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消えない無力感
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おやつにはすりおろしたリンゴをスプーンで一口ずつ食べさせ、夕飯には鮭をほぐして混ぜた粥をやはりスプーンで一口ずつ食べさせ、俺は自分でも言えるほど甲斐甲斐しくアキに尽くした。
「……おいしー、です。ありがと、です」
俺の夕飯はカロリーバー一本だけ。アキの夕飯から一時間後、アキの頭を撫でながらさっと食べた。
「にーに……」
「ん?」
「……にーにぃ」
「ふふ、なんだよ」
少し元気が戻ったのか、アキは俺の名前を無意味に呼ぶようになった。見返りなんて求めていなかったけれど、尽くしてよかった。
「にーに、にーにぃ」
「んー?」
「……すきー、です」
「ォンッ」
「にーにぃ、だいすき、です。にーに……いっしょする、うれしーです」
「コポォ」
ときめきで死んでしまう。内心吐血しながら、実際には微笑んで同じ気持ちであることを伝えた。
「ぼく……にほん、来るする。よかったです。にーに会うする、うれしーです」
俺に会えて嬉しかったから、日本に来てよかったと思っていると? アキは俺の心臓を止めるつもりなのだろうか。こんな美少年が日本に来てよかったと言っているのだから俺は国民栄誉賞とかもらってもいいのでは?
「……おやすみ、です」
「寝るのか? おやすみ、アキ」
眠るアキの頭を撫で、寝息が聞こえてきたので手を離した。
「…………ストレス、か」
長年の強いストレスということは、日本に来る以前からのものということ。活発な性格のアキには紫外線対策必須の身体は相性が悪い、インドア派の俺ならまだマシだっただろう。代わってやりたい。
翌朝、すぐにアキの熱を測ったが、ほとんど下がっていなかった。栄養価が高く消化にいいレシピが母から送られていたので、その通りにアキの朝食を作った。
「……! おいしー! です!」
昨日より反応がいい、流石母考案の料理だ。差があり過ぎて悔しさすら感じない。
「美味しいか? よかった。出来れば全部食えよ。大人しく寝ておくんだぞ。レイ、お昼はタッパーに詰めて冷蔵庫に入れてあるから、温めて食べさせてやってくれ。レイのはちゃんとした飯だ、付箋で名前書いてあるからな」
「ありがとうございますっす、楽しみっす」
「……アキの傍に居てやって欲しいけど、伝染るといけないからなぁ……マスクしたり手洗ったりしろよ、同じコップとか使うなよ」
「分かってるっすよ。ほらほら、早く行かないと遅刻しちゃうっすよ?」
次の日の朝も似たような会話をした。アキの熱は三日間下がらなかったのだ。平静を装う体力も尽きてきたのか、三日目の夜なんてベッドから移動しようとしなかった。
「アキ、ご飯持ってきたぞ。起きれるか?」
仕方なく寝室まで食事を運び、弱々しい笑顔すらも見せなくなったアキの頬を撫でた。
「……にー、に」
「…………なんで熱下がらないんだよ、本当に風邪なのか? あのヤブ医者っ……あぁ、ごめん、大丈夫、アキ……大丈夫」
上体を起こさせ、大きなクッションを抱かせる。ベッドの隣に椅子を運んでおいたので、そこに座ってアキの口へスプーンを向かわせた。
「ぁむ」
「……美味しいか?」
「ぅん」
