冴えないオタクでしたが高校デビューに成功したので男子校でハーレムを築こうと思います

ムーン

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二人の兄を経由して

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タンクトップを脱ぐと厳つい虎がフタの背中に現れた。彼の筋肉の動きに合わせて皮膚に刺された墨も動き、月に向かって吼える虎が奇妙に動いた。

「カッコイイですね。痛くないんですか?」

「入れる時はめっちゃ痛ぇよ?」

「……麻酔とかは?」

「ねぇよ。ゃ、するもんかどうかは知らねぇけどさぁ。俺ん時はしてなかったと思う」

アキは先程までの警戒心や敵意を引っ込めて幼子のようにはしゃいでいる。あの好奇心の強さと無邪気さがアキ本来の姿なのだろう、訓練を施されなければアキはただただ可愛いだけの実年齢より幼げな、まさに天使のような少年だったのだろう。

《超クール、なぁなぁこれ桜?》

「あの、虎の後ろのは……桜、ですか?」

月に向かって吼える虎の背後には木があり、その木には淡い桃色の花が咲いている。よく見てみれば桜の花びらが舞っていた。

「おー、多分そう……ぉん? わり、電話。もしもーし……おーサンちゃん、どったの。え? 迎え? 鳴雷……水月…………あー、はいはいはいお迎えねいや忘れてない忘れてないアレほら混んだ、車混んだ。すぐ連れてくから……うぃーす、っす。はーい、ほんじゃ」

電話を切ったフタはメモ用紙を広げ、頭を抱えた。

「てめぇ迎えに来てたの忘れてたわ。やっべぇまたヒト兄ぃにボコられる。さっさと行こーぜ」

「あっ、はい」

アキとセイカを二人一気に抱き寄せて順番に頬にキスをし、鞄を持ってフタの後を追う。ヤクザ専用車みたいな車の後部座席に乗り、暗い車窓から外を眺める。フタはナビに従って車を走らせ、五階建てビルの駐車場に車を停めた。

「着いてきて~」

エレベーターに乗り、四階で降りる。

「四階までは事務所でさぁ、五階は俺の家なんよ、いいっしょ最上階」

五階以上の建物ばかりの街では眺めは良くなさそうだが、フタの無邪気な笑顔を前にそんなことは言えなかった。

「あっフタさん、お疲れ様です!」

「おーおつかれ~」

すれ違う従業員らしき者はみなフタに深々と頭を下げた。この穂張興業においての彼の立場を実感し、緊張を増しながらある一室に入った。目に映るのは趣味のいい高級そうな調度品ばかりで身動ぎにすら気を遣う。

「フタ……? 何故ここに」

「うぃっすヒト兄ぃ、えーっと……なんだっけ、アンタ名前なんだっけ?」

「へっ? な、鳴雷です……」

「鳴雷、そぉ鳴雷くん連れてきたんだけどぉ、サンは?」

「フタ……鳴雷さんはサンの絵のモデルです。連れていくのはアトリエの方に決まっているでしょう、サンにそう言われましたよね?」

「……そだっけ?」

首を傾げたフタに対して舌打ちをしたヒトは座り心地の良さそうな椅子から立ち上がり、躊躇なくフタの顔を殴った。

「ちょっ……! なっ、なんてことを! 怪我してるのに!」

頬に貼られたガーゼに血が滲んでいく、傷が開いたのだろうか。ヒトは床に座り込んでしまったフタの髪を掴み、無理矢理立ち上がらせると今度は腹に膝蹴りを食らわせた。

「んっでてめぇはそうバカなんだ! そもそもサンがここに居ることなんざめったにねぇだろうが! メモ書いてやったよなぁ!」

フタはポケットからメモを取り出し、広げてヒトに突き出した。

「……どこに、連れてくとか……誰のとことか、書いてねぇもん。ヒト兄ぃの頼みかサンのお願いかも分かんなくなっちって……ごめん」

ヒトはメモを乱暴に奪い取ると再びフタの顔を殴り、突き飛ばした。

「とっとと出ていけ、バカが伝染る!」

フタは扉を開けてよろよろと部屋を出た。俺は念の為ヒトに頭を下げ「失礼しました」と言ってからフタを追った。

「あ、あのっ、大丈夫ですか?」

「あーだいじょぶだいじょぶ…………えーっと、何くんだっけ」

「……鳴雷です」

「あぁそうそう鳴雷くん……鳴雷くんなんでここに居るんだっけ、えっと、どっかに……」

フタはポケットを探るも、そこにメモはもうない。

「……サンさんに絵のモデルとして呼ばれてるんです。サンさんのアトリエに連れて行っていただけますか?」

「おぉ! それそれ! いや覚えてた覚えてた……へへへ」

再びエレベーターに乗って車に乗り、事務所から数分走った先は何の変哲もない一軒家だった。フタがインターホンを押すとすぐにサンが扉を開けた。

「また遅刻だね」

「ごめーん。間違えてヒト兄ぃのとこ行っちった。顔痛ぇわ」

「また殴られたの? あーぁー……兄貴短気だからなぁ。大丈夫?」

「大丈夫大丈夫。んじゃ俺帰るわ」

「ちゃんと手当しなよー」

フタは車へ戻っていき、サンは俺を探すように首を回した。

「水月……その辺に居るかな? おいで。入った後鍵とかお願いね」

ハルよりも長い黒髪を揺らし、家の中へと入っていったサンを追って玄関扉を抜けた。扉を閉めて鍵をかけ、靴を脱ぐ。そして気付く、この家がサンのために作られたものだということを。

「アトリエは二階なんだ」

今思えば玄関扉の前の段差が緩やかな坂に変えられていた、玄関と廊下を分ける段差もそうだ。廊下には手すりが付けられている。

(バリアフリーハウスですな。セイカ様もこういう家のが暮らしやすいのでしょうか)

二階へと俺達を運ぶのは階段ではなくエレベーターだった。ボタンに階数表示はなく、上と下を指す矢印とその点字だけがあった。

「この部屋、入って」

廊下にはスケッチブックや描き損じらしき丸められた紙、絞り切られた絵の具チューブなどが散らかされており、目が見えていてもそれらを踏まずに歩くのは困難だった。

「サン、廊下の踏んで滑ったりしたら危なくない?」

「ボクすり足だし、手すり付いてるから平気だよ」

「……全部ゴミだよね?」

「九割はね。一割は間違えて部屋から出しちゃったまだ使える絵の具とか筆」

「俺片付けようか?」

「たまにヒト兄ぃが掃除に来てくれるから大丈夫」

ゴミを気にしつつサンが入っていった部屋に俺も入った。室内にも紙や絵の具チューブが散乱している。床や壁の規則性のない斑点は絵の具が飛んだ跡だろうか。

「今までモデルを雇ったことはなかったんだ、アンタが初めて。だからそのモデル用の椅子は新品、一回ボクが座ったけどね」

背もたれのない、図工室や音楽室にあるようなあの椅子だ。イーゼルの対面に置かれたその椅子に腰を下ろし、サンが絵を描く準備を進めるのを眺めた。


画板に固定した紙を撫でる指先、木製のパレットに絵の具を絞り出す仕草。その全ては滑らかで、見えないから手探りで……なんて風には思えない。事実手探りでも何でもないのだろう、慣れた日常的な動きだ。

「……綺麗」

「まだ描いてないよ?」

「サンが綺麗なんだよ」

「口が上手いね~」

魚も虫も居ない、鳥や動物の水飲み場ですらなくなった湖のような、静かで無気力な美貌に反してサンはよく笑う。そのギャップに俺の心臓は掴まれた。
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