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三度目の正直

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普段より遅くバイト先の本屋に到着。いつも通りに勤務、終業後バックヤードで着替えながら歌見とレイが辞めて寂しいななんて言い合った後、ヤクザ風の男の話をした。

「大変だったんだな……鳥待は大丈夫だったのか?」

「大丈夫じゃありませんぞ。かわゆいお顔や足にアザ作ってしまいましたぞ、お腹も強く蹴られて……悔しいでそ。わたくしがもっと素早くシュカたまを庇えていたら今頃シュカたまはピンピンツヤツヤでしたのに」

「……俺はお前が怪我しなかっただけでもよかったと思うよ。ほら、もう落ち込むな。そのヤクザっぽいのが悪いんだ、庇えなかったからってお前が罪悪感抱えることなんかないんだ」

わしわしと頭を撫でられて少し元気が出た。

「ところで、今朝の話……ほら、狭雲にって……アレは本当なのか?」

「イジメの件ですか? えぇ、まぁ……」

セイカと最初は仲良くしていたことも含め、中学の頃の思い出をざっくり話した。

「……お前が許してるなら俺は何も言わないが」

「ありがとうございまそ」

「辛かったり問題が起こったりしたらすぐ言えよ」

「パイセンは優しいですなぁ、パイセンにはもっと気にすべきことがあるというのに……分かりません? ほら、テストですよ、わたくし全教科赤点回避したんですぞ」

着替えを終えた歌見は顔を真っ赤にし、すぐにそっぽを向いた。

「お、お前っ、前は英語二十点も取れてなかっただろ。なのに……」

「ええ、苦手な教科だけを重点的に勉強したのでそ。英語が得意なハルどの、勉強のコツが分かってるセイカ様、完璧超人のママ上にも教わりました。直接だけでなく電話メッセージなどでもコツコツみっちりと。そもそもろくに勉強出来ていなかった中間テストを参考にされては困りますな、アレは完全な実力勝負、今回は努力も込み込みなのでそ」

メッセージでの勉強は特に上手くいった。数分でも時間が空けば質問を送れるし、返信を待つ間は別の勉強に専念出来る。十一人の彼氏達と戯れるので忙しい俺にも成績の超アップは可能だった。何より大切なのは追試を受けたくないという強い思いだったのだろう。

「う、た、み、セン、パイ……約束、守ってくださいね? パイセンとヤりたい一心でおべんきょ頑張ったんですから」

「……わ、分かった。でも、その……心の準備をする時間が欲しい。すぐには無理だ。あと……やっぱり、成人した男が高校生に手ぇ出してるのはまずいから、その……場所は、えっと」

「わたくしの家で、ですな。パイセンの家じゃ連れ込んでる感丸出しですが、わたくしは家族と住んでいるのでパイセンはただのお客様となりまそ」

「ぁ、あぁ……そうなるのか、そっか……じゃあお前の家に行く。俺は、その……お前に」

「抱かれちゃう訳ですな」

「だよな…………数日、くれ」

嫌がっている様子ではない、単に照れと緊張が大きいのだろう。俺は大きく頷いて猶予を許し、今日のところは解散となった。



翌日の水曜日、俺は浮かれていた。七月からバイトのシフトを減らしたので毎週水曜日も休みになったのだ、学校が終わればすぐに遊べる。まぁ、今日はセイカの見舞いに行くのだが。

「アキ、ただいま」

放課後、俺は帰宅してすぐアキの部屋に向かった。見舞いに行くことは事前に説明してあったので、彼は既に紫外線対策などを終えた姿で待っていた。

「にーに、おかえりなさいです。せーか、行くするです?」

「あぁ、お見舞い行こうな」

「おみまいー」

「お兄ちゃん着替えてくるからちょっと待っててくれ」

私服に着替え、俺も日焼け止めを塗り、すっかり乾いたテディベアに俺の服を着せた。私室を出るとサングラスをかけたアキが日傘を持って待っていた。

「にーに、はやくするです」

「はいはい」

本当にセイカに懐いてるんだなと微笑ましく思い、帽子越しに頭を撫で、彼と共に家を出た。テディベアを抱いて外を歩くのは恥ずかしいな……

「よぉ、昨日ぶりぃ」

家の前には先程まで居なかった男が立っていた。キャップと上着で変装したつもりかもしれないが、袖から手首の刺青が少し見えている。尾けてきていたのか? 気付かなかった。