話すのも辛いのか「おいしい」と言ってくれなくなった。ちゃんと毎日朝昼晩欠かさず薬を飲ませているのに、悪化しているように思える。
「……ごめん、電話だ」
スマホが鳴った。画面に表示されているのは「ママ上」の三文字。
「……っ、ママ……母さん?」
『もしもし水月? ニュースよ、家のリフォーム終わったの! 明日以降いつでも帰ってきていいわよ』
「そ、そう……あの、アキが……まだ、熱下がらなくて」
『え、まだ? 三日目……よね。風邪なのよねぇ? うーん…………分かった、明日二人で帰ってきなさい。明日は有給取るわ』
「そんな急に取れるものなんですか?」
『取れる取れないじゃない、取るのよ』
スゴ味がある、とでも言うべきだろうか。相変わらず妙な迫力と説得力のある人だ。
「分かりました。明日学校終わったらアキ連れて帰ります」
『お昼は用意しておくわ』
「はい、アキの分は……」
『病人用ね、分かってる。じゃ、ばいばい』
アキに夕飯を食べさせながら明日家に帰ることを伝え、アキが夕飯を食べ終えたら空の食器をキッチンへ運び、洗い、寝室へ戻る前に別室で仕事をしているレイの元に寄った。
「レイ、今いいか?」
「保存するんでちょっと待って欲しいっす…………出来たっす、なんすか?」
「家、リフォーム終わったらしいんだ。明日の昼には帰るよ」
「え……あ、そ、そうっすよね。せんぱいのお家、リフォームしてたんすよね。同棲してる訳じゃなかったんすよね俺達……せんぱいいつか帰っちゃうの忘れちゃってたっす、そっすか……急っすねぇ」
母はいつもいつも大事なことを前日に話す。そう言い訳はせず、事前に伝えられなくて悪かったと謝った。
「…………寂しいっすねぇ」
「うん、俺も寂しい……でもいつでも会えるよ。そりゃ今までよりは時間は減っちゃうけどさ、会いたい時はいつでも呼んで欲しい」
「……はいっす! えへへっ、そうっすよね、せんぱいいつでも会ってくれるっすよね。せんぱいですもん」
本当なら最終日にはレイをじっくり抱きたかった。でも、今の俺にはアキの看病という大事な仕事がある。
「ふふ……じゃあ、仕事邪魔してごめんな。日付け変わるまでには寝室来いよ」
「はーいっす」
家に帰ればもう自分で料理をすることはない、自分で作るよりも美味いものが食べられる。けれど今ほど自由に彼氏を連れ込んだりアキとイチャついたりは出来ない。
「……自分の家欲しいなぁ」
少なくとも数年は叶うことのない願いを呟き、ため息をついた。
「……おいしー、です。ありがと、です」
俺の夕飯はカロリーバー一本だけ。アキの夕飯から一時間後、アキの頭を撫でながらさっと食べた。
「にーに……」
「ん?」
「……にーにぃ」
「ふふ、なんだよ」
少し元気が戻ったのか、アキは俺の名前を無意味に呼ぶようになった。見返りなんて求めていなかったけれど、尽くしてよかった。
「にーに、にーにぃ」
「んー?」
「……すきー、です」
「ォンッ」
「にーにぃ、だいすき、です。にーに……いっしょする、うれしーです」
「コポォ」
ときめきで死んでしまう。内心吐血しながら、実際には微笑んで同じ気持ちであることを伝えた。
「ぼく……にほん、来るする。よかったです。にーに会うする、うれしーです」
俺に会えて嬉しかったから、日本に来てよかったと思っていると? アキは俺の心臓を止めるつもりなのだろうか。こんな美少年が日本に来てよかったと言っているのだから俺は国民栄誉賞とかもらってもいいのでは?
