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片手鍋への恐怖
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昼食を作り始める頃にはセイカの精神状態はすっかり安定して、昼食作りを手伝うと言ってくれた。
「何作るんだ?」
「アキが食べたいって出してきた味噌ラーメン。セイカは好きなラーメンの味とかあるか?」
「分かんない……ちゃんと食べたのここに来てからだし、まだ塩ラーメンしか食べてないから……」
ラーメンは高級でも手間のかかるものでもないはずなのに、どうして食べさせてもらえなかったのだろう。っていうかラーメンすら食わせてもらえないなら何食ってたんだ?
「セイカ今まで何食べてたんだ?」
「お前虐めてからは食パン……その前は半額弁当か惣菜パン、たまに茹で芋」
なるほど。温めずに食べられるものばかりだな、セイカには光熱費もかけたくないと? ふざけやがって。
「……それより、ラーメンってどうやって作るんだ?」
「袋の裏面に書いてある通りだよ。具材……えっと、もやしと白菜とチャーシュー……チャーシューあったかなぁ」
冷蔵庫を漁る俺の隣でセイカはインスタントラーメンの裏面をじっと見ると、湯を沸かすつもりなのか鍋を探し始めた。チャーシューを見つけて冷蔵庫を閉じると、セイカが寸胴鍋を片手で引っ張り出そうとしていた。
「あぁ待って待ってセイカ、使うのは片手鍋だよ。これこれ」
片手鍋に水を汲み、火にかける。
「……っ」
「麺を茹でるのに重曹をちょっと入れると麺がもちっとするんだ、味変わっちゃうから茹で汁とスープ作るお湯は別にしないとだけどな」
豆知識を披露しつつ重曹を棚から取るため火にかけた鍋から視線を外すと、セイカが青い顔をしているのに気付いた。
「セイカ?」
「…………あっ、ご、ごめ……ごめん、大丈夫、大丈夫……大丈夫」
「そうか? ちゃんと聞いとけよ~? これから一人でインスタントラーメン作ることもあるだろうからさ、このひと手間大事だぞ。ほらほら魔法の粉~」
「大丈夫、大丈夫……鳴雷、鳴雷だから、大丈夫、大丈夫大丈夫……」
セイカの目は俺の方を向いているけれど、俺の顔も重曹のことも見ていない。左手で右の二の腕を掴み、微かに震えている。
「……セイカ?」
「大丈夫……ごめん、本当に、大丈夫…………ごめん、その鍋……怖くて、ちょっと離れてる……」
セイカはふらふらと後ずさり、キッチンの入口辺りの壁に背を預けた。俺はセイカを気にしつつもラーメン作りの手は止めず、完成した三人分の皿を一人でダイニングに運んだ。
「……もしもしアキ? ご飯、出来た。おいで」
自室に戻っていたアキに電話をかけ、まだボーッとしている様子のセイカの背中を押して椅子に座らせた。
「ごめん……手伝えなかった」
「いいよ別にそんなこと。鍋が怖い理由教えてくれないか? 次また別の形でセイカの怖いもの無神経に近付けちゃっても嫌だしさ」
「鳴雷、さ……知ってるよな……俺、背中に火傷あんの。あれ……お湯、かけられたヤツなんだ。定番の躾で……当時はかけられた次の日でも我慢して普通に過ごせてたんだけどっ、痛いの今思い出すと……なんか、すごく怖くて。や、っぱり……さ、俺の頭は、不良品になってる、感情のコントロールが上手くいかないんだっ……前は、昔はっ、お前に気付かれたりしなかったのに」
そういえば、中学時代セイカは「タオルで背中を擦り過ぎた」とか言って背中に触るなと俺に釘を刺したことが何度かあった。どうしてタオルの扱いに関してだけ学習能力がないんだと思ったから覚えていた。アレは、まさか……あの時俺は何を呑気にセイカのドジなギャップに萌えたりしていたんだ、あの時虐待に気付けていたら全ては起こらなかった。
