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どんな顔でも大好き

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不意打ち前提とはいえシュカと互角以上の男を、アキは容易く気絶させてみせた。蹴られた腹が痛いと俺に甘える姿すら今は少し怖い。

「……にーにぃ?」

「あ、あぁ……いや、お腹? 大丈夫か? ごめんな……お兄ちゃんなんか目ぇ付けられてるみたいで」

腹を撫でてやるとアキは満足そうに微笑んで俺に擦り寄った。

「にーに、せーか、行くするです」

「切り替え早いなぁお前……」

この炎天下に路上で気絶している男を放置していいのだろうか。一応日陰に移しておくか。

「………………よし、行こう」

男を日陰に蹴り動かし、駅へと向かう。駅前のロータリーに車を停めてあると聞いたので、アキの日傘に入れてもらって顔を隠した。

「……何とかなったみたいだな」

改札を抜けて胸を撫で下ろし、アキと共にホームへ。テディベアを抱えた超絶美形と黒尽くめの超絶美少年の二人組は目立つようで、かなりの量の視線を感じた。

(うーむ、あんまり目立つの好きじゃないんですよな。時間と心に余裕がある時にチヤホヤされるのなら悪い気しないんですが、ジロジロ見られてヒソヒソ話されるのは嫌でそ……)

アキと話していれば気にならないだろうか。

「アキ、お腹どうだ?」

「お腹? 痛い、まだです」

アキは躊躇なくシャツをめくり上げて鍛え抜かれた腹筋を晒した。周囲から歓喜の悲鳴が聞こえ、俺は慌ててシャツを下ろさせた。

「外でそういうことしない!」

電車到着のアナウンスが響く。アキの帽子を軽く押さえ、風圧に耐え、電車に乗った。水曜日の昼間の車内は空いており、席に座ることが出来た。

(彼氏内の強さランキング一位はシュカたまだと思っていたのですが、アキきゅんのが強いのでしょうか)

シュカは膝蹴りを食らった後、しばらく蹲っていた。立ち上がった後もフラフラして本領発揮出来ないでいた。アキは蹴られた直後から反撃を行ってみせた。耐久力の差は明らかだ。

(アキきゅんの方が頑丈ってことでしょうか、二人共油断してたとはいえシュカたまは完全に目逸らしててアキきゅんは一応相手を見てたとか、そういう差? 膝蹴りの威力が同じとは限りませんしなぁ、ランク決めちまうのは早計ですかな)

「……にーにぃ、おなかいたいです」

(ずっと痛いって言ってはいますし、そんな頑丈って訳でもないんでしょうか)

