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ファントムペイン
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セイカがとっくに失ったはずの右手が痛いと泣き叫んでいる。痛がる彼を無視することも、存在しない部分の痛みを和らげてやることも出来ず、ただ佇んでいる彼氏達の脇で俺は脱ぎかけのスラックスからスマホを引っ張り出した。
「痛いっ、痛いぃ……いだっ、あぁっ、クソ、痛いぃいぃっ……!」
「兄様、兄様、お気を確かに! 右手は今兄様にはありません!」
失った四肢が痛む現象を俺は知っている、幻肢痛だ。名称以上のことは知らないのでスマホで調べてみたが──
(メカニズム不明……痛み止めも効かない……!? 治療……和らげるだけでも、多少胡散臭くてもいいから、何か……!)
──俺が欲しい情報は手に入らなかった。俺はスマホをポケットに突っ込み、ベッドの隣に屈んだ。
「セイカ……痛むよな、どこが痛い?」
切断面が痛むのなら炎症かもしれない。神経や血管の問題なら痛み止めも効くし、手術も出来るかもしれない。
「手、右手ぇっ、急にっ、プレス機かなんかで潰されてるみたいでぇっ……あと指っ、指の先からなんか電流流されてるみたいで……痛い、痛い、痛い痛い痛い痛いぃっ!」
「ほむらくん、病院から何か聞いてないか?」
「睡眠導入剤、抗うつ薬などをいただきましたが……母様が捨ててしまって」
「はぁ!? あぁ……うん、うん……OK、分かった、ごめん…………ふーっ……こうなった時の対処法とか、何でもいいから何かないかな」
今怒りを訴えても無意味だ。深呼吸をして自分を落ち着かせ、痛がるセイカの左手を掴んでベッドに押さえ付けた。こうしていなければ右腕や首を引っ掻いたり左太腿を殴ったりするのだ、痛みを誤魔化そうとしているのだろうか。
「ミラーセラピーのやり方を聞いていますが、効き目には個人差があり……兄様にはあまり効かなかったとも」
「鏡か、さっき調べた時にもチラッと見た。えっと……ミフユさん、母さんの部屋から姿見取ってきてくれますか? アキ! としつみ、着いてく、しろ」
「分かった。行くぞ秋風!」
力仕事ならアキが適任だ。ミフユなら上手く指示を出してくれるだろう。
「後は、えっと……あっ、みんな、風邪引かないように、プールもう入らないならちゃんと水気取って着替えてくれ」
「お、おぉ……せやな。居ってもしたれることないし」
「……遊びを再開する気にもなりませんしね」
空調の効いた部屋で水着のまま過ごすのはよくない、この前のアキの二の舞だ。忠告すると水着姿の彼氏達が引き、レイとカンナとネザメが残った。
「あっ、痛み止め、みっつん、痛み止めとかは?」
俺は黙って首を横に振った。こんな時ばかりは鳴雷家の健康さが悔しい。
「姉ちゃん重い方らしいから強めの痛み止め持ってるんだけどな……ポーチ取り違えるとかしろよ朝の俺~」
「女性の体重の話はするものじゃないよ霞染くん」
「生理痛の話、ボケないでよザメさん」
「あの言い方で察せる男は少ないよ……それはそれで話すものじゃないし」
昔母の彼女が「唯乃は軽くて羨ましい」なんて話していたのを思い出し、やはり痛み止めはこの家にはないなと再認識した。
「戻ったぞ鳴雷一年生!」
姿見がミフユとアキによって運ばれてきた。
「ありがとうございます! 正中線に合わせて鏡を……こうかな?」
ベッドの端に座らせたセイカの足の間に、セイカの左手側に鏡面が向くように姿見を置いた。俺は鏡の脇に腰を下ろし、セイカの左手を引っ張って鏡の前で揺らさせた。
「セイカ、ほら、右手あるぞ」
左側から鏡を覗かせれば左手が右手のように見える。
「これ左ぃ……」
「グッパーしろ、右手は無事だぞ」
無い右手が痛むのなら、鏡を使って無傷な左手を見せて右手には何も起こっていないと錯覚させる……のは、セイカにはあまり効かないようだ。
「痛い! 潰れるっ、痛い痛い痛い痛いぃっ……!」
「セイカ! ほら見てみろ、何ともないって」
