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ハッピーエンドに至りたい
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サンが切り分けて焼いてくれたのは、高級な牛肉だった。その肉にタレを絡めてサニーレタスに巻いて食べ、それをオカズに米を貪った。
「美味しい?」
「すごく美味しい。ありがとう、サン」
「……まだちょっと元気ないね。ボクもどうにかならないか考えてみるから、そんなに落ち込まないで、ね?」
夕飯中、サンは何度も俺を慰めてくれた。それが申し訳なくて、けれど嬉しくて、サンへの愛おしさと自分への嫌悪感が深まった。
「ごちそうさま」
「お粗末さまでした~。水月、今日は泊まるの?」
「……泊まりたい。泊まっていい?」
「もちろん! あぁ嬉しいなぁ、水月がまた泊まってくれるなんて……あっ、今回は拘束したりしないからね、明日すぐ出てってくれても水月の自由……だか、ら……うん」
俺に傍に居て欲しいんだろうな、分かりやすくて可愛い。
「……お風呂用意してくるね~」
サンが浴室に向かった数十秒後、俺はこっそりと玄関に急いだ。服の中に隠した包丁を玄関に置いた。
(わたくし鈍臭いので、ずっと持ってるとどっか切っちゃいそうですし、ここに置いておきまそ。しかし……申し訳ないですなぁ、こんな綺麗な包丁を凶器にするのも、サンさんの私物を使ってしまうのも……でも、素手で勝てないわたくしがレイどのを取り返すには、これしか)
いや、凶器にはならないかもしれない。脅し止まりで済むかもしれない。そもそも俺には人を傷付けるような勇気は……ある、なくても作る、刺す、レイを取り返すためなのだ。
リビングで気持ちを落ち着けていると、風呂の準備を終えたサンが戻ってきて隣に腰を下ろした。
「すぐ沸くから待っててね」
「うん、ありがとう」
「ねぇ水月、水月の彼氏達ってみんな面識あって、グループチャットもしてるんだよね?」
「うん」
「ボクもそのグループ入りたいな」
「あっ、そうだね。ごめん、招待するの忘れてた。すぐやるよ」
メッセージアプリを開き、俺と彼氏達で作ったグループにサンを招待した。これで俺を入れて十二人になった。
「一人スマホ持ってない子居るから全部で十二人なんだ」
「ふーん……これみんな本名?」
「うん、大体は。フルネームじゃないけど」
「覚えないとな~。いつか会いたいな、水月機会作って……グループ入ったんだし自分で言えばいいのか」
俺なら俺に紹介させる、サンは人見知りではないようだ。
「はじめまして。穂張 蚕です。よろしくお願いします」
妙にハッキリとした発声だと思ったら音声入力を使用中のようだ。
「あ、お風呂沸いたね。入ってきなよ、ボクしばらくアンタの彼氏達と話してる」
「うん、仲良くしてくれると嬉しいよ」
浴室で一人、レイのことを考えた。今どうしているか、この事態を避ける術はなかったのか、どうすれば解決するのか、出来の悪い俺の頭ではろくなことは考えられなかった。
「レイ……」
明日、包丁を持って元カレの家を訪ねよう。インターホンを押して、出てきたら刺して……元カレの家族が出てきたらどうしよう? 元カレの友達だとでも言って上げてもらうか、呼んでもらうかしよう。元カレが警戒して扉を開けなかったらどうしよう?
