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憂鬱な朝

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最低最悪の気分だ。気持ちよさそうに眠っている最愛の弟に嫉妬して頬を引っ叩きたくなるくらいに、頭がおかしくなりそうだ。

「みんな、水月くんの母君が朝食を用意してくださるそうじゃないか。なんてありがたいんだろうね、温かいうちに食べてしまわねば失礼というものだよ。さぁ、みんな一緒にダイニングへ向かおうじゃないか。さぁ、さ、ほら、行こう」

ネザメが彼氏達をアキの部屋から連れ出してくれる。

「……水月」

「歌見先輩……すいません、誕生日の次の朝に、しかも起き抜けにこんな空気にして……本当にごめんなさい」

「いや、それは気にするな。それより……本当に、その」

「……すいません、後ででいいですか? ご飯食べてきてください」

アキとセイカ以外の全員が去った部屋で、ため息をつきそうになって息を止め、セイカの頭を撫でた。

「…………秋風は俺と居るとなんかよく眠れるらしいんだ、俺は安眠剤になれたんだ、いいだろ安眠剤、噛み砕いて飲んでもらって胃酸の海で溶けたらもうないんだ、おかしいよな、俺は安眠剤なのにまだ消えてないんだ、秋風寝てるのに、秋風飲むの忘れたのかな、でも寝てる、プラセボ効果ってヤツだ、きっと飲んだ気になるだけでも十分なんだ嫌だ飲んでよ消してよ消えたい消えたいんだ消えてなくなりたいのに」

俺のことが見えていないような虚ろな瞳で俺を見つめてずっと呟き続けている。

「薬、噛み砕いて飲んじゃダメだよ」

「あそっか。ダメだろ秋風……秋風飲んでないんだっけ? あれ……? なんでこんなことも覚えられないんだよこのバカ」

「……クマさんいらないのか?」

俺の服を着ているテディベアはセイカの隣に転がっている。天井を映すプラスチック製の瞳がやけに寂しそうに見えた。

「鳴雷の匂いがする」

「…………俺の匂い、嫌い?」

「……胸、苦しくなるから、やだ」

昨日は俺の汗をたくさん吸った服を抱き締めてとんでもなく可愛らしい顔で喜んでくれていたのに……あぁ、俺も胸が苦しい。
ダメなのだろうか、たくさん尽くして誘拐まがいのことまでしたのにまだダメなら、もうダメなんじゃないか、セイカと幸せに付き合っていくなんて、無理なんじゃ……

「セイカ、ほら、これならどうだ? 抱っこしてやってくれよ」

俺は頭を振ってよくない思いを振り払い、俺の服を脱がしたテディベアをセイカの視界に入るように持ち上げた。

「せいか~、ダイスキ~、ダッコシテ~」

テディベアの腕を軽く揺らしながら裏声を出していると、強い力でテディベアが叩き落とされた。

「…………い、嫌、か。そっか……ごめんな」

セイカはテディベアをずっと抱き締めていたのに、気に入ってくれていると思っていたのに──のに、じゃないだろ。セイカの機嫌が乱高下するのはもう慣れたことじゃないか。

(セイカ様……そうですぞ、セイカ様は飲んでたお薬捨てられちゃったんでそ。ちゃんとお薬飲めてないから、ちょっと不安定になっちゃってるだけで……)

大丈夫、俺もテディベアもまだ本心からは嫌われていない。

(今日はバイト早めに上がらせてもらって、セイカ様病院に連れて行きましょう。お薬捨てられちゃったって言って……信じてくれるか分かりませんが、また貰うとか、お医者様にちゃんと相談して、そしたらきっと、また)

俺は部屋から鋏やカッターなどの刃物類や、ロープに出来そうなものをサウナ室に移して鍵をかけた。部屋に戻ってアキを起こし、目を擦る彼に伝わるようゆっくりと話した。

「アキ……セイカのこと、頼むぞ。よく見る、するんだ」

「……? 頼む、するー……される? したです」

頼まれてやる、と言いたいのかな?

