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未だ生々しい傷跡
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頭を洗い終えたセイカはボディソープに手を伸ばさず、鏡をじっと見つめて髪を引っ張ったりしている。
「……セイカ? どうしたんだ?」
「ん、いや……ぺしょってなっちゃって、パーマ当ててもらったのに。乾かしたら戻るんだけど、本当に戻るか不安になって」
「パーマって二ヶ月くらいは保つんじゃなかったっけ、やったことないから知らないけど」
「……そうなんだ。じゃあ……気にしなくてもいいんだな」
セイカは髪を弄るのをやめ、ボディソープに手を伸ばした。俺の視線を気にしつつも着々と身体を洗っていく様子は見ていて飽きない。
「あんまり見るなよ……」
そう言って足の間を念入りに洗ったり……あぁ、可愛い。
「のぼせそうだからちょっと上がっておくよ」
もう少しで身体を洗うのも終わるだろう。とうとう手が出せる。興奮しているのに頭と呼吸は落ち着いている、まるで獲物に気付かれまいと気配を殺す捕食者のように。
「背中流そうか?」
「ぁ……お願い」
ウォッシュタオルの端を太腿と右腕で挟み、右手でもう片方の端を持ち、上下に動かして背中を洗う。それはセイカが片手でも一人で背中を洗えるようにと編み出した方法だが、両手を使うよりはずっとぎこちなく時間のかかるもので、俺は待ちきれなくなってしまった。
(狭い……小さい、セイカ様、こんなに小さいんですな)
身長差はそれほどないはずなのに、セイカの背中は小さく感じた。まだ仲良くしてくれていた中学一年生の始め頃、既に俺の方が背は高かったけれど彼の背中は大きく感じた。俺をからかう連中を上手く止めて、盗られた物なんかを取り返してくれて……あの背中はとても大きかった。俺を虐め出した後もそうだ、恐怖で大きく見えていた。
「わっ……な、何っ……?」
小さくなった背中に言いようのない寂しさや愛しさが吹き出して、気付けば彼を背後から抱き締めていた。
「……あぁ、ごめん」
「もうちょい我慢しろよぉ……あーぁ身体にまで泡ついちゃって」
「うん……セイカ、好きだよ」
「……っ、な、なんだよ、誤魔化す気か? 洗えたんだよな? 泡……もう流すぞ」
セイカはシャワーヘッドを壁に固定したまま湯を出した。あぁそうか、片手で持ってもう片手で体を擦って泡を効率よく落として……が出来ないのか。こうして改めて見ると色々と不便が多いな、義手を買ってもこの不便は終わらないのだろう? 大抵の義手は自前の腕のようには動かないらしいから。
「……わっ、何、まだだってば」
また抱き締めてしまった。でも、今度はすぐには離せなかった。もっと早くに彼を見つけていたら、車道に飛び出させられる前に彼を救えていたら……いやもっと前、中学時代にどうにか和解出来ていたら──そんな思いが止まらない。
「ごめんなさい……」
「え、何が? あっ、いや、別に……そんなに気にしなくても、鳴雷にぎゅってされるの好きだし。ただまだ泡流せてないから、鳴雷にも泡ついちゃうから待って欲しかっただけで……謝らなくても」
「…………うん」
俺がもっとちゃんとしていたら、セイカの右腕も左足もまだあったかもしれない。そう思うと胸が痛くて、眼球の裏側が熱くて、叫び出したくなる。けれど堪えて笑顔でセイカを離した。
「流せたかな……? ほら、鳴雷も」
最初にセイカに抱きついた時身体の前面についた泡を流すため、セイカは左手でシャワーヘッドを持った。俺が受け取らずにぼーっとセイカを見つめていると、短くため息をついて右腕の断面で俺の胸や腹を擦った。
「もー……こんな身体のヤツに世話させんなよなぁ」
そうボヤくセイカの口角は微かにだが持ち上がっていた。セイカにとって俺の世話をするのは楽しいのか? 中学時代の始めを思い出すのだろうか。
