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約三週間ぶりの再会
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セイカとホムラに私室を明け渡し、アキの部屋で眠って迎えた土曜日の朝。今日は何も予定がない、今日デートに誘ってくれたらよかったのになと昨晩送ったメッセージに返信をくれたカンナのアイコンを恨めしく見つめる。
「写真よろしく……っと」
牧場デートには行けないけれど、牧場を楽しむカンナは見たい。俺の不在を残念がるカンナに写真要求のメッセージを送り、スマホをポケットに戻した。
朝食の後母はどこかへ出かけ、義母は面接のため出かけて行った。母が居ないとセイカは気楽で、義母が居ないと俺が気楽だ。
「鳴雷、薬飲むから水欲しい」
「持ってくるよ、ちょっと待って」
アキはさっさと自室に戻ってトレーニングを始め、ホムラは俺の部屋に引っ込んで勉強に勤しんでいる。ダイニングには今俺とセイカの二人きりで、エアコンの駆動音と窓の外から入る蝉の声だけが聞こえている。
「…………」
薬と水を飲むセイカの喉仏をじっと観察していると、飲み終えたセイカは居心地悪そうにジトっとした目で俺を見つめ返した。
「……抗うつ薬飲んでるようなヤツ、嫌?」
「へっ? 何言ってるんだよ急に……そんな訳ないだろ」
「なんか、見てたから」
「……喉仏エロいなぁって」
セイカは自身の喉に数秒触れ、ため息をついて俯いた。油で何かを揚げているような蝉の声が近くで聞こえる、庭に居るのではないだろうか。
「鳴雷」
「ん?」
「……尻痛い。座ってるの疲れた……ベッド寝転がりたい」
「部屋戻るか?」
頷いたセイカが座っている椅子を引き、脇の下に腕を通して背中で手を組み、引っ張って立たせる。
「……ありがと。後は一人で戻れるから……秋風のとこでも行けよ。俺と居ても暇だろ、話すことないし、ヤってもいいのにお前気ぃ遣ってヤらねぇし」
「そんなことないよ、話さなかったから不安になっちゃったか? ごめんな。傍に居るだけで満足しちゃって」
「………………嘘つき」
ソファに座らせてあったテディベアを抱き上げ、抱き締め、拗ねた子供のように呟く。
「…………昔は、お前ずっと喋ってたのに。昨日の晩飯の時も話に詰まってて……無口になったの俺のせい?」
「いや、葉子さんの前でオタトークはちょっとキツいかなって」
「秋風のお母さんだっけ。でも今は違うだろ」
「……せっかく痩せてイケメンになったんだし、言動もカッコよくしたいなって。それだけだよ」
「………………俺はお前に知らないアニメの話聞くの好きだった。見たことないのにお前が好きな声優とか作画監督覚えてた。あの時間が大好きだったのに……三年間、ずっと聞いてたかったのに……俺…………やり直したいなぁ、お前に昔教えてもらったアニメの話みたいにさ、時間戻って……」
「時間遡行系のアニメに興味あるのかっ? いやぁいいよなタイムリープものは! サブスク色々入ってるから結構見れるぞ何がいい? ラブコメ? シリアス? 青春系? サスペンス系? 最初は短めのがいいかな、ちなみに魔法少女ものって見たことある? ないならストレートな魔法少女もの見てからのが意外性高いからこれは今度にした方があっ意外性高いとか言っちゃった忘れて。他のヤツ他のヤツ……ネットスラング多いと混乱しますよな、都度説明するのも……初心者セイカ様にはあんまり現実から乖離してない世界観のが……なら少女漫画とかから──」
「………………ふふ」
「おっとセイカ様座るの疲れたんでしたな。ソファでゴロゴロしながら見ませう」
