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まるで別の生き物
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面会時間が終わるまで五人でゆるゆると話し、笑顔で別れた。ネザメ達は俺達をマンションまで送って家に帰り、マンションに帰ると既にハル達は居なかった。
「おかえりなさいっすせんぱい、アキくん」
「ただいま、レイ。ハルとシュカはもう帰ったのか?」
「はいっす。ちゃんと一緒に帰ってったのでご心配なくっす」
治安の悪いこの町を一人で歩かせるのは不安だったので、それを聞けて安心した。
「あー……っと悪い、今日はスーパー寄ってないんだ。出前でいいか?」
「ならピザにしましょーっす、今キャンペーンやってるってチラシが入ってたんすよ。ちょっと待っててくださいっす。確かこの辺に置いて……」
夕飯の相談をし、投函されたチラシの話をする、まるで家族だ。いつか本当にそうなれたらいいなと願いつつ、レイを背後から抱き締めた。
「せ、せんぱい……?」
「重婚が認められる時代はまだかなぁ」
「それって……その、法律が許せば俺と結婚してくれるってことっすか?」
「うん……プロポーズしたい。あと二年待ってくれるか? 十八歳に……結婚できる歳になったら、ちゃんとプロポーズするから」
レイの腕をゆっくりと撫でていき、手の甲側からきゅっと手を握る。特に左薬指を意識させる握り方をする。
「ま……待ってるっす」
耳まで真っ赤にしたレイはそう呟き、震える右手でピザ屋のチラシを握り締めた。
月曜日の朝、俺はレイとアキと玄関で唇を重ねた。
「行ってらっしゃいっすせんぱい……可燃ごみよろしくっすー……ふわぁあ」
「行ってらっしゃい、です! にーに」
昨晩激しく抱いてやったレイは眠そうに欠伸をしている、俺が出たら二度寝するつもりだろう。アキは今日も元気そうだ。
「行ってきます!」
乗り慣れたエレベーターで一階に降り、ゴミ捨て場に向かう途中、聞き慣れないエンジン音を聞いた。ドッドッドッ……と威圧的なその音は、大きな黒いバイクから鳴っていた。
「あっ……」
バイクの横に立っていた大男と目が合う。タバコを吸っている彼はエサを奪われたモルモットのように硬直している俺の前までやってきた。
「…………しばらくだな、男前」
「お、おはようございますぅ~」
180センチ以上ある俺を子供のように見下ろす大男、目つきの悪い彼がレイの元カレだ。
「……お前ここに住んでるのか?」
「は、はい、まぁ、ご覧の通り。ここに最近越してきましたが」
ゴミ袋を揺らすと元カレは脇に避け、ゴミ捨て場までの動線を作ってくれた。ぺこぺこ頭を下げてゴミ捨て場へカサカサと移動する俺に、元カレは大股で着いてくる。
「…………お前、彼女居るのか?」
「へっ?」
「……お盛んなようで」
小馬鹿にしたように煙を吐く彼の視線はゴミ袋に──透明のゴミ袋から見えているコンビニで買ったコンドームの空箱に注がれていた。コンドームそのものの捨て方には気を遣っているが、箱は適当に捨てていた、まさか外から見える位置にあったなんて……恥ずかしい。
「あ、あの、あんまりジロジロ見ないでくださいよ」
「…………悪いな、目がいいもので」
「そ、それじゃ、俺はこれで……」
そそくさと去ろうとしたが、低い声の「待て」には肩を掴まれるより強制力があった。
「…………俺が探してる男もここに住んでるはずなんだが……お前、本当に見ていないんだな?」
「ま、前に……見せてくださった方ですよね、見てない……です」
「……もう一度見ろ、本当に見ていないんだな? 多少痩せたりしているかもしれない、本当に見ていないのか?」
突き出されたスマホに映る金髪時代のレイを見て、記憶を探る素振りを見せてから首を横に振った。
「………………そう、か」
心底残念そうに視線を下げた彼を見て少し胸が痛んだ。
