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サン先生の貴重なお話
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油絵と同じく長期戦になりそうだが、サンとの交際は夢ではなさそうだ。そうと分かった俺は今とても晴れやかな気分で居る。
「……触っていい?」
「ん? うん!」
鮮やかに汚れた手がまたぺたぺたと俺の顔を撫で回す。
「…………嬉しそうな顔してるね」
「そりゃ嬉しいよ、サンが付き合ってくれそうなんだから。ねぇ、どういう人間か理解したらってどういうこと? 今サンがどういう人か教えてくれたりする?」
「……今はやだ。ボクに恋してくれてるアンタを描きたいし、後でエロいこともしたい。今ボクに萎えられちゃったら困るんだよね」
サンがどういう人なのかとは、時間の積み重ねで分かる人間性などではなく言葉で説明出来る秘密などの事柄ということか。秘密一つで恋を冷めさせるような者だと思われているのは悔しいが、それは俺が甲斐性を示せていないということ、怒ったり拗ねたりはせず甘んじて受け入れよう。
「ボクのこと好き好きって顔で言ってくるからさ、アンタの顔見るの楽しいんだ。本当に可愛い……ずっとこの顔してて欲しいから、教えないし付き合わない」
「何、サンってば追いかけてて欲しいタイプ? 俺は釣った魚に餌をやらない男じゃない、安心して付き合ってくれていいよ!」
「ふふっ、その調子でいて欲しいんだよ」
「いるよ。付き合ってもずっと」
「……うん」
いつもの無邪気な笑顔とは違う、切なげな微笑み。その表情で分かる、今はそんなふうに言っていたってどうせ……なんて、諦められてしまっていると。サンが今までどう生きてきたのか、何故諦念を抱いているのか、俺は知らない。だからどうして信じてくれないんだなんて逆ギレしたりしない。
「頑張るよ。サンに信頼してもらえる男になる!」
明るく人懐っこそうに振る舞うものの一定以上には進ませない、心の壁を持つ大人の攻略方法を数多のBL作品に触れてきた俺は知っている。
(──歳下攻めモノで影のある受けの場合、攻めが若さ勢い純粋さなどなどで受けの心をほぐす展開は定番ですぞ! あくまでわたくしの観測内ではそれが最もハッピーエンド率が高いかと!)
サンはサンが好きな俺を可愛く思ってくれている、つまりは俺の若さと真っ直ぐさを気に入っているということ。俺の脳内BL展開検索エンジン検索結果も参考にし、このまま押し続けるべきと今後の方針を決定した。押してダメなら引いてみろというのは恋愛の鉄則だそうだが、今回は押してダメなら更に押せで行かせてもらう。
(今回……? わたくし引いたことありましたっけ?)
ずっと押してりゃ何とかなるんだよな俺の場合、なんてったって顔がいいから。
「いい顔してくれてありがとう、描くの楽しいよ」
俺に触れるのをやめて筆を持ったサンの絵をそっと覗いてみたが、とても人の顔には見えない色の混在がそこにはあった。
「……もしかして絵見てる? どう? まだ途中だけど」
「えっと……抽象画は俺にはまだ難しい、かな」
「アンタを描いてるんだから正確には抽象画じゃないよ、これ。まぁ広義的には抽象画なんだろうけど」
「違うの……? やっぱり難しいや」
何が何だかよく分からない絵だけれど、芸術素人が言いがちな「俺でも描けそう」や「子供でも描けそう」という感想は俺には浮かばなかった。素人が絵を描く場合、何もモチーフを作らないというのは逆に難しいと思う。目の前に何もなくても適当にネコとかクマとか描くだろう? 手癖で描ける漫画キャラとか描くだろう? 少なくとも俺はそうだった。
「よく分からないけど……目は離せないなぁ」
「へぇ? 嬉しいね、人の目を止めるのって難しいんだよ」
模様とも図形とも言い難いこの奇妙な色の混在は、俺の似顔絵ではないが素人に描けそうなものでもない。これを一から生み出すのはきっとサンにしか出来ない。これはサンの感性だ。
「アンタ学校で美術は習ってないの?」
「うーん……鉛筆でのデッサンくらいかなぁ、小中で水彩はやったけど油彩はやったことないよ。抽象画なんてもっと分からない」
「ふぅーん、じゃあさ水月、これ何に見える?」
サンは自分の左手の甲に円を描いた。何に見える、か。円……じゃそのまんま過ぎるな。ボールとか? 穴?
