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ちょっと寝たらスッキリした

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身体を揺すられて目を開ける。ソファで眠っていた俺を起こしたのは歌見だ、起き上がって大きく息を吸うと美味そうな匂いが鼻腔をくすぐった。

「目、覚めたか? お母さん帰ってきたぞ、夕飯の支度も終わった。アキくんも帰ってきたし……おおいおいまだ立つな、フラフラじゃないか」

「…………パイセン」

「あぁ、歌見先輩だぞ。寝る前のこと覚えてるか?」

「寝る前のこと……? 寝る前…………あァアーっ!?」

ゆっくりと記憶を反芻した俺はとんでもないことをしでかしていたことを思い出し、立ち上がって歌見を押しのけて走った。

「セっ、セセ、セイカ! セイカ様ァ! 怪我! お怪我はございませんか!?」

「うわっ……な、何、鳴雷……起きたの。おはよう」

席に着いていたセイカの元に跪き、義足を履いていない左足をさする。

「おはようございます! ごめんなさい! 許してくださぁい! いやもう本当疲労がヤバくて精神状態が最の低で! アァアそんなん言い訳になりませんなごべんだだいぃ!」

《うるせぇな、何? 兄貴寝ぼけてんの? ウケる》

「ウワーッ!? 何その髪赤っ!? 女殴ってそうな髪型してる! いや見た! さっき見た! 思い出した! 似合ってるよ!」

「な、鳴雷……? どうしたんだ、いや、鳴雷ってこのテンションが普通だっけ……」

「寝たらマジで頭スッキリしたしメンタルが回復して……なんであんなことしたんだ俺。いや、セイカをどこかへやってしまう義足にムカついて取ろうとしたんだけど、当時の思考は覚えてるんだけど、いつもなら考えるだけで済むのに実行しちゃったのが本当にもう疲れでストッパーがなくなってたって感じで……疲労って怖いな」

「急に冷静に分析するじゃん、そっちのが怖ぇよ」

「ごめんなセイカぁ……怖かったよな、こんな薄らデカいイケメンに急にキレられて……」

「言い回しがちょっとムカつく……俺が勝手に出かけたのが悪いんだし、鳴雷は俺に何してもいいんだから気にするなってば」

「……そういうこと言うと俺本当に気にしないよ?」

「嘘つけ」

「うん……嘘。気にする、引きずる……」

俯いているとセイカに頬を押され、左太腿に頭を乗せさせられた。

「鳴雷が嫌いみたいだから今は義足付けてないんだ、嬉しいか」

「……嬉しくなっちゃう自分にドン引き~!」

「飯食った後はお前が運べよ。秋風の部屋でもお前の部屋でも風呂でもその辺の床でも好きなとこに」

「ベッドインしか選択肢なくない!?」

「……鳴雷、秋風の母親……居るぞ」

どうして先に教えてくれなかったんだ、どうして俺はセイカの元に行くまでに周りを見なかったんだ、そんな絶叫を言葉にせず声に出して寝惚けているように振る舞いながら洗面所に駆け込んだ。

(ご、誤魔化せた……? 葉子さん的にはわたくしの彼氏は……えっと、レイどの? でしたっけ。誰をどう誤魔化してるかちゃんと覚えて振る舞い切り替えんのクッソめんどいですな)

上手く誤魔化せていることを祈り、顔を洗ってダイニングに戻った。

「ただいま~……いただきます」

「……水月くん、大丈夫? なんか……色々」

「あ、はい。寝ぼけてて……俺なんか変なこと言ったりしてませんでした?」

「なんか叫んでたけど……よく聞こえなかったかな。ね、唯乃」

「……そうね」

母の短い返事を聞いた瞬間、肝が冷えた。母の怒りを感じ取ってしまったからだ。歌見もセイカもアキすらも気付けていないだろう、十何年も共に生きた親子だからこそ分かる些細な声色の変化と返事のタイミングのズレだった。

(えっえっえっえっなんで怒ってるんですかママ上。連絡無しでパイセン家に上げてたから? 汗だくのままソファで寝たから? さっきギャーギャー騒いだから?)

如何に親子と言えど、心までは読めない。母が何故怒っているのか分からない。

(……飯食ったらセイカ様連れてアキきゅんのお部屋に退避ですな。パイセンとアキきゅんも着いてきてくれるはずでそ)

とりあえず逃げ方と逃げ場を決めておこう。

「セイカ、髪染めたのね。一瞬知らない子かと思ってびっくりしちゃったわ」

「ぁ……すいません」

「いちいち意味もなく謝んなくていいのよ鬱陶しいわね」

「俺と木芽で美容院に連れて行ったんです。まずは整えるだけでいいだろって俺は思ってたんですが、木芽が染めてみろって聞かなくて」

「レイちゃんピンクだもんね。あなたも銀髪だけど、派手髪に感覚寄ったりしてないの?」

「俺は髪染めてスベったタイプなんで……」

母は今歌見と普通に話しているように見えるが、食べるペースや目線の動きから俺を意識していることが感じ取れる。怒っているのは俺になのか? 食事を終えたら逃げようと決めていたが、呼び止められるかもしれない。

「ご、ごちそうさまでした~……お皿洗いまーす……」

皿を運び、洗い、足音を立てないようにダイニングに戻ってセイカを抱える。よし、このままアキの部屋へ──

「水月、話があるわ。座って」

──魔王ママ上からは逃げられない!

「ひゃい……」

「水月、最近外泊が多いわね」

「ふぁい……」

「それを許してるのは、私も学生時代奔放な方だったし、高校の夏休みなんて恋人や友達と遊んでなんぼってもんだと思ってるから。アンタに楽しい思い出を作って欲しくてアンタの自由にやらせてるのよ」

「へい……」

「決して喧嘩させるためなんかじゃないわ」

「あ、やっぱり喧嘩しちゃったてたの? 水月くんなんか顔腫れてるからどうしたのかなって思ってたのよ」

怒っている原因は俺の顔の腫れか。やはり腫れが引くまでは家に帰るべきじゃなかったな。

「事情は全部聞いてるわ……彼氏の元カレと揉めたのよね。はぁ……もう、本当に……もう……」

「唯乃ぉ……息子が喧嘩しちゃったら心配なのは分かるけど、男の子なんだし……理由がそれならある程度は仕方ないんじゃない? あんまり怒ってあげないで。水月くん、その……彼氏さんとは、どうなったの?」

「あ、元カレが別れたの認めずにストーカー化してたんで、何とかこう分かってもらって……解決した感じです。その過程でちょっと殴られましたけど」

「そう。解決したならもう大丈夫ね。ほら、唯乃、もう親が首突っ込むことじゃないみたいよ」

これまで義母にはいい印象がなかったが、大逆転だな。彼女がここまで味方してくれるとは……! この調子で母からの叱責を逃れられるかもしれない、頑張れ葉子さん。
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