冴えないオタクでしたが高校デビューに成功したので男子校でハーレムを築こうと思います

ムーン

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おまけ

番外編 ようやく捕まえた 後編

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※レイ視点 前編の続き



スタンガンの跡が残った首に絆創膏を貼ってくれた太い指はその大きさに反して器用だ、綺麗な絵も描ける。喧嘩なんかに使わないで欲しいと思ったこともあったな、そのくせ喧嘩に強い彼のことをカッコイイと褒め称えてもいた。
僕は、馬鹿だ。昔も馬鹿で、今もそう。

初歩的なミスで居場所を特定されて、家に入れてしまって、トイレに逃げ込めたのに自分から出て──捕まった。馬鹿だ。馬鹿としか言いようがない。

「…………美味いか?」

彼はスタンガンによって気絶した僕と一緒に僕が出前で頼んだのり弁も持って帰ってきていて、僕が目を覚ました後に温めて持ってきてくれた。

「……どこか痛むか?」

僕も大概ストーカー気質だが、彼もかなりのものだ。追う者同士じゃ上手くいかなくて当然だな。

「………………話そうと言ったよな」

「今食べてるんで」

「……そうだな」

一瞬漏れ出た圧力が引っ込んだ。安堵のため息をつき、のり弁を食べ終えたらどうしようかをボーッと考える。彼が僕の立場ならスマホを確認する、せんぱいのことがバレてしまう、僕が殴られてボロボロになるならともかく、せんぱいが……なんて絶対にダメだ。

「…………そんなに食うの遅かったか?」

スマホは彼の手元にある、彼がこの場を離れた隙を狙ってもせんぱいの証拠を消すことは出来ない。

「見られてると食べにくいんすよ」

起死回生のアイディアが浮かぶかもしれない。出来る限りゆっくりと食べて時間を稼がなければ。考えろ、僕が彼ならどうする? どこに逃げる隙がある? どうすれば隙が作れる?

「………………友人がな、出来たと思ったんだ。漫画の趣味が少し似てた、お前を探すのにも協力してくれると言った」

とりあえず好きとでも言っておけば機嫌を取れるだろうか。でも、せんぱい以外に好きと言うのも抱かれるのも嫌だな。

「……まさかアイツだったとはな」

スマホは彼のポケットにあるが、スタンガンは勉強机の上に置かれている。スマホよりもあっちの方が盗める確率は高そうだ、二メートル超えの身体にも俺と同様に効くのだろうか。

「…………鳴雷、水月……か」

「へっ……?」

「……十人のうちの一人で納得してるなんて、寂しがりのくせして殊勝だな。十股なんてイカれてる……アイツも、お前もな。すぐに目を覚まさせてやる」

「なんでせんぱいのことっ!」

「…………食いながら話すな、行儀が悪いぞ」

スタンガンで気絶させられて、一体どれだけ気を失っていた? その間に彼がスマホを盗み見ていると何故思い付けなかった? 起きた時点でもう手遅れだったんだ、目が覚めた時にはもう詰んでいたんだ。


僕の思考はここから逃げ出す方法ではなく、どうやったらせんぱいを巻き込まずに済むかにシフトして行った。元はと言えば僕がちゃんと別れずにせんぱいと付き合ったから拗れてしまったんだ、僕が全ての責任を負うべきだ。

「……食い終わったみたいだな。ゆっくり話そう……俺に話したいことがあるんだろ?」

「ある……」

「…………何だ?」

「お、俺っ、他に好きな人が出来たから……その、くーちゃんとのセフレ関係は、解消ってことで……お願いしたいんすけど」

「……いいぞ」

即答? そんな馬鹿な。手間をかけて捕まえ直した僕をそんな簡単に手放すなんて……何かの罠に違いない。

「……だが、すぐにはダメだ」

「条件とかあるんすか?」

「……いや、ない。お前はただ数日待てばいい、数日後また同じことが言えたなら、解消でも何でもしてやる」

「数日? なんで……ま、まさかっ、せんぱい殺す気じゃないっすよね!」

「…………殺しはしない。ただ……十股男の情けない様を見れば、十人のうちの一人でいいなんてイカれた思考も変わるだろ」

「な、何する気なんすか、せんぱいに乱暴はやめてくださいっす! それとせんぱいは十股男なんかじゃないっす、十一股っす!」

彼は僅かに目を見開き、すぐに目を閉じてため息をついた。

「……我慢ならない。なんで十一人のうち一人で納得出来る? 俺の時は浮気したくせに……お前が寂しがるから部屋に住ませてやったのに。俺とアイツで何が違う」

「何もかも違うっすよ……せんぱいはくーちゃんと違って俺に好きって言ってくれる、愛してくれてるんす! そもそも! せんぱいは彼氏っす、恋人っす、将来の旦那様っす! 生きディルドのくーちゃんとは比べ物にならないっす!」

