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いつも通りの我が家
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家に帰ったら母に文句を言ってやろう、そう思っていた。改札を出てしばらくしたところで母に抱き締められるまでは。
「へっ……? ちょ、マ、ママ?」
「水月……水月っ、無事? 怪我はない? 何もされてないわね?」
「何なんですかいきなり……恥ずかしい、離れてくだされ」
何とか引き剥がし、目に涙を浮かべた母と共に帰路につく。人目の少ない道に入ると半ば無理矢理手を繋がれてしまった。
「……わたくし高校生男子なのですが」
「分かってるわよ」
「…………恥ずかしいのですが」
「人居ないんだからいいでしょ」
照れ臭さは他人の目の数に関係なく心の奥底から湧き上がるものだ。
「っていうかアンタ何そのきちゃない顔」
「え? あっ、顔洗うの忘れてましたぞ! ママ上が帰ってこいとか急に言うからでそ! んもぉー、こんな顔アキきゅんやセイカ様には見せられませんぞ。油絵の具って普通の石鹸で落ちますかな?」
「油彩? 普通ので落ちると思うけど……ダメなら歯磨き粉とか使いなさい」
「サンさんのお家なら専用クリーナーくらいあったでしょうに。全く。どうして急に泊まるななんて言うんでそ! モデルの報酬にえっちぃことをしていただく予定でしたのに……キスしか出来ませんでしたぞ! 溜まりに溜まったこの欲望どうしてくれようか!」
驚きと照れ臭さに押されて引っ込んでいた怒りがようやく表に出せた。母に文句を言うというノルマ達成だ。
「アキでもセイカでも好きにヤりゃあいいじゃない。最近精神的にアレだけど肉体的には割と健康になってきてるからもう抱いていいわよアイツ」
「何故健康になったらしようねはぁと、というセイカ様との秘密の約束をお知りになっているのですかな!?」
「一緒に住んでりゃ分かるわよ、アンタが抱かないから最近不安定なんじゃないの?」
「わ、分かるもんなんですか? え、わたくしのせい……? ええぇ……? って今はセイカ様の話じゃなくてサンさんのお話なんでそ! どうして今日お泊まりが急にダメになったのか納得のいく説明を求めまそ!」
「……先にご飯食べない?」
「む……分かりましたぞ」
ちゃんとした理由がありそうなのでこの場は引き下がり、夕飯を食べることにした。文句を言えたのでイライラは収まったし、母に抱きつかれた驚きで性欲も引っ込んだので、純粋に食事を楽しむことが出来るだろう。
「鳴雷……おかえり」
「あぁ、ただいまセイカ」
「……行く時さ、日ぃ跨がないって言ってたじゃん。本当だった……ちょっと疑ってた、ごめん。帰ってきてくれて嬉しい」
日を跨がないなんて言ったっけ? 完全に忘れて泊まる気でいた、危なかった、セイカに嘘つきだと罵られるところだった、泊まれなくてよかったのかもしれない。
「サン……って人だっけ。まだ付き合えてないって言ってたよな、どうだった? 告白成功した?」
「んー、このまま粘れば上手くいきそうって感じかな」
「……そっか。じゃあ今日は何してたんだ?」
「絵のモデル。サンさん画家でさ、俺描きたいって言ってて……あ、でも抽象画みたいなのばっかり描いてる人だから、似顔絵とか肖像画とかそういうのじゃないんだ。だからまぁどこかに売られたり飾られたりしてもいいかなぁって、忠実に描くってんなら断ってたかもだけど」
「ふぅん……鳴雷を描いた絵かぁ、見てみたいな……肖像画じゃないってことは鳴雷の内面とか描いてるってことだよな?」
「どうなんだろ……」
「他のヤツらはみんなお前の顔ばっか見てるからな、俺がそのサンってヤツがちゃんとお前の内面見れてるかどうかチェックしてやるよ」
セイカ、たまに古参ヅラするの可愛いんだよな。
「絵完成したら写真送ってもらえる予定だから、それ見せるよ。ところでさ、セイカが思う俺の顔以外の良さって何?」
「……俺の名前呼んでくれるところ」
「えぇ……? 他の人も呼ぶだろ? セイカのこと……それこそアキなんてなんか可愛い呼び方してるじゃん。なんか納得いかない、他は? 他」
「俺のこと真っ直ぐ見つめてくれるとこ」
「それも多分アキもやってるってぇー……他!」
「ワガママ……そうだなぁ、たとえば俺とお前が一緒に事故に遭ったりしたら、お前の方が大怪我でも俺の方心配するよな? そういうとこ」
よく分からないし、やっぱりアキも当てはまりそうに思える。もう一度「他」と駄々を捏ねてみようかな?