「引っ越したとかはないですか? 俺が越してくる前に何人か抜けたっぽいですし、入れ替わり割とあるタイプのマンションらしいんで」
「…………俺に何も言わずに引っ越す訳がない。やはり……誰かに攫われて、監禁でもされているんだろう。早く見つけてやらないと……早く……」
自分が嫌われたとは一切考えないんだな。
「……俺のものを奪った奴は殺さないとな。あぁ……悪いな、長い間呼び止めて。駅まで送ろうか」
「い、いえ」
「…………遠慮するな、乗れ」
俺はこの日、生まれて初めてバイクに乗った──
──という朝の一件を昼休み中、彼氏達に話した。
「ほんで朝なんや疲れた顔しとったんか」
「時雨さんのうなじ吸ってて気持ち悪かったのはそういう訳があったんですね……どういう訳ですか?」
「そら癒しやろ、しぐは癒し系やからなぁ」
「吸うものなんですか……?」
ネザメとミフユはレイの元カレの話を全く知らなかったので最初から説明し、俺が持っている情報はほぼ全て共有した形となった。
「うーん……やっぱり一旦話し合うべきじゃないかなぁ」
レイが軟禁状態から逃げ出して俺の元に来たという話はしていない、ちゃんと別れられていない……といった具合にぼかしてある。
「会長は元カレさんを生で見てないからそんな無責任なことが言えるんです。別の生き物ですよ、アレ」
「しゅーがそんなこと言うようなヤツに暴れられたらどうしようもないもんね~。下手に会ったらこのめん何されるか分かんないよ、みっつんも、下手すりゃ俺らもね」
「そうかなぁ……だってずっと探し続けるくらい愛情が深いんだろう? 話し合えると思うのだけれど」
「でもネザメさん、話し合いは対等な立場だからこそ成立することなんですよ。素っ裸の人間が鮭持って熊に「この鮭は食べちゃダメです」とか言ったら鮭と一緒にご飯になるだけでしょ……」
「そんなに力の差があるのかい? 同じ人間だろうに……うぅん、でも……うーん」
「ごちそうさまでした。ミフユさん、めちゃくちゃ美味しかったです」
「そ、そうかっ、それはよかった……明日も作ってきてやるからなっ」
慣れていなさそうな笑顔、普段とは違う弾んだ声色、それらは頭を抱えていたネザメにニヤリとした笑みを浮かばさせるに値した。
「おかえりなさいっすせんぱい、アキくん」
「ただいま、レイ。ハルとシュカはもう帰ったのか?」
「はいっす。ちゃんと一緒に帰ってったのでご心配なくっす」
治安の悪いこの町を一人で歩かせるのは不安だったので、それを聞けて安心した。
「あー……っと悪い、今日はスーパー寄ってないんだ。出前でいいか?」
「ならピザにしましょーっす、今キャンペーンやってるってチラシが入ってたんすよ。ちょっと待っててくださいっす。確かこの辺に置いて……」
夕飯の相談をし、投函されたチラシの話をする、まるで家族だ。いつか本当にそうなれたらいいなと願いつつ、レイを背後から抱き締めた。
「せ、せんぱい……?」
「重婚が認められる時代はまだかなぁ」
「それって……その、法律が許せば俺と結婚してくれるってことっすか?」
「うん……プロポーズしたい。あと二年待ってくれるか? 十八歳に……結婚できる歳になったら、ちゃんとプロポーズするから」
レイの腕をゆっくりと撫でていき、手の甲側からきゅっと手を握る。特に左薬指を意識させる握り方をする。
「ま……待ってるっす」
耳まで真っ赤にしたレイはそう呟き、震える右手でピザ屋のチラシを握り締めた。
月曜日の朝、俺はレイとアキと玄関で唇を重ねた。
「行ってらっしゃいっすせんぱい……可燃ごみよろしくっすー……ふわぁあ」
「行ってらっしゃい、です! にーに」
昨晩激しく抱いてやったレイは眠そうに欠伸をしている、俺が出たら二度寝するつもりだろう。アキは今日も元気そうだ。
「行ってきます!」
乗り慣れたエレベーターで一階に降り、ゴミ捨て場に向かう途中、聞き慣れないエンジン音を聞いた。ドッドッドッ……と威圧的なその音は、大きな黒いバイクから鳴っていた。
「あっ……」
バイクの横に立っていた大男と目が合う。タバコを吸っている彼はエサを奪われたモルモットのように硬直している俺の前までやってきた。