「らーめん! ありがとうですにーに、いただきますです」
俺が鈍感でさえなければ、セイカがもう少し隠すのが下手くそだったなら、互いにイジメのトラウマなんて抱えずに済んだ。
《熱っ!?》
夏場でも長袖長ズボンなのをどうして不審に思えなかったのだろう。女性教師のヒステリックな怒鳴り声が遠くから聞こえただけで過剰なほど悪態をついていたのだって今思えば──あぁ、セイカは結構ボロを出していたじゃないか。なんで俺は気付けなかったんだ。
「にーに、食べるするしないです? らーめん、早く食べるするしない、だと、やわらかー……増えるする? です」
「あっ、あぁ……伸びちゃうな。ありがとう……ごめんな」
話し終えたセイカはちびちびとだが食べ始めていたのに、俺は手を止めてしまっていた。気にしている姿を見せたらセイカもまた気にしてしまう、それを見た俺もまた──負のスパイラルを始めてはいけない。
「……鳴雷」
「ん?」
「ラーメン……箸、キツい……難易度高い……」
「えっ、ぁ、フォーク持ってくる! ごめんな気付かなくて」
暇さえあれば箸や文字の練習をしているが、セイカの左手が利き手になるまではまだまだかかりそうだ。プラスチック製のフォークを使ってラーメンを食べるセイカには奇妙な幼児性を感じる、もうしばらくは左手に慣れなくてもいいかな。
完食、いや、完飲。スープまで飲み干した。
「はぁー美味い、ラーメンのスープは罪の味……いや、地球環境をこの腹を盾に守っているのですぞ」
「どんぶり片手で持てない……重い、飲めない……」
《味噌なのに味噌汁とは味違うんだよな~、不思議。こっちも好き》
スープを飲みたがるセイカにレンゲを渡し、空っぽの皿を流し台に運ぶ。どんぶりだけだし皿が全て揃うのを待たなくてもいいだろうとスポンジに手を伸ばしたその時、インターホンが鳴った。
「…………うわ」
玄関に走って覗き窓から外を確認してみると、顔にガーゼや絆創膏を貼りたくった刺青が特徴的なタンクトップの男が立っていた。
「何作るんだ?」
「アキが食べたいって出してきた味噌ラーメン。セイカは好きなラーメンの味とかあるか?」
「分かんない……ちゃんと食べたのここに来てからだし、まだ塩ラーメンしか食べてないから……」
ラーメンは高級でも手間のかかるものでもないはずなのに、どうして食べさせてもらえなかったのだろう。っていうかラーメンすら食わせてもらえないなら何食ってたんだ?
「セイカ今まで何食べてたんだ?」
「お前虐めてからは食パン……その前は半額弁当か惣菜パン、たまに茹で芋」
なるほど。温めずに食べられるものばかりだな、セイカには光熱費もかけたくないと? ふざけやがって。
「……それより、ラーメンってどうやって作るんだ?」
「袋の裏面に書いてある通りだよ。具材……えっと、もやしと白菜とチャーシュー……チャーシューあったかなぁ」
冷蔵庫を漁る俺の隣でセイカはインスタントラーメンの裏面をじっと見ると、湯を沸かすつもりなのか鍋を探し始めた。チャーシューを見つけて冷蔵庫を閉じると、セイカが寸胴鍋を片手で引っ張り出そうとしていた。
「あぁ待って待ってセイカ、使うのは片手鍋だよ。これこれ」
片手鍋に水を汲み、火にかける。
「……っ」
「麺を茹でるのに重曹をちょっと入れると麺がもちっとするんだ、味変わっちゃうから茹で汁とスープ作るお湯は別にしないとだけどな」
豆知識を披露しつつ重曹を棚から取るため火にかけた鍋から視線を外すと、セイカが青い顔をしているのに気付いた。
「セイカ?」
「…………あっ、ご、ごめ……ごめん、大丈夫、大丈夫……大丈夫」
「そうか? ちゃんと聞いとけよ~? これから一人でインスタントラーメン作ることもあるだろうからさ、このひと手間大事だぞ。ほらほら魔法の粉~」