「ち、地球……」
「大きいねぇ」
「ごめんなさいカッコつけました……正解何?」
「……ボクがここでボールとか答えたらこれは抽象画じゃない。ボクはこれが何かは特に示さない」
「えぇ……?」
「難しい?」
「…………考察と深読みがめちゃくちゃ盛んな意味深シーンもりもりアニメ思い出す……難しい裏設定があるのかパロディなのか適当なのか、的な」
「あははっ、なんか違う気もするけど、まぁボクは完全な抽象画はあんまり描かないよ。いつもちゃんと具象はある」
混乱のあまりアニメの話なんて持ち出してしまった、オタバレしたか? ガキっぽさに拍車をかけたくらいで止まってくれたか? 後者だったと願おう。
「……聖書読んでないとよく分かんないとかそういうのじゃないよね?」
「絵に教養は必要ないよ、ボク個人の意見としてはね」
「そっかぁ……」
「絵を鑑賞するのに必要なのは一定のモラルと知性だ。つまり、美術館で騒いだり暴れたり、絵汚したり破ったりしなければ、小難しいこと考えずボーッと見て綺麗な色だなぁくらいでいいってこと。そこから興味が湧けば勝手に勉強するだろうから、難しそうとか変に身構えて欲しくないなぁ」
大人な意見だ。
(古参が厳しいとにわかが逃げがちなので、優しく見守りましょうって話ですな)
サン先生の貴重なご意見はオタク的な噛み砕き方しか出来ない俺にはもったいない。ネザメとかに聞かせるべき……いやネザメは小難しいこと言いたいタイプっぽいな。
(ネザメどの絶対アニメ見ながら暗喩とかメタファーとかの話してくるタイプでそ)
サンの指が二本眉間に添えられたかと思えば、むいっと左右の眉の隙間を広げられた。
「シワ寄ってる。ふふ、そういう顔も可愛いけどね」
「ありがとう……眉間にシワ刻まれちゃったらやだから助かるよ」
「難しいこと考えさせちゃったね。後で一緒におバカになろっか。射精する瞬間の男の知能はサボテン並なんて眉唾物な話知ってる?」
「なんか聞いたことある……って、しゃ、射精って!」
「もうすぐ描き終わるから楽しみにしてて」
とうとうするのか、エロいこと! まずい、もう勃ってきた。サボテンとまではいかなくとも既に俺の知能は春の猫並だ。
「……触っていい?」
「ん? うん!」
鮮やかに汚れた手がまたぺたぺたと俺の顔を撫で回す。
「…………嬉しそうな顔してるね」
「そりゃ嬉しいよ、サンが付き合ってくれそうなんだから。ねぇ、どういう人間か理解したらってどういうこと? 今サンがどういう人か教えてくれたりする?」
「……今はやだ。ボクに恋してくれてるアンタを描きたいし、後でエロいこともしたい。今ボクに萎えられちゃったら困るんだよね」
サンがどういう人なのかとは、時間の積み重ねで分かる人間性などではなく言葉で説明出来る秘密などの事柄ということか。秘密一つで恋を冷めさせるような者だと思われているのは悔しいが、それは俺が甲斐性を示せていないということ、怒ったり拗ねたりはせず甘んじて受け入れよう。
「ボクのこと好き好きって顔で言ってくるからさ、アンタの顔見るの楽しいんだ。本当に可愛い……ずっとこの顔してて欲しいから、教えないし付き合わない」
「何、サンってば追いかけてて欲しいタイプ? 俺は釣った魚に餌をやらない男じゃない、安心して付き合ってくれていいよ!」
「ふふっ、その調子でいて欲しいんだよ」
「いるよ。付き合ってもずっと」
「……うん」
いつもの無邪気な笑顔とは違う、切なげな微笑み。その表情で分かる、今はそんなふうに言っていたってどうせ……なんて、諦められてしまっていると。サンが今までどう生きてきたのか、何故諦念を抱いているのか、俺は知らない。だからどうして信じてくれないんだなんて逆ギレしたりしない。
「頑張るよ。サンに信頼してもらえる男になる!」
明るく人懐っこそうに振る舞うものの一定以上には進ませない、心の壁を持つ大人の攻略方法を数多のBL作品に触れてきた俺は知っている。
(──歳下攻めモノで影のある受けの場合、攻めが若さ勢い純粋さなどなどで受けの心をほぐす展開は定番ですぞ! あくまでわたくしの観測内ではそれが最もハッピーエンド率が高いかと!)
