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内気少年のジュースアタック

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滝のように涙が溢れ出す。いや……流石に滝は嘘だ、山道を歩いているとたまに見つける湧き水くらいの溢れ方だ。それでも人間の涙としてはかなりの勢いだろう。

「水月また泣いとる」

「はぁ? あぁもう今度は何だ。狭雲、危ないからこっちおいで」

いつの間にかレイと肉焼き役を交代していた歌見が腕を広げる。俺はセイカを抱き締め、言った。

「がわいい……めぢゃぐぢゃっ、がわいいでず……」

「…………解散解散! 嬉し涙だこのバカ」

呆れからのため息をつき、安心したようにふっと微笑んだ歌見はパンパンッと手を叩く。俺はセイカの脇に手を通し、猫を持ち上げるようにして彼を高く掲げる。

「俺の彼氏です! 俺の彼氏です!」

「知っとる知っとるここに居るんみんな水月の彼氏や」

「おい狭雲……どんな態度取ったらここまでおかしくなるんだ」

「わ、分かんないっ……な、鳴雷、この持ち方やだ、脇痛い」

「ンァアアアアア!? ごめんなさい!」

即座にお姫様抱っこに戻し、椅子に座り直す。セイカは困惑しながらも自らの手でラムチョップを持ってはむはむと食べ進めた。ラム肉、気に入ったのかな。

「はぁあ~可愛過ぎんだろふざけてんのか」

「喜怒哀楽の弁ぶっ壊れてるのか?」

「はぁ、もう、はぁ……ふっ、ぅ……ぉえ……は、吐きそ」

「嬉し泣きは分かるが嬉しゲロはおかしいだろ!?」

「嬉ションならいいんですか!?」

「全部ダメだ嬉しくても何の液体も漏らすな!」

落ち着くまでは危険だとか言って歌見は強制的に俺からセイカを奪い取った。片足立ちで歌見にしがみついているセイカは心配そうに恋しそうに俺を見つめている。

「みぃ、くん……ジュース……」

「あぁ、カンナ……ありがとう、可愛いな。可愛いなぁ……ふふ、へへっ……天国かここ、可愛い彼氏しか居ないぞ……? ふへへ……ぉえっ、ふぅ……ふふ、ふ…………感情高ぶると吐きそうになるんだな俺……嫌なことあった時だけだと思ってた」

「じゅ……す。飲んで、飲ん……ら、すっき……する、かも」

「いっぱいあーんしてもらったし、そもそも彼氏達が切ったり焼いたりしたもん吐きたくな……ぅえっ、ふふ……マジでヤバい、本当に出る……うふふふふふぶむっ」

口にコップが押し付けられた。前歯の痛みを気にする間もなくコップが傾けられ始める。

「のめ」

「んっ、んー! んーっ!?」

大人しいカンナに無理矢理ジュースを飲まされるとは思わなかった。カンナがコップを無茶に傾けはしなかったから何とか口から溢れさせずに全て飲み切ることが出来た。

「ま、だ……いる?」

「い、いや……もう吐き気も収まったし、大丈夫だよ。カンナ、意外と大胆なところもあるんだな……そんなところも可愛いよ」

冷たいジュースのおかげなのか気分が落ち着いた気がする。

「…………みぃくん、せーくん……好き?」
 
「ん? うん、好きだよ。もちろんカンナのことも大好きだ、それがどうかしたか? カンナ……カンナも、セイカのこと嫌いかな?」

カンナは少し躊躇うような素振りを見せた後、小さく頷いた。

「……そっか。残念っちゃ残念だけど、嬉しいよ。それだけ俺のこと想ってくれてるってことだもんな」

セイカに嫌悪感を抱かず普通に接している者達は俺への気持ちが足りないなんて話じゃない、俺への気持ちの表れ方は人によって違うのだから。

「ち、がう……ぼく、はじ……て、会っ……と、から……せーくん、やだ……」

「え……昔のこと知る前から? なんでだ?」

カンナはイジメられた経験がありそうだし、イジメっ子を嗅ぎ分けたのだろうか。

「…………大人しくて、扱い……にく……て、声小さ、くて……おーけが、して……る……から、やだ」

「……だから、の意味がちょっと分からないよ」

「キャラ、かぶ……り、して……ない? せーくん……」

「へっ……? あぁ、あー……いや、カンナは別に扱いにくくないぞ? 大人しくて声小さいって言っても、カンナに比べればセイカはそうでもないし……怪我だって、種類違うし」

まさかカンナがキャラ被りを気にしていたとは……

「カンナとセイカは全然似てないよ」

「……そ、ぉ?」

「うん。セイカと仲良くしてくれるか?」

「…………がっこ、とか、で……みぃくん、ぼく……一番、気……して、くれる。けど……せーくん、いたら……せーくん、一番……なの、やだ」

弟か妹が生まれたばかりの、まだ幼い兄か姉みたいなこと言ってるなぁ。

「俺がカンナを一番気にかけるのは、カンナが自分から俺に構ってってあんまり言えないからだよ。セイカもそう……っていうか、構おうとしても遠慮しちゃったりするからちょっと強引に行かないと平等にならないんだ」

「……ぼく、から……行けば、みぃくん……かま、て……くれる?」

「もちろん」

「…………せーくん、仲良く……した、ら……みぃくん、よろこ、ぶ?」

「めちゃくちゃ」

「……じゃ、あ……仲良く……する」

行動原理が俺しかないのか? 愛されているのは嬉しいが、もう少し他者と関わった方がカンナの人生は豊かになるだろう。今回の旅行で他の彼氏達ともっと仲良くなってくれればいいのだが。

(カンナたん……同級生の彼氏達以外とはろくに話してないですよな。それも話しかけられたらちゃんと返事する程度で、自分から話しかけることなんて滅多にない…………あれ、アキきゅんにべったりされてるセイカ様よりカンナたんに目かけてあげないと、旅行中ぼっちっぽくなるのでは?)

俺とリュウ以外とろくに話せないのだから、俺に構われているからなんて幼い理由でセイカに苦手意識を持つのも無理はない。

「カンナ、車では誰と何の話したんだ?」

「とり、くん……に、ぷぅ太の、こと、聞か……て、話……た」

「…………それだけか?」

「……? うん」

思っていた以上に人見知りが激しく、無口なんだな。話を広げないし小声で聞き取りにくいから、話しかける方もやり辛くてカンナを悪意なく避けてしまうのかもしれない。

「野菜串作る時はミフユさんと話さなかったか?」

「せつ、め……された、よ」

役割分担を承諾し、説明を聞いて実行した。つまり頷いていただけで会話はなかった……と。

「ジュース配った時にみんなと一言二言話したりはしなかったか?」

「み、んな……あ、がと……言っ……くれ、た」

やはり会話はなかったのか。旅行中放っておけば普段はあまり会えない同級生以外の彼氏達と自然に仲良くなれるだろうという当初の俺の見立ては甘かった。お膳立てしてやらなければ彼は俺が構っていない間ずっとウサギと遊んでいるだろう。旅行中の目的が出来た、カンナに人間の親友を作らせることだ。
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