
「……今日の夜、ネザメさんの部屋に行ってもいいですか? もっとゆっくりお話したり、スキンシップしたりしたいです」
「も、もち……ろん」
腰が抜けてしまっているらしいネザメを支えつつ、そろそろ抱けるかもしれないなとほくそ笑んだ。
「レイ、チーズ口についてるぞ」
「え、どこっすか?」
俺はリュウに渡された漢字の大のような形の紙を丸めてティッシュっぽく見せつつ、何もついていない頬を拭った。
「ん……そのティッシュ随分硬い紙っすね」
「痛かったか? ごめんな」
「痛くはないっすよ。ありがとうございましたっす」
紙をくしゃくしゃに丸めて手の中に隠し、俺に顔を綺麗にしてもらったと思い込んでいる上機嫌なレイと共に水深の深い方へと歩いていく。
「今日はたっぷり泳ぎたい気分なんすよ」
「そうか、付き合うよ」
海に物を捨てる罪悪感を抱きつつ、リュウに教えられた通り紙を海に流す。海面を漂った紙は俺から数メートルの場所で突然沈んだ、まるで海の中から何かに引っ張られたように。
「せんぱい、俺のとこ来てくれてるのめちゃくちゃ嬉しいんすけど……眠いんでテント戻るっす」
「え? あ、あぁ……泳がないのか?」
「んー、海は楽しいんすけど俺元々運動好きじゃないっすし、今日はもう満足って感じっす。お腹いっぱいっすし、お昼寝するっす。じゃ、せんぱい、また後で構って欲しいっす」
「……あぁ、またな」
急に気が変わったらしいレイは欠伸をしながらテントに戻った。首を傾げつつ、他の彼氏の元へ泳ぐ。
「あ、水月くん! うわっ……!」
フロートに乗ったネザメがひっくり返るところに間に合ったので、ネザメの背を支えて顔が水に浸かることだけは防いでやった。
「あぁ……ありがとう水月くん。なかなか上手く乗れなくてね」
流れていこうとするシャチ型フロートを捕まえてネザメに渡す。ネザメは俺が渡したフロートの尻尾を握り、はにかんで礼を言った。
(普段と雰囲気違いますなぁ、ふんわりの髪の毛が濡れてぺしょっとなって……いや皆さんぺしょっとなるんですが、ネザメちゃまは皆さんより髪が長めなので映えますな)
普段ふんわりと広がり耳を半分程度見せていたはずの亜麻色の髪が、今は完全に耳を隠している。そっと髪に触れ、耳に髪をかけてやると、ネザメはまた頬を薄紅色に染めて照れくさそうに微笑んだ。
「髪、目に入っちゃいません?」
「……水月くん何とかしてくれないかい?」
普段から目に入ってしまいそうな髪は濡れたことでより目に入りやすそうになっていた。海水を含んだ髪が目に入ったら相当痛いだろう。
「こう……ですかね?」
俺はネザメの長い前髪を海水を使って撫で付けた。普段額が見えないネザメのオールバックヘアは新鮮で、端から端までしっかりと見える眉の綺麗な形にも見とれた。
「ありがとう。でも……あまり見ないで欲しいな、照れてしまうよ。額を出していると、変……かい?」
「まさか! 可愛いですよ、ネザメさん」
「……ありがとう」
アキほどではないが、ネザメも色素が薄い。亜麻色の髪がその証拠だ、眉も虹彩も同じく淡い色をしていて、色白な肌もあいまってネザメの儚げな魅力を補強している。一瞬後に目の前から消えてしまいそうで、捕まえたくなる。けれど触れると壊れてしまいそうで、手を伸ばすのがはばかられる。
「まさに水も滴るいい男、な君に褒められても……少し複雑な気分だよ」
視線を逸らしたネザメに意を決して手を伸ばす。海面下でネザメの腰を抱き、ゆっくりと引き寄せる。
「わ……ふふっ、どうしたの水月くん。ダメだよ、こんな近くで……僕、僕こんな、近くで……君を見たら、僕ぅ……」
ネザメの顔がどんどん赤くなっていく。先程髪をかけてやったばかりの耳まで赤い。
「みつき、くん……」
微かに震える手からシャチ型フロートが逃げていく。波に乗って浜へと向かうフロートを、俺もネザメも目ですら追わない。
「だ、め……」
俺の顔を見て照れて限界を迎えているくせに、俺から目を離そうとはしない。震えていた瞳が瞼の下に隠される。長いまつ毛に誘われるように腕の力を強めた俺は、ネザメの顔に手を添えて唇を重ねた。
「ネザメ様! シャチが逃げて……!」
舌を入れる隙を伺っているうちにシャチ型フロートを捕まえてきたミフユがネザメの元に戻り、ネザメは慌てて俺から離れる。
「ミフユ! あぁ、すまない。ありがとう、つい離してしまって」
「いえ……鳴雷一年生との時間を邪魔してしまったようで申し訳ありません。自分はシャチを連れて離れていますので、どうぞ続きをお楽しみください」
「そ、そんなんじゃないよ……全然、そんなんじゃ」
「ネザメ様……ネザメ様も鳴雷一年生の恋人でしょう? なのにいつまで経っても顔が良過ぎるだの緊張するだの言って逃げてばかり! 鳴雷一年生の恋人はたくさんいるんですから、積極的にならなければ埋もれてしまいますよ! いいんですか、紅葉家次期当主ともあろう者がそんな体たらくで!」
ネザメ、なんか説教されてる。どうしよう、話しかけにくいな。他の彼氏のところ行ってようかな。
「……! ほら、鳴雷一年生が行ってしまいますよネザメ様!」
「え、あっ……で、でも、顔を合わせると何を話せばいいか分からなくなってしまうし、僕と居るよりも他の子と話していた方がきっと水月くんは楽しく……」
「いいから追いかける!」
「あ、ぁ、お、押さないで、押さないでミフユぅっ」
キョロキョロと見回して他の彼氏達の居場所を再確認し、誰の元へ行こうかと悩んでいると、背中にトンとネザメがぶつかった。
「ネザメさん、お説教終わりました? 俺に構ってくれます?」
「ぁ……もちろん、でも……でも君は僕と居るよりも、他の子と話していた方が楽しいんじゃないのかい?」
「どうしてそんなこと言うんです。俺はネザメさんと居るの楽しいですよ」
「でも……僕、上手く話せなくて」
「そういうところが可愛くて面白いんじゃないですか」
頬を撫で、にっこりと微笑む。ネザメはぽっと顔を赤くして俯き、拳を強く握る。
「……ほら、可愛い」
「もう……! わざとなのかい? 僕を照れさせて遊ばないでおくれよ」
「ふふっ、ごめんなさい」
ちゅ、と普段は露出していない額にキスをし、耳元で囁く。
「……今日の夜、ネザメさんの部屋に行ってもいいですか? もっとゆっくりお話したり、スキンシップしたりしたいです」
「も、もち……ろん」
腰が抜けてしまっているらしいネザメを支えつつ、そろそろ抱けるかもしれないなとほくそ笑んだ。
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