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美味しい料理を作るコツ
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風呂を出て髪を乾かしている最中もレイは泣き止まなかった。
「レイ~……もう泣くなよぉ」
「ひっく、ひっく……ぅうぅ……だって、だってぇ……せんぱい、せんぱいがぁ、怪我ぁっ……」
髪が黒いため目立たず、顔まで垂れなかったため今の今まで気付くことのなかった頭部からの流血。頭皮にこびりついた血を剥がしている最中にレイは泣き出し、今も泣いている。
「顔とか色々腫れてるのもっ、ひっく……い、嫌なのにっ、血まで、しかも頭からぁっ……ごめんなさいせんぱい、ごめんなざいぃいい……ぜんぱっ、ごめ、ごめんなざいっ、ごめ……ふぇええんっ」
「泣くなって……俺はレイに泣いて欲しくなくて頑張ったんだぞ? ほら、泣き止め、サンさんが美味しいご飯作ってくれてるぞ。行こう? な?」
「はい……」
ぐすぐすと鼻を鳴らすレイを連れてダイニングに向かうと、サンが料理を運んでいた。テーブルの上に並んだ食器は四人分ある。
「おかえり~……? レイちゃん泣いてる? 水月ぃ、乱暴しちゃダメだよ?」
「俺は何もしてないよ!」
「あははっ、分かってるって。冗談、ごめんね? 怒んないで。で? どうしたのレイちゃん」
俺の腕にしがみついて泣いているレイの頭をサンが撫でる。その手つきは母親のように優しい。
「俺……頭からちょっと血ぃ出ててさ。気付かなかったレベルだから平気だと思うんだけど……レイが泣いちゃって」
「頭……? 頭は気を付けなきゃ危ないよ」
サンの手が俺の頭に移る。大きな手で頭を撫でられると子供に戻った気分になれる、身長が180センチを超えてもこんな癒しがあるとは世界は広いものだ。
「うん、でも大丈夫だよ。本当に大したことないから」
「兄貴みたいに物忘れ激しくなるよ」
「えっ……アレ外部要因なの……?」
「いや、兄貴は元からああだけどさ」
なら「兄貴みたいに……」はめちゃくちゃ失礼なのでは? 弟だからいいのか?
「っていうか兄貴は物忘れ激しくないよ」
「サンが言ったんだよ……?」
「兄貴は複数の物事を同時に考えられなくて、考え中でないことが頭から消えるだけだよ」
それを物忘れが激しいというのでは、と口を挟むことは俺には出来なかった。
「勘定してる時に時間聞かれたら、正しい勘定出来ないだろ?」
「……時そば?」
「そうそう、通じてよかった~。落語は耳だけでも分かっていいよね。ボクもフタ兄貴もお笑い好きなんだけど、ジャンルが違ってね~」
そう言われてみるとフタはあまり落語に興味がなさそうな雰囲気があるな。
「何の話してたっけ、ボクすぐ話脱線しちゃうよね、ごめんねー?」
「ううん、どんどん広がるから話してて楽しいよ」
「……それ本心から言ってるんだからすごいよね」
「ねー、すごいっすよねせんぱい。めっちゃ好き……」
「分かる、好き」
何だかよく分からないが、意気投合しているようだ。それも俺が好きだという内容で。可愛いヤツらめ。
「ほら二人とも、座って。今日はちゃんと椅子用意したから」
以前まで二脚しかセットされていなかった椅子は、今はちゃんと四脚揃えられている。とはいってもそのうち二脚は二階から持ってきたのだろう絵を描く際に使用する物で、形がかなり違う。
「食べて食べて」
「いいの? フタさんと一緒に食べたいんだよね、俺待てるよ、焼肉いっぱい食べたし」
「その分運動しただろ? すごかったね、レイちゃんの声が特に……鼓膜痺れちゃうかと思った」
「ぅ……い、言わないで欲しいっす」
「いいから食べて、温かいうちに食べて欲しいんだ。美味しく食べてその顔見せてよ、ね?」
俺達は微笑んで頷き、サンの料理を一口食べた。美味さに綻ぶ顔をサンの手に擦り寄せて見せると、サンはまだ一口も食べていないのに俺達と同じ笑顔を浮かべた。
「美味しいっすねーサンさんの料理! 俺苦手で……なんかコツとかあるんすか?」
「二つあるよ。失敗作をちゃんとマズいって言ってくれる人に食べてもらうことと、回数こなすこと。繰り返せば誰でも何でもある程度は上達するよ」