「…………鳴雷、鳴雷が……やだ、やだっ、鳴雷事故っちゃ嫌だ、鳴雷怪我するなんて嫌だ、もう二度と外出ないで……ずっとここに居て、俺と一緒に居て、お願い鳴雷……」
自分で事故の例え話しておいてトラウマスイッチ入るのかよ。
「事故らない事故らない、自分でした例え話で泣くんじゃないよ、もぉー……ふふ、俺はセイカのそういう面倒臭いところが好きだぞー? 手のかかる子ほど可愛いってな」
《まーた兄貴がスェカーチカ泣かしてら》
「お、アキ。ただいま。髪濡れてるぞ、プールか? ちゃんと乾かせよな」
《帰ってきたと思ったら速攻泣かせやがって、ひでぇ男だぜ》
なんか呆れた顔された……呆れた顔をしていいのは髪をちゃんと乾かさないアキにもう何度も注意してきた俺の方では?
「……あれ、母さん、葉子さんは?」
「電車の中で寝て遠くまで運ばれたってちょっと前にメッセあったわ。待ってらんないからもう食べちゃいましょ、いただきまーす」
手を合わせ、箸を取る。今日も今日とて母の手料理は美味しい。けれどこれで誤魔化されてなんてやらない、食べ終わったらお泊まり禁止の真実について聞き出すのだ。
「へっ……? ちょ、マ、ママ?」
「水月……水月っ、無事? 怪我はない? 何もされてないわね?」
「何なんですかいきなり……恥ずかしい、離れてくだされ」
何とか引き剥がし、目に涙を浮かべた母と共に帰路につく。人目の少ない道に入ると半ば無理矢理手を繋がれてしまった。
「……わたくし高校生男子なのですが」
「分かってるわよ」
「…………恥ずかしいのですが」
「人居ないんだからいいでしょ」
照れ臭さは他人の目の数に関係なく心の奥底から湧き上がるものだ。
「っていうかアンタ何そのきちゃない顔」
「え? あっ、顔洗うの忘れてましたぞ! ママ上が帰ってこいとか急に言うからでそ! んもぉー、こんな顔アキきゅんやセイカ様には見せられませんぞ。油絵の具って普通の石鹸で落ちますかな?」
「油彩? 普通ので落ちると思うけど……ダメなら歯磨き粉とか使いなさい」
「サンさんのお家なら専用クリーナーくらいあったでしょうに。全く。どうして急に泊まるななんて言うんでそ! モデルの報酬にえっちぃことをしていただく予定でしたのに……キスしか出来ませんでしたぞ! 溜まりに溜まったこの欲望どうしてくれようか!」
驚きと照れ臭さに押されて引っ込んでいた怒りがようやく表に出せた。母に文句を言うというノルマ達成だ。
「アキでもセイカでも好きにヤりゃあいいじゃない。最近精神的にアレだけど肉体的には割と健康になってきてるからもう抱いていいわよアイツ」
「何故健康になったらしようねはぁと、というセイカ様との秘密の約束をお知りになっているのですかな!?」
「一緒に住んでりゃ分かるわよ、アンタが抱かないから最近不安定なんじゃないの?」
「わ、分かるもんなんですか? え、わたくしのせい……? ええぇ……? って今はセイカ様の話じゃなくてサンさんのお話なんでそ! どうして今日お泊まりが急にダメになったのか納得のいく説明を求めまそ!」
「……先にご飯食べない?」
「む……分かりましたぞ」
ちゃんとした理由がありそうなのでこの場は引き下がり、夕飯を食べることにした。文句を言えたのでイライラは収まったし、母に抱きつかれた驚きで性欲も引っ込んだので、純粋に食事を楽しむことが出来るだろう。
