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勝手に歩いていく
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足が痛い。家の周りのスーパーやコンビニなど食料が売っている店を思い当たる限り全て探したが、セイカは居なかった。以前アキが居なくなった時のことを思い出して公園も探したが、セイカの姿はなかった。走り回ったせいで肺も足も痛い、でもまだセイカを見つけていないから止まれない。
「なんで……」
レイと違ってセイカは誰かに攫われるような問題は抱えていないはず……母親か? 取り返しに来たのか? あの女が執着しているのはホムラだけと聞いていたが、考えが変わった可能性はある。セイカの実家に行ってみる価値はあるだろう。
「……一旦帰るか」
もしかしたら帰ってきているかもしれない、そんな淡い期待を抱いて自宅に戻ったが、玄関に車椅子もセイカの靴もなかったのですぐに扉を閉めた。
「はぁ……」
空が赤い。セイカの実家に着く頃には暗くなっているだろう。実家に居なかったらどうしよう? もう探しようがない。
(あ……彼氏達にも言っておかねばなりませんな)
レイのことで面倒をかけたばかりなので気が引けるが、そうは言っていられない。俺は彼氏達の協力を仰ぐためメッセージアプリを立ち上げた──
「鳴雷~!」
──その瞬間、求めていた声が聞こえた。自宅の前の通り、住宅街の角からセイカが飛び出してきた。まだ走ることは出来ないけれど、早歩き出来る程度には慣れたらしい義足を使って、俺の元へやってくる。
「鳴雷! 何してるんだ? こんなとこで。今帰ってきたのか?」
呑気に笑うセイカは俺の知らない服を着ている。それだけじゃない、服なんて見てる場合じゃない。
「……何、その頭」
セイカの髪型が変わっている、髪色もだ。セイカの髪が赤く見えるのは夕暮れのせいじゃない。
「あ、気付く? よな……結構変わったし。似合う……? 変じゃ、ないかな」
長さがバラバラでいつもボサボサだったセイカの髪が大胆に刈り上げられて、耳がよく見えるようになっている。パーマも当てたのだろうか? 暗い赤色に染まった髪には緩いウェーブがかかっている。
「俺実は赤色好きでさ、でも明るいのはちょっと勇気いるじゃん? だから小豆色で……ぁ、もし鳴雷が嫌なら別の色にすぐ染め直すから! 髪型変えるのは、結構短くしちゃったからちょっと選択肢狭まるけど……その、勝手にしてごめん。鳴雷驚かせようって木芽が……っ!?」
気付けば俺はセイカの左足を蹴り飛ばしていた。
「ぅあっ! いったぁ……な、鳴雷?」
転んだセイカの左足首を──義足を掴み、思い切り引っ張る。
「こんなもんがあるからっ!」
力任せに外した義足を背後に放り投げ、倒れたままのセイカに馬乗りになる。
「な、鳴雷……? 怒った、の? ごめんなさっ、痛っ! 痛いっ……!」
髪を掴んで頭を下ろさせ、後頭部を地面に押し付ける。
「……何、お前、自分でどっか行ってたの。飯食いにとかじゃなく、誰かに攫われたとかじゃなく、自分の意思でどっか行ってたの」
「いっ、痛い……! ダ、ダメだった? ごめんなさいっ、ごめんなさい鳴雷、ごめんなさい、嫌わないで、ごめんなさいっ!」
「何してるんだ! やめろっ!」
セイカだけを見つめていた俺は走ってきていた者の足音に気付けず、セイカから引き剥がされた。俺を引き剥がした男は俺の両肩を掴んで揺さぶった。
「水月! 水月、お前何してるんだ!」
「……先輩?」
「狭雲くんっ、大丈夫っすか? 怪我してないっすか?」
歌見だけでなく、買い物袋が乗った車椅子を押してレイもやってきた。
「レイ……?」
何故、二人がここに?
