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少女漫画じゃなくスリラー漫画

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キスを終えた直後、冷静になった俺は小走りでその場を離れた。人前で抱き合って、その上キスまでするなんて、どうかしてる。いつもの俺なら絶対にしない、やはりセイカには調子を崩される。

「鳴雷……」

「ん、あぁ……ごめん、走って。怖くなかったか?」

「……秋風がよく走るから、そこそこ慣れてる」

「マジか、帰ったらちゃんと叱らないと……ぁ、セイカ、次どこ行く?」

「鳴雷の好きなとこがいい」

「じゃあホビーショップにぃ~……れっつらゴーゴーゴー!」

車椅子を押して向かった先はホビーショップ。プラモデルやフィギュアが八割、残り二割はジグソーパズルや立体パズルなど非オタの方でも楽しめるホビーが置かれている。

「出来のいいデカいフィギュアは知らない作品のキャラでも幸せな気持ちになるなぁ! 見ろよセイカぁ、この髪のたなびき具合、スカートの質感! スゴすぎるっ……服の縫い目がちゃんと作られてるぅ~」

透明のディスプレイに入った美少女フィギュアを眺め、腕を小さく振り回しながら小声早口ではしゃぎ倒す。

「…………パンツ見えた! セイカ、この角度からならパンツ見えるぞ。縞パンだ、このタイプのフィギュアでパンツが白くないのは珍しいぞ。すごい作り込みだ」

「店でしゃがみ込むなよ恥ずかしいヤツだな……っていうかお前女の子のパンツに興味あったの?」

「ないけどフィギュアのパンツには興味あるだろ。見えない細部にこだわってるのがいいフィギュアの証だ、新しいフィギュア手に入れたらまずパンツ覗くもんだぞ。新しい教科書もらった時に匂い嗅ぐのと一緒だ」

セイカは納得がいっていない顔をしている。

「なんか株が下がってる気がするからプラモコーナーに行くぞ」

「プラモって組み立てるんだよな? 難しそう」

「塗装、それも実戦を終えた風の汚し塗装を始めたらもう止まれねぇ……やがてアニメ塗りとかにも挑戦し、フィギュアなのに絵に見える写真とか撮り始めるっ……」

「組み立てに困る次元に居ないのか。ん……? なぁ、鳴雷。これとこれ同じヤツじゃないのか? 名前違うけど見た目一緒な気がする」

「IIの方が出力が強いんだ、武装も多くて──」

「設定の話じゃなくて」

「見た目? パイプとかスパイクアーマーが分かりやすいかな、色も細かく言えばこことここと──」

「あー……こっちトゲ生えてるのか」

「ちなみにこのツノ生えてるのは隊長機だ。こっちの赤いのが推進力を増やしたヤツで──」

この辺りの知識が全くないセイカにも分かりやすいよう固有名詞を避けつつ分かりやすく説明してみたが、セイカは説明そのものではなく俺が説明している楽しそうな姿が見たかったようで、あまり真面目には聞いていないようだった。

「セイカはプラモもフィギュアも興味ないもんな、こっちはどうだ? パズル。立体パズルもあるぞ、五重塔とか姫路城とか作れるんだってさ」

「パズル……やったことないな」

「そうなのか、二千ピースのミルクパズルとか十分で作ってそうなイメージあったよ」

あまり興味はないようなので、何も買わずにホビーショップを後にした。

「ふゅぎあ買わなくていいのか?」

「飾るとこないし、好きなキャラは居なかったからな」

「ふーん……ぷらもも?」

「セイカが見てたのは完成品が家にあるぞ、始めたての頃に作ったヤツだから塗装ヘッタクソだけどな」

次にやってきたのは書店だ。追っている漫画の新刊は発売日にネット注文しているので探す必要はないが、まだ見ぬBL漫画や小説が眠っているかもしれないので定期的にリアル店舗へ足を運ぶことは大切だ。

(まぁ、私本屋で働いてるんですけどな)

BLコーナーに居るのは女性ばかりだ。しかしその程度のアウェー感、BLを求める心の邪魔にはならない。俺は車椅子を押してずんずん進み、気になった本を片っ端からパラ読みして行った。

(マイナーなのはやっぱり出来もそこそこですな。ニッチ性癖だからマイナーみたいな感じの良本はやはりなかなか見つかるものではありませぬ)

俺はまだ未成年なので、買えるのは濡れ場がないか表現がぼかされたものだけ。現実で好きなだけセックス出来るのに絵は見てはいけないとは、不思議な話だ。

(お、不良もの。わたくし不良ではござらんから攻めが不良なタイプの話は二次元でしか楽しめない……おっと)

同じ漫画を取ろうとした手が二つ、手の甲同士がぶつかり合う。タイトルを見るのに夢中で隣に人が居たのに気付かなかった。

「あっ、すいません。どう、ぞっ……!?」

手を引いて譲りながら相手に視線をやり、驚愕した。

「…………どうも」

「あっ、は……ぇ、と…………お、お久しぶりです?」

二メートルはあろう巨体が目の前にある圧迫感に耐えられず、僅かに後ずさる。

(レイどのの元カレぇえっ!? どどどっ、どうしてこんなところに! ちくせう、退散するでやんす!)

混乱して心の中の語尾をおかしくしつつも退路を確認する俺の前に先程俺が取ろうとしていた漫画が差し出された。

「……もう一冊あったぞ」

「アッ、どうも……」

「…………久しぶりだな、最近見かけなかった」

「そ、そうですねっ、なんか被らなかったみたいでぇへへ」

俺はもう二度と会いたくなかった。

「……同じ作者の、金髪不良後輩調教シリーズも……オススメだ。ピアスを空けるシーンがたまらん」

「そ、そーなんですかァ……」

「…………こういうの、結構読むのか? 周りには読んでるヤツが居ない……よければ語り合いたい」

「ゥエッ」

「よかったな鳴雷、BL仲間出来て」

「ファッ!?」

セイカには俺がこの男を苦手としていることが伝わらなかったのか? 俺の真後ろに居ちゃそりゃ表情なんて分からないか、セイカはレイの元カレ周りの話を何一つ知らないだろうし……あぁ、クソ、同じ本を取ろうとして手がぶつかるなんて少女漫画的展開なのに、今から始まるのは恋ではなく恐怖だ。

「ぅえ、へへっ……よ、よろしくお願いしますゥー……」

人は本当に怖いと、笑うのだ。
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