サンはサンが好きな俺を可愛く思ってくれている、つまりは俺の若さと真っ直ぐさを気に入っているということ。俺の脳内BL展開検索エンジン検索結果も参考にし、このまま押し続けるべきと今後の方針を決定した。押してダメなら引いてみろというのは恋愛の鉄則だそうだが、今回は押してダメなら更に押せで行かせてもらう。
(今回……? わたくし引いたことありましたっけ?)
ずっと押してりゃ何とかなるんだよな俺の場合、なんてったって顔がいいから。
「いい顔してくれてありがとう、描くの楽しいよ」
俺に触れるのをやめて筆を持ったサンの絵をそっと覗いてみたが、とても人の顔には見えない色の混在がそこにはあった。
「……もしかして絵見てる? どう? まだ途中だけど」
「えっと……抽象画は俺にはまだ難しい、かな」
「アンタを描いてるんだから正確には抽象画じゃないよ、これ。まぁ広義的には抽象画なんだろうけど」
「違うの……? やっぱり難しいや」
何が何だかよく分からない絵だけれど、芸術素人が言いがちな「俺でも描けそう」や「子供でも描けそう」という感想は俺には浮かばなかった。素人が絵を描く場合、何もモチーフを作らないというのは逆に難しいと思う。目の前に何もなくても適当にネコとかクマとか描くだろう? 手癖で描ける漫画キャラとか描くだろう? 少なくとも俺はそうだった。
「よく分からないけど……目は離せないなぁ」
「へぇ? 嬉しいね、人の目を止めるのって難しいんだよ」
模様とも図形とも言い難いこの奇妙な色の混在は、俺の似顔絵ではないが素人に描けそうなものでもない。これを一から生み出すのはきっとサンにしか出来ない。これはサンの感性だ。
「アンタ学校で美術は習ってないの?」
「うーん……鉛筆でのデッサンくらいかなぁ、小中で水彩はやったけど油彩はやったことないよ。抽象画なんてもっと分からない」
「ふぅーん、じゃあさ水月、これ何に見える?」
サンは自分の左手の甲に円を描いた。何に見える、か。円……じゃそのまんま過ぎるな。ボールとか? 穴?
「ち、地球……」
「大きいねぇ」
「ごめんなさいカッコつけました……正解何?」
「……ボクがここでボールとか答えたらこれは抽象画じゃない。ボクはこれが何かは特に示さない」
「えぇ……?」
「難しい?」
「…………考察と深読みがめちゃくちゃ盛んな意味深シーンもりもりアニメ思い出す……難しい裏設定があるのかパロディなのか適当なのか、的な」
「あははっ、なんか違う気もするけど、まぁボクは完全な抽象画はあんまり描かないよ。いつもちゃんと具象はある」
混乱のあまりアニメの話なんて持ち出してしまった、オタバレしたか? ガキっぽさに拍車をかけたくらいで止まってくれたか? 後者だったと願おう。
「……聖書読んでないとよく分かんないとかそういうのじゃないよね?」
「絵に教養は必要ないよ、ボク個人の意見としてはね」
「そっかぁ……」
「絵を鑑賞するのに必要なのは一定のモラルと知性だ。つまり、美術館で騒いだり暴れたり、絵汚したり破ったりしなければ、小難しいこと考えずボーッと見て綺麗な色だなぁくらいでいいってこと。そこから興味が湧けば勝手に勉強するだろうから、難しそうとか変に身構えて欲しくないなぁ」
大人な意見だ。
(古参が厳しいとにわかが逃げがちなので、優しく見守りましょうって話ですな)
サン先生の貴重なご意見はオタク的な噛み砕き方しか出来ない俺にはもったいない。ネザメとかに聞かせるべき……いやネザメは小難しいこと言いたいタイプっぽいな。
(ネザメどの絶対アニメ見ながら暗喩とかメタファーとかの話してくるタイプでそ)
サンの指が二本眉間に添えられたかと思えば、むいっと左右の眉の隙間を広げられた。
「シワ寄ってる。ふふ、そういう顔も可愛いけどね」
「ありがとう……眉間にシワ刻まれちゃったらやだから助かるよ」
「難しいこと考えさせちゃったね。後で一緒におバカになろっか。射精する瞬間の男の知能はサボテン並なんて眉唾物な話知ってる?」
「なんか聞いたことある……って、しゃ、射精って!」
「もうすぐ描き終わるから楽しみにしてて」
とうとうするのか、エロいこと! まずい、もう勃ってきた。サボテンとまではいかなくとも既に俺の知能は春の猫並だ。
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