いつの間にか楽しそうな顔になっているセイカをソファに連れていく途中、インターホンが鳴った。モニターで確認すると見覚えのある男が立っており、背筋がゾクッと冷えた。
「…………セイカ、ごめん。アキの部屋行ってくれるか」
「え……? 誰か来たのか?」
「……うん。後で話すよ」
私室に走り、勉強中だったホムラにもアキの部屋に移動してもらった。俺がこの家で応対すればあの小屋に男が向かうことはないだろうし、もし行ったとしてもアキが居れば彼らを守ってくれる。
(いざとなったら弟に頼る気とは、情けないお兄ちゃんですな)
玄関扉をそっと開ける。インターホンを押していた男──あの刺青男と共に居たスーツの男がにっこりと微笑んだ。
「すいません、遅くなって……何かご用ですか」
彼らが何の目的で俺を探しているのか分からない。何度も車に乗れと言われてきたが、乗ればどこに連れて行かれたのか、帰ってくることは出来るのか、何も分からない。何もされないかもしれないし、監禁されるかもしれないし、殺されるかもしれない。
居留守を使えば今日はやり過ごせたのかもしれない、でも家も学校もバレているのだからいつか捕まる。通報したって根本的解決は不可能だろう。
(……あーぁ、せっかくセイカ様と住めそうだったのに)
母や彼氏達に手を出される前に、俺一人で済むうちに……大袈裟ではなく死を覚悟して扉の外に出た。
「弟が迷惑をかけたそうなので謝罪に来ました」
「弟……って、あの……刺青すごい人。前髪にメッシュ入ってる……?」
あの刺青男の姿はない。スーツの男の前髪にも一本白いメッシュが入っている、刺青男のメッシュは二本だったな、兄弟で揃えているのか?
「はい。私達は末の弟のためにあなたを探していました、彼はあなたにお世話になって恩返しをしたいと……だと言うのに二番目の弟の記憶力は鶏以下でして、どうしてあなたを探しているのか忘れたのか、あなたの友人や弟さんに酷い暴力を振るったとか……こちらそのお詫びの気持ちでございます」
紙袋を手渡された。ずっしりと重い、羊羹か何かだろうか。
「あ……あのっ、その……末の弟? さん、俺分からないんですけど……心当たりもないし」
「あぁ……そうなんですね。今弟も来ております、お会いいただければ思い出していただけるでしょう。少々お待ちください」
家の前には黒い高級車が停まっている。後部座席の窓にはスモークガラスを使っているのか車内が見えない。
「サン、どうぞ手を」
後部座席の扉を開けたスーツの男は車内の人物に対して手を差し出した。
「…………あっ」
車の中から現れたのはハルよりも長い黒髪を結ばずに垂らし、前髪に白いメッシュが三本入った、白杖を持った青年。いつだったかセイカの見舞いに行く道中、放置自転車に杖を引っ掛けて転んだ彼を助けた覚えがある。
「その顔は……分かっていただけたみたいですね」
「……はい、六月の……後半の、土曜日でしたっけ。確かに、はい、ロータリーまで案内させてもらいました」
「サン、彼で間違いないですね?」
長い前髪で右目は完全に隠れている。左目は俺の方を向いているが、俺に焦点は合っていない。サンと呼ばれた彼の瞳は白く、美しい。
「さぁ……顔触っていい?」
「あ、はい……」
自分よりも背の高い男二人に目の前に立たれ、その片方に顔をぺたぺた触られる。いくら美人相手でも下心より恐怖が勝つ。
「…………うん、アンタだ。コケた時に助けてくれたよね、ボクのこと覚えてる?」
「は、はい……わざわざ探してくれてたんですか? あんなことで……」
あの程度の恩を返すために探し回っていたら、人生の半分くらい人探しに使ってしまうんじゃないだろうか。
「うーん……実は他の目的もあるんだよね」
「厚かましいのですが、お家に上げていただけませんか?」
「えっ? ぁ、すいません、気付かなくて……」