(帽子とか被って宅配便のフリ? 扉の陰に隠れてたら……ピンポンダッシュ的なイタズラと思われて扉は開けてもらえないかもしれませんな。うぅむ)
湯船に鼻の下まで浸かり、口から息を吐いてブクブクと音を立てて遊んだ。
風呂を出てもまだサンはグループチャットで俺の彼氏達と話していた。読み上げ機能を使っているから彼氏達が送信した内容も全て丸聞こえなのだが、読み上げ速度が速過ぎてなんて言っているのか聞き取れない。
(サンさんこれで聞き取れてるんですか? すごいですな)
サンの隣に腰を下ろすと彼はようやく俺に気付き、スマホを置いて微笑んだ。
「おかえり、水月」
「ただいま」
「ボクもお風呂入ってくるね、出てくるの待っててくれる? 髪の手入れして欲しいんだ」
「分かった、待ってるよ。ゆっくり温まってきて」
「ふふっ、はぁーい」
子供っぽい笑顔で浴室へと向かうサンを見送り、通知が鳴り止まないスマホを握り締めて天井を見上げる。
「…………形州を刺したら、俺は」
犯罪者だ。いや、ヤバいヤツの親族だそうから、ヤクザみたいな連中に嬲り殺しにされるのかもしれない。それは嫌だ、俺が捕まったり死んだりしたらレイは結局元カレに捕まる。
「殺すか……」
どうせ刺すなら徹底的にだ。俺が居なくなってもレイを襲えないようにしてしまわなければ。
「……他に何かないのかよ」
ヤクザですら手が出せないようなヤツ、シュカが一目見ただけで勝てないと悟るようなヤツ、他にどうすればいいんだ。説得なんて出来ないし、腕っ節でも勝てないなら、もう刃物を持ち出すしかないじゃないか。
俺の本気を見て、包丁に怯えて、レイを手放してくれるのが誰も傷付かないハッピーエンド。俺がアイツを刺し殺して捕まり、レイを元カレの恐怖から解放するだけなのがノーマルエンド。元カレを殺せず、俺が捕まったり死んだりしてしまい、レイが元カレから逃れられないのがバッドエンド。
(このマルチエンディングゲームいやー、全エンド微妙。ウルトラハッピートゥルーエンドおくれやす)
やっぱりハッピーエンドを選びたい。そのためには元カレが一度勝った俺に対し怯えてくれないといけない、こいつは本気だと、レイを渡さなければ本当に殺されると、そう思わせなければならない。
「殺す……絶対に、殺す」
異常者のように振る舞うんじゃ足りない、愛に狂わなければならない。殺気を演出するんじゃない、本気の殺意を見せなければならない。
「…………殺す」
ノーマルエンドを踏み抜くつもりでなければハッピーエンドなんて夢のまた夢だ。
「美味しい?」
「すごく美味しい。ありがとう、サン」
「……まだちょっと元気ないね。ボクもどうにかならないか考えてみるから、そんなに落ち込まないで、ね?」
夕飯中、サンは何度も俺を慰めてくれた。それが申し訳なくて、けれど嬉しくて、サンへの愛おしさと自分への嫌悪感が深まった。
「ごちそうさま」
「お粗末さまでした~。水月、今日は泊まるの?」
「……泊まりたい。泊まっていい?」
「もちろん! あぁ嬉しいなぁ、水月がまた泊まってくれるなんて……あっ、今回は拘束したりしないからね、明日すぐ出てってくれても水月の自由……だか、ら……うん」
俺に傍に居て欲しいんだろうな、分かりやすくて可愛い。
「……お風呂用意してくるね~」
サンが浴室に向かった数十秒後、俺はこっそりと玄関に急いだ。服の中に隠した包丁を玄関に置いた。
(わたくし鈍臭いので、ずっと持ってるとどっか切っちゃいそうですし、ここに置いておきまそ。しかし……申し訳ないですなぁ、こんな綺麗な包丁を凶器にするのも、サンさんの私物を使ってしまうのも……でも、素手で勝てないわたくしがレイどのを取り返すには、これしか)
いや、凶器にはならないかもしれない。脅し止まりで済むかもしれない。そもそも俺には人を傷付けるような勇気は……ある、なくても作る、刺す、レイを取り返すためなのだ。
リビングで気持ちを落ち着けていると、風呂の準備を終えたサンが戻ってきて隣に腰を下ろした。
「すぐ沸くから待っててね」