「これ左手ぇ! 俺が痛いの右手っ、痛いぃいっ……鳴雷、鳴雷ぃっ……なんでっ、もう手ないのにぃ……俺が、俺が出来損ないだからっ、こんなバグっ」
「幻肢痛は八割くらいの人がなるんだってウィキで見た、セイカが変なんじゃないよ」
泣き叫ぶほどの激痛が起こるのはその中でも少数派だけど、とは言わないでおこう。
「すぇかーちか……痛いです? 寝る……する、したいです?」
「アキ……あぁそうだな、睡眠薬とかあれば……寝ちゃえば痛くないかもな」
「痛みで起きたりしないかい?」
「うーん……」
睡眠薬なんて俺も母も持っていない。アキは不眠症のようだけれど、薬を飲んでいるところは見たことがない。
「痛み止めとか睡眠薬買ってこようか?」
「うぅん……でも手当り次第に飲ませるって訳にはいかないし、何が効くか分かりませんし……」
着替えを終えた歌見が俺の顔を覗き込む。視界の端でアキがベッドに乗るのが見えた、セイカを抱き締めてなだめてくれるのかなと視線を移す。
「秋風っ? 痛い、手痛いよぉ……」
俺の予想通り、アキはセイカを背後から優しく抱き締めた。
「Спокойной ночи……」
アキの顔を見たくなったのか、セイカは頭を上げて振り向いた。無防備な喉にアキは素早く腕を当て、セイカの首を絞めた。
「……っ!?」
突然の凶行に身体が固まる。一瞬してから手を伸ばしたが、アキの手首を掴んだ頃にはもう遅く、セイカは意識を落としてしまった。
「なっ、ア……アキっ、お前死こそ救い思想の持ち主だったのかお前っ、殺すなんて!」
「焦ってるのかボケてるのか分からないから落ち着いて言うが、死んでないぞ」
アキは絞め落としたセイカを淡々とベッドに寝転がらせた、俺の騒ぎなんて聞こえていないかのような態度だ。
「寝るしたいかって、落としてやろうかってことだったんだな……」
「セイカ安らかに寝てるからいいけどさぁ……絞めるなんて危ないし、乱暴はダメだぞ。めっ!」
《兄貴も眠れねぇ時は言っていいぜ》
俺は解決策を出せなかった。だから乱暴で危険な方法だったとはいえアキを責める気にはなれず、軽く叱るに留めた。アキは俺の言葉なんて気にせずにセイカの頭を撫でている、俺には兄としての威厳はやはりないらしい。
「痛いっ、痛いぃ……いだっ、あぁっ、クソ、痛いぃいぃっ……!」
「兄様、兄様、お気を確かに! 右手は今兄様にはありません!」
失った四肢が痛む現象を俺は知っている、幻肢痛だ。名称以上のことは知らないのでスマホで調べてみたが──
(メカニズム不明……痛み止めも効かない……!? 治療……和らげるだけでも、多少胡散臭くてもいいから、何か……!)
──俺が欲しい情報は手に入らなかった。俺はスマホをポケットに突っ込み、ベッドの隣に屈んだ。
「セイカ……痛むよな、どこが痛い?」
切断面が痛むのなら炎症かもしれない。神経や血管の問題なら痛み止めも効くし、手術も出来るかもしれない。
「手、右手ぇっ、急にっ、プレス機かなんかで潰されてるみたいでぇっ……あと指っ、指の先からなんか電流流されてるみたいで……痛い、痛い、痛い痛い痛い痛いぃっ!」
「ほむらくん、病院から何か聞いてないか?」
「睡眠導入剤、抗うつ薬などをいただきましたが……母様が捨ててしまって」
「はぁ!? あぁ……うん、うん……OK、分かった、ごめん…………ふーっ……こうなった時の対処法とか、何でもいいから何かないかな」
今怒りを訴えても無意味だ。深呼吸をして自分を落ち着かせ、痛がるセイカの左手を掴んでベッドに押さえ付けた。こうしていなければ右腕や首を引っ掻いたり左太腿を殴ったりするのだ、痛みを誤魔化そうとしているのだろうか。
「ミラーセラピーのやり方を聞いていますが、効き目には個人差があり……兄様にはあまり効かなかったとも」
「鏡か、さっき調べた時にもチラッと見た。えっと……ミフユさん、母さんの部屋から姿見取ってきてくれますか? アキ! としつみ、着いてく、しろ」
「分かった。行くぞ秋風!」
力仕事ならアキが適任だ。ミフユなら上手く指示を出してくれるだろう。