混乱した俺は歌見に連れられ、セイカと共に自宅に戻された。ダイニングの椅子に座らされ、彼らと顔を突き合わせて話すことになった。
「水月……少しは落ち着いたか? なんであんなことしたんだ、義足蹴るなんて最低だぞ」
「怪我はないみたいっす、よかったっすね」
「…………昼頃、帰ってきたら居なくて、探して……焦ってて、不安で……どうかしてた。ごめん……ごめんなさい」
本当に、どうかしていたとしか思えない。ようやく見つけたセイカを抱き締めるのではなく蹴って転ばすなんて、俺は一体何を考えていたんだ?
「ぁ……いや、そんな、謝らないで……俺が勝手に出かけたのが悪いんだし」
何を考えていたんだ? なんて白々しい。そこまで我を忘れてはいなかっただろう、ちゃんとあの時の思考は覚えているだろう。黙って出かけて俺に多大な心配をかけておきながら、ヘラヘラ笑いながら帰ってきたセイカに腹が立っただけなんだから。
「いいや狭雲、お前は悪くない。どう考えても蹴ったコイツが悪い! ありえないだろ義足使ってる子蹴るなんて!」
「しかもその後義足引っこ抜いてたっすよねー……どうしたんすかせんぱい……せんぱいそんな酷い人じゃないっしょ?」
セイカがどこかへ行ってしまうのが嫌だった。いや、少し違うな……行けてしまうのが嫌だったんだ。義足があるから歩けてしまう、俺の傍から離れられる、俺が居なくてもどうにかなる、そんなセイカが嫌だった。一生ベッドにでも横たわって、俺を求めてめそめそしていて欲しかったんだ。
「……酷いヤツだよ俺は」
「その通りだ!」
「歌見せんぱぁい……俺達も悪いっすよ、連絡なしに狭雲くん連れ出しちゃったんすから。せんぱい、せんぱい……俺、狭雲くんと美容院行く約束してたんは覚えてるっすよね? それ今日しようと思ったんす。俺腕力に自信なくて、車椅子不安だったんで、歌見せんぱいが暇な日もう旅行前だと今日しかなかったんで……狭雲くん水着とかも持ってないって言うんで、ついでに買い物してたら遅くなっちゃって…………昼頃から探してたんすよね、せんぱい。汗だくっすよ、髪ぐちゃぐちゃだし……心配だったんすよね、ちょっとくらいおかしくなっても仕方ないっすよ。ごめんなさいせんぱい、でも狭雲くんのことは怒らないであげて欲しいっす、俺が言い出しっぺっすから……」
慰めるように抱き締められ、涙が溢れた。悲しかった訳じゃない、嬉しかった訳でもない、悔しさなんて欠片もない、名前を付けられない強い感情が身体の外に出てしまっただけだ。
「……まぁ確かに、ちゃんと言わなかった俺達は悪かったし……何時間も心配で走り回ってたってのは、うん……申し訳ないよ。でもなぁ! 蹴るのはおかしいだろ! お前そんな暴力的なヤツじゃなかったろ!? しかも俺ならともかく狭雲っ、狭雲ってお前っ、お前の彼氏の中じゃ一番蹴っちゃいけないヤツだぞ!?」
「あ、あの……歌見、あんま鳴雷責めないで……俺大丈夫だし、勝手に外出ちゃった俺が悪いんだし」
「蹴られていい理由にはならないだろ! それに、ちょっと外出するくらい普通のことだ。まぁ狭雲はスマホ持ってないとか足が……アレとか、色々あるけども」
「……なる、よ。俺は……何回も、もっと強く、大した理由なく……鳴雷のこと、蹴ってたんだ。鳴雷は俺に何してもいいんだ、その権利がある」
レイが俺から離れて、セイカの手のひらが右頬を濡らした涙を拭う。右腕の断面が俺の左頬をむにむにと押す。
「鳴雷、俺の義足嫌いだもんな。勝手に歩いてっちゃうから嫌なんだよな、今日なんか特に……ごめんな? 鳴雷……俺、鳴雷の嫌なことばっかりするよな、ごめん……」
「せい、か……ごめんなさい、ごめんなさい蹴って……け、怪我っ、怪我は? 髪、髪引っ張ってごめんっ、髪綺麗だよ。似合ってる! 服も……」
「いいよ、鳴雷。謝らないで……鳴雷は俺に何してもいいんだから、な?」
