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頭を冷やす時間が欲しい
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服を着て、プールに入っていたアキに夕飯の時間だと告げ、セイカに義足を履かせ、三人でダイニングへ。配膳を手伝っているホムラと軽く会話し、キッチンへ。
「さっきのことですけど、ノックしてくださいよぉっ!」
「悪かったとは思ってるわよ。お詫びにウィンナー一本足したげるから」
「わぁいウィンナー、水月ウィンナーだぁいすき」
俺の分なのだろう皿にウィンナーが一本転がるのを見て俺の怒りは完全に治まった。
「……アンタ高一男子としてそれでいいの? もっと母親に反発するもんでしょ。ノックしろババアくらい言ったらどう?」
「言ったらどうなります?」
「拳で語り合いましょう」
「ヒェ……絶対言いませんぞ。まぁ今回はわたくしが脱いでたとこ見られただけなんで……まぁ」
セイカが脱いでいた時だったならもう少し怒っていたかもしれないが、それもセイカの反応次第だな。
「フィニッシュの瞬間だったわよね? ごめんね雰囲気ぶち壊して」
「ごめんと思ってるなら蒸し返さないでいただきたい!」
「お皿持ってって」
「いえすまむ!」
もうこれ以上母のノックなし入室には言及せず、今日も今日とて美味しそうな夕飯を堪能しよう。
堪能した、今日も美味しかった。
「片付け手伝ってくれてありがとうな、ホムラくん」
「いえ、いつもお世話になっていますから」
皿洗いは俺の担当なのだが、最近はホムラが手伝ってくれる。初めの頃は断っていたのだが、押し負ける形で今は手伝いを頼んでいる。
「ただいま~……」
ソファで左足の断面を摩っているセイカの隣に腰を下ろす。光のない暗い瞳が俺を捉え、噤んだままの口の端が僅かに持ち上がる。
「…………」
左足を離し、俺の肩に頭を擦り寄せる。
「足、痛むのか?」
「うぅん……」
セイカは首を横に振りながら俺の膝を撫でる。
「……ないなって、思って」
「足?」
「…………うん」
返事が思い付かない。ただ見つめているとセイカは微かに笑った。
「元々あったもんがなくなって、やっぱりまだ違和感があるってだけだから……そんな複雑そうな顔するなよ、別に落ち込んでないから」
「……そうか?」
「うん。手と足がなくなったからお母さんが更に俺のこといらなくなって、手放してくれて……今こうして鳴雷のとこに来れたんだ。それに、鳴雷、お前の彼氏に手足ないようなヤツ居ないから……十一人の一人なのに、唯一無二になれてる」
「…………たとえ手足があったままだって唯一無二だよ。みんな、唯一無二だ」
何よりセイカは初恋の人、俺にとっては特別な人だ。
「だからそんな重く捉えるなって。新しい個性なんだよ、俺のこの手足は。鳴雷がこれで興奮してくれてるのは確かなんだから、いい個性だ」
「手足ないからって興奮してる訳じゃないぞ」
欠損フェチは事実だが、セイカの身体の好きな部位は欠損した場所だけではない。顔も目も好きだ。今は痩せ過ぎているから体つきも好きとは少し言いにくいけれど、スタイルはいいと思う……その長い手足が片っぽずつ途中からなくなっているんだったな。
「…………なんでそんなに否定するんだよ」
「……え?」
「こんな手足嫌に決まってるだろ!? でも頑張っていいとこ探してみたのにっ、なんで全部否定しちゃうんだよっ! そんなにっ、そんなに俺に苦しんでて欲しいのかよ、恨んでない訳ないもんな、俺が落ち込んでるの見たいんだろっ!」
「あ……ご、ごめんっ、そんな……頑張ってたなんて、気付けなくて。ごめんな? ごめん……否定したつもりじゃないんだ、俺はセイカがどんな姿だってよくて」
「何でもいいならある方がよかったんだろ?」
ある方がいいと言えば今のセイカを否定することになるし、ない方がいいと言えば手足を失った悲惨な事故とそれらを促したイジメっ子共を僅かでも肯定することになりかねない。セイカに前向きになってもらうには現在を肯定してやるのがいいはずだ、欠損した身体も好きだと言ってやるのが正解のはずだ、でも手足を失ってよかったなんて意味に受け取られそうなことを言う勇気は俺にはない。
「………………ある方が、よかったんだな」
ごちゃごちゃと考え込んで何も言えなくなった俺の沈黙を、セイカは肯定と取ってしまった。
「……気に入ってくれてるんだと、思ってたのに」
