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だだっ広い豪邸

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セイカを乗せた車椅子を押し、つむじを見下ろしてため息をつく。

「愛おしいぃぃ……!」

俺の服を着てぶかぶかになることでその身の小ささを強調し、テディベアを抱いて車椅子にちょこんと座ったセイカが可愛らしく、エレベーターを待つために立ち止まった瞬間膝から崩れ落ちてしまった。

「…………やめてくれよ、鳴雷」

そう呟いたセイカの顔を覗き込むと、彼の頬は赤く染まっていた。どうやらいつものひねくれた意図はなく、ただ照れているだけのようだ。

「ふふ、セイカと一緒に外に出られるの嬉しいよ。初めてだもんな」

「……俺も、嬉しい。けど」

「けど?」

「…………怖い」

外に出るのが? 俺の彼氏達に会うのが? それとも何か漠然的なものへの恐怖?

「詳しく教えてくれたら俺何とかするよ」

「……大丈夫」

「遠慮しなくていいよ。話でも抱っこでも、他の何かでも、セイカが安心してくれるなら何でもする」

「…………本当に、大丈夫」

テディベアを抱き締めるセイカの肩は微かに震えていた。

「セイカ、本当に何でもいいんだ。俺に出来ることがあるなら言ってくれ、怖がってるセイカを見るのは嫌だよ」

「……………………たまに、頭、撫でて」

「こうか? これだけでいいのか? 分かったよ、他にも何かして欲しいこと思い付いたら都度言ってくれ」

エレベーターに乗ったり、信号待ちだったりの立ち止まる時に必ずセイカの頭や背を撫でた。セイカは他人の目が気になるのかテディベアを抱き締めたまま身体を丸め、周囲を一切見ず、誰にも顔を見せず、小さな背中だけを俺に見せていた。

「電車乗るよ、セイカ」

「ん……」

電車を乗り継いで途中の駅でアキとレイと合流し、四人で教えられた住所に向かう道中、病院に行く前に起こったことを話した。

「えー、怖いっすね。ヤクザっすか?」

「っぽい人ってだけだよ。流石に本物じゃないと思う」

「……鳴雷、今日ずっと制服のままなんだよな? まずいんじゃないか」

学校がバレたのではないかと言外の意味を汲み取った俺はゾッと寒気を覚えた。そもそもどうして俺がヤクザ紛いの連中に探されなくちゃならなかったんだ?

「せんぱい何かしたんすか?」

「全く心当たりないよ……」

「じゃあ、アレだな。ヤクザのお嬢がお前に一目惚れして連れてこいって感じだ」

「あー、ありそうっすねそれ」

「えぇー……いやいやいや、そんな……ありえないって」

俺は超絶美形だからすれ違っただけの人の人生を狂わせてしまうこともあるだろうとは思っているから、そこはいい。問題はお嬢様が惚れたからと下っ端がさらってくるような組織が現実に存在するのかという点だ。

「しばらくは気を付けろよ、顔隠した方がいいんじゃないか? 病院に来るのも控えた方が…………」

言いながらセイカは次第に声を小さくし、言い切らずに黙り込んだ。俺はそんなセイカの後ろ頭をわしゃわしゃと撫で回してやった。

「自分で言って落ち込むなよぉ。制服バレたんならどこに居ても同じだよ、お見舞いはやめないぞ。顔隠す案採用するからさ」

「…………気を付けろよ。鳴雷がどうにかなったら俺、俺……しっ、死んでやるからな」

「あぁ……それは毎日健やかに過ごさなきゃいけないな。想ってくれるのは嬉しいけど、そんなこと言わないでくれセイカ……想像しただけで胸が張り裂けそうだよ」

「……お前が自分の健康に気を付けてりゃいいだけだろ」

「そうだな。ふふ……セイカ、俺がセイカのこと大好きでセイカを人質にされたらどうしようもないって分かってくれたんだな。よくないやり口だとは思うけど、嬉しいよ」

「…………そりゃこんだけ可愛がられてりゃな」

電車を降りて駅を出て、スマホ片手にネザメの家へと向かう。

「……高級住宅地じゃんこの辺、居心地悪い」

「おぉ……小学生がブランド物着て歩いてる」

閑静な住宅街を抜けて郊外に出ると先程まで見てきた家の数倍はありそうな豪邸が俺達の目に飛び込んできた。俺のスマホはこの豪邸こそ目的地だと示している。

「………………帰りたい。入ったら死ぬ、蒸発する」

「分かる、すごく分かる。駄菓子屋で買ったお菓子食べながら小汚いゲーセンでプライズフィギュア取りたい」

「帰ろう鳴雷……」

「あぁ……帰ろうか」

「ちょっせんぱい何言ってんすか!」

鉄柵門の向こうにある広い庭とその更に奥にある豪邸に気圧されて帰ろうとしたその時、ブーと電子音がなって門が開き始めた。

「鳴雷様、狭雲様、木芽様、秋風様でお間違いはないでしょうか」

門の向こうから燕尾服を着た背の低い男性が現れた。まさか……執事か? 執事なのか? 執事って実際に存在している職業だったのか? 募集ポスターとか見たことないぞ?

「ひゃいっ、鳴雷です。ネザメしゃんにおよっ、ょば、ばれ……ぇヘヘ」

「ご案内します。荷物をお持ちしましょう」

「ア、ァ……ォ、構いなくゥ……」

今は見えていないが、前を歩く男性の顔には妙な既視感を覚えた。誰かに似ているような……あぁ、あの人か。

「ぁ、あのー、あなたは、ミフユさんのご家族の方とかでしょうか……?」

「叔父です」

「へっへへ通りで似てますぅ……」

「…………鳴雷? 大丈夫か?」

奇妙な声色と話し方をしていたからかセイカが振り向いて不安そうな目を向けてきた。

「だいりょぶ」

「ガッチガチっすねせんぱい……気持ちは分かるっすけど」

彼氏達の元に着くまでの辛抱だ。どんな豪邸だろうといつもの顔を見れば気が楽になるはず、執事のような他人が居ない空間なら緊張せずにすむはずだ。早く着いてくれ、俺の心臓はもうもたない。
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