「うん、ありがとう」
「ねぇ水月、水月の彼氏達ってみんな面識あって、グループチャットもしてるんだよね?」
「うん」
「ボクもそのグループ入りたいな」
「あっ、そうだね。ごめん、招待するの忘れてた。すぐやるよ」
メッセージアプリを開き、俺と彼氏達で作ったグループにサンを招待した。これで俺を入れて十二人になった。
「一人スマホ持ってない子居るから全部で十二人なんだ」
「ふーん……これみんな本名?」
「うん、大体は。フルネームじゃないけど」
「覚えないとな~。いつか会いたいな、水月機会作って……グループ入ったんだし自分で言えばいいのか」
俺なら俺に紹介させる、サンは人見知りではないようだ。
「はじめまして。穂張 蚕です。よろしくお願いします」
妙にハッキリとした発声だと思ったら音声入力を使用中のようだ。
「あ、お風呂沸いたね。入ってきなよ、ボクしばらくアンタの彼氏達と話してる」
「うん、仲良くしてくれると嬉しいよ」
浴室で一人、レイのことを考えた。今どうしているか、この事態を避ける術はなかったのか、どうすれば解決するのか、出来の悪い俺の頭ではろくなことは考えられなかった。
「レイ……」
明日、包丁を持って元カレの家を訪ねよう。インターホンを押して、出てきたら刺して……元カレの家族が出てきたらどうしよう? 元カレの友達だとでも言って上げてもらうか、呼んでもらうかしよう。元カレが警戒して扉を開けなかったらどうしよう?
(帽子とか被って宅配便のフリ? 扉の陰に隠れてたら……ピンポンダッシュ的なイタズラと思われて扉は開けてもらえないかもしれませんな。うぅむ)
湯船に鼻の下まで浸かり、口から息を吐いてブクブクと音を立てて遊んだ。
風呂を出てもまだサンはグループチャットで俺の彼氏達と話していた。読み上げ機能を使っているから彼氏達が送信した内容も全て丸聞こえなのだが、読み上げ速度が速過ぎてなんて言っているのか聞き取れない。
(サンさんこれで聞き取れてるんですか? すごいですな)
サンの隣に腰を下ろすと彼はようやく俺に気付き、スマホを置いて微笑んだ。
「おかえり、水月」
「ただいま」
「ボクもお風呂入ってくるね、出てくるの待っててくれる? 髪の手入れして欲しいんだ」
「分かった、待ってるよ。ゆっくり温まってきて」
「ふふっ、はぁーい」
子供っぽい笑顔で浴室へと向かうサンを見送り、通知が鳴り止まないスマホを握り締めて天井を見上げる。
「…………形州を刺したら、俺は」
犯罪者だ。いや、ヤバいヤツの親族だそうから、ヤクザみたいな連中に嬲り殺しにされるのかもしれない。それは嫌だ、俺が捕まったり死んだりしたらレイは結局元カレに捕まる。
「殺すか……」
どうせ刺すなら徹底的にだ。俺が居なくなってもレイを襲えないようにしてしまわなければ。
「……他に何かないのかよ」
ヤクザですら手が出せないようなヤツ、シュカが一目見ただけで勝てないと悟るようなヤツ、他にどうすればいいんだ。説得なんて出来ないし、腕っ節でも勝てないなら、もう刃物を持ち出すしかないじゃないか。
俺の本気を見て、包丁に怯えて、レイを手放してくれるのが誰も傷付かないハッピーエンド。俺がアイツを刺し殺して捕まり、レイを元カレの恐怖から解放するだけなのがノーマルエンド。元カレを殺せず、俺が捕まったり死んだりしてしまい、レイが元カレから逃れられないのがバッドエンド。
(このマルチエンディングゲームいやー、全エンド微妙。ウルトラハッピートゥルーエンドおくれやす)
やっぱりハッピーエンドを選びたい。そのためには元カレが一度勝った俺に対し怯えてくれないといけない、こいつは本気だと、レイを渡さなければ本当に殺されると、そう思わせなければならない。
「殺す……絶対に、殺す」
異常者のように振る舞うんじゃ足りない、愛に狂わなければならない。殺気を演出するんじゃない、本気の殺意を見せなければならない。
「…………殺す」
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