「へぇー……でもせんぱいに失敗作食べさせるの嫌っすね~、サンさん食べてくれるっすか?」
「やだよ、ボクは美味しい食べ物が好きだもん」
「ぅ~……ハルせんぱいはダイエットの鬼っすから食べてくれないっすよね、カンナせんぱいは遠慮して本当の感想言ってくれなさそうっすし、シュカせんぱいはちょっと怖いっす、リュウせんぱいは素直そうっすけど優しいっすからね~」
カンナは稀に毒を吐くから案外と素直な感想を言ってくれるかもしれないぞ。というか──
「──レイ、料理出来るだろ?」
「食えるレベルのは作れるっすけど上手くはないんすよぉ……俺はせんぱいに手の込んだ美味しい手料理を食べさせて、嫁に欲しいって思わせたいんす!」
「嫁にはするが……?」
「やぁーんせんぱいったらぁ! えへへー……花嫁修業しないとっすね、せんぱいが十八になるまでに料理を極めるっす! 実験台は歌見せんぱいにするっす、結構押しに弱いから食べてくれそうっすし、優しいっすけど気ぃ遣うなって言ったら遣わない素直さもあるっすよね」
「まぁ先輩はそんな感じだけど」
「お店みたいなふわとろオムライスを作るっすよ~!」
半熟ではなく少し焦げ目がつくくらいに焼いた卵で包んだものが好きだと、デミグラスソースよりもケチャップがかかったものの方が好きだと、そう言うのはやめておこう。ふわとろオムライスが苦手という訳ではないし、レイの決意を乱したくない。
「お菓子作りとかもいいっすね、いいお嫁さんは石鹸とクッキーの香りがするっす」
「どういうイメージだよ」
「サンさんお菓子はどうっすか? コツとかあるんすか?」
「数字が大事らしいよ、分量とか焼く温度とか時間キッチリ作らないと失敗するんだって。ボクお菓子作りはやらないから詳しくは知らない、他の子に聞いた方がいいよ」
「そっすか、サンさんお菓子は好きじゃないんすか?」
「お菓子は好き。ボク割と感覚人間だから量るのとか面倒臭くて嫌なの。メモリ見えないから何グラムか読み上げてくれる量り買わないとダメだし」
芸術家はそりゃ感覚人間だろうなぁ、ならイラストレーターのレイも同じ理由でお菓子作りは苦手なのでは? 昔母にお菓子作りは理数系の人間が得意な傾向があると聞いたことがある、リュウあたり得意かもな。彼がお菓子を作っているところを想像すると笑えてくるけれど。
「レイ~……もう泣くなよぉ」
「ひっく、ひっく……ぅうぅ……だって、だってぇ……せんぱい、せんぱいがぁ、怪我ぁっ……」
髪が黒いため目立たず、顔まで垂れなかったため今の今まで気付くことのなかった頭部からの流血。頭皮にこびりついた血を剥がしている最中にレイは泣き出し、今も泣いている。
「顔とか色々腫れてるのもっ、ひっく……い、嫌なのにっ、血まで、しかも頭からぁっ……ごめんなさいせんぱい、ごめんなざいぃいい……ぜんぱっ、ごめ、ごめんなざいっ、ごめ……ふぇええんっ」
「泣くなって……俺はレイに泣いて欲しくなくて頑張ったんだぞ? ほら、泣き止め、サンさんが美味しいご飯作ってくれてるぞ。行こう? な?」
「はい……」
ぐすぐすと鼻を鳴らすレイを連れてダイニングに向かうと、サンが料理を運んでいた。テーブルの上に並んだ食器は四人分ある。
「おかえり~……? レイちゃん泣いてる? 水月ぃ、乱暴しちゃダメだよ?」
「俺は何もしてないよ!」
「あははっ、分かってるって。冗談、ごめんね? 怒んないで。で? どうしたのレイちゃん」
俺の腕にしがみついて泣いているレイの頭をサンが撫でる。その手つきは母親のように優しい。
「俺……頭からちょっと血ぃ出ててさ。気付かなかったレベルだから平気だと思うんだけど……レイが泣いちゃって」
「頭……? 頭は気を付けなきゃ危ないよ」
サンの手が俺の頭に移る。大きな手で頭を撫でられると子供に戻った気分になれる、身長が180センチを超えてもこんな癒しがあるとは世界は広いものだ。
「うん、でも大丈夫だよ。本当に大したことないから」
「兄貴みたいに物忘れ激しくなるよ」
「えっ……アレ外部要因なの……?」
「いや、兄貴は元からああだけどさ」
なら「兄貴みたいに……」はめちゃくちゃ失礼なのでは? 弟だからいいのか?