「……おやすみ、です」
「寝るのか? おやすみ、アキ」
眠るアキの頭を撫で、寝息が聞こえてきたので手を離した。
「…………ストレス、か」
長年の強いストレスということは、日本に来る以前からのものということ。活発な性格のアキには紫外線対策必須の身体は相性が悪い、インドア派の俺ならまだマシだっただろう。代わってやりたい。
翌朝、すぐにアキの熱を測ったが、ほとんど下がっていなかった。栄養価が高く消化にいいレシピが母から送られていたので、その通りにアキの朝食を作った。
「……! おいしー! です!」
昨日より反応がいい、流石母考案の料理だ。差があり過ぎて悔しさすら感じない。
「美味しいか? よかった。出来れば全部食えよ。大人しく寝ておくんだぞ。レイ、お昼はタッパーに詰めて冷蔵庫に入れてあるから、温めて食べさせてやってくれ。レイのはちゃんとした飯だ、付箋で名前書いてあるからな」
「ありがとうございますっす、楽しみっす」
「……アキの傍に居てやって欲しいけど、伝染るといけないからなぁ……マスクしたり手洗ったりしろよ、同じコップとか使うなよ」
「分かってるっすよ。ほらほら、早く行かないと遅刻しちゃうっすよ?」
次の日の朝も似たような会話をした。アキの熱は三日間下がらなかったのだ。平静を装う体力も尽きてきたのか、三日目の夜なんてベッドから移動しようとしなかった。
「アキ、ご飯持ってきたぞ。起きれるか?」
仕方なく寝室まで食事を運び、弱々しい笑顔すらも見せなくなったアキの頬を撫でた。
「……にー、に」
「…………なんで熱下がらないんだよ、本当に風邪なのか? あのヤブ医者っ……あぁ、ごめん、大丈夫、アキ……大丈夫」
上体を起こさせ、大きなクッションを抱かせる。ベッドの隣に椅子を運んでおいたので、そこに座ってアキの口へスプーンを向かわせた。
「ぁむ」
「……美味しいか?」
「ぅん」
話すのも辛いのか「おいしい」と言ってくれなくなった。ちゃんと毎日朝昼晩欠かさず薬を飲ませているのに、悪化しているように思える。
「……ごめん、電話だ」
スマホが鳴った。画面に表示されているのは「ママ上」の三文字。
「……っ、ママ……母さん?」
『もしもし水月? ニュースよ、家のリフォーム終わったの! 明日以降いつでも帰ってきていいわよ』
「そ、そう……あの、アキが……まだ、熱下がらなくて」
『え、まだ? 三日目……よね。風邪なのよねぇ? うーん…………分かった、明日二人で帰ってきなさい。明日は有給取るわ』
「そんな急に取れるものなんですか?」
『取れる取れないじゃない、取るのよ』
スゴ味がある、とでも言うべきだろうか。相変わらず妙な迫力と説得力のある人だ。
「分かりました。明日学校終わったらアキ連れて帰ります」
『お昼は用意しておくわ』
「はい、アキの分は……」
『病人用ね、分かってる。じゃ、ばいばい』
アキに夕飯を食べさせながら明日家に帰ることを伝え、アキが夕飯を食べ終えたら空の食器をキッチンへ運び、洗い、寝室へ戻る前に別室で仕事をしているレイの元に寄った。
「レイ、今いいか?」
「保存するんでちょっと待って欲しいっす…………出来たっす、なんすか?」
「家、リフォーム終わったらしいんだ。明日の昼には帰るよ」
「え……あ、そ、そうっすよね。せんぱいのお家、リフォームしてたんすよね。同棲してる訳じゃなかったんすよね俺達……せんぱいいつか帰っちゃうの忘れちゃってたっす、そっすか……急っすねぇ」
母はいつもいつも大事なことを前日に話す。そう言い訳はせず、事前に伝えられなくて悪かったと謝った。
「…………寂しいっすねぇ」
「うん、俺も寂しい……でもいつでも会えるよ。そりゃ今までよりは時間は減っちゃうけどさ、会いたい時はいつでも呼んで欲しい」
「……はいっす! えへへっ、そうっすよね、せんぱいいつでも会ってくれるっすよね。せんぱいですもん」
本当なら最終日にはレイをじっくり抱きたかった。でも、今の俺にはアキの看病という大事な仕事がある。
「ふふ……じゃあ、仕事邪魔してごめんな。日付け変わるまでには寝室来いよ」
「はーいっす」
家に帰ればもう自分で料理をすることはない、自分で作るよりも美味いものが食べられる。けれど今ほど自由に彼氏を連れ込んだりアキとイチャついたりは出来ない。
「……自分の家欲しいなぁ」
少なくとも数年は叶うことのない願いを呟き、ため息をついた。
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