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落ちそうで落ちない少し落ちてる気もする美人

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無気力系美人ながら表情をよく変えるサンのギャップを示すように、長く艶やかな黒髪は先端だけがくりんっと巻いている。

「どんな絵になるかな。あ、そうそう、油絵は完成までに時間がかかるんだけど、ボク見て描くタイプじゃないからアンタの拘束時間はそんな長くないよ。ちょくちょく触ってネタもらうだけ」

ヘアゴムも髪留めも使っていないから、サンが動く度にその長い髪が揺れる。先端のカールした部分は特によく動く。

「俺はサンと一緒に居られる時間は長い方がいいな」

「アンタが会いたいのは描いてるボクじゃなくてスキンシップ出来るボクだろ?」

「そりゃ話したり触ったりもしたいけど、絵描いてる時のサンの顔見てみたいし、筆を持ってる手とかもきっとすごい色気あるんだろうなって……眺めてるだけでもすごくいい時間が過ごせそうだよ」

頬まである前髪に右目は隠されているけれど、片方だけで十分なほど彼の目は表情豊かだ。今だって大きく見開いて彼が驚いたことを教えてくれた。

「……ホント口が上手い」

「本心だってば」

「目とか刺青とかが珍しいからペッティング楽しみたいだけじゃないの?」

「前も言ったと思うけど、本気で好きだよ。絶対口説き落として十二人目の彼氏にしたい」

「……口説くのに十二人目とか言う? 普通。ま、隠れてコソコソ浮気するよりは好感あるかな」

艶やかな唇からペラペラと零れる言葉達はどこか軽妙だ。俺に好感を持っているのは事実だろうが、俺に口説かれてくれる程好感度は高まっていない……と言うか、俺が上げたい好感度と今上がった好感度は別物な気がする。

「準備終わった。じゃあ見てくよ、アンタは自然にしててね。ありのままのを見たいから」

ぺた、とサンの両手が俺の顔を包むように撫でる。筋張っていながらも細長い指が俺の輪郭を辿る、耳の中に指を入れられて驚いたのも束の間、鼻にぺとりとサンの舌がひっついた。

「……っ! ひぅ……」

耳の内と外の形、耳たぶの柔らかさ、軟骨の硬さ、それらを確かめられるくすぐったさに情けない声が漏れた。

「アンタはさ、人間の顔は左右対称だと思う?」

「へ? まぁ……大体は」

「大体ねぇ、まぁ大体はそうかもね。でも正確には違う、耳の形は左右で違う」

鼻や人中を濡らした唾液の匂いが鼻腔に届く。美青年の体液なので当然俺にとってはいい匂いだ、陰茎にクる。

「……っ、ふ……」

左耳を揉みながら、右の耳の縁を舌でなぞられる。耳の裏を舐められ始めると脳を直接撫でられているかのようなゾワゾワとした快感が耳から広がっていった。

「アンタは左耳を下にして眠ることの方が多いのかな、メガネはあんまりかけないだろ」

「そういえばそうかな……? メガネはかけたことないよ。触っただけでそんなこと分かるの?」

「当たってた? 右耳より左耳の方が若干頭に沿ってて、ヒト兄貴とは耳の付け根の上側の感じが違ったからさ」

「……ヒトさん普段はメガネかけてるの? 俺が見た時はかけてなかった」

「書類とかパソコン扱う時はかけるらしいよ」

今度シュカと他の彼氏の耳を触り比べてみようかな。視覚に甘えて触覚を疎かにしている俺には違いが分からないかもしれないけれど。

「そういえば……メガネ好きって居るらしいね、メガネかけてるのが好きな人」

「メガネ萌えはメジャー性癖! 俺の彼氏にも一人居て可愛いよ」

「ふーん、ボクも今度メガネかけたげよっか? 見えてないから合わないとかなくてアンタの好きな度数選べるよ」

近視ならメガネをかけると目が小さく見えるから、メガネを外すと美少女というよくある展開に使いやすい。遠視ならメガネをかけると目が大きく見えて可愛くなりやすい。度なしもしくはレンズなしの伊達メガネなら、単純に雰囲気が変わってイイ。

「………………こういうジョークは嫌い?」

「へっ?」

「なんか難しい顔してるじゃん、返事に困っちゃった?」

「うん、困った……今話した彼氏は近視メガネだから、遠視のメガネがどういう感じかも見たいし……でもメガネっ子って言ったら近視みたいなとこもあるし、伊達メガネも捨て切れないけど度数自由なら遠近どっちかに振り切りたい……! 悩む……」

「なんだそういう悩み……あははっ! やっぱボクアンタ好きだわ」

「好き!? 付き合う!?」

「それはいいや」

「なんでぇ……」

俺に恋しろとまでは言わない、俺に好感を持っていて身体に触れたり触れられたりすることに嫌悪感がないのなら、付き合ってみてくれたっていいじゃないか。

「耳……耳だけ描くってのも面白いかもね。抽象画が多いだけで具象画もボク描くし、果物シリーズは結構いい値ついたんだよね~。形は耳でいいとして内面……耳に込める意味、耳を象徴として……読み取らせるメタファーは……ミスリードを誘うのも……ボクが感じた色を、でもボクの心はまだ……」

ぶつぶつと呟きながらパレットを持ったかと思えば、すぐに置いて俺の傍に戻り、また俺の耳をつまんだ。

「耳に触れて湧き上がるボクの感情は? 水月の反応は……水月の反応にボクは何を感じるのか……」

なぞったり、つまんだり、さすったり、引っ張ったり、弾いたり、耳をひたすらに弄ばれる。くすぐったくゾワゾワとした快感もあり、鳥肌が立つ。

「ひっ……ぅ」

「ボクは……」

ぼんやりとした白い瞳が俺をじっと見つめている、ようにも見える。

「……ムラムラする」

「へっ?」

「うん……OK、描くものは大体決まった」

「え、ちょ……あの、いいの? 抜いたりとか……」

「勃ってたら邪魔だけどまだ勃ってはないし、抜いちゃうと描く気失せちゃう」

レイも似たようなことを言っていたな。

「ヌードデッサンは直前にしこたま抜いとく人も居るらしいけどね。ちゃんと人描くの初めてだし、抜いた時に今のインスピレーション一緒に吹っ飛びそうだから……まずはこのまま描く。抜いた後でも描いてみて、出来を比べようかな。より高値がついたやり方で描くよ」

「出来って自分の納得度合いとかじゃなくて値段で測ってるの?」

「……他の芸術家は違うかもしれないけど、ボクは金のために描いてるから。ボクにあるのが絵の才能でよかったよ、全盲の音楽家より画家の方がセンセーショナルじゃない? 絵は目に訴えかけるものだからさ」

「うーん……俺芸術のことはよく分からないから……」

「そ。まぁ、金のためではあるけど、絵にこだわりとかプライドはあるよ」

くすくすと笑ってパレットに絵の具を絞り出し、色を見て調節することなんて出来ないはずなのに、二種類の絵の具を混ぜている。

「……そうだ、面白いもの見せてあげよっか。これはターコイズブルー、こっちはバイオレット」

「ぇ……」

絵の具チューブには点字で色の名前が記されているから、どの色を混ぜればどの色になるか分かっていれば見えていなくても出来る……のか?

「あははっ、面白い顔してそうな声、見とけばよかった。今のはただの暗記だけど、絵の具は色によって感触が違うから触れば判断出来るよ」

「へぇ……?」

絵の具の感触? あのドロっとしたものの触り心地に差異があるのか? やはり俺には分からない世界だ。
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