「市の不審者情報に俺っぽいのが出てさぁー……ヒト兄ぃにめちゃくちゃ怒られたんだけど。あのさぁ、俺ら弟の機嫌取れねぇと生活やべぇの。弟が呼んでるからさぁ、大人しく来てくんねぇ?」

「……ふざけるな、シュカにあんなことしておいて」

「メガネくん? アレはマジでごめん! つい癖で……ヒト兄ぃにも怒られたんだよ、弟の恩人になんてことしてんだって、謝って来いってさぁ……着いてきてくれたらなんかいいお菓子とかあげるからさぁー……とりあえず駅前のロリータ、ロル……ロールケーキ……タロウ……」

ロータリーかな……? あそこに車があるのか。まずいな、俺の目的地もそこなのに。

「にーにぃ、友達です?」

「ロ、えー、ロー…………ぁん? なんだ、お前弟居んのか。じゃあ分かるだろ? 弟が世話になったから恩返ししたい兄の気持ちぃ、弟が会いたがってるから連れてきてやりたい兄の気持ちよぉ」

「……っ、近寄るな! アキ、下がれ、家入れ」

自宅がバレてしまったのは最悪の展開だが、勝手に上がり込むような真似は出来ないはずだ。どうにかアキだけでも逃がさなければ。シュカの二の舞なんて絶対にごめんだ。

「なんかカタコト……ハーフとか? ふぅん……」

頭の悪そうな振る舞いに反してアキが混血児であることをあっさりと見破った男は何故か上着を脱いだ。

《……! 知ってるそれ、日本伝統のタトゥーだよな! 一回生で見てみたかったんだよ。見せて見せてー》

「おー……あいむふぁいんせんきゅー」

「あっこらアキ!」

何故かはしゃぎ出したアキが男に寄っていく。どうやら刺青に興味津々のようだ。テディベアを抱えているからとアキを片手で制していたのはまずかった、俺もちゃんとロシア語を勉強してアキに家に戻れとしっかり伝えていればよかった、俺がもっと兄らしくいられたらアキがシュカの二の舞になることなんてなかったのに。

「……っ! アキぃっ!」

アキはシュカと同じように油断しきったところに強い膝蹴りを腹に食らった。警戒していなければ腹に力なんて入れていないだろう、きっと内臓にダメージが……なんて考えている俺の目の前で男が転んだ。いや、違う、膝蹴りをした足をアキに抱えられ、もう片方の足をアキに払われたのだ。

「は……? うぉっ!?」

喉を踏み付けようとするアキの足を素早く腕で庇い、後ろに飛び退きながら立ち上がる。

「なんで怯まねぇんだよクソっ、モロに入っただろ……腕いったぁ」

ぼやきながらも拳を構える男に対し、アキは呑気に傘を畳んでボタンを留めている。そして何の予備動作もなく傘の先端で男の目を狙った。突き、ではない、突くように投げたのだ。

「ぅおおっ!? 危なっ……!」

驚異的な反射神経により男はこめかみに擦り傷を負う程度で避けたが、自身の顔の横を過ぎていく傘に気を取られ、反対側に振り上げられた足に気付かず、側頭部を蹴られて吹っ飛び、意識を失った。

「ア、アキ……」

「…………にーにぃ、おなかいたいですぅ……にーにぃ」

アキは淡々と傘を拾って差し直すと、腹を押さえて甘えるような声で痛みを訴えた。
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