「…………しばらくだな、男前」
「お、おはようございますぅ~」
180センチ以上ある俺を子供のように見下ろす大男、目つきの悪い彼がレイの元カレだ。
「……お前ここに住んでるのか?」
「は、はい、まぁ、ご覧の通り。ここに最近越してきましたが」
ゴミ袋を揺らすと元カレは脇に避け、ゴミ捨て場までの動線を作ってくれた。ぺこぺこ頭を下げてゴミ捨て場へカサカサと移動する俺に、元カレは大股で着いてくる。
「…………お前、彼女居るのか?」
「へっ?」
「……お盛んなようで」
小馬鹿にしたように煙を吐く彼の視線はゴミ袋に──透明のゴミ袋から見えているコンビニで買ったコンドームの空箱に注がれていた。コンドームそのものの捨て方には気を遣っているが、箱は適当に捨てていた、まさか外から見える位置にあったなんて……恥ずかしい。
「あ、あの、あんまりジロジロ見ないでくださいよ」
「…………悪いな、目がいいもので」
「そ、それじゃ、俺はこれで……」
そそくさと去ろうとしたが、低い声の「待て」には肩を掴まれるより強制力があった。
「…………俺が探してる男もここに住んでるはずなんだが……お前、本当に見ていないんだな?」
「ま、前に……見せてくださった方ですよね、見てない……です」
「……もう一度見ろ、本当に見ていないんだな? 多少痩せたりしているかもしれない、本当に見ていないのか?」
突き出されたスマホに映る金髪時代のレイを見て、記憶を探る素振りを見せてから首を横に振った。
「………………そう、か」
心底残念そうに視線を下げた彼を見て少し胸が痛んだ。
「引っ越したとかはないですか? 俺が越してくる前に何人か抜けたっぽいですし、入れ替わり割とあるタイプのマンションらしいんで」
「…………俺に何も言わずに引っ越す訳がない。やはり……誰かに攫われて、監禁でもされているんだろう。早く見つけてやらないと……早く……」
自分が嫌われたとは一切考えないんだな。
「……俺のものを奪った奴は殺さないとな。あぁ……悪いな、長い間呼び止めて。駅まで送ろうか」
「い、いえ」
「…………遠慮するな、乗れ」
俺はこの日、生まれて初めてバイクに乗った──
──という朝の一件を昼休み中、彼氏達に話した。
「ほんで朝なんや疲れた顔しとったんか」
「時雨さんのうなじ吸ってて気持ち悪かったのはそういう訳があったんですね……どういう訳ですか?」
「そら癒しやろ、しぐは癒し系やからなぁ」
「吸うものなんですか……?」
ネザメとミフユはレイの元カレの話を全く知らなかったので最初から説明し、俺が持っている情報はほぼ全て共有した形となった。
「うーん……やっぱり一旦話し合うべきじゃないかなぁ」
レイが軟禁状態から逃げ出して俺の元に来たという話はしていない、ちゃんと別れられていない……といった具合にぼかしてある。
「会長は元カレさんを生で見てないからそんな無責任なことが言えるんです。別の生き物ですよ、アレ」
「しゅーがそんなこと言うようなヤツに暴れられたらどうしようもないもんね~。下手に会ったらこのめん何されるか分かんないよ、みっつんも、下手すりゃ俺らもね」
「そうかなぁ……だってずっと探し続けるくらい愛情が深いんだろう? 話し合えると思うのだけれど」
「でもネザメさん、話し合いは対等な立場だからこそ成立することなんですよ。素っ裸の人間が鮭持って熊に「この鮭は食べちゃダメです」とか言ったら鮭と一緒にご飯になるだけでしょ……」
「そんなに力の差があるのかい? 同じ人間だろうに……うぅん、でも……うーん」
「ごちそうさまでした。ミフユさん、めちゃくちゃ美味しかったです」
「そ、そうかっ、それはよかった……明日も作ってきてやるからなっ」
慣れていなさそうな笑顔、普段とは違う弾んだ声色、それらは頭を抱えていたネザメにニヤリとした笑みを浮かばさせるに値した。
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