玄関先の対応で済ませてしまいたかったが、手土産をもらった以上そうもいかない。当初想像していたような命に関わる危険もなさそうだ。俺は嫌々ながらそれを表に出さないよう気を付けつつ二人を家に上げた。
「写真よろしく……っと」
牧場デートには行けないけれど、牧場を楽しむカンナは見たい。俺の不在を残念がるカンナに写真要求のメッセージを送り、スマホをポケットに戻した。
朝食の後母はどこかへ出かけ、義母は面接のため出かけて行った。母が居ないとセイカは気楽で、義母が居ないと俺が気楽だ。
「鳴雷、薬飲むから水欲しい」
「持ってくるよ、ちょっと待って」
アキはさっさと自室に戻ってトレーニングを始め、ホムラは俺の部屋に引っ込んで勉強に勤しんでいる。ダイニングには今俺とセイカの二人きりで、エアコンの駆動音と窓の外から入る蝉の声だけが聞こえている。
「…………」
薬と水を飲むセイカの喉仏をじっと観察していると、飲み終えたセイカは居心地悪そうにジトっとした目で俺を見つめ返した。
「……抗うつ薬飲んでるようなヤツ、嫌?」
「へっ? 何言ってるんだよ急に……そんな訳ないだろ」
「なんか、見てたから」
「……喉仏エロいなぁって」
セイカは自身の喉に数秒触れ、ため息をついて俯いた。油で何かを揚げているような蝉の声が近くで聞こえる、庭に居るのではないだろうか。
「鳴雷」
「ん?」
「……尻痛い。座ってるの疲れた……ベッド寝転がりたい」
「部屋戻るか?」
頷いたセイカが座っている椅子を引き、脇の下に腕を通して背中で手を組み、引っ張って立たせる。
「……ありがと。後は一人で戻れるから……秋風のとこでも行けよ。俺と居ても暇だろ、話すことないし、ヤってもいいのにお前気ぃ遣ってヤらねぇし」
「そんなことないよ、話さなかったから不安になっちゃったか? ごめんな。傍に居るだけで満足しちゃって」
「………………嘘つき」
ソファに座らせてあったテディベアを抱き上げ、抱き締め、拗ねた子供のように呟く。
「…………昔は、お前ずっと喋ってたのに。昨日の晩飯の時も話に詰まってて……無口になったの俺のせい?」
「いや、葉子さんの前でオタトークはちょっとキツいかなって」
「秋風のお母さんだっけ。でも今は違うだろ」
「……せっかく痩せてイケメンになったんだし、言動もカッコよくしたいなって。それだけだよ」
「………………俺はお前に知らないアニメの話聞くの好きだった。見たことないのにお前が好きな声優とか作画監督覚えてた。あの時間が大好きだったのに……三年間、ずっと聞いてたかったのに……俺…………やり直したいなぁ、お前に昔教えてもらったアニメの話みたいにさ、時間戻って……」
「時間遡行系のアニメに興味あるのかっ? いやぁいいよなタイムリープものは! サブスク色々入ってるから結構見れるぞ何がいい? ラブコメ? シリアス? 青春系? サスペンス系? 最初は短めのがいいかな、ちなみに魔法少女ものって見たことある? ないならストレートな魔法少女もの見てからのが意外性高いからこれは今度にした方があっ意外性高いとか言っちゃった忘れて。他のヤツ他のヤツ……ネットスラング多いと混乱しますよな、都度説明するのも……初心者セイカ様にはあんまり現実から乖離してない世界観のが……なら少女漫画とかから──」
「………………ふふ」
「おっとセイカ様座るの疲れたんでしたな。ソファでゴロゴロしながら見ませう」
いつの間にか楽しそうな顔になっているセイカをソファに連れていく途中、インターホンが鳴った。モニターで確認すると見覚えのある男が立っており、背筋がゾクッと冷えた。
「…………セイカ、ごめん。アキの部屋行ってくれるか」
「え……? 誰か来たのか?」
「……うん。後で話すよ」
