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別れたくなんてない

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ガレージに車を停め、薄暗いガレージ内で車を眺める。ところどころに凹みがある、投げ飛ばされた不良達がぶつかったからだろう。

「べっこべこじゃないっすかぁー……こ、これ、俺が弁償とかにならないっすよね……?」

「ボクには傷なんて見えないなぁ」

「ここ凹んでますよほらほら」

「あぁやめて見せないで兄貴に怒られる想像しちゃう……うわべっこべこ」

シュカはサンの手首を掴んで凹みを無理矢理教えた、短い間に随分と仲良くなったんだな。

「この辺り探しててもバレないようにシャッター閉めておこうか。みんな出た?」

「ま、待って! 秋風起きなくて……秋風!」

《揺らすな、痛い》

足音一つで目を覚ましてしまうアキが騒がしい車内で眠っていられる訳もなく、彼は目を閉じて休んでいただけのようだ。

《降りんの? 俺ちょっと寝転がりたいんだけど》

「鳴雷、秋風が寝転がりたいって」

「あぁ、えっと……サン、いいかな、ソファとか貸してもらっても」

「水月の弟だよね? いいよ、ソファでもベッドでも好きなの貸したげる。みんなも一旦中においで、まず休まなきゃね」

白杖を片手に玄関扉から中へと入っていったサンを追い、俺達は大勢でサンの家にお邪魔した。彼氏達は一度ここに集まったと聞いたが家の中に入るのは初めてのようで、キョロキョロと辺りを見回していた。

《ベッド借りるか? 鳴雷達と一緒に居たかったらソファのがいいと思うけど》

《ベッドがいい……けど、兄貴かスェカーチカ、隣に居てくれねぇかなぁ》

「鳴雷、秋風ベッドで寝たいって。でも俺かお前が傍に居なきゃ嫌だって……どうする? 俺居なくても話とか別に大丈夫だよな?」

「寝室に集まる感じじゃダメなの? 大勢は嫌?」

《秋風、みんなで寝室に集まるのはどうだって》

《最高だな》

お茶をペットボトルに入ったまま寝室に運び、俺達は寝室に歪な円を描いて座った。アキはベッドに寝転がり、セイカはアキの抱き枕になり、俺はアキが望めば手を繋げるようにベッドに腰を下ろした。

「えっと……迷惑も苦労もかけたのに、みんなを見下ろす感じで座るのはちょっと気が引けるんだけど、アキが傍に居て欲しいらしいから……ごめんな」

「いいですよそんな細かいこと。で? 何を話すんです? 何か話すことありましたっけ」

「あるっすよ……俺の謝罪を聞いて欲しいっす。まず……みなさん、本っ当に申し訳ございませんでした!」

レイは床に正座をし、勢いよく頭を下げた。土下座だ。

「何の説明も出来ないままで……最後には、助けられて、本当に……本当に、感謝してもし切れません」

レイは頭を下げたまま震える声で話す。

「…………私は水月を助けたかっただけです」

シュカのツンデレが発動した。

「事情はみんな大体分かってる感じっすかね。俺最近よく出前頼んでたんすけど、それを不審がったくーちゃんが出前の人を尾けてきてたみたいで……ご飯置き配頼んでたから、配達員さん行った後で取ろうとドア開けたら、くーちゃんが陰に居たんすよ……」

