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吐き気を催す邪悪

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コンビニの車止めアーチに腰掛け、電話でアキ達に現在地を伝えた。リュウは当然、当事者のホムラさえ事態を把握していない。

「どないしたんな水月、急に……なんかあったん?」

「トイレで、その……ほむらくんが先に出たんだけど、その時変なおじさんに……えっと、イタズラされかけてて」

「ほんまぁ、キッショいのぉー」

「バックヤードに連れ込まれかけてたのかな、だから慌てて追っかけて……出てきた」

「災難やったなぁほむらくん」

「……知らないおじさんに着いていっちゃダメだよ、ほむらくん」

あの時ホムラは全く抵抗せず中年男性に促されるままに歩いていた。自我も感情も十分に育ったからと油断していた、警戒心はまだまだ緩かったらしい。

「申し訳ありません……名前を呼ばれたので、僕が思い出せないだけで知り合いかと思ってしまいました。誘拐されるところだった、ということでしょうか」

「……名前なんて俺らが呼んでるんだから知らない人でも覚えちゃうよ」

「自分の記憶には自信持ちや、この辺来たことあれへんやろ?」

「はい……しかし、鳴雷さんにも天正さんにも秋風さんにも兄様にも僕をホムラと呼んでいただいているのに、先程の方は狭雲とお呼びになられました。一体どうやって僕の苗字を知ったのでしょう」

不審者だとは気付けないくせに余計なことに気付く子だ。

「……不思議やね。今着とるん制服ちゃうやんな、刺繍とかない?」

「制服ではありませんし、名前を書いたものを身に付けてはいません……やはり知り合いだったのではないでしょうか、僕が物心つく前だとかの……」

「知り合いだとしても関係ないだろ、明らかに犯罪者だった」

「気ぃ立っとんのぉ」

今からでも俺だけゲーセンに戻ってあの男を去勢してやりたいくらい憎い。

「……僕を見て久しぶりと、少し縮んだかと言ったのです」

「ほなちっさい頃会ったおっさんとかとちゃうな。学校の先生とかとちゃうやろな」

「教師は公務員、公務員は副業禁止ですよ。従業員の方らしき格好でした。あ……学校と言えば、兄様が通っている高校がこの近辺にありますよ」

俺の予想を裏付ける情報が出たな。

「……ほむらくん、お兄ちゃん心配しちゃうから今回のことはあんまり深くは話さないようにしよっか。今日で一旦お別れなんだし……な?」

「はい」

「言わんでええのん? ほな俺も話さんようするけど」

「にーにぃ~!」

「お、アキ来たか。アキ~!」

ブンブンと手を振って走ってくるアキに手を振り返し、急停止によりふわりと浮かんだセイカの肩をそっと押さえる。

「車椅子押してる時に走るしたらダメだぞ、アキ。おかえりセイカ、どこ行ってたんだ?」

暗い顔のセイカの前に屈むも、返事はない。とりあえず頭と顔を撫でておくか。

「まさかアキくんゲーセンあかんとはなぁ、ゲーセン他より暗いしええ思たんやけど」

「全体的には暗いですが、局所的な光が強い上に点滅も多いですからね」

「迂闊やったわぁ、ごめんな?」

無言のままのセイカの頬は湿っている、先程まで泣いていたのだろう。リュウに頭を撫でられて喜んでいるアキに視線をやると、彼は俺の方へ寄ってきた。

「にぃに!」

「…………」

フードの中に手を入れて直接髪を撫でつつ、左手で胸や腹にそっと触れた。やはり服が一部湿っている、セイカに抱きつかれていたのだろう。

「あんま明るないとこ……んー、どこやろ。水月ぃ、次どこ行く?」

「あー……もう帰らないか? そろそろ暑くなってくるし、涼しい部屋で遊ぼう。ほむらくんもそれでいいかな?」

「はい」

セイカの通っていた高校の場所を調べなかったのは迂闊だった。この町には嫌な思い出が多いのだろう、もう二度とセイカをここに連れてきてはいけないな。

「……鳴雷さん、アレは何ですか? 人がたくさん集まっています」

「ん? 車……? あぁ、移動販売のクレープ屋かな」

駅への道中で広い公園の前を通り、公園の中に停車したクレープ屋をホムラが見つけた。

「クレープ食べたことないよな、まだお腹余裕あるか?」

「はい。食べさせていただけるのですか? ありがとうございます鳴雷さん!」

「お義兄さんって呼んでもいいのよ。お前らは? 食べるか?」

「食う~」

「……クレープって何?」

何を使ったどういう食べ物なのかの説明をアキに求められているらしいセイカは困ったような顔で尋ねた。

「薄い生地に……あの生地なんだろ、小麦粉かな」

「そうちゃう?」

「小麦粉と牛乳と卵かな? で薄い生地作って、その生地に具を挟むんだよ。具は何あるかな、ここからじゃ見えないけど……生クリームとかフルーツとか、おかず系もあるかな? ツナサラダとかある店にはあるよな」

「おかずクレープ食うたことない」

「……よし、説明出来た。ありがとう鳴雷、秋風……チョコかいちごのヤツがあったらそれがいいって」

「OK。俺並んでくるからアキ日陰で待たせてやっててくれ。あの、何? パーゴラ? ガゼボ? あずまや? どれって言っていいのか分かんないけど、アレ」

公園には屋根付きのベンチがあった。あそこなら日傘を差す必要すらなさそうだ、アキにぴったりな場所と言えるだろう。

「ほむらくんも待ってていいぞ?」

「メニューを見たいですし、五人分を一人でお持ちになるのは辛いかと」

「……それもそうだな、手が足りないなぁ」

「俺も行くわ。狭雲は何クレープにするん?」

「あ……俺は、いいや」

「別にお腹いっぱいじゃないだろ? 何か言わなきゃ適当に買ってくるぞ」

「…………じゃあ、いちご」

二人をベンチに置いてクレープ屋の元へ。列はかなり長い、アキに日傘を借りてこようかな……

「チョコバナナいいなー」
「お前すぐ人のもん欲しがるよな」

たった今買い終えたのだろう仲の良さそうな男子高校生だ、目の保養になるかと視線を向ける──見覚えのある顔だ。忘れようとしていた顔だ。胃酸が一気に喉をせり上がる。

「お、俺っ……ちょっとトイレ。リュウごめん三人の立て替えて、俺の分は買わなくていいから」

「えっ? お、おぉ……トイレ多いのぉ」

「鳴雷さんは昨晩プールサイドで服を着ずに眠ってしまったそうです、お腹の調子が悪いのかもしれません」

「何やっとるんやアイツ」

心配されたくないので勝手な推論も今はありがたい。俺は口を押さえて公園の端の小さな仮設トイレへと走ったが、使用中だ。

(ウッソだろクソっ! 広めの公園のくせになんでトイレ一個しかないんですか……!)

もうどこか茂みで吐いてやろうかと周囲を見回すと、アキがこちらに走ってきているのに気が付いた。

「にーにっ、にーに、どうするしたです?」

日傘の影の中へ俺を入れたアキはサングラスをズラし、心配そうな目で俺を見つめた。安心させる言葉を思い付いてはいるが、口を開いて最初に出るのは声ではない気がして、俺は口から手を離すことが出来なかった。
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