シュカとアキの負傷は俺の責任だ。甘えるアキを慰めていると罪悪感に襲われた。



病院に着いた。以前と部屋が変わっていたので若干迷ったが、無事に辿り着いた。

「……鳴雷?」

「セイカ、久しぶり。無事だったか? ほら、くまさん持ってきたぞ」

「くま……」

ボーッとしていた様子だったが、テディベアを渡すと緩い笑顔を浮かべてそれを抱き締めて腹に顔を押し付け、大きく息を吸い──

「…………洗った服だろこれ」

──不服そうな顔で俺を睨み上げた。ジトっとした目がたまらない。

「今着てる服と替えろよ」

「今日は暑かったし、だいぶ汗かいたんだけど…………分かった、分かったよ」

しっとりと濡れた服を脱いで渡すとセイカは嬉しそうな顔をしてその服の匂いを嗅ぎ始めた。俺はテディベアに着せていた服を脱がし、まだ洗剤の香りがするそれを着た。

《スェカーチカ、元気になったのか? やばかったじゃん、えっと、一昨日だっけ。痛いだの気持ち悪いだののたうち回って吐いてさぁ》

《……頭痛かったんだよ。今は平気だ、薬効いてる》

《そっか……よかった、俺どうすればいいか分かんなくてさぁ、テンパっちゃって……元気ならよかった》

二、三ロシア語でやり取りをするとアキは安心したようにため息をつき、セイカを抱き締めた。体調の確認だとかだったのだろう、言葉が分からなくても分かったぞ。

「……セイカ、その……母さんのことだけど」

「あぁ、俺のこと覚えてなかったみたいだな。秋風があの人呼んできて、あの人が救急車呼んでくれてさ、救急車来るまでもなんか介抱してくれてて、いい人だよな」

「母さんセイカのこと覚えてたよ」

「…………な訳、ないじゃん。あんなに何回も大丈夫? って聞いてて、病院行った後も……落ち着いた後も、頭、撫でてくれて。覚えてた訳ない、覚えてたら俺にあんな優しくしない」

「……覚えてたんだよ」

俯いてしまったセイカを見て俺が落ち込ませたと思ったのか、アキに非難するような目で見られてしまった。

「じゃあ、何だよ、お前そんなに愛されてないんだな、お前のイジメに気付いた時はあんなに騒いでたのに、何、デブのが好きだったんじゃねぇの、俺もあっちのがよかった、あの鳴雷なら俺だけを……」

「母さんは俺のこと愛してるよ。セイカのこと嫌いだって、恨んでるって言ってた。でも……俺がセイカを好きで、セイカが俺を好きならそれでいいって、俺達の気持ち尊重するって言ってくれた」

「…………覚えてるなら、恨んでるなら、介抱なんかせず……勝手に死ぬまでほっとくだろ」

「いくら恨んでたって見殺しになんて出来ないよ。俺も今日家出る時前に話したヤクザっぽい男にまた絡まれたんだけど、アキが蹴り倒したその人ちゃんと日陰に移した。熱中症になっちゃ危ないと思ったからだよ。アイツにはシュカもアキも怪我させられたけどさ、それでも見殺しはダメだと思った」

「……あぁ、そう、鳴雷一家は人間が出来てるって訳だ」

「セイカだってその立場にいざなったら同じようにするよ」

「しない」

ただストレスを抱え過ぎただけで、暴力で発散することしか出来なかっただけで、セイカは根は優しい子だと俺は信じている。彼の本性はイジメっ子なんかじゃなくて、俺の誕生日にクローバーを摘んで栞を作って贈ってくれる健気で純粋な子なんだ。

「……大事にしたかった人を、泣かせたヤツが……許せなかったから、殴られても抵抗しなかったし、おっさんとヤらされても誰にも言わなかったし、車道に飛び出したんだ。見殺しにし続けてる、けどまだ許せない、大嫌いだ、恨んでる、もっと苦しめばいい、死ねばいい……鳴雷に酷いことしたくせに、鳴雷に愛されるなんて、許していい訳ない」

親を恨んだっていいはずなのに、イジメに加担していたくせに正義ヅラしてセイカを責めた教師やイジメっ子仲間を憎んで当然のはずなのに、ヤツらと同じようにセイカはセイカだけを貶めている。
セイカはきっと俺や母よりもずっと強くセイカを憎んでいる。なんて痛々しい……なんて、なんて、なんて可愛らしい人なんだろう。

「……セイカ」

啜り泣くセイカの頭を撫でる。興奮している俺とは違って心配そうな目を向けているアキが本物の天使に見えた。

「優しく、するなよぉっ……撫でないでくれよ、こんなことされるの許せないんだっ、鳴雷に大事にされるほど俺は俺が嫌いになってくんだよぉっ!」

俺を虐めたセイカが憎い、それはそれとして俺はセイカが大好き、その二つの感情はセイカに優しく触れるだけで簡単に発散出来る。憎い人が苦しむのは心地いい、大好きな人に触れるのは幸せだ、可愛いセイカが苦痛を感じながらも俺からの愛を喜ぶのもイイ。

「……大好きだよ、セイカ」

自分で自分を許せるようになったら、俺からの愛を素直に受け入れられるようになったら、心底からの幸福に笑ってくれるのだろうか、澱んだ瞳に光が戻るのだろうか……まだまだ見たい顔がたくさんある。
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