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ひょんなことからフラッシュバック

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カンナが俺にジュースを飲ませてくれている。前に立った歌見の尻が目の前で揺れている。

(くぅう~! たまらん! 最高の光景ですな)

揉めば歌見はその後俺の前に立たないように努めるだろう。触れば一瞬の大きな幸福を得られるが、ささやかな眼福は消え去る。歌見には誘っているつもりなんてないだろうし、尻があったから触るなんて痴漢の思考だ、絶対に触らないぞ! と決意を固めながら俺はデニム越しの歌見の尻を撫で上げた。

「……っ!?」

歌見は驚いて手に力を込めたのかトングをガチッと鳴らし、振り向いた。

「す、すいません! 目の前にお尻が揺れててついっ、じゃなくて、あの、えっと……お尻を触りたかったので触りましたぁ!」

「…………触りたいなら一声かけろ、びっくりするだろ」

ぷいっと前を向いた歌見は小さな声でそう言うと、俺に向かってほんの少しだけ尻を突き出した。俺は足で地面を蹴って車椅子を進ませ、歌見の尻を鷲掴みにした。

「ふぉお……!」

太腿の上に紙皿を移し、両手で揉む。カンナが紙皿を取り、少し離れたところにある机に移してくれた。汚れているかもしれない口元を手の甲で拭い、歌見の尻に顔を埋める。カンナがウェットティッシュを持ってきて俺の手の甲と口周りを拭いてくれた。

「……甲斐甲斐しいなぁ可愛いぞカンナぁ!」

「わ……!」

ウェットティッシュを置いて戻ってきたカンナに抱きつき、その下腹に顔を押し付ける。我ながら食虫植物のような動きだった、気持ち悪くは思われなかっただろうか? と見上げると真っ赤になったカンナの顔があった。

「……また後でな」

真下から見上げても目元が見えない完璧なメカクレヘアに感心しつつ、カンナを離す。せっかく尻を突き出してくれたのだから今は歌見の尻を堪能しなければ。

「歌見に交代したんですか、まぁどっちでもいいんで早く肉ください」

「お前なんで俺だけ呼び捨てなんだ……? ほら」

「ありがとうございます。尻に何かついてますよ」

「あぁ、エロガキだ。最近よく出没する」

尻肉を鷲掴みにして割れ目を開き、鼻を押し込み、深呼吸をする。デニムという硬く分厚い生地は指を疲れさせるが、蒸れた匂いを楽しませてくれる。

「……っ、お、お前なぁっ! 流石にそれはやり過ぎだろ! 触るのはいいけどっ、か、嗅ぐのは……ダメだっ」

「触るのも嗅ぐのも同じじゃないですか!」

「全然違うだろ!」

「鼻で触ってるんですよ、鼻の粘膜で先輩成分を触ってるんですよ!」

「なんか違うだろ……!」

ジリジリと逃げていく歌見を車椅子で追っていると、つんつんと肩をつつかれた。こんなに可愛い呼び方をするのはだ~れだっ、レイだ!

「レイ、どうした?」

「どうしたじゃないっすよ、せんぱい。せんぱい……俺を優先的に抱いてくれるって言ったじゃないすか」

「あぁ、そのつもりだけど?」

「歌見先輩のお尻触ってるじゃないすか」

「触ってただけだよ、逃げられちゃったけど……レイの触らせてくれるのか?」

「……す、すぐ……抱いてくれるんなら、触ってもいいっすよ」

交換条件になっていない、どちらも俺にとっては得だ。俺はすぐに頷いて立ち上がり、レイを抱き寄せた。

「火の傍じゃ危ないから、隅っこ行こっか」

「はいっす! このまま外で……っすか?」

「嫌か?」

「嫌じゃないっすけど、ちょっと恥ずかしいっすね……」

恥ずかしいと頬を赤らめるのは逆効果だ、嗜虐心が刺激されて更に恥ずかしいことをさせたくなってしまう。

(あちらは野外キッチン、あちらは燻製器……カンナたんが嫌がるのでぷぅ太どのの近くもなし……ふむ、こちらですかな)

