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キュン死につき緊急搬送

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本心から後悔し謝罪をされても、許すとは言えなかった。どんなにセイカが衰弱していても、どんなにセイカが愛おしくても、あの記憶は忌々しいにも程があって、許せなかった。許さないことでセイカを縛り付けておきたい気持ちもあった。

「セイカ……あの、さ……」

でも、最近は少し悩んでいるんだ。思い出してしまったんだ、あの頃のセイカの不審さを。
長袖のシャツしか着ず、夏場の体育でもジャージで過ごした彼は、肌が弱いから日焼けしたくないのだと言い訳していた。それでも何度か手首にアザを見つけたことがあるけれど、指摘して心配したら不機嫌になったから二度目からは見なかったフリをして、俺はそれに慣れた。

「泣かないで……」

あらゆる不審点を俺は見逃した。女性の怒鳴り声に異様に怯えるところも、家庭科の実習などで湯を沸かした時に微かに震えていたのも、近くで誰かが手を振り上げるとビクッと身体を跳ねさせる癖も、分かっていたのに見逃し続けた。だって指摘したらセイカが不機嫌になるから、大好きなセイカに嫌われたくなかったから。変なアザを見つけてしまっても、どこかを痛がるような素振りを見せていても、体調が悪そうでも、心配は自分の中だけで完結させて口にも態度にも出さなかった。嫌われたくなかったから、俺に笑いかけていて欲しかったから、そんな身勝手な理由で見逃した。

「あっ……目、擦らないで。ダメ……」

イジメの話題でよく聞く話、直接イジメなくても見ているだけの連中も同罪という話、気付いたくせに助けなかったヤツらも悪いという話、アレが正しいのなら俺は、俺は……完全な被害者なんかじゃない。先に罪を犯したのは俺だった。虐待に気付けたはずなのに、バカを演じ続けてセイカの同情を買っていたかった身勝手な俺も、加害者だった?

「目に傷付いちゃう……」

違う違う違うそんなはずないそんな訳ない俺は完全な被害者だ。俺は何もしてない、虐待されてるなんて知らなかったし、セイカは助けを求めてなんていなかったんだから、何も出来なくて当然じゃないか。第一何もしないのが罪ってなんだよ、何もしてないのになんで罪になるんだよ、俺は何にも悪くない!

「……………………」

イジメてきたセイカが全部悪いんだ! 俺は悪くない、俺は何にも悪いことなんてしてない! 俺は謝る必要なんかない、セイカを許さなくたっていい。セイカは悪いことをしたんだから、俺が被害者なんだから、今苦しんでいるセイカを見て悦に入ったって、この手でセイカを虐め返したって、それは許され認められるべき権利だ。

「…………ごめんなさい」

「……へっ? な、鳴雷? なんで……鳴雷は、悪くない……俺が、俺が全部」

「いいよ、もういい……俺も、悪かったんだ。気付けるはずだったのに、分かろうとしなかったんだ……あの時の俺には、何とか出来たはずだったんだ」

ダメだ、被害者でいると心地いいからいつまでも被害者でいたかったけど、初恋の人を見殺しにし続けた罪悪感からは逃れられない。何度も懺悔しているセイカを前にして、ただ頭の中で悩むだけなんて耐えられない。

「推理材料は山ほどあったのに、セイカが虐待されてるって気付けたはずなのに、無視してたんだ。セイカの隣は居心地よかったから……何も頑張りたくなくて、ずっとあのままでいたくて……問題の気配から、逃げちゃってた。俺は、俺がイジメられてるの見てただけのヤツらと同類……ううん、好きな人のことなんだから、それより悪い……ごめんなさい」

「…………そんなこと、謝るようなことじゃない……お前が何か分かってたって、してたって、一緒だよ。結果は……一緒。だから鳴雷は何もしてない……何にも悪くないよ」

頬に触れる右腕に頬擦りをする。断面に触れて、胸が痛む。

「大好きな初恋の人なのに……ずっと一緒に居たいってあの頃から思ってたのに、笑ってて、欲しかったのに…………こんなに傷付くまで放っておいて、ごめんなさい。許して……もう二度と傷付けさせないから、もう放ったらかしになんてしないから……許して、ください。ごめんなさい……許して」

「だっ、だから、謝ることじゃないって、鳴雷は悪くないから……ぁ、あぁ、泣くなよ、泣くなよぉっ」

「許して……」

「だからぁっ、許すとかじゃなくて鳴雷は悪くなくて…………あぁもう許すっ、許すよ、許すから泣き止んでくれよ……」

「嫌わないでくれる? 俺のこと好き? 俺から離れない? 俺の視界外に出る時は数メートルだけでも事前に言う?」

「嫌わないし好きだし離れない。い、言う……ようにする、けど……室内は勘弁してくれよ……」

「ダメ……言って」

「……善処する」

涙が止まり始めたので目を擦って拭いていると、セイカに手を掴まれた。

「俺にはダメって言ったくせに……お前も目擦るな。せっかく綺麗な目してるんだから俺より大事にしろよ」

「…………へへへ」

「なんだよ……」

「……俺もセイカのこと許すよ、いーっぱい虐めてくれたよなぁ? アレ全部もう許す……ごめんな、今まで言えなくて。許す……全部許すからさ、俺に何かして償おうとするとか、遠慮して何も言わないとかナシな。何かしたかったらして、して欲しかったら言ってくれ。ちゃんと恋人になろう? 俺と付き合ってくれ、セイカ。俺の初恋の人」

セイカは目を見開き、またポロポロと涙を溢れさせながら俺の首に抱きついた。セイカが何度も頷いているのが感触で分かる。

「…………俺今幸せだよ、セイカ。セイカも? うん……よかった」

許すなと頭の奥底で俺が叫んでいる。本音と建前なんて薄っぺらい話じゃなく、俺は本心から矛盾している。でも、人間誰しもそんなもんだろ? もう一つの本心を殺してより幸せになれそうな本心を優先するのは自然だろ? 俺は今度こそ間違えていない。

「なる、かみ……鳴雷」

「ん?」

「……名前、で……呼んでもいい?」

「もちろん。みっちゅ~とかみちゅきた~んとかでもいいぞ?」

「ん……」

反応が薄い。しまった。俺、前にも似たような失敗してセイカからの名前呼びチャンスを棒に振らなかったか?

「……わがまま、いい?」

「もちろん! なんだ? 何して欲しい?」

「膝に乗せて……」

俺はすぐにセイカを抱き上げ、セイカが今まで座っていた椅子に座り、セイカを膝に乗せた。

「こうか?」

「……向き、こっちがいい」

「こう……かな?」

背面の体勢では顔が見えないから嫌なのかな、なんて妄想して心の中でグヘグヘ笑いつつ、セイカが望んだ座り方に変える。お姫様抱っこのような体勢だ。

「うん。次はー……さっきの肉、食べさせて」

「OK!」

ラムチョップを手に取り、セイカの口元へ運ぶ。

「んっ……んー、冷めてる……」

「ご、ごめん……話長くて。もう少し頭が良ければ要点まとめて話せるんだろうけど……」

「ううん、長い話聞くの好き」

そう言って俺の膝の上で微笑むセイカは、彼史上最も可愛らしい笑顔を浮かべている。

「…………み、みちゅっ……ぁ、えっと……あの、もちろん、本体? も……だ、大好き……大好き、み……みちゅき、たん」

キラキラと美しく輝く瞳いっぱいに俺を映しながらそんなことを言われた俺の頭の中では、胸を両手で押さえて倒れた俺が救急車で運ばれていく映像が作られていた。
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