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歯型があればにわか共に負けない

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左手首の内側、手首と肘の間、不健康な色と触り心地ながら十代の少年らしいハリのある肌に歯を突き立てる。

「……っ」

痛みに顔を顰めるセイカを見つめながら、罪悪感に襲われながら、数日残りそうな深い歯型をつけた。

「…………ありがと」

「いや……」

唾液を拭って歯型をじっと見つめるセイカの口元は僅かに緩んでいる。身体に跡を残されるのが好きなのだろう、綺麗な愛情ではなく醜い独占欲が欲しいのだろう、そんなだからいつまで経っても健康的な幸せが手に入らないんだ。俺が綺麗な愛情を注いで慣れさせてやらないとな。

「セイカはやっぱり俺のこと独り占めしたいか?」

「……別に」

「正直に言ってくれ、言ったからって叶うわけじゃないけどさ、ずっと抱え込むの辛いだろ? 一緒に悩ませてくれよ」

「本当に、別に。お前を独り占めしたいなんて……今更思わない」

濁ってはいるがこちらを真っ直ぐに見つめている、嘘をついてはいなさそうだ。けれど、だからこそ何の希望も抱いていないように思えて怖い。

「好きな人を独占するなんて分不相応だって中学ん時に思い知ってんだよ。むしろ……安心した、お前が俺だけだったらおかしいもんな。痩せて綺麗になったんだからさ……よかったよ、他にもいっぱい居るなら、俺が居なくなっても平気だもんな。よかった、これで……」

「これで何だよ」

「…………何でもない」

「これで何だよっ! 居なくなっても平気って、何だよそれ! 好きな人が居なくなって平気な訳ないでしょうが! 十一分の一じゃないんだよっ、一かける十一なんだよ……お願いだから死ぬとかもう考えないでくださいよ! お願いしますよっ……ほんと、好きなんです……大好き、ですから……」

セイカは声には出さなかったけれど、俺には「これで気兼ねなく死ねる」と確かに聞こえた。

「退院したらまたどっかで事故に遭うかもしんないし……その時死んだら鳴雷が心配で成仏出来ないじゃん? 他にも居るならそこまで心配しなくていいって、それだけ。死ぬ気は今んとこないからそんな心配すんなよ」

「死んだら化けて出てきてくれよ、傍に居てくれるなら幽霊でもいい」

「お前なんでそんな……ま、いいよ、分かった。もし死んで、もし幽霊とかが居るんなら、幽霊になって取り憑いてやるよ」

オカルトを信じている訳じゃない。ただ、死んでも傍に居ると約束してくれるほど俺を好きになってくれていることが嬉しかった。

「わ……何、鳴雷……」

薄い身体を抱き締めてベッドに横たわる。押し倒されたセイカは不思議そうな顔で俺を見つめている。

「はぁ……もう、大好き」

俺は深いため息をつきながらセイカの胸元に顔をうずめた。セイカの右腕の先端が頭を掠った後、左手がぽんぽんと頭を撫でた。
未だに右腕が指の先まであるつもりで動かしてしまうことがあるのが、もう……どう言ったらいいのか分からない、自分でもこの感情が何なのか分かっていない、とにかく胸がきゅっとなる。

「……俺みたいな粗大ゴミ大事に抱え込むなんて、せっかく綺麗になったのにもったいねーヤツだなーって思ってたんだけど、他にも彼氏居るってことはさ、綺麗なもん持ってるくせに粗大ゴミまで拾ってるホントに頭おかしいヤツってことだよな」

「俺の好きな人のこと粗大ゴミ粗大ゴミ言うなよ……」

「他の奴らもなんか足ないとかそういう感じ?」

「欠損フェチはあるけど今のところセイカにしか発動してないよ。あ、そうそう、みんなにはセイカのこと話してるんだけど、会いたいって言ってる彼氏何人か居たからさ、明日連れてきてもいいかな?」

ネザメの提案を採用してミフユからの好感度を稼ぐため、ハルからセイカへのヘイトを下げるため、明日セイカと彼氏達を会わせるのは是非とも達成したい事柄だ。

「イカレてんなぁオイ……俺は別にいいけどさ」

「いいのか? 大丈夫か?」

「何が」

「え、いや……体調とか?」

「なんだそれ、もうほとんど治ってるぞ」

本当に心配なのは心の調子の方だ、今日上機嫌のまま別れられても明日は不安定になってまた泣き喚くかもしれない。

(わたくしと違ってみなさんはセイカ様が大好き~って訳じゃないので、泣きながら喚き散らしてるの見たらドン引きしちゃうと思うんですよな。第一印象がそれってのはちょっとアレですし……)

他の彼氏達のようにセイカにも俺の彼氏達と仲良くなって欲しい。そのためにはまずセイカと相性の良さそうな者から連れてくるべきだろう。ちゃんとセイカと話してもらうためにも、シュカとリュウのように延々と二人で喋り続けられる組み合わせはよくない。悩むな。

「大丈夫ならいいんだ、とりあえず明日二~三人連れてくるよ」

提案者のネザメは外せない、外したらミフユに叱られる。ハルは結果的に引いてくれたから明日連れて行かなくても怒りはしないだろう。

「……ちなみにギャルっぽい子と元ヤンと関西弁の子ならどの子がいい?」

「ギャル……クラスに一人は居るボス猿女みたいなヤツか? ならやだな。元ヤンはもっと嫌だ、怖い。関西弁? だけ性格分かんないんだけど」

「大阪の子。優しくて明るい、ドMないい子だよ。ちなみにハルはボス猿系じゃないよ、オタクに優しいギャルに近いと思う」

「ふーん……他は?」

「ガタイがいいけど結構オタクな人、色々こじらせてる子、めちゃくちゃ声小さくて大人しい子」

「…………なんでお前普通のヤツ口説いてねぇの?」

個性的な方が魅力的だから、としか言いようがない。実際に会ったことのないセイカにとってはその個性も話しにくさにしか思えないようだが。

「……六人か。あと四人だよな、もう全員説明してくれよ」

「一人は遠距離だから来れない。後は、明日会いたいから今日聞いてきてくれって言ってた人だから多分来ると思う、もう一人はその人にいつもくっついてるから来ると思う」

「絶対来るヤツも居んのね。あと一人は?」

「弟」

「お前……弟にまで手ぇ出してんのかよ」

ドン引き顔のお手本のような顔のセイカに「俺に似て美人過ぎたから口説かざるを得なかった」と慌てて説明したが、ドン引き顔はなかなか元に戻らなかった。

「まぁお前が誰に手ぇ出してようが別に関係ないしどうでもいいや……絶対来るヤツらはどんな感じ?」

「えっとな……ちょっと天然入ってる、頭のいい落ち着いた人。いい家の人で、近侍って言ってたかな、仕えてる子が居て、その子も来る。その人守るために気ぃ張ってるから性格キツく見えるかも、でも本当はいい子だから」

「ふぅん……? そんな時代錯誤な家あるんだな」

絶対に来るのなら何を言っても仕方ないと思っているのか、会ってみたいとも会いたくないとも言わなかった。

「……弟って俺助けてくれたヤツだよな? ソイツには会いたいかも」

「分かった、じゃあ明日は四人で来るよ。今日は二人でゆっくり過ごそう、何の話したい?」

セイカは可愛らしいジト目を僅かに見開く。

「今日はセックスしないのか?」

少し意外そうにしているだけの何気ない表情のまま「セックス」と声に出したセイカに萌え、心臓が縮んだような感覚を覚えた。
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