使っていなかった俺の分の椅子を庭の空きスペースに引きずり、腰を下ろそうとすると足に毛の塊が絡んだ。

「メープルちゃん……えっと、俺今構えないんだけど」

手隙だと認識されたのか犬が寄ってきた。

「メープル! メープル、来い!」

困っているとミフユが音のなるボールを振って投げ、犬を向こうへやってくれた。見事なジャンプでボールを取った犬は庭の隅でボールを噛み、ピプピプ鳴らして遊んでいる。

「ありがとうございますー! ミフユさーん!」

少し遠くに居る彼に届くよう大声で礼を言い、改めてレイを見つめる。

「おいで」

「は、はいっす……」

「ここ木陰になってるから全部脱いでも日焼けの心配はそんなにないよ、脱いでくれるよな?」

「はい……俺別に日焼けしたくないこだわりとかないっすし……せんぱい色白のが好きっすか?」

「どっちも好き。健康ならな。レイに似合うのは……ん~、レイ髪がピンクだからなぁ、日焼けしない方がいいかな? オタク系からギャル系になっちゃうもんな」

レイが日焼けするとメンヘラorヤンデレ風の見た目がビッチ系に変わってしまう。

「ギャル系嫌いなんすか?」

「……俺はそこそこオタクだからな」

「オタクはギャル好きなもんじゃないすか、オタクに優しいギャルとかめちゃくちゃ流行ったっすし、今も一定の需要が見込める一大ジャンルっすよ」

「俺は新時代を生きるオタクでありながらステレオタイプのオタクなんだよ……! 地域が悪いのか俺がキモかったのか小学生の頃から普通にイジメられ倒したからな。だからギャル怖い……派手めの女の子怖い……性格見る前に見た目で怖い。オタクに優しいギャルものは普通に見るし萌えれるけどちょくちょくトラウマ出るからあんま好きじゃない。そんなもん存在する訳ないだろ、オタクに優しいギャルはオタクに優しいんじゃなくて優しいギャルだよ、オタクを人間と認識出来る特殊能力持ちの上に性格が優しいギャルだよ」

「……なんか踏んじゃったっぽいっすね」

「人間扱いされて惚れたオタクに待ってるのはギャルに普通に一軍の彼氏が居る展開……! その彼氏も決して嫌なDQN系ではない、いいギャルが選ぶ男もまたいい男! 彼女の友人枠として普通に接してくれるため自分の惨めさが余計ゥオエッ」

「セックス前に妄想で嘔吐かないで欲しいっす」

「優先順位は趣味が上、挙動や口調がキモめ、見た目に気を遣ってない、そんなキモオタが好かれる訳がない……! イジメられなかったとしても避けられるのは必須、イジメられないよう面倒見てくれる稀代の聖人が居てもなんか急に豹変して私をっ、なんで、なんでなんでっ、セイカ様、セイカ様っ……」

「……せんぱい? せんぱい、大丈夫っすか?」

小声での気持ちの悪い呟きを聞き流していた様子のレイだったが、椅子の上で蹲った俺の呼吸が不規則になり始めて肩が揺れ出したのを見て地面に膝をつき、俺の顔を見上げた。

「せんぱい、ごめんなさい変な話して……俺がちょっと日焼けしたところでギャルっぽくはならないと思うっすけど、一応気ぃ付けるっすよ」

「わ、わた……わたし……私」

「…………せんぱい、本当は一人称私なんすね、俺も実は僕のがしっかり来るんすよ。お揃いっすね、カッコつけたいっすもんね」

「私、が……悪い、の? し、知らなくて、気付けなくてっ、ひ、酷い目に遭ってたなんて、分かってなくて、知らないうちに煽ってぇ……そ、そんなの、そんなの知らな……い、虐めてきた方が悪いっ、痛いことされたんだから、わ、私、私悪くない……?」

「せんぱい……? どうしたんすか、泣かないで……セックスするんすよね?」

「優しくされて舞い上がって! 初恋で……でも、見てなかった、ちゃんと……優しくされるのに夢中でっ、自分のことばっかで! ちゃんとセイカ様のこと見れてなくてっ、だから本当は私が悪くてっ! 違う違う違う違う私悪くない悪い訳ない私何にもしてなぁいっ!」

「せんぱい! せんぱい!? ちょっ、だ、誰か! せんぱい落ち着かせられる人っ、あっ一人目、カンナせんぱい! あとデカいの……歌見せんぱい! と……後、あぁもう全員来てくださいっす! せんぱいおかしいっす!」

「何にも、してない……してないから、してなかったから、私が悪い…………ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいっ」

大勢の足音が聞こえて顔を上げれば十人以上の男達に囲まれていて、逆光で顔がよく見えなくて、涙で視界が滲んでいて、混乱した頭は中学時代の集団暴行を思い出して恐怖に染まった。

「な、鳴雷……?」

ただ一人の声だけが鼓膜に届いた。トラウマの再現は完成した。ごめんなさい、許して、もうやめて、殴らないで蹴らないで──そんなふうに喚き散らした。
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