「ん、流せた。手も? 手出せ」
泡まみれの手も流してくれる。肘の少し先までしかない右腕で擦ってくれる。
「……何?」
手のひらを流されている最中、俺はセイカの右腕を握った。
「…………昼間話したよな、俺セイカの虐待に気付けたかもって。もっとちゃんとセイカを問い詰めたり、虐められても諦めずにセイカに食らいつけば俺達もっと、何とかなったんじゃないかって……セイカが、虐められて……大怪我したのは、俺がセイカと分かり合うのサボったからで」
「鳴雷……それは違う」
「違わないっ、俺があの時何もしなかったから今こうなってるけど、あの時何かしてたら変わったかも……! セイカの手足は全部揃ってたかも! なのに、なのに俺……萌えちゃう、可愛い……どうしようもなく、犯したい。孕ませたい……」
「…………欠損、好きなんだっけ?」
「好きぃ……ごめんね? ごめんねぇ? 右手使って泡流してくれるとか俺もう無理……ノーハンド射精出来る……」
「変態だなぁ……まぁ、そんなに気に入ってくれてるのは嬉しい……鳴雷のせいってのは違うけど、全然そんなことないんだけど…………鳴雷の好みに俺がなるためにって思えば、結構……うん、いいかも。鳴雷のせいじゃないけど、そう思いたいなら俺もそれでいい、そっちのが嬉しいし……大好き、鳴雷」
セイカの両腕が背に回る。非力ながらに必死に抱きついてくれている、胸に寄せられた顔はとても幸せそうに緩んでいる。
「……セイカ」
目の前の鏡にセイカの背中が映っている。泡で隠されていない、丸出しの背中が。血行がよくなって裂傷を縫った跡が浮かび上がっている背中が。
「セイカ……」
大型トラックの前に飛び出したというセイカの傷は手足の欠損だけではない。手にも足にも背にも腹にも傷跡がある。真正面から見た顔にはないけれど、顎や耳の辺りには裂けて縫われた跡がある。
「…………せぇか様ぁ」
まだ生々しい傷跡を見ていると、彼を守って幸せにしたいという欲望がより大きくなった。
「……セイカ? どうしたんだ?」
「ん、いや……ぺしょってなっちゃって、パーマ当ててもらったのに。乾かしたら戻るんだけど、本当に戻るか不安になって」
「パーマって二ヶ月くらいは保つんじゃなかったっけ、やったことないから知らないけど」
「……そうなんだ。じゃあ……気にしなくてもいいんだな」
セイカは髪を弄るのをやめ、ボディソープに手を伸ばした。俺の視線を気にしつつも着々と身体を洗っていく様子は見ていて飽きない。
「あんまり見るなよ……」
そう言って足の間を念入りに洗ったり……あぁ、可愛い。
「のぼせそうだからちょっと上がっておくよ」
もう少しで身体を洗うのも終わるだろう。とうとう手が出せる。興奮しているのに頭と呼吸は落ち着いている、まるで獲物に気付かれまいと気配を殺す捕食者のように。
「背中流そうか?」
「ぁ……お願い」
ウォッシュタオルの端を太腿と右腕で挟み、右手でもう片方の端を持ち、上下に動かして背中を洗う。それはセイカが片手でも一人で背中を洗えるようにと編み出した方法だが、両手を使うよりはずっとぎこちなく時間のかかるもので、俺は待ちきれなくなってしまった。
(狭い……小さい、セイカ様、こんなに小さいんですな)
身長差はそれほどないはずなのに、セイカの背中は小さく感じた。まだ仲良くしてくれていた中学一年生の始め頃、既に俺の方が背は高かったけれど彼の背中は大きく感じた。俺をからかう連中を上手く止めて、盗られた物なんかを取り返してくれて……あの背中はとても大きかった。俺を虐め出した後もそうだ、恐怖で大きく見えていた。
「わっ……な、何っ……?」
小さくなった背中に言いようのない寂しさや愛しさが吹き出して、気付けば彼を背後から抱き締めていた。
「……あぁ、ごめん」