セイカの左手が右の二の腕に爪を立てている。また引っ掻き傷が出来てしまうと察した俺は左手を掴もうとしたが、その手を払われてしまった、
《…………風呂、一緒に入ろうぜ》
セイカは俯いたまま義足を履いて立ち上がり、俺の知らない言葉を呟いた。
《マジ!? いいの!? やったぁ、スェカーチカと温泉~。着替え取ってくるから先行ってて!》
アキが大喜びで自室へと走っていった。
「セイカ? 何言ったんだ? アキ……なんか喜んでたけど。ぁ、いや……今はいいや、あのなセイカ、俺は……その」
「……お風呂入ってくる」
「あ……うん、じゃあ、上がったらまた話そう」
ソファに腰を下ろし、深くため息をつく。セイカが風呂を上がるまでに頭を整理しておかなければ……と考える俺の目の前を服を抱えたアキが小走りで過ぎていった。
(さっきのロシア語……一緒に風呂入ろうとかだったんでしょうか)
俺の返答が悪かったとはいえ俺に拗ねておいてアキを誘うなんて、当てつけのつもりか? だとしたら……だとしたら、大成功だな。尋常じゃなくイライラしている。
「あの、鳴雷さん……」
気を紛らわせようとスマホを手に取ったその時、セイカに似た顔に話しかけられた。スマホをポケットに戻し、隣に座るよう促すとホムラは拳一つ分隙間を開けて腰を下ろした。
「詳しくは聞こえなかったのですが、兄様と口論になっていたようで……」
「あぁ……うん、まぁ……俺の言い方が悪かったんだよ」
「…………僕は、兄様の弟です。でも、こういう時に「兄様はこういう人だから」とか、言えません。僕は兄様の人柄を知りません、ちゃんと話したことがありません、口論の上手い治め方なんて……全く。でも、兄様は優しい方です。僕に殴られないように過ごすコツを教えてくれました、僕が転んだ時にはおぶってくれました、兄様は鳴雷さんのことが大好きですからきっと仲直りしたがっているはずです。どうか……兄様をよろしくお願いします」
「……うん、ありがとうな、ほむらくん」
セイカと上手くやれずに落ち込んでいる俺を見て来てくれたのに、頑張って話してくれたのに、俺はホムラにすら苛立ってしまっている。
よろしくって何だ? お前の物だったのか? なんて、そんな意図でないのも、兄弟として当然の言い方なのも分かっているのに、マウントを取られた気になっている。
あぁ、重症だ。幸い明日は予定がないし、ゆっくり休もう。
「さっきのことですけど、ノックしてくださいよぉっ!」
「悪かったとは思ってるわよ。お詫びにウィンナー一本足したげるから」
「わぁいウィンナー、水月ウィンナーだぁいすき」
俺の分なのだろう皿にウィンナーが一本転がるのを見て俺の怒りは完全に治まった。
「……アンタ高一男子としてそれでいいの? もっと母親に反発するもんでしょ。ノックしろババアくらい言ったらどう?」
「言ったらどうなります?」
「拳で語り合いましょう」
「ヒェ……絶対言いませんぞ。まぁ今回はわたくしが脱いでたとこ見られただけなんで……まぁ」
セイカが脱いでいた時だったならもう少し怒っていたかもしれないが、それもセイカの反応次第だな。
「フィニッシュの瞬間だったわよね? ごめんね雰囲気ぶち壊して」
「ごめんと思ってるなら蒸し返さないでいただきたい!」
「お皿持ってって」
「いえすまむ!」
もうこれ以上母のノックなし入室には言及せず、今日も今日とて美味しそうな夕飯を堪能しよう。
堪能した、今日も美味しかった。
「片付け手伝ってくれてありがとうな、ホムラくん」
「いえ、いつもお世話になっていますから」
皿洗いは俺の担当なのだが、最近はホムラが手伝ってくれる。初めの頃は断っていたのだが、押し負ける形で今は手伝いを頼んでいる。
「ただいま~……」
ソファで左足の断面を摩っているセイカの隣に腰を下ろす。光のない暗い瞳が俺を捉え、噤んだままの口の端が僅かに持ち上がる。
「…………」
左足を離し、俺の肩に頭を擦り寄せる。
「足、痛むのか?」
「うぅん……」
セイカは首を横に振りながら俺の膝を撫でる。
「……ないなって、思って」
「足?」
「…………うん」
返事が思い付かない。ただ見つめているとセイカは微かに笑った。
「元々あったもんがなくなって、やっぱりまだ違和感があるってだけだから……そんな複雑そうな顔するなよ、別に落ち込んでないから」
「……そうか?」
「うん。手と足がなくなったからお母さんが更に俺のこといらなくなって、手放してくれて……今こうして鳴雷のとこに来れたんだ。それに、鳴雷、お前の彼氏に手足ないようなヤツ居ないから……十一人の一人なのに、唯一無二になれてる」