細い身体を抱き締めながら、俺は酷く安心していた。酷いことをしてしまったのにセイカは少しも俺を嫌いになっていないから、本当に何をしたって許されるんだろうなと……心の底から安堵した。
「なんで……」
レイと違ってセイカは誰かに攫われるような問題は抱えていないはず……母親か? 取り返しに来たのか? あの女が執着しているのはホムラだけと聞いていたが、考えが変わった可能性はある。セイカの実家に行ってみる価値はあるだろう。
「……一旦帰るか」
もしかしたら帰ってきているかもしれない、そんな淡い期待を抱いて自宅に戻ったが、玄関に車椅子もセイカの靴もなかったのですぐに扉を閉めた。
「はぁ……」
空が赤い。セイカの実家に着く頃には暗くなっているだろう。実家に居なかったらどうしよう? もう探しようがない。
(あ……彼氏達にも言っておかねばなりませんな)
レイのことで面倒をかけたばかりなので気が引けるが、そうは言っていられない。俺は彼氏達の協力を仰ぐためメッセージアプリを立ち上げた──
「鳴雷~!」
──その瞬間、求めていた声が聞こえた。自宅の前の通り、住宅街の角からセイカが飛び出してきた。まだ走ることは出来ないけれど、早歩き出来る程度には慣れたらしい義足を使って、俺の元へやってくる。
「鳴雷! 何してるんだ? こんなとこで。今帰ってきたのか?」
呑気に笑うセイカは俺の知らない服を着ている。それだけじゃない、服なんて見てる場合じゃない。
「……何、その頭」
セイカの髪型が変わっている、髪色もだ。セイカの髪が赤く見えるのは夕暮れのせいじゃない。
「あ、気付く? よな……結構変わったし。似合う……? 変じゃ、ないかな」
長さがバラバラでいつもボサボサだったセイカの髪が大胆に刈り上げられて、耳がよく見えるようになっている。パーマも当てたのだろうか? 暗い赤色に染まった髪には緩いウェーブがかかっている。
「俺実は赤色好きでさ、でも明るいのはちょっと勇気いるじゃん? だから小豆色で……ぁ、もし鳴雷が嫌なら別の色にすぐ染め直すから! 髪型変えるのは、結構短くしちゃったからちょっと選択肢狭まるけど……その、勝手にしてごめん。鳴雷驚かせようって木芽が……っ!?」
気付けば俺はセイカの左足を蹴り飛ばしていた。
「ぅあっ! いったぁ……な、鳴雷?」
転んだセイカの左足首を──義足を掴み、思い切り引っ張る。
「こんなもんがあるからっ!」
力任せに外した義足を背後に放り投げ、倒れたままのセイカに馬乗りになる。
「な、鳴雷……? 怒った、の? ごめんなさっ、痛っ! 痛いっ……!」
髪を掴んで頭を下ろさせ、後頭部を地面に押し付ける。
「……何、お前、自分でどっか行ってたの。飯食いにとかじゃなく、誰かに攫われたとかじゃなく、自分の意思でどっか行ってたの」
「いっ、痛い……! ダ、ダメだった? ごめんなさいっ、ごめんなさい鳴雷、ごめんなさい、嫌わないで、ごめんなさいっ!」
「何してるんだ! やめろっ!」
セイカだけを見つめていた俺は走ってきていた者の足音に気付けず、セイカから引き剥がされた。俺を引き剥がした男は俺の両肩を掴んで揺さぶった。
「水月! 水月、お前何してるんだ!」
「……先輩?」
「狭雲くんっ、大丈夫っすか? 怪我してないっすか?」
歌見だけでなく、買い物袋が乗った車椅子を押してレイもやってきた。
「レイ……?」
何故、二人がここに?
混乱した俺は歌見に連れられ、セイカと共に自宅に戻された。ダイニングの椅子に座らされ、彼らと顔を突き合わせて話すことになった。
「水月……少しは落ち着いたか? なんであんなことしたんだ、義足蹴るなんて最低だぞ」
「怪我はないみたいっす、よかったっすね」
「…………昼頃、帰ってきたら居なくて、探して……焦ってて、不安で……どうかしてた。ごめん……ごめんなさい」
本当に、どうかしていたとしか思えない。ようやく見つけたセイカを抱き締めるのではなく蹴って転ばすなんて、俺は一体何を考えていたんだ?
