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今日からミフユが昼食を作ってきてくれることになったので、買う必要がなくなった。母から渡されている昼食代はちょろまかしてデート代にしよう。

「甘い厚焼き玉子が本当に美味しくて……」

「ふむ……他はっ? 何が気に入った? 味付けはどうだ? もう少し甘いのがいいとか、辛いのがいいとか……」

弁当を食べ終えてごちそうさまと伝えるとミフユはペンとメモ帳を持って俺に感想を聞いてきた。先日はメッセージでアレルギーから始まり食材や味付けの好き嫌いまで尋ねられ、一時間以上やり取りを続けたから十分だと思っていたのだが、そうではなかったようだ。

「えーっと……本当に全部美味しかったんですけど」

「遠慮しなくていい、もっと鳴雷一年生の好みに寄せられるかもしれないんだ」

全部満点だよ、と言い切ってしまうのは簡単だが、誠意がないように思えてしまうかもしれない。本当に全く不満はないのだが、強いて言うなら──

「──もう少しお米硬い方が好きかな、って感じですね」

「ふむ、分かった。他は?」

「……ミフユ、あんまり聞いては水月くんを困らせてしまうよ」

「何故です? 今詳しく聞くことで明日の弁当がより美味しくなるのですよ」

「オブラートを剥がして言うとね……鬱陶しい、になるかな」

むっとした顔で反論していたミフユが目を見開き、ペンとメモ帳を持った手をだらんと下げた。

「う、鬱陶しい……? そんな、ミフユは、ミフユは……」

「不味い料理を不味いと言うならともかく、美味しい料理の改善点を出せなんて……それはもはや企業努力の域だろう」

「ミフユは、ミフユただっ……美味しい料理を、鳴雷一年生に……食べて、欲しくて」

「ミフユさん! ミフユさん、俺見ての通り鍛えてるんですけど、実はちょっと太りやすい体質でして……お肉とかは鳥とかのヘルシーなのが嬉しいかなって感じです! マヨネーズとかも好きなんですけど太っちゃうからたくさんは使って欲しくなくて、それとっ、えっと……」

泣きそうな顔をしていたミフユは嬉しそうに微笑むとペンとメモ帳を再び構えた。

「ネザメさん……俺は鬱陶しいとまでは思ってませんよ、本当に美味しくて全然不満が思い付かなかったから確かにちょっと困ってはいましたけど、ミフユさんの想いは嬉しかったので、鬱陶しいなんてとても……」

「……そうかい? ごめんね、ミフユ」

「いえ! ところでネザメ様は今日の弁当に不満などは?」

「特にないよ」

年季の違いゆえかミフユはネザメに食い下がることはなく、再び俺の方を向いてメモ帳を構え、キラキラとした目で俺を見つめた。

「……甘い厚焼き玉子も美味しかったんですけど、醤油味のも食べてみたいなって……あ、後、頻繁にキスするんでニンニクとかの口臭気になる系は控えて欲しくて……えーっと、後は~……んー…………もう思い付かないです」

小さく両手を上げてギブアップの姿勢を取った。

「うむ! 明日以降の弁当の参考にする。前後の食事と内容が被ってしまわないよう、また不足している栄養を知りたいので、今日から朝食と夕食、間食をしたならそれも、献立を全て自分に教えるように」

「全部ですか? 調味料とかも……?」

「あぁ、出来れば大さじ小さじで伝えて欲しいが、目分量で調理しているのなら適当で構わない」

「え~……大変だねみっつん。美味しくて健康的なお弁当のためにガンバ!」

毎日の食事を母に伝え、筋トレメニューを考えてもらったりしているので、実はミフユの要求に応えるのは手間ではない。母に送っている内容をコピペするだけなのだから。

「分かりました」

「うむ、いい返事だ。心身の美しさは日々の食事から、だからな」

「…………ところでミフユさん」

「なんだ? 鳴雷一年生」

「気は変わりましたか? 俺の彼氏になる気になってくれました?」

ミフユの顔が一気に赤くなる。

「ぁ……そ、の、話は…………ふ、二人で! 二人でしても……いいか?」

「はい、もちろん」

「で、では……部屋を出ようか」

生徒会室の周りには教室などがなく、この部屋の前の廊下は昼休みにはほぼ人通りがない。ただ廊下に出ただけで二人きりになれるのだ。

「な、鳴雷一年生、自分は……」

ミフユが話し始めた瞬間、生徒会室の扉が開いた。

「あ、邪魔してもうたか? すまん水月、堪忍な。しぐ今日図書委員の当番なん忘れててんて! ほらしぐ急ぎ、図書室二階やで!」

リュウがカンナの手を引いて階段へと走っていった。

「廊下を走るな天正一年生時雨一年生! 全く……あっ、す、すまない、どこまで話したか忘れてしまった……」

「あ、まだ何も話されてないですよ」

「そうだったか? すまない、緊張してしまって…………実は、昨日もう心を決めていたんだ。愛を至上とするその青い考え方、狭雲への愛に溢れた対応……最初の頃抱いていた調子のいい浮気男の印象は完全に間違いだった、貴様はいい男だ」

澄んだ瞳はとても告白中とは思えないほど俺を真っ直ぐに射抜いている。

「幾度となく見た貴様の、その……男の抱き方も決め手だ。興奮した雄の顔と隔たった気遣いに溢れた愛撫……相手を心の底から愛しているのが見ていても伝わってきた。ミフユも、その……あんなふうに、一度でもいいから……されて、みたくて」

静かな湖のようだった瞳に人間らしい熱が混じり、俺から視線を逸らす。

「…………ネザメ様はミフユをあんなふうには抱いてくれなかった。手酷くされた訳でも、ネザメ様のひとりよがりだった訳でもないのだ、ちゃんと気持ちよくなれたし、ミフユを求めてくださるのは嬉しかったのだが……貴様が彼氏達に向けているような愛情が、なかった気がするんだ」

「……恋愛じゃなかった、ってことですか?」

「多分、な。自分達は主従関係はさほど強くなく、家族のような関係だ。自分達の肉体関係は性に目覚める時期に近くに居すぎて、求め合ってしまったに過ぎない。自分の恋慕も……主人として慕う心が、身体を重ねたことによって変形しただけに過ぎないのかもしれない」

「…………俺の恋人になる覚悟が決まったからって、以前の恋心を捨てなきゃ行けないわけじゃないですよ? 心の大事なとこにしまって、たまに見返すくらいでいいんです」

「……ありがとう。だが、捨てようとはしていないさ、冷静な分析だ。ネザメ様のことはこれまで通り慕うし、年積の者として何事もネザメ様が最優先だ。それでもよければ……鳴雷一年生、ミフユも愛してくれるだろうか」

俺の返事は決まりきっているとミフユも分かっているはずなのに、どうしてそんな不安そうな顔をするんだ。満面の笑顔を見せてやりたくなるじゃないか。

「喜んで!」

抱きつきたくなる気持ちを抑えて両手を広げ、小さな身体を受け止めた。
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