「大丈夫、大丈夫……鳴雷、鳴雷だから、大丈夫、大丈夫大丈夫……」
セイカの目は俺の方を向いているけれど、俺の顔も重曹のことも見ていない。左手で右の二の腕を掴み、微かに震えている。
「……セイカ?」
「大丈夫……ごめん、本当に、大丈夫…………ごめん、その鍋……怖くて、ちょっと離れてる……」
セイカはふらふらと後ずさり、キッチンの入口辺りの壁に背を預けた。俺はセイカを気にしつつもラーメン作りの手は止めず、完成した三人分の皿を一人でダイニングに運んだ。
「……もしもしアキ? ご飯、出来た。おいで」
自室に戻っていたアキに電話をかけ、まだボーッとしている様子のセイカの背中を押して椅子に座らせた。
「ごめん……手伝えなかった」
「いいよ別にそんなこと。鍋が怖い理由教えてくれないか? 次また別の形でセイカの怖いもの無神経に近付けちゃっても嫌だしさ」
「鳴雷、さ……知ってるよな……俺、背中に火傷あんの。あれ……お湯、かけられたヤツなんだ。定番の躾で……当時はかけられた次の日でも我慢して普通に過ごせてたんだけどっ、痛いの今思い出すと……なんか、すごく怖くて。や、っぱり……さ、俺の頭は、不良品になってる、感情のコントロールが上手くいかないんだっ……前は、昔はっ、お前に気付かれたりしなかったのに」
そういえば、中学時代セイカは「タオルで背中を擦り過ぎた」とか言って背中に触るなと俺に釘を刺したことが何度かあった。どうしてタオルの扱いに関してだけ学習能力がないんだと思ったから覚えていた。アレは、まさか……あの時俺は何を呑気にセイカのドジなギャップに萌えたりしていたんだ、あの時虐待に気付けていたら全ては起こらなかった。
「らーめん! ありがとうですにーに、いただきますです」
俺が鈍感でさえなければ、セイカがもう少し隠すのが下手くそだったなら、互いにイジメのトラウマなんて抱えずに済んだ。
《熱っ!?》
夏場でも長袖長ズボンなのをどうして不審に思えなかったのだろう。女性教師のヒステリックな怒鳴り声が遠くから聞こえただけで過剰なほど悪態をついていたのだって今思えば──あぁ、セイカは結構ボロを出していたじゃないか。なんで俺は気付けなかったんだ。
「にーに、食べるするしないです? らーめん、早く食べるするしない、だと、やわらかー……増えるする? です」
「あっ、あぁ……伸びちゃうな。ありがとう……ごめんな」
話し終えたセイカはちびちびとだが食べ始めていたのに、俺は手を止めてしまっていた。気にしている姿を見せたらセイカもまた気にしてしまう、それを見た俺もまた──負のスパイラルを始めてはいけない。
「……鳴雷」
「ん?」
「ラーメン……箸、キツい……難易度高い……」
「えっ、ぁ、フォーク持ってくる! ごめんな気付かなくて」
暇さえあれば箸や文字の練習をしているが、セイカの左手が利き手になるまではまだまだかかりそうだ。プラスチック製のフォークを使ってラーメンを食べるセイカには奇妙な幼児性を感じる、もうしばらくは左手に慣れなくてもいいかな。
完食、いや、完飲。スープまで飲み干した。
「はぁー美味い、ラーメンのスープは罪の味……いや、地球環境をこの腹を盾に守っているのですぞ」
「どんぶり片手で持てない……重い、飲めない……」
《味噌なのに味噌汁とは味違うんだよな~、不思議。こっちも好き》
スープを飲みたがるセイカにレンゲを渡し、空っぽの皿を流し台に運ぶ。どんぶりだけだし皿が全て揃うのを待たなくてもいいだろうとスポンジに手を伸ばしたその時、インターホンが鳴った。
「…………うわ」
玄関に走って覗き窓から外を確認してみると、顔にガーゼや絆創膏を貼りたくった刺青が特徴的なタンクトップの男が立っていた。
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