「っていうか兄貴は物忘れ激しくないよ」
「サンが言ったんだよ……?」
「兄貴は複数の物事を同時に考えられなくて、考え中でないことが頭から消えるだけだよ」
それを物忘れが激しいというのでは、と口を挟むことは俺には出来なかった。
「勘定してる時に時間聞かれたら、正しい勘定出来ないだろ?」
「……時そば?」
「そうそう、通じてよかった~。落語は耳だけでも分かっていいよね。ボクもフタ兄貴もお笑い好きなんだけど、ジャンルが違ってね~」
そう言われてみるとフタはあまり落語に興味がなさそうな雰囲気があるな。
「何の話してたっけ、ボクすぐ話脱線しちゃうよね、ごめんねー?」
「ううん、どんどん広がるから話してて楽しいよ」
「……それ本心から言ってるんだからすごいよね」
「ねー、すごいっすよねせんぱい。めっちゃ好き……」
「分かる、好き」
何だかよく分からないが、意気投合しているようだ。それも俺が好きだという内容で。可愛いヤツらめ。
「ほら二人とも、座って。今日はちゃんと椅子用意したから」
以前まで二脚しかセットされていなかった椅子は、今はちゃんと四脚揃えられている。とはいってもそのうち二脚は二階から持ってきたのだろう絵を描く際に使用する物で、形がかなり違う。
「食べて食べて」
「いいの? フタさんと一緒に食べたいんだよね、俺待てるよ、焼肉いっぱい食べたし」
「その分運動しただろ? すごかったね、レイちゃんの声が特に……鼓膜痺れちゃうかと思った」
「ぅ……い、言わないで欲しいっす」
「いいから食べて、温かいうちに食べて欲しいんだ。美味しく食べてその顔見せてよ、ね?」
俺達は微笑んで頷き、サンの料理を一口食べた。美味さに綻ぶ顔をサンの手に擦り寄せて見せると、サンはまだ一口も食べていないのに俺達と同じ笑顔を浮かべた。
「美味しいっすねーサンさんの料理! 俺苦手で……なんかコツとかあるんすか?」
「二つあるよ。失敗作をちゃんとマズいって言ってくれる人に食べてもらうことと、回数こなすこと。繰り返せば誰でも何でもある程度は上達するよ」
「へぇー……でもせんぱいに失敗作食べさせるの嫌っすね~、サンさん食べてくれるっすか?」
「やだよ、ボクは美味しい食べ物が好きだもん」
「ぅ~……ハルせんぱいはダイエットの鬼っすから食べてくれないっすよね、カンナせんぱいは遠慮して本当の感想言ってくれなさそうっすし、シュカせんぱいはちょっと怖いっす、リュウせんぱいは素直そうっすけど優しいっすからね~」
カンナは稀に毒を吐くから案外と素直な感想を言ってくれるかもしれないぞ。というか──
「──レイ、料理出来るだろ?」
「食えるレベルのは作れるっすけど上手くはないんすよぉ……俺はせんぱいに手の込んだ美味しい手料理を食べさせて、嫁に欲しいって思わせたいんす!」
「嫁にはするが……?」
「やぁーんせんぱいったらぁ! えへへー……花嫁修業しないとっすね、せんぱいが十八になるまでに料理を極めるっす! 実験台は歌見せんぱいにするっす、結構押しに弱いから食べてくれそうっすし、優しいっすけど気ぃ遣うなって言ったら遣わない素直さもあるっすよね」
「まぁ先輩はそんな感じだけど」
「お店みたいなふわとろオムライスを作るっすよ~!」
半熟ではなく少し焦げ目がつくくらいに焼いた卵で包んだものが好きだと、デミグラスソースよりもケチャップがかかったものの方が好きだと、そう言うのはやめておこう。ふわとろオムライスが苦手という訳ではないし、レイの決意を乱したくない。
「お菓子作りとかもいいっすね、いいお嫁さんは石鹸とクッキーの香りがするっす」
「どういうイメージだよ」
「サンさんお菓子はどうっすか? コツとかあるんすか?」
「数字が大事らしいよ、分量とか焼く温度とか時間キッチリ作らないと失敗するんだって。ボクお菓子作りはやらないから詳しくは知らない、他の子に聞いた方がいいよ」
「そっすか、サンさんお菓子は好きじゃないんすか?」
「お菓子は好き。ボク割と感覚人間だから量るのとか面倒臭くて嫌なの。メモリ見えないから何グラムか読み上げてくれる量り買わないとダメだし」
芸術家はそりゃ感覚人間だろうなぁ、ならイラストレーターのレイも同じ理由でお菓子作りは苦手なのでは? 昔母にお菓子作りは理数系の人間が得意な傾向があると聞いたことがある、リュウあたり得意かもな。彼がお菓子を作っているところを想像すると笑えてくるけれど。
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