「後は、えっと……あっ、みんな、風邪引かないように、プールもう入らないならちゃんと水気取って着替えてくれ」
「お、おぉ……せやな。居ってもしたれることないし」
「……遊びを再開する気にもなりませんしね」
空調の効いた部屋で水着のまま過ごすのはよくない、この前のアキの二の舞だ。忠告すると水着姿の彼氏達が引き、レイとカンナとネザメが残った。
「あっ、痛み止め、みっつん、痛み止めとかは?」
俺は黙って首を横に振った。こんな時ばかりは鳴雷家の健康さが悔しい。
「姉ちゃん重い方らしいから強めの痛み止め持ってるんだけどな……ポーチ取り違えるとかしろよ朝の俺~」
「女性の体重の話はするものじゃないよ霞染くん」
「生理痛の話、ボケないでよザメさん」
「あの言い方で察せる男は少ないよ……それはそれで話すものじゃないし」
昔母の彼女が「唯乃は軽くて羨ましい」なんて話していたのを思い出し、やはり痛み止めはこの家にはないなと再認識した。
「戻ったぞ鳴雷一年生!」
姿見がミフユとアキによって運ばれてきた。
「ありがとうございます! 正中線に合わせて鏡を……こうかな?」
ベッドの端に座らせたセイカの足の間に、セイカの左手側に鏡面が向くように姿見を置いた。俺は鏡の脇に腰を下ろし、セイカの左手を引っ張って鏡の前で揺らさせた。
「セイカ、ほら、右手あるぞ」
左側から鏡を覗かせれば左手が右手のように見える。
「これ左ぃ……」
「グッパーしろ、右手は無事だぞ」
無い右手が痛むのなら、鏡を使って無傷な左手を見せて右手には何も起こっていないと錯覚させる……のは、セイカにはあまり効かないようだ。
「痛い! 潰れるっ、痛い痛い痛い痛いぃっ……!」
「セイカ! ほら見てみろ、何ともないって」
「これ左手ぇ! 俺が痛いの右手っ、痛いぃいっ……鳴雷、鳴雷ぃっ……なんでっ、もう手ないのにぃ……俺が、俺が出来損ないだからっ、こんなバグっ」
「幻肢痛は八割くらいの人がなるんだってウィキで見た、セイカが変なんじゃないよ」
泣き叫ぶほどの激痛が起こるのはその中でも少数派だけど、とは言わないでおこう。
「すぇかーちか……痛いです? 寝る……する、したいです?」
「アキ……あぁそうだな、睡眠薬とかあれば……寝ちゃえば痛くないかもな」
「痛みで起きたりしないかい?」
「うーん……」
睡眠薬なんて俺も母も持っていない。アキは不眠症のようだけれど、薬を飲んでいるところは見たことがない。
「痛み止めとか睡眠薬買ってこようか?」
「うぅん……でも手当り次第に飲ませるって訳にはいかないし、何が効くか分かりませんし……」
着替えを終えた歌見が俺の顔を覗き込む。視界の端でアキがベッドに乗るのが見えた、セイカを抱き締めてなだめてくれるのかなと視線を移す。
「秋風っ? 痛い、手痛いよぉ……」
俺の予想通り、アキはセイカを背後から優しく抱き締めた。
「Спокойной ночи……」
アキの顔を見たくなったのか、セイカは頭を上げて振り向いた。無防備な喉にアキは素早く腕を当て、セイカの首を絞めた。
「……っ!?」
突然の凶行に身体が固まる。一瞬してから手を伸ばしたが、アキの手首を掴んだ頃にはもう遅く、セイカは意識を落としてしまった。
「なっ、ア……アキっ、お前死こそ救い思想の持ち主だったのかお前っ、殺すなんて!」
「焦ってるのかボケてるのか分からないから落ち着いて言うが、死んでないぞ」
アキは絞め落としたセイカを淡々とベッドに寝転がらせた、俺の騒ぎなんて聞こえていないかのような態度だ。
「寝るしたいかって、落としてやろうかってことだったんだな……」
「セイカ安らかに寝てるからいいけどさぁ……絞めるなんて危ないし、乱暴はダメだぞ。めっ!」
《兄貴も眠れねぇ時は言っていいぜ》
俺は解決策を出せなかった。だから乱暴で危険な方法だったとはいえアキを責める気にはなれず、軽く叱るに留めた。アキは俺の言葉なんて気にせずにセイカの頭を撫でている、俺には兄としての威厳はやはりないらしい。
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