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カップケーキ

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帰宅した母にアキがナイフを贈られたことに関する話をすると、机に肘をついて手を組み、手の甲に額を乗せて唸った。

「あのクソ犬……」

「どうします?」

「明日にでも突っ返して……明日土曜日ね、明明後日に返すわ。そこ置いといて」

「なんでこんなもん寄越してきたんでしょう、スカウトって言ってたとか……ヤクザに入れたいんですかね?」

「の、上位組織ね、アイツ直属の手駒。何させられるのか知らないけど、ろくな仕事振られないのは確かよ」

フタが言い付けられていたレイプドラッグの回収のような仕事が与えられるのだろうか? そんな危険なことアキにさせたくない。

「後は私に任せて、アンタらは明日から旅行なんだからさっさと寝なさい」

「はい、よろしくお願いしまそ」

そうして不安要素は母にそのままパスして俺はぐっすりと眠り、翌朝、俺達は家を出た。

「重くないか?」

「大丈夫、中身ほぼ布だし」

車椅子に座ったセイカの足には旅行鞄が二つ乗っている。キャリーケースを二つ引きずっているアキもなかなか大変そうだ。俺は両腕に鞄をかけて車椅子を押している、大荷物だ……服こんなにいらなかったかな。

「これ持って電車乗るのか?」

「とりあえず駅前のロータリーで待ち合わせなんだけど……」

駅前のロータリーに似つかわしくない高級車を見て言葉が止まる。高級車から降りてきた背の低い男は俺達に向かって手を振った。

「鳴雷様ー! こちらです!」

「水月ぃ~」

車の窓を開けて手を振っているのはリュウだ。

「お迎えに上がりました」

「ぁ……ど、どうも」

車で行くとは聞いていたが、一旦ネザメの家にでも集合すると思っていた。

「三台で四人に分けていくんやて。道の駅とかでシャッフルするんやったらしよ~言うてな。俺ぁジャンケンで水月と乗るん勝ち取ってん」

「へぇー」

運転手が荷物をトランクに運んでくれるのを手伝いながら、リュウの説明を聞く。

「車椅子はどうなさいますか? 席を折り畳んで車椅子ごと乗っていただくことも、車椅子を畳んで積むことも出来ます」

「あー……車の席のがふかふかしてるし、車椅子畳むか? そっちのが楽だよな」

「多分……?」

車椅子から降ろしたセイカを後部座席に座らせ、シートベルトを締めた。

「これくらいは自分でつけれる……」

「世話焼きたい。ダメ?」

僅かに頬を赤らめて首を横に振ったセイカの額にキスをし、セイカの隣に座りたいと言うアキの手を引いて車に乗せ、シートベルトを締めてやった。

「ぼく、出来るするです、にーに」

「可愛い弟のお世話したいの」

セイカと同じことを言うアキの頭を撫でて頬にキスをし、俺はリュウの隣に座った。

「しっかし水月えらい荷物多かったのぉ」

「そうか? あんなもんだろ」

「俺鞄一個やで」

「お話中失礼します。皆様シートベルトはお締めになられましたね、出発致します」

車は街を抜けて高速道路に乗った。シートは柔らかく、心地いい揺れが快適だ。ぐっすり眠った後でなければ眠っていたかもしれない。

「2563……8953……」

リュウと話そうと思っていたが、彼は窓の外を眺めてブツブツと数字を呟いている。

「……リュウ、何してるんだ?」

何やら集中しているようなので声をかけるのははばかられたが、興味が勝った。

「1……6、おぉ、最小や。せやけどちょい反則くさいな……」

「りゅーう~?」

「おっ、なんや? 水月」

「何ブツブツ言ってるんだ?」

「車のナンバー足して素数作る暇潰し。さっき二台で出来てんで、最小記録更新やわ」

すれ違う車のナンバーなんて見るのがやっとだし、四桁の足し算はそんなすぐには出来ないし、それが素数かどうかなんて紙と鉛筆を渡されたってかなりの時間をかけなければ調べられない。俺にはそうだ、だがリュウは違う。

「次掛け算でやるわ」

「せっかく俺の隣勝ち取ったのにそんなことしてていいのか?」

「ホンマや……! アカンな、数字見たらつい色々やってまう」

「どういう癖だよ、こっち向いてろ」

リュウはくすくすと笑いながら身体ごとこちらを向き、持っていた瓶を開けて金平糖を二つ舌の上に転がした。

「金平糖? 好きなのか? 知らなかったな」

「別に好きとちゃうよ。角砂糖齧っとったらオカンがそないなことしぃな言うて金平糖よぉさん買ってくれてん」

子供が角砂糖を齧っていたら親は嫌なものなのだろうか。リュウは甘い物をよく食べているが、好きなのかと聞くと首を横に振る。本当に好きな食べ物が分からないとデートの際などに困る……って本人に直接聞けばいいだけだな。

「リュウ、好きな食べ物って何だっけ?」

「お好み焼きやな、たこ焼きも好っきゃで」

デート中に食べるものじゃない気もするが、まぁいいや。

「あ、せや水月ぃ。ええもん持ってきてん」

「いいもの?」

リュウは足元に置いていた鞄からビニール袋を引っ張り出した。

「カップケーキや!」

「へぇ……どうしたんだ? これ」

チョコチップ入りのカップケーキはアキとセイカにも配られた。

「おっちゃん食べますー?」

「え? いえ、運転中ですので……」

「こないだ水月ん家行った時水月のオカンが、なんやったっけ、婚約者みたいな名前のお菓子作ってくれはってん。そん時に天正くんお菓子作り得意そうやねー言うて色々教えてくれてん、ほいで作ってみてんけど、どやろ、味のほどは」

「え、これ市販品じゃなかったのか!? そうならそうと言ってくれよ興奮せずに半分も食べちゃったじゃないか。へぇー……すごいな、だいぶ初心者なんだろ? 普通にカップケーキになってる……」

スーパーなどでたまに買うカップケーキと遜色ない味と食感だ。美味しい。特別美味しいと言うほどでもないので感想に困るけれど。

「そうか、リュウが作ったカップケーキ……生地を素手でこねたり」

「ちゃんと道具使うたで」

「美味しくなーれって手でハート作ってビーム打ったりして」

「何それ知らん」

「リュウが居る空間で一から十まで過ごしたカップケーキ……ふふふふふ」

美少年の手作りというだけで幸福感は数百倍に膨らむ。俺は今まで以上に気合いを入れて咀嚼し、味蕾を働かせ、少し勃ち始めるほどに興奮しながらカップケーキを食べ終えた。

「美味かった?」

笑顔で返事をしようとして、思い出す。リュウがドMであることを。俺は食べ物を無駄にすることが出来ない性格なので思い付いてもしなかっただろうけど、リュウはカップケーキを握り潰したり車窓から捨てたりするくらいのことを求めていたのかもしれない。今からでも期待に応えなくては。

「いや、酷い味だったな」

「え……ぁ、そうなん……ごめんな……」

「……えっ、待っ待っ待って!? ちがっ、美味しかった! めちゃくちゃ美味しかったぁ! 最初普通に店のだと思ってたレベルに! 違うんだよお前Mだから素直に美味しいって言ったらまた「ちゃうやん」ってダメ出しされると思ってS風にっあぁ時と場合を区別出来ないバカでごめんねぇえ!?」

「お、おぉ……そうやったん、そらえらい気ぃ遣わせてもうてすまんなぁ。美味かったんやんな? へへ……よかったわぁ、また今度なんか作ってみるわ」

リュウはセイカとアキには自分から感想を聞くことはせず、俺を見つめ続けた。
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