「怖かったろ、大丈夫か?」

「……せんぱい。せんぱいぃっ……ぅう、酷い傷っすぅ、せんぱい……せんぱいっ、ごめんなさいっす」

ようやく顔を上げたレイは俺を見つめて泣きそうな顔をする。

「あ、そういえば手当てしてなかったね。ちょっと待ってて」

サンはクローゼットから救急箱を取り出してきた。俺の顔をぺたぺたと優しく撫で回し、頬に湿布を貼った。

「こっちは擦り傷だね、地面転がったんだっけ? ちゃんと消毒しなきゃね」

「……サンちゃん、俺やろか?」

ピンセットでコットンをつまんだサンを見てリュウが立ち上がる。盲目のサンが尖った金属を目の近くに持っていくのが怖いのだろう、俺も怖い。

「大丈夫、座ってて」

しかしサンは持ち前の器用さでピンセットの気配なんて感じさせない消毒をしてみせた。ぽんぽんと擦り傷が優しくコットンで叩かれている。

「……っ、痛っ、染みるぅ……!」

「絆創膏貼るよ」

ぺたりと貼られた絆創膏が傷を覆う。顔に絆創膏を貼ると粘着面の下だとかにニキビが出来るんだよなぁと思っていると、絆創膏の上からちゅっとサンにキスをされた。

「早く治りますように」

キスの後、目を閉じて手を組んで祈ってみせたサンを見て、唇に怪我がないことを悔やんだ。

「こっちは昨日のヤツだっけ、今日の分はこことここだけ?」

「顔はそこだけで……胴が多いかな。お腹蹴られて地面ゴロゴロってしちゃったから擦り傷は多いかも」

「ありゃー……じゃあ手足も見た方がいいね。ぁ、木芽くん……だっけ? 話してていいよ」

まずは右腕を両手ですりすりと撫で回される。傷の場所を俺が説明すれば早いのではと思ったが、サンとしては傷を探す過程も楽しみたいのだろうと黙っていた。

「じゃあ、えっと……続きっす。くーちゃん家に入ってきて、スタンガンで……その、気絶させられて、家に連れて帰られちゃったんす」

「あのガタイのヤツがスタンガン持っちゃダメだろ……! 細くてか弱い子の逆転の一手みたいなところあるんだぞ」

「水月、邪魔です。木芽さん、続きを」

「ひど……」

「ぁ……そ、それで、その……せんぱいと別れる気にさせてやるって、情けないとこ見ればとか、せんぱいのカッコイイ顔が見る影もなくなればとか、言われて……わ、別れないとっ、せんぱい酷いことされちゃうって、だから俺っ……ごめんなさいっすせんぱい、ごめんなさい……! 僕、僕っ、せんぱいのこと大好き、別れたくなんてないっ、嫌わないで、捨てないでぇ……」

俺が何のためにボロボロになったと思っているのか、四つん這いで俺ににじり寄ったレイは俺の足に縋り付き、大粒の涙を零した。

「そんなこと言わないよ、レイ……証拠、この傷じゃまだ足りないかな?」

頭を撫でながらそう聞くとレイは激しく首を横に振り、大好きだとか俺への愛を叫びながら泣いた。

「ほいで水月に別れる言うて、水月が嫌や言うて家乗り込んだりボコられたりして、今に至るっちゅう訳か」

「大変でしたが……こう聞くと、あの時こうすればよかった的なことが思い付きませんね」

「現状がベストっちゅうこっちゃ、ええことやん」

「せいぜい配達を頼まなければよかったとかですかね?」

「家の前居んねんから買い物行かれへんし、しゃあないんちゃう?」

レイは以前までカロリーバーなどをネットでまとめ買いをしていたはずだ、配達員が彼の家を尋ねる頻度は最近ほど高くなかっただろう。つまり、今になってレイが元カレに見つかったのは俺がレイに三食まともな食事を取ることを求めたからだ。

「……俺がちゃんと飯食えって言ったから、保存食まとめ買いとかやめて出前を毎度頼むようになったんだろ? ごめんな、俺のせいだな……怖かったよな、本当にごめん。俺が考えなしなせいで怖い思いさせたな、弱いせいでなかなか取り返せなくて不安にさせたし……レイの方こそ、俺に愛想尽かしたりしてないか?」

「する訳ないっすぅゔ……ぅ、うぇええんっ、せんぱい、せんぱぁいっ、大好き、だいずぎぃい……」

「うん……俺も。おいで、レイ」

両手を広げるとレイはしゃくり上げながら俺の膝に乗り、俺に抱き締められた。手当てがしにくいとボヤくサンの頬をくすぐって機嫌を取りつつ、レイを強く抱き締めた。
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