私室に走り、勉強中だったホムラにもアキの部屋に移動してもらった。俺がこの家で応対すればあの小屋に男が向かうことはないだろうし、もし行ったとしてもアキが居れば彼らを守ってくれる。
(いざとなったら弟に頼る気とは、情けないお兄ちゃんですな)
玄関扉をそっと開ける。インターホンを押していた男──あの刺青男と共に居たスーツの男がにっこりと微笑んだ。
「すいません、遅くなって……何かご用ですか」
彼らが何の目的で俺を探しているのか分からない。何度も車に乗れと言われてきたが、乗ればどこに連れて行かれたのか、帰ってくることは出来るのか、何も分からない。何もされないかもしれないし、監禁されるかもしれないし、殺されるかもしれない。
居留守を使えば今日はやり過ごせたのかもしれない、でも家も学校もバレているのだからいつか捕まる。通報したって根本的解決は不可能だろう。
(……あーぁ、せっかくセイカ様と住めそうだったのに)
母や彼氏達に手を出される前に、俺一人で済むうちに……大袈裟ではなく死を覚悟して扉の外に出た。
「弟が迷惑をかけたそうなので謝罪に来ました」
「弟……って、あの……刺青すごい人。前髪にメッシュ入ってる……?」
あの刺青男の姿はない。スーツの男の前髪にも一本白いメッシュが入っている、刺青男のメッシュは二本だったな、兄弟で揃えているのか?
「はい。私達は末の弟のためにあなたを探していました、彼はあなたにお世話になって恩返しをしたいと……だと言うのに二番目の弟の記憶力は鶏以下でして、どうしてあなたを探しているのか忘れたのか、あなたの友人や弟さんに酷い暴力を振るったとか……こちらそのお詫びの気持ちでございます」
紙袋を手渡された。ずっしりと重い、羊羹か何かだろうか。
「あ……あのっ、その……末の弟? さん、俺分からないんですけど……心当たりもないし」
「あぁ……そうなんですね。今弟も来ております、お会いいただければ思い出していただけるでしょう。少々お待ちください」
家の前には黒い高級車が停まっている。後部座席の窓にはスモークガラスを使っているのか車内が見えない。
「サン、どうぞ手を」
後部座席の扉を開けたスーツの男は車内の人物に対して手を差し出した。
「…………あっ」
車の中から現れたのはハルよりも長い黒髪を結ばずに垂らし、前髪に白いメッシュが三本入った、白杖を持った青年。いつだったかセイカの見舞いに行く道中、放置自転車に杖を引っ掛けて転んだ彼を助けた覚えがある。
「その顔は……分かっていただけたみたいですね」
「……はい、六月の……後半の、土曜日でしたっけ。確かに、はい、ロータリーまで案内させてもらいました」
「サン、彼で間違いないですね?」
長い前髪で右目は完全に隠れている。左目は俺の方を向いているが、俺に焦点は合っていない。サンと呼ばれた彼の瞳は白く、美しい。
「さぁ……顔触っていい?」
「あ、はい……」
自分よりも背の高い男二人に目の前に立たれ、その片方に顔をぺたぺた触られる。いくら美人相手でも下心より恐怖が勝つ。
「…………うん、アンタだ。コケた時に助けてくれたよね、ボクのこと覚えてる?」
「は、はい……わざわざ探してくれてたんですか? あんなことで……」
あの程度の恩を返すために探し回っていたら、人生の半分くらい人探しに使ってしまうんじゃないだろうか。
「うーん……実は他の目的もあるんだよね」
「厚かましいのですが、お家に上げていただけませんか?」
「えっ? ぁ、すいません、気付かなくて……」
玄関先の対応で済ませてしまいたかったが、手土産をもらった以上そうもいかない。当初想像していたような命に関わる危険もなさそうだ。俺は嫌々ながらそれを表に出さないよう気を付けつつ二人を家に上げた。
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