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せーか先生のテスト対策教室

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飛び降り未遂を起こしたという事前情報のせいか、ハルはセイカへの話し方や態度をどうするべきか酷く悩んでいた。リュウは悩んではいない様子だったが、彼なりに考えてくれているように感じた。

「来たぞ、セイカ」

それだけセイカのことを考えてくれる二人ならきっと仲良くなれる。そう信じて俺は病室の扉を開けた。

「お邪魔しますー」

「お邪魔しま~す」

「Как твои дела?」

俺に続いて三人が挨拶をする。セイカは読んでいた本を閉じ、緊張した様子で返事をした。

「ぁ……い、いらっしゃい……? うん、元気だよ。えっと、そっちの二人ははじめましてだよな。狭雲 星火だ……その、よろしく」

「天正 竜潜や、よろしゅう」

「霞染 初春だよ~、よろしく~」

この病室は大部屋だが、現在はセイカしか入室していない。ベッドの脇にはパイプ椅子が一つずつ置かれているので、俺はそれを三つ運んだ……が、セイカのベッドに戻る前にアキはセイカのベッドに飛び乗った。

《一日ぶりだなスェカーチカ、会いたかったぜ》

アキはセイカに抱きつきながら満面の笑みで話しかけているが、ロシア語だ。

「はぁ……アキ、伝えたい時は日本語で言えってお兄ちゃんいつも言っ──」

《うん、俺も会いたかった》

「──て、ぇええっ!? セ、セイカっ? い、今、今っ、ロシア語……え、ロシア語分かんの?」

「広間で本見つけたから借りてる……」

セイカは先程まで読んでいたという本を俺に見せてくれた。ロシア語の入門書らしい。

「読んだら話せるってもんじゃないだろ、発音とか……ってかこの本フリガナ振ってくれてないし読めもしないんだけど」

日本語とロシア語が交互に書いてあるが、それだけだ。ロシア語の方にカタカナでフリガナが振ってあったりはしない。俺がこの本を読んでも「この文字列の意味は日本語ではこうなんだなぁ」と思うことしか出来ない。

「秋風に文字の音を習った。日本語だって単語ごとの発音覚えなくても、五十音一文字ずつの発音が分かってりゃ全く未知の単語でも発音出来るだろ? イントネーションが違ってたりはするかもだけど」

「まぁ、それは……えぇ、でも」

「英単語とかでさ、初めて見るヤツでも何となく読めることあるだろ? 同じだよ。英語の教科書読んで、話せる教師に習えば英語話せるようになるんだから、本と秋風で話せるようになるのは当然。まぁ俺はそこまで頭よくないからまだ話せるってほどじゃないけど……秋風が簡単な単語使って聞き取りやすいように話してくれてるから何とかなってる」

「…………お兄ちゃん努力足りないのかなぁ」

話せる者に教えてもらい本を読めば話せる、その単純さは「俺にもやれば出来るのでは?」と思わせ、やってこなかった自分の怠慢を疑わせる。

「すっごい! なんかすごい頭良さそうじゃん。あのさ、俺達来週テストでさ、勉強教えて欲しいんだけど……いい?」

「え、俺に? いい……けど、でも、十二薔薇ってかなり偏差値高いとこだろ。俺ずっと入院してるし、教えられるとは思えないから……その、出来なかったらごめん」

「一回試してから謝ってよ~。ってか俺が勝手に言ってんだから謝る必要ないか。責任はせーか頭いいからイケるって言ったみっつんにあんのかな?」

「えぇ、俺? えー……」

ハルは持ってきていたトートバッグから理科の教科書を取り出した。

「化学基礎なんだけど~、分かんないのはね~」

リュウも教えてもらいたいのか教科書を取り出してめくっている。俺も何か持ってくればよかったなぁ。

「……まずは周期表覚えることだな、価電子の数が同じだと性質も似るから……周期表はマジ大事。っていうか、基礎なら暗記だけで赤点回避余裕だと思うけど」

「イオン化の辺りとか~……イオン化エネルギーが小さいと陽イオンとか~、親和力? が高いと陰イオンとか~……これ何ぃ~?」

「陽イオン陰イオンに、なりやすい、ってだけの話な。断言するのはダメだ。これは物質はエネルギーレベルが低いと安定する、ってのがカギだな。教科書に図載ってるだろ?」

「図見ても意味分かんないしぃ~」

俺も聞いとこう。そう決めて聞き耳を立てているとセイカの声だからか普段の授業よりも集中出来て、以前よりも理解が深まった。

「なるほど~……すっごいじゃんせーか! 結構分かった! 60点は取れる!」

俺も半分は取れそうだ。家に帰ってから復習してみよう。

「せーかセンセ、次俺お願いしますー」

「あ、あぁ……何が分からないんだ?」

「登場人物の気持ちが分からへん」

「……文中に書いてるだろ? 嬉しいとか悔しいとか」

次は現国か。現国は分かるから今のうちにハルに教科書を借りて聞きたいところを探しておこうかな。

「そんなん書いてへんでこの話」

「直接表現はないか? じゃあ慣用句だな、胸がすくとかそういうの……それもないなら仕草を探せ」

「仕草ぁ?」

「登場人物の動きだ。俯いてたら落ち込んでる、机叩いたりとかは悔しいとか怒ってるとかかな。変わり種だけど天気ってのもある、どんより曇ってたら暗い気持ち、雨なら悲しい、そういうの。俺はこんなに落ち込んでるのに太陽は燦々と輝いてる……みたいな感じの時は真逆だけどな」

「うーん……」

「一番大事なのは、書いてないことを答えないってことだ。書いてないことを想像するな。セリヌンティウスは一時ちょっと疑っただけだ、恨んでないし絶交しようとなんてしてない」

「えー、俺やったらすんで。怖いもんこんな友達、すっと距離取るわ」

「お前はセリヌンティウスじゃないんだよ! つーか竹馬の友を簡単に捨てるな!」

教科書に挟まっていたプリントに書かれているリュウの回答から注意点まで考えてくれるのか……俺も色々持ってくればよかった。

「いいか、俺やったら……はやるな。全ての人間がお前と同じ思考回路してる訳じゃないってのは分かるよな?」

「ぉん」

「じゃあ自分だったら……を考えても意味がないだろ?」

「自分事や思て考えておかんに言われてきてん。自分がされて嫌なことはしたアカン、自分がされて嬉しいこと人にやったりって」

「道徳と国語は別なんだよ!」

ドMに「自分がされて嬉しいこと~」なんて教育しちゃダメだろ。会ったばかりの頃のリュウが俺をしょっちゅう蹴っていた理由が分かったな。
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