「…………っ!」

彼が机を叩いた。木製のローテーブルはあっさりと割れ、空になった弁当とペットボトルのお茶が落ちた。

「…………………………濡れたか、悪い……風呂は沸かしてある、入ってこい」

お茶が太腿を濡らしたことに、その冷たさに、言われて気付いた。彼がテーブルを割った驚きと、その怪力への恐怖で僕の時は止まっていた。

「は、はいっ……」

震える足で立ち上がり、浴室に向かった。逃げる発想なんてなかった。もし逃げてもすぐに捕まって、あのテーブルのように壊されてしまうと思った。

「ぅ……ぅ、うっ……ひっく…………せんぱいっ、せんぱいぃ……ふ、ぇえんっ……ぅえぇ……」

浴室で一人、泣きじゃくる。改めて彼の凶暴性と強さを認識し、名前も顔もバレているせんぱいが彼に暴力を振るわれるだろう数日以内の未来を思い描き、絶望に打ちひしがれていた。

「せんぱい……せんぱい……」

思い出すのはせんぱいの優しい笑顔。夜道は危ないからと懐中電灯をくれたせんぱい、合鍵をくれたせんぱい、盗撮カメラを受け入れてくれたせんぱい、気持ちの悪い馬鹿な僕を愛してくれたせんぱい……僕が招いた自体だから恩返しにすらならないけれど、せんぱいは僕が守る。

「服……置いてたんすね」

風呂を上がると脱衣所には彼が居た。渡された服は軟禁されていた時にローテーションで使っていた服のうちの一つだった。

「…………この髪は鳴雷の趣味か?」

長く伸ばした後ろ髪を大きな手が梳く。せんぱいもよくこうしてくれた。

「違うっす……この家出てすぐに美容院行って染めたんす。くーちゃんに見つからないように」

「……なんで俺から逃げたかまだ聞いてなかったな」

「なんでって………………苦しかったんすよ。くーちゃんの中で、俺の存在が軽過ぎて。好きって嘘つく手間すらかけてもらえなくて。愛してなんかないくせにっ、手元に置いとくのだけには手間暇かけられてっ! 苦しくて、苦しくてっ……仕方なかった」

軟禁されていた苦痛の日々を思い出し、それ以前に感じた惨めさも思い出し、嗚咽を漏らす。泣いている顔を見られたくなくて濡れたままの髪で顔を隠すと、頭にタオルを被せられた。

「…………軽く扱ったつもりはない」

顔を少しだけ上げると彼がドライヤーを手に取ったのが見えて、僕はまた俯いた。

「僕は、そう感じたっ……感じてた」

「……すまない」

予想外の謝罪の言葉はドライヤーの音に紛れてほとんど聞こえなかった。



髪を乾かし終えて彼の部屋に戻った。彼は裸足の僕が木片を踏まないようにとベッドまで抱えて運び、割れた机や弁当のゴミを片付けた後は掃除機をかけ始めた。

「くーちゃん」

「……ん?」

「こっち来て」

彼は掃除機をかけるのをやめて素直に来てくれた。ベッドの傍で膝立ちになった彼の頬に触れ、その強面を改めて眺めた。

「くーちゃん……顔怖いけど、カッコイイ。カッコよかったから、好きになったんだ。せんぱいの方が顔は良いけど……くーちゃん、くーちゃん、お願い、僕もう逃げたりしないから……ずっとここに居るから、関係解消してなんて言わないから、せんぱいに酷いことしないで……」

「…………身を捧げてアイツを守るつもりか?」

頷いた。

「……殊勝だな。そんなにアイツが好きか?」

「うん、大好き……せんぱい大好き。でもいいでしょ? くーちゃんが僕抱いてくれたの、僕が髪染めてピアス空けてあげたからってだけなんだから……もっかい髪染め直したら、それでいいでしょ。お願いくーちゃん……僕にオナホに戻って欲しいだけなんでしょ、戻るから、せんぱい見逃して。僕が悪いの、全部僕が悪いから、怒るのも殴るのも僕だけにして。せんぱいに酷いことしないで……」

「…………会う約束を取り付けようと思ったんだが」

彼の手の中には僕のスマホがあった。手を伸ばしてみると彼はあっさりスマホを返してくれた。

「……そんなに殴らせたくないなら別れるとでも言っておけ」

彼はまた立ち上がり、掃除機を手に取った。僕は慌ててメッセージアプリを開き、せんぱいに送る文章を考えた。
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