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気分は凱旋

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分からさせられた。アキに一度も勝てなかった。帰ってきた母は驚いただろう、息子がリビングでへたり込んでいたのだから。

「ただいま。何があったの……?」

「ゆのー、おかえりなさいです。ぼく、にーに、勝つするです。押す、相撲です」

「……あぁ、手押し相撲ね? 懐かしいわね~、水月がボロ負けなのね」

一度も勝てなかったどころか、ほぼ毎回一撃でやられている。やはり俺には兄の威厳なんて最初から存在しないのかもしれない。

「そんなことより母さんっ、どうなったの?」

母はセイカ達の母親と話を付けに家を出ていた。上機嫌さから結果は察せられるが、直接聞くまでは安心出来ない。

「それなんだけどね……入って!」

ダイニングに気まずそうに入ってきたのは見知らぬ中年男性だ。冴えないという言葉の擬人化のような顔と態度だ。

「……父様」

ホムラが目を見開く。

「ほむらっ……あぁ、ほむら…………ほむら、ごめんな、ごめん……」

「……コイツは旦那よ。予想通り、気の強い嫁に逆らえず虐待を見て見ぬフリしてきたタイプの男」

席を立ったホムラの前で崩れ落ちた男を見る母の目は冷たい。

「ほむらくんの傷の写真、されてきたことを説明した音声、何より……もう痛いことされたくないってのが今のところ一番のお願いだって教えてやったら、私達が傍に居たのもあってかようやく勇気出したのよ」

「……お父さんを味方に引き入れたってことですか?」

「まさか、コイツは敵よ。三つ巴になっただけ。狭雲兄弟、よく聞きなさい。アンタらの親、離婚するんですって」

セイカとホムラは顔を見合わせる。

「本当に上手くいったわ。で? おっさん、どうするんでしたっけ?」

「ほむらを連れて実家に帰ります……ほむら、それでいいな? おじいちゃんおばあちゃん知ってるだろ? 優しい人達だ、都心からは結構離れてしまうし、転校しなきゃならないけど……もう誰にも痛いことされないぞ」

「ほとぼりが冷めたらろくでもない再婚相手捕まえるタイプの男だから、早めに自立した方がいいわよ。後で電話番号教えるから何かあったらいつでも連絡しなさい」

「……ありがとうございます。父様も、ありがとうございます……父様に助けていただける日が来るなんて思ってもみませんでした」

キツい言葉だな。まぁ、今まで見殺しにしてきたのだから当然か。

「おっさん、セイカくんは私達にくれるのよね?」

「は、はい……セイカくんは、私の子ではありませんし……」

「向こうの連れ子だからって酷い言い草ね。でも養育費は半分こっちにくれるんでしょ?」

「……はい」

「半分……?」

「離婚して子供を一人ずつ引き取ったっていうていで、セイカくんとセイカくんの分の養育費を半分だけこっちに流すってので同意してもらったワケ。あの女からすれば子育ての手間なく毎月小遣いがもらえるいい契約なのよ、セイカくんにはもう痛めつけるほどの興味もないみたいだし、彼をもらうの自体は思ってたより楽だったわ」

そういえば紳士と青年の姿が見えないな、もう帰ってしまったのかな?

「あの……どうしてセイカくんを……それに、養育費の半分って結構少ないですよ?」

「ウチの子と付き合ってんの。将来的には息子になりそうなのよ。それに私が勤めてる会社はすっごく優良企業でね、扶養家族が増えると手当ても増えるのよ。葉子とアキくんで増えたのにまた増える! 正直アンタの養育費なんかいらないのよね。私の年収アンタと比べ物にならないし」

「……母さん、葉子さんとアキはともかく、セイカは正式に引き取ったわけじゃないんだし、手当てとかそういうのダメなんじゃないの?」

「水月、私は専務よ。そしてウチの会社は社長がほぼ何もしてなくて、社長秘書は私の弟分みたいなもんなのよ。後は……分かるわね?」

「い、いや……手当てってなんかもっとちゃんとした国のアレなんじゃ」

「会社の方針だからそれとは違うわ。財閥の会社だし、その一族の一人と私は仲良し。だから色々と無茶が効くのよ」

社会経験のないガキの懸念など杞憂に過ぎないということか。いや、母が色々と異常なだけだろ……

「そうそうセイカくん、あなたのお母さん「あんなの産んだせいで、あんなのが生きてたせいで、ほむら失うことになるなんて」「早く殺しておけばよかった」って言ってたわよ」

「……っ、ちょっ、そんなことわざわざ伝えないでくださいよっ!」

「あら……嫌だったの? ごめんなさい、私なら親がそんなこと言ってたらウケるから……生きてきただけで悔しがらせられるなんて復讐のコスパ最高だもの」

俺は祖父母の顔も名前も知らない、母は多分両親と仲が悪かったのだろうとは思う。彼女には親に何の情もないのだろう、けれどセイカは多分まだ自分の母親を愛している。その証拠に今俺の腕の中で震えている。

「あ、ほむらくん。あなたには媚びっ媚びの伝言があるわよ、聞く?」

「……いえ、もう二度と会うこともないでしょうし」

「あらぁ、あの女は戻ってきてくれるって信じてるっぽかったわよ? 白馬の王子様信じてる中年みたいな痛さあったわー、いや、みたいじゃないわね、まんまそうね。とにかくもう最高に笑えた! 手間を惜しまなくてよかったわ」

母のこういうところは正直苦手だ。母もそれを分かってくれているから普段俺の前では出さないようにしている一面なのだが……テンション上がっちゃってるのかな? これは後で酒飲みながら後悔に浸る流れだな。一杯二杯はお酌してやろう。

「ま、そういう訳だから改めてよろしくねセイカくん」

「ぁ……は、はい。ありがとうございます」

セイカは俺の膝の上で母の左手を握った。しっかりと交わされた握手は彼にとって大きなものだったようで、彼は握手が終わった後もしばらく自身の手を眺めていた。
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