「鳴雷……おかえり」
「あぁ、ただいまセイカ」
「……行く時さ、日ぃ跨がないって言ってたじゃん。本当だった……ちょっと疑ってた、ごめん。帰ってきてくれて嬉しい」
日を跨がないなんて言ったっけ? 完全に忘れて泊まる気でいた、危なかった、セイカに嘘つきだと罵られるところだった、泊まれなくてよかったのかもしれない。
「サン……って人だっけ。まだ付き合えてないって言ってたよな、どうだった? 告白成功した?」
「んー、このまま粘れば上手くいきそうって感じかな」
「……そっか。じゃあ今日は何してたんだ?」
「絵のモデル。サンさん画家でさ、俺描きたいって言ってて……あ、でも抽象画みたいなのばっかり描いてる人だから、似顔絵とか肖像画とかそういうのじゃないんだ。だからまぁどこかに売られたり飾られたりしてもいいかなぁって、忠実に描くってんなら断ってたかもだけど」
「ふぅん……鳴雷を描いた絵かぁ、見てみたいな……肖像画じゃないってことは鳴雷の内面とか描いてるってことだよな?」
「どうなんだろ……」
「他のヤツらはみんなお前の顔ばっか見てるからな、俺がそのサンってヤツがちゃんとお前の内面見れてるかどうかチェックしてやるよ」
セイカ、たまに古参ヅラするの可愛いんだよな。
「絵完成したら写真送ってもらえる予定だから、それ見せるよ。ところでさ、セイカが思う俺の顔以外の良さって何?」
「……俺の名前呼んでくれるところ」
「えぇ……? 他の人も呼ぶだろ? セイカのこと……それこそアキなんてなんか可愛い呼び方してるじゃん。なんか納得いかない、他は? 他」
「俺のこと真っ直ぐ見つめてくれるとこ」
「それも多分アキもやってるってぇー……他!」
「ワガママ……そうだなぁ、たとえば俺とお前が一緒に事故に遭ったりしたら、お前の方が大怪我でも俺の方心配するよな? そういうとこ」
よく分からないし、やっぱりアキも当てはまりそうに思える。もう一度「他」と駄々を捏ねてみようかな?
「…………鳴雷、鳴雷が……やだ、やだっ、鳴雷事故っちゃ嫌だ、鳴雷怪我するなんて嫌だ、もう二度と外出ないで……ずっとここに居て、俺と一緒に居て、お願い鳴雷……」
自分で事故の例え話しておいてトラウマスイッチ入るのかよ。
「事故らない事故らない、自分でした例え話で泣くんじゃないよ、もぉー……ふふ、俺はセイカのそういう面倒臭いところが好きだぞー? 手のかかる子ほど可愛いってな」
《まーた兄貴がスェカーチカ泣かしてら》
「お、アキ。ただいま。髪濡れてるぞ、プールか? ちゃんと乾かせよな」
《帰ってきたと思ったら速攻泣かせやがって、ひでぇ男だぜ》
なんか呆れた顔された……呆れた顔をしていいのは髪をちゃんと乾かさないアキにもう何度も注意してきた俺の方では?
「……あれ、母さん、葉子さんは?」
「電車の中で寝て遠くまで運ばれたってちょっと前にメッセあったわ。待ってらんないからもう食べちゃいましょ、いただきまーす」
手を合わせ、箸を取る。今日も今日とて母の手料理は美味しい。けれどこれで誤魔化されてなんてやらない、食べ終わったらお泊まり禁止の真実について聞き出すのだ。
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