「…………たとえ手足があったままだって唯一無二だよ。みんな、唯一無二だ」
何よりセイカは初恋の人、俺にとっては特別な人だ。
「だからそんな重く捉えるなって。新しい個性なんだよ、俺のこの手足は。鳴雷がこれで興奮してくれてるのは確かなんだから、いい個性だ」
「手足ないからって興奮してる訳じゃないぞ」
欠損フェチは事実だが、セイカの身体の好きな部位は欠損した場所だけではない。顔も目も好きだ。今は痩せ過ぎているから体つきも好きとは少し言いにくいけれど、スタイルはいいと思う……その長い手足が片っぽずつ途中からなくなっているんだったな。
「…………なんでそんなに否定するんだよ」
「……え?」
「こんな手足嫌に決まってるだろ!? でも頑張っていいとこ探してみたのにっ、なんで全部否定しちゃうんだよっ! そんなにっ、そんなに俺に苦しんでて欲しいのかよ、恨んでない訳ないもんな、俺が落ち込んでるの見たいんだろっ!」
「あ……ご、ごめんっ、そんな……頑張ってたなんて、気付けなくて。ごめんな? ごめん……否定したつもりじゃないんだ、俺はセイカがどんな姿だってよくて」
「何でもいいならある方がよかったんだろ?」
ある方がいいと言えば今のセイカを否定することになるし、ない方がいいと言えば手足を失った悲惨な事故とそれらを促したイジメっ子共を僅かでも肯定することになりかねない。セイカに前向きになってもらうには現在を肯定してやるのがいいはずだ、欠損した身体も好きだと言ってやるのが正解のはずだ、でも手足を失ってよかったなんて意味に受け取られそうなことを言う勇気は俺にはない。
「………………ある方が、よかったんだな」
ごちゃごちゃと考え込んで何も言えなくなった俺の沈黙を、セイカは肯定と取ってしまった。
「……気に入ってくれてるんだと、思ってたのに」
セイカの左手が右の二の腕に爪を立てている。また引っ掻き傷が出来てしまうと察した俺は左手を掴もうとしたが、その手を払われてしまった、
《…………風呂、一緒に入ろうぜ》
セイカは俯いたまま義足を履いて立ち上がり、俺の知らない言葉を呟いた。
《マジ!? いいの!? やったぁ、スェカーチカと温泉~。着替え取ってくるから先行ってて!》
アキが大喜びで自室へと走っていった。
「セイカ? 何言ったんだ? アキ……なんか喜んでたけど。ぁ、いや……今はいいや、あのなセイカ、俺は……その」
「……お風呂入ってくる」
「あ……うん、じゃあ、上がったらまた話そう」
ソファに腰を下ろし、深くため息をつく。セイカが風呂を上がるまでに頭を整理しておかなければ……と考える俺の目の前を服を抱えたアキが小走りで過ぎていった。
(さっきのロシア語……一緒に風呂入ろうとかだったんでしょうか)
俺の返答が悪かったとはいえ俺に拗ねておいてアキを誘うなんて、当てつけのつもりか? だとしたら……だとしたら、大成功だな。尋常じゃなくイライラしている。
「あの、鳴雷さん……」
気を紛らわせようとスマホを手に取ったその時、セイカに似た顔に話しかけられた。スマホをポケットに戻し、隣に座るよう促すとホムラは拳一つ分隙間を開けて腰を下ろした。
「詳しくは聞こえなかったのですが、兄様と口論になっていたようで……」
「あぁ……うん、まぁ……俺の言い方が悪かったんだよ」
「…………僕は、兄様の弟です。でも、こういう時に「兄様はこういう人だから」とか、言えません。僕は兄様の人柄を知りません、ちゃんと話したことがありません、口論の上手い治め方なんて……全く。でも、兄様は優しい方です。僕に殴られないように過ごすコツを教えてくれました、僕が転んだ時にはおぶってくれました、兄様は鳴雷さんのことが大好きですからきっと仲直りしたがっているはずです。どうか……兄様をよろしくお願いします」
「……うん、ありがとうな、ほむらくん」
セイカと上手くやれずに落ち込んでいる俺を見て来てくれたのに、頑張って話してくれたのに、俺はホムラにすら苛立ってしまっている。
よろしくって何だ? お前の物だったのか? なんて、そんな意図でないのも、兄弟として当然の言い方なのも分かっているのに、マウントを取られた気になっている。
あぁ、重症だ。幸い明日は予定がないし、ゆっくり休もう。
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