冴えないオタクでしたが高校デビューに成功したので男子校でハーレムを築こうと思います

ムーン

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夕暮れ時の帰宅

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縄の扱いは上手いのに、どうしてフリスビーは上手く投げられないのだろう。ネザメの不思議な不器用さを知り、俺は困惑していた。

「ボールはどうですか?」

と俺が提案するとネザメは快く受け入れてボールを投げた、いや、地面に叩き付けた。大きくバウンドしたボールを犬は座ったまま上を向くだけで見事にキャッチし、楽しくなさそうにネザメの前にボールを転がした。

「まぁ……予想はしとったわ」

俺やミフユにはちゃんと手にボールなどを渡してくれる犬が、ネザメに対しては足元にボールを転がすだけというのを見ていると、悲しさなのか寂しさなのか、筆舌に尽くし難い感情が沸いてくる。

「……スポーツ選手を目指している訳でもないのにボール投げなど上手かろうと下手だろうと、どうだっていいだろう! 鳴雷一年生、なんだその顔は! ボールを上手く投げられないことで人生にどんな影響があると言うんだ!」

「今まさに愛犬と上手く遊べてないじゃないですか……」

「……その通りだ! しかし犬と遊ぶ方法はボールやフリスビーを投げることだけではない、一緒に走るだけでもいいのだ。庭にはハードルやポール、平均台なども用意してあるからボールなどなくとも遊べる! ですよねネザメ様」

「走ると疲れるし汗をかくからなぁ……出来れば自分は動かずに済むボールかフリスビーで楽しみたいよ」

「…………ネザメ様が共に遊べなかろうと、ミフユがその分頑張ればいいだけの話だ! まだ文句はあるか? 鳴雷一年生」

ない、と言うほかないだろう。飼い主が一緒に運動してやれないなら別の者に委託するというのは、全く正しいことなのだから。

「ないですけど、ネザメさん投げ方分かってないだけっぽいですし、ちゃんと教われば出来ると思うんですよ」

「皆が皆教わって出来るようになるのならばプロスポーツなど成り立たん」

「そんな大袈裟な話じゃなくてですね。ねぇネザメさん、一回ちゃんと投げ方教わってみませんか? さっきみたいに聞き流すんじゃなく」

「聞き流しているつもりはないんだけれど……ミフユ、教えてくれるかい?」

ネザメが眉尻を下げて首を傾げるとミフユは嬉しそうに普段以上の大声で「はい!」と返事をし、ボールを持った。

「こう持ちます。こうやって、こうです! 分かりましたか?」

ミフユは至って普通にボールを投げた。犬が走っていく。

「……うん」

「ではどうぞ、やってみてください」

犬が取ってきたボールをネザメに渡し、ミフユはニコニコと笑う。ネザメは困ったように微笑んだままボールを地面に叩き付けた。

「む……ネザメ様、いいですか? こうやって、こう! です」

なるほど、ミフユの説明がフワッフワなのもネザメが上達しない理由か。しかし俺も運動音痴かつ、身体の動きを言葉に出来ない感覚タイプの人間だ。ミフユより上手く説明出来るとは思えない。

「リュウ、お前ならどう説明する?」

理系のリュウならロジカルな説明が出来るのではないだろうか。

「……ボール離すんが遅い。あと、肩と肘しか動かしてへん。爪先からちゃんと体重移動せな。ボール離すタイミングはまぁ自分で色々試して感覚掴むしかないんちゃう? 一番よぉ飛びそうなタイミングここや言うても上手く離せんやろし」

「天才! そうだよな、自分の投げ方見せ続けるよりフォーム見て直してやるのがいいよな、なんで気付かなかったんだろ。ネザメさ~ん」

正しいやり方をどう教えるかばかり考えて、ネザメの投げ方の何が悪いのかを知ろうとしていなかった。思わぬ落とし穴だ。俺はリュウがフリスビーで犬と遊ぶ傍らネザメの投球フォームをミフユと共に修正し、やがて日が傾き始めた。

「……もう夕方か。夢中になってしまったな」

「ネザメさんのフォーム頑固過ぎるっ……全然直せなかった」

「いや、飛距離は六メートルほど伸びた。感謝する」

「あれだけやって六メートル……!」

「はぁ……腕が痛いよ」

三人ともぐったりと疲れてしまった。リュウの方を見てみれば、彼は芝生に仰向けに寝転がって顔を犬に舐め回されていた。

「メープル、やめろ。家に戻れ」

ワンと鳴いて犬は小屋に戻っていった。ミフユは扉を閉めに向かい、俺は起き上がるリュウに手を貸した。

「何してたんだ?」

「フリスビー投げるん疲れて、もうしまいや言うて座ったら倒されてしもぉてん。んでもう押しのけて立つん面倒やなーって……」

「顔べったべただぞ、ちょっと臭いし。顔洗わせてもらえよ」

ネザメのフォーム修正に夢中になって汗だくになったからシャワーを借りてから帰りたかったが、そうしていると夕飯の時間に遅れてしまいそうだ。リュウが顔を洗うのだけ待って、俺達はネザメの邸宅を後にした。

「今日はありがとうございました」

「おおきにー」

「またいつでも来ておくれ」

「こちらにも都合の悪い日はありますよネザメ様。鳴雷一年生、空いている日は共有スケジュールに書き込んでおく、都合が合えば連絡してこい」

「はい! また是非……明日にでも会いたいです。では!」

徒歩と電車で帰ると一応言っては見たものの、もう遅いからと車に乗せられてしまった。ミフユの親類らしい小柄な運転手に礼を言い、自宅近くのロータリーで下ろしてもらった。

「結構早く着いたな……シャワー貸してもらえばよかった」

空いた道を走った車は俺の想定よりも早く俺を送り届けた。シャワーを浴びる前にネザメ達に家に着いたことを報告するかと考えつつ、扉を抜けた。

「ただいま戻りました~」

母はまだ帰っていないようだ、アキとセイカは庭の離れに居るのだろう、俺を出迎える者は居ない──

「鳴雷さん、おかえりなさいっ」

──いや、居た。ホムラのことをまた忘れてしまっていた。彼もすっかり家に馴染んでいる、やがて彼の父親の実家に引き取られていくことを思うと既に寂しいな。
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