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弁護士さんとお話

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割れた食器の片付けを終えてセイカの隣に座り、紳士に見せつけるため腰に腕を回した。紳士と青年も席に付き、話し合いが始まる。俺は受け答えなんてしなくていいはずなのに緊張してきた。

「はじめまして、弁護士の鬱金うつがね 香弥きょうやだよ。よろしくね」

鬱金うつがね れいんです」

「ふふ……まだ無患子むくろじだろう?」

「早く養子にするか結婚するかしてよ、キョウヤさんの苗字欲しい」

「……一挙一動ごとにイチャつくのやめてもらえます? 話が進まないわ」

母はイライラしている様子だ、俺の前で態度に出すのは珍しい。

「おっと……すまないね。それで、今回は……」

「虐待を受けている兄弟を救いたい、それと、そのうちの一人を引き取りたいんです」

「おやおやおやおや、難しいことを言うね。前者は可能だよ、やってみせる。でも後者は……」

「無理? 無理なら無理って言ってください」

「無理だと言ったら君は弟分に泣きつくだろう?」

「ちょっと仕事肩代わりするだけで力仕事やってくれるんですもの、あのワンコくん」

「子供絡みの問題解決は出来れば合法的にやりたいね」

自分の母親が非合法な問題解決方法も選択出来ることに驚きを隠せない、手が震えてきた。

「まぁ、私のストーカーなんかとは訳が違うからね……虐待してるんだし、この子らから話を聞いた限りでは子供に執着するタイプじゃなさそうだし、片っぽ取るくらい出来るでしょ。最悪金渡しゃ黙るわよ」

「虐待をする親というのは案外と子供に執着するんだよ」

「お気に入りのサンドバッグとしてでしょ?」

 「サンドバッグ程度ならいい方だよ。サンドバッグでは自尊心までは満たせないけれど、子供はたっぷり満たしてくれるらしいからね」

「ムカつく……はぁ、もう、引っ叩きたい。そもそもその女が子供普通に育ててりゃウチの水月だって…………ダメね、イライラしてる。週がよくないわ。ったく一ヶ月の間にホルモンバランス変わり過ぎなのよ女の身体は。ムカつくわ……」

母の苛立ちはそのままセイカの怯えに取って変わる。俺はセイカの背や腰をさすって、テディベアを強く抱き締めている彼を慰めた。

「…………狭雲 星火くん。君の願いはなんだい?」

「へっ? お、俺……? えっ……ぁ…………鳴雷、鳴雷が、喜んでくれることがしたい……です」

「……ふむ。じゃあその鳴雷くん、水月くんだったね、君の願いは?」

「…………大切な恋人が俺の傍で健康な生活を送ることです」

「……では、狭雲 星炎くん。君の願いはなんだい?」

一応真面目に答えたが、どういう意図で質問しているのだろう。

「もう……痛いこと、されたくありません」

「なるほど……」

これまで温和な表情を崩さなかった紳士が一瞬だけ眉を顰めたように見えた。

「では最後に、君の願いは?」

《……秋風、願いは何だって》

《何? あのおっさんなんか買ってくれんの?》

《違うわよ。そうね……狭雲達に関すること、何かない?》

アキにも聞いているのか? 俺やセイカ達はともかく、アキはこの件にほとんど関係ないのに。

《ほむは兄貴取るからあんま好きじゃねぇけど、スェカーチカとはこのままずーっと一緒がいいなぁーって思ってるぜ》

「狭雲 星火とずっと一緒に居たい、ですって」

「…………分かった。君達のお願い事は私が責任を持って叶えてみせよう!」

突然の明るい笑顔に母も含めて全員が目を丸くして紳士を見つめる。彼は笑顔のまま立ち上がり、両手を広げた。

「子供はね、素晴らしいんだ。未来を作っていく子供達を私達大人は全力で守り、育み、導き、押し上げなくてはいけない。私はね、子供の願いを叶えたくて弁護士になったんだよ。君達の幸福を願う一途な想いを裏切るなんて弁護士どころか大人ですらない、頑張るよ」

「……ありがとうございますっ!」

「ぁ、あっ、ありがとうございます……」

「ありがとうございます」

「……? ありがとー、です」

立ち上がって頭を深く下げた俺に倣ってセイカとホムラも礼を述べ、状況がよく分かっていなさそうなアキも俺達に合わせた。

「あぁ、なんて純粋な感謝の言葉……やはり子供は素晴らしい。大人で「ありがとう」だけの「ありがとう」をくれる人は滅多に居ないからね。純なままで生きていくのが大変なことだとは分かるけれど、ねぇ。やはり大人は寂しいよ」

「ありがとう」だけの「ありがとう」か。分かるような、まだよく分からないような……

「私はもう永遠の少年を手に入れてしまったからね。大人になろうと、社会を知ろうと、私にだけ純粋な目と気持ちを向けてくれる……ふふ、人生とは自分が少年になれる相手を、自分だけの少年を見つける旅なんだよ」

「あら、少女じゃダメなんですか?」

「どっちでもいいよ。私の場合は少年だった、それだけだ」

俺の彼氏達は歌見も含めまだみんな少年と呼べる存在だろう、紳士に倣って歳だとかではなく精神性の話だ。彼らが俺に対しては無垢なままで居られるよう努めるのが俺の役目なのだろうか。

(……じゃあ既にこの身体を超絶美形のアバター的なものとして見て、プレイヤー視点で自分を動かしているようなわたくしは……誰に対しても少年ではないのでしょうか)

紳士は母と更に詳しい相談を始めた、専門用語らしきものも時折聞こえてくる。

(心の中でこれだけふざけ倒して話しているのですから、これをこのまま出しても自分と言えるのかどうか……自分って、私って、無垢って、なんなんでしょうな)

考え込んでいるとホムラが立ち上がった。母達に呼ばれたらしい。服を捲って背中などの傷跡をスマホで撮らせている。

「念のため、どういったことをされたかも話してくれるかな? 録音するから名前を言ってからね」

ホムラは思い出しては怯えるような素振りを見せつつも自分がどういった虐待を受けてきたか事細かに話した。彼が話し終える頃、母は深いため息が止まらなくなっており、俺は目頭を押さえていた。

 「次はお兄ちゃんの方だね。食事や外出の制限についても話してくれるかい?」

「は、はい……」

セイカもホムラと同じようにこれまでの生活を、彼の持つ常識を紳士の持つレコーダーに録音させた。セイカが話し終える頃には母は俯いたまま顔を上げなくなり、俺はとうとう嗚咽し始めた。

「…………ありがとう。いい情報だよ、きっと君達の願いは叶う」

母と俺に反してセイカとホムラは花が開いたような明るい笑顔を浮かべる。希望に満ちたその笑顔さえ、彼らの人生を知った今は辛かった。
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