「セイカ、覚えてるか? 一緒に暮らそうって言ったの。アレを叶えるために、先輩に弁護士さんの知り合いって人紹介してもらおうと思ってるんだ。だから今日は一緒に居てやれない、今後のためだから分かってくれるな? アキが居るから寂しくないよな」

もちろん今日弁護士に会える訳ではないだろう。歌見が毎日会うとは限らない知人に頼んで、その知人が弁護士に伝えて、ようやくスタートラインだ。長い時間が必要だ。

「夜までには帰るから、二人で仲良く待っていてくれ」

アキは元気に「だ」と返事をしたが、セイカからの返事はない。そろそろ朝食を食べなければ遅刻してしまう、彼から離れて大丈夫だろうかと迷っていると扉が開く音がした。

「……っ!? ぁ、リュウか……びっくりした」

入ってきたのはリュウだ、朝食のプレートを持っている。

「アキくん起こすんに苦戦しとるみたいやから呼んでくる言うてな、こっそり飯持ってきたったで。アキくんは向こう行って食べな」

「リュウ……ありがとう」

入れ替わりにアキがダイニングへと向かった。俺は目玉焼きを一口サイズに分けてセイカの口元に持っていった。

「セイカ、あーん…………っ!?」

食べなかった。それどころか嘔吐してしまった。咄嗟にゴミ箱を渡して事なきを得たものの、混乱は大きい。

「食べもんの匂いで気持ち悪ぅなってもうたんやろか」

「……ぁ、リュ、リュウ、えっとな……あの」

「落ち着きぃな、水か?」

「そ、そう! 水と……あと、ラップ、ビニール袋も……二枚くらい頼む」

リュウが去った後、俺はスプーンに乗せていた卵焼きの端っこを皿に戻し、ゴミ箱に被せてあったビニール袋を外して口を縛った。

「……大丈夫か? セイカ、気分悪いのか?」

「頭……」

「頭? 頭が痛いのか?」

「頭に、電気みたいのがぁっ……きて、痛くてっ……痛い、いた……」

電気? そういうイメージが浮かぶ痛みということだろうか。俺は頭痛の経験は少ない、対処法がよく分からない。

「とりあえず寝とけ。身体横にしてた方が……ぁ、水、リュウが持ってきてくれるから、それまで待つか。喉痛いもんな、吐いちゃって……なんでだろ、何がダメだったんだろ……肉の加熱足りなかったのかな、ちらし寿司……なんかダメだったのかな」

嘔吐の原因は昨日食べたものだと決めつけ、それを用意した俺に問題があると自分を責める。

「……ごめんな、セイカ。苦しいな……ごめん」

ドジな俺がセイカにしてやれることはもうないのかな、なんて落ち込み始めた頃リュウが戻ってきた。

「リュウ……ありがとう、セイカ、ほら水」

口にコップを押し付けるとセイカは自分の手でそれを持ち、飲み始めた。

「ラップ何するん」

「まだ食べれないだろうから朝ご飯にかけとこうと思って」

「あー……やっとくわ」

「ありがとう」

吐瀉物が詰まったずっしりと重いビニール袋をリュウが持ってきてくれた二枚のビニール袋のうち一枚に入れ、もう一枚はゴミ箱に新しく被せた。

「セイカ? もういいのか?」

少し水が残ったコップが差し出された。俺はそれを机に置き、セイカを横たわらせた。

「……俺が帰るまで待っててくれ。具合良くなったらご飯食べるんだぞ、そこに置いてあるからな。分かったか?」

返事はない。

「行ってきます。リュウ、行こう」

リュウと共にダイニングに向かい、食事を済ませた。部屋に戻ると言うアキにペットボトルのお茶を持たせ、改めてセイカのことを頼んだ。

「にーにぃ、行ってらっしゃいです」

状況を理解せず無邪気に笑うアキが眩しく思えた。
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