「もうちょい我慢しろよぉ……あーぁ身体にまで泡ついちゃって」
「うん……セイカ、好きだよ」
「……っ、な、なんだよ、誤魔化す気か? 洗えたんだよな? 泡……もう流すぞ」
セイカはシャワーヘッドを壁に固定したまま湯を出した。あぁそうか、片手で持ってもう片手で体を擦って泡を効率よく落として……が出来ないのか。こうして改めて見ると色々と不便が多いな、義手を買ってもこの不便は終わらないのだろう? 大抵の義手は自前の腕のようには動かないらしいから。
「……わっ、何、まだだってば」
また抱き締めてしまった。でも、今度はすぐには離せなかった。もっと早くに彼を見つけていたら、車道に飛び出させられる前に彼を救えていたら……いやもっと前、中学時代にどうにか和解出来ていたら──そんな思いが止まらない。
「ごめんなさい……」
「え、何が? あっ、いや、別に……そんなに気にしなくても、鳴雷にぎゅってされるの好きだし。ただまだ泡流せてないから、鳴雷にも泡ついちゃうから待って欲しかっただけで……謝らなくても」
「…………うん」
俺がもっとちゃんとしていたら、セイカの右腕も左足もまだあったかもしれない。そう思うと胸が痛くて、眼球の裏側が熱くて、叫び出したくなる。けれど堪えて笑顔でセイカを離した。
「流せたかな……? ほら、鳴雷も」
最初にセイカに抱きついた時身体の前面についた泡を流すため、セイカは左手でシャワーヘッドを持った。俺が受け取らずにぼーっとセイカを見つめていると、短くため息をついて右腕の断面で俺の胸や腹を擦った。
「もー……こんな身体のヤツに世話させんなよなぁ」
そうボヤくセイカの口角は微かにだが持ち上がっていた。セイカにとって俺の世話をするのは楽しいのか? 中学時代の始めを思い出すのだろうか。
「ん、流せた。手も? 手出せ」
泡まみれの手も流してくれる。肘の少し先までしかない右腕で擦ってくれる。
「……何?」
手のひらを流されている最中、俺はセイカの右腕を握った。
「…………昼間話したよな、俺セイカの虐待に気付けたかもって。もっとちゃんとセイカを問い詰めたり、虐められても諦めずにセイカに食らいつけば俺達もっと、何とかなったんじゃないかって……セイカが、虐められて……大怪我したのは、俺がセイカと分かり合うのサボったからで」
「鳴雷……それは違う」
「違わないっ、俺があの時何もしなかったから今こうなってるけど、あの時何かしてたら変わったかも……! セイカの手足は全部揃ってたかも! なのに、なのに俺……萌えちゃう、可愛い……どうしようもなく、犯したい。孕ませたい……」
「…………欠損、好きなんだっけ?」
「好きぃ……ごめんね? ごめんねぇ? 右手使って泡流してくれるとか俺もう無理……ノーハンド射精出来る……」
「変態だなぁ……まぁ、そんなに気に入ってくれてるのは嬉しい……鳴雷のせいってのは違うけど、全然そんなことないんだけど…………鳴雷の好みに俺がなるためにって思えば、結構……うん、いいかも。鳴雷のせいじゃないけど、そう思いたいなら俺もそれでいい、そっちのが嬉しいし……大好き、鳴雷」
セイカの両腕が背に回る。非力ながらに必死に抱きついてくれている、胸に寄せられた顔はとても幸せそうに緩んでいる。
「……セイカ」
目の前の鏡にセイカの背中が映っている。泡で隠されていない、丸出しの背中が。血行がよくなって裂傷を縫った跡が浮かび上がっている背中が。
「セイカ……」
大型トラックの前に飛び出したというセイカの傷は手足の欠損だけではない。手にも足にも背にも腹にも傷跡がある。真正面から見た顔にはないけれど、顎や耳の辺りには裂けて縫われた跡がある。
「…………せぇか様ぁ」
まだ生々しい傷跡を見ていると、彼を守って幸せにしたいという欲望がより大きくなった。
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