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予想より早い退院

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明日は土曜日、学校もバイトも休みだ。しかも来週二日ほど登校すれば夏休みが始まる。楽しみで仕方ない。

「今日は……居ないな」

あの刺青男が居ないかが気になって下校時に校門を出るのを躊躇うようになってしまった。

「ビビり過ぎですよ、水月」

「自分がボコられよったからやんけ」

「アレは油断しただけです! 目を離したからモロに食らったんです! 今度会ったら速攻してやりますよ、むしろ出てきて欲しいくらいですね」

「俺は二度と会いたくないよ……」

シュカは本当に不良をやめて優等生になろうと思っているのだろうか? 血が騒ぐのは仕方ないにしても、落ち着かせる気すら見せない、優等生は仮面止まりにするのならそれはそれでいいのだが。

「水月、土曜か日曜空いとらんの?」

「うーん……セイカ関係のゴタゴタが片付くかどうかって感じだから……分かんない」

「空いたらメッセちょうだいな、今週暇やねん」

「分かった、シュカとカンナは……」

「休日は家の用事があるので」

「にち、よ……ぼく、じょ……行く」

暇なのはリュウだけのようだ。ハルはよくデートをしたがるから空いていると言えば予定を空けてくれるかもしれないな。

「牧場? 一人でか?」

「ぅうん……おとーさん、と」

「へぇ、家族旅行か」

この辺りに牧場はない、夏休み前に遠出とはせっかちだな。

「ちか、くに……ね、ミニ牧場、でき……の。うさ、ぱーく……ぷぅ太、連れて、く」

「へぇー、知らなかったな。俺も行ってみたい、日曜日予定が空いたら一緒に行っていいか?」

「ぅ、ん」

「ええやん、俺も行ってええ?」

「ぅん、行こ……」

動物が特別好きな訳ではないが、普段ほとんど触れ合う機会がないから好奇心が湧いた。カンナとリュウと共に牧場で健全なデートを楽しめるものだと思い込んでいたが──

「水月、今度の日曜日狭雲ん家に乗り込むわよ」

──バイトを終えて帰宅した直後、母にそう言われてしまった。

「え……それ、わたくし居た方がいいやつです?」

「んー、社会勉強としては見せたいんだけど、母親としては息子にあんまり見せたくない一面出しちゃいそうでねぇ……アンタに暴言吐かれても嫌だし、向こうの親との話し合いにはアンタ居なくていいわ」

「……カンナたんにデート誘われてるのですが」

「ちゃんと分捕ったらセイカくんと色々話したいんだけど、アンタはそこに立ち会ってて欲しいのよねー……顔見てるとやっぱりイライラしてきて、ねぇ、アンタが居れば理性保てるし、あの子も落ち着くでしょ?」

「……お断りしまっそ」

落ち込みつつスマホをポケットから引っ張り出し、メッセージアプリを開く。

「日曜日までにセイカ様退院するんですか? 病院行ってお話する感じだったり?」

「もう退院してる、仕事帰りに拾ってきたわよ」

「ぇ」

縁側ほどのサイズになったウッドデッキに繋がる窓が開き、アキとセイカがダイニングに入ってきた。

「あ……鳴雷、おかえり」

フローリングを踏み締めた義足がゴツ、と硬い音を鳴らす。もちろん床が傷付かないように靴下を履かされてはいるのだが、その足音は生身の足とは違う。

「学校と、バイト……お疲れ様」

「セイカ……! ただいま。もう退院したのか、早かったなぁ、もういいのか?」

「う、うん……薬飲んでなかったのがまずかっただけだし」

「そっか、よかったぁ……薬飲んでれば頭痛くなったり気持ち悪くなったりしないんだよな?」

「うん、アレは断薬のせいだから……でも、幻肢痛はどうしようもないって。鏡療法俺あんまり効かなくて、だから、時間が解決するの待つしかないって」

セイカは肘下数センチから先のない右手をじっと見つめている。俺はその腕を握り、さすり、先端にキスをした。

「……すごく、痛いんだ……アレ。プレス機で潰されながら、電気流されてるみたいな……結構な頻度だし。やだなぁ……アレに薬が効けばよかったのに」

左腕に抱いているテディベアの頭に顔を押し付けるセイカは酷く小さく見えた。その弱々しい姿には俺をイジメていた当時の面影などない。

「葉子には彼のこと私の親戚の子って言ってあるから。そのつもりでよろしく」

「あ、はい……分かりました」

セイカは頻繁に母の様子を伺い、怯えているような仕草を見せる。俺は黙ってセイカの頭を撫で、椅子を引いた。

《アキ、葉子呼んできて》

《へーい》

《食事の時くらいそのデカいぬいぐるみは離しなさいね》

椅子に座ろうとしていたセイカは慌てた様子でソファに向かい、丁寧にテディベアを座らせ、また椅子の元へ戻ってきた。

「ホントにロシア語分かるのね」

「……は、はいっ、でも……そんな、ペラペラって訳じゃなくて」

「なんで分かるの? ゆかりがあったり?」

「ぁ……秋風、くんが……お見舞い来てくれて。何言ってくれてるかちゃんと知りたくて……病院で、本借りて……勉強しました」

「…………とんでもない学習スピードね」

冷たい雰囲気が拭えなかった母の声色が普段の優しいものに少し近付く。

「これは思ってたよりいい拾い物かも……っと、右利きなんだっけ? 水月、スプーンとフォーク用意したげて」

「はいでそ」

俺の前というのもあるのだろうが、母はセイカに辛く当たったりはしていない。極々理性的だ。そんな母がセイカを追い出してしまうと危惧していたなんて、数日前の俺の愚かさには呆れてしまう。

「はい、セイカ。スプーンとフォーク」

「……ぁ、ありがとう、鳴雷」

「…………私も鳴雷なんだけど」

「えっ、ぁ、すみません……」

「付き合ってるんでしょ? じゃあ苗字呼びってのものね、淡白よねぇ。一緒に住む訳だし、同じ苗字の私も居てややこしい訳だし、ここらで呼び方変えちゃえば? ね、水月、どう思う?」

母はニヤニヤと笑みを浮かべている。セイカを虐めるような意図はなく、まだまだ初々しい関係をからかっているだけのようだ。

「鳴雷……ど、どうしよう……変えた方がいい? 鳴雷……どう呼ばれたい?」

「みちゅきたんとかみっちゅ~とか言ってくれたらそりゃあもう元気百倍ゼツリンマンな訳ですが! えびばでぃっせいみちゅきたん!」

「………………鳴雷、で」

「水月……アンタってホント……はぁ……」

セイカの緊張をほぐすためにおふざけ混じりに欲張ってみたが、俺の頑張りは空回りして空気を凍らせただけに終わった。
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