「ぁ……いや、そんな、謝らないで……俺が勝手に出かけたのが悪いんだし」
何を考えていたんだ? なんて白々しい。そこまで我を忘れてはいなかっただろう、ちゃんとあの時の思考は覚えているだろう。黙って出かけて俺に多大な心配をかけておきながら、ヘラヘラ笑いながら帰ってきたセイカに腹が立っただけなんだから。
「いいや狭雲、お前は悪くない。どう考えても蹴ったコイツが悪い! ありえないだろ義足使ってる子蹴るなんて!」
「しかもその後義足引っこ抜いてたっすよねー……どうしたんすかせんぱい……せんぱいそんな酷い人じゃないっしょ?」
セイカがどこかへ行ってしまうのが嫌だった。いや、少し違うな……行けてしまうのが嫌だったんだ。義足があるから歩けてしまう、俺の傍から離れられる、俺が居なくてもどうにかなる、そんなセイカが嫌だった。一生ベッドにでも横たわって、俺を求めてめそめそしていて欲しかったんだ。
「……酷いヤツだよ俺は」
「その通りだ!」
「歌見せんぱぁい……俺達も悪いっすよ、連絡なしに狭雲くん連れ出しちゃったんすから。せんぱい、せんぱい……俺、狭雲くんと美容院行く約束してたんは覚えてるっすよね? それ今日しようと思ったんす。俺腕力に自信なくて、車椅子不安だったんで、歌見せんぱいが暇な日もう旅行前だと今日しかなかったんで……狭雲くん水着とかも持ってないって言うんで、ついでに買い物してたら遅くなっちゃって…………昼頃から探してたんすよね、せんぱい。汗だくっすよ、髪ぐちゃぐちゃだし……心配だったんすよね、ちょっとくらいおかしくなっても仕方ないっすよ。ごめんなさいせんぱい、でも狭雲くんのことは怒らないであげて欲しいっす、俺が言い出しっぺっすから……」
慰めるように抱き締められ、涙が溢れた。悲しかった訳じゃない、嬉しかった訳でもない、悔しさなんて欠片もない、名前を付けられない強い感情が身体の外に出てしまっただけだ。
「……まぁ確かに、ちゃんと言わなかった俺達は悪かったし……何時間も心配で走り回ってたってのは、うん……申し訳ないよ。でもなぁ! 蹴るのはおかしいだろ! お前そんな暴力的なヤツじゃなかったろ!? しかも俺ならともかく狭雲っ、狭雲ってお前っ、お前の彼氏の中じゃ一番蹴っちゃいけないヤツだぞ!?」
「あ、あの……歌見、あんま鳴雷責めないで……俺大丈夫だし、勝手に外出ちゃった俺が悪いんだし」
「蹴られていい理由にはならないだろ! それに、ちょっと外出するくらい普通のことだ。まぁ狭雲はスマホ持ってないとか足が……アレとか、色々あるけども」
「……なる、よ。俺は……何回も、もっと強く、大した理由なく……鳴雷のこと、蹴ってたんだ。鳴雷は俺に何してもいいんだ、その権利がある」
レイが俺から離れて、セイカの手のひらが右頬を濡らした涙を拭う。右腕の断面が俺の左頬をむにむにと押す。
「鳴雷、俺の義足嫌いだもんな。勝手に歩いてっちゃうから嫌なんだよな、今日なんか特に……ごめんな? 鳴雷……俺、鳴雷の嫌なことばっかりするよな、ごめん……」
「せい、か……ごめんなさい、ごめんなさい蹴って……け、怪我っ、怪我は? 髪、髪引っ張ってごめんっ、髪綺麗だよ。似合ってる! 服も……」
「いいよ、鳴雷。謝らないで……鳴雷は俺に何してもいいんだから、な?」
細い身体を抱き締めながら、俺は酷く安心していた。酷いことをしてしまったのにセイカは少しも俺を嫌いになっていないから、本当に何をしたって許されるんだろうなと……心の底から安堵した。
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