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おまけ

おまけ 開業! うさパーク

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※カンナパパ視点。623~627話の裏、牧場に行っていたカンナとリュウの話。




ようやくやってきた休日に、俺は息子を近所に新しく出来た小さな牧場に連れて行ってやることにした。整形費用を貯めるために節約に節約を重ねてきたが、高校に入ってすぐ傷跡フェチの彼氏を作ったカンナは整形しないと言い出した。また気が変わった時のために貯金はしておくが、少しは使ってもいいだろう。

「ぷぅ太連れてっていいの?」

「あぁ、ウサギ専用のドッグランみたいなとこがあるんだ」

カミアがカンナに与えた友人、白ウサギのぷぅ太はとても活発なウサギだ。カンナの部屋を走り回り、運動が足りないと地団駄を踏んで抗議し、物干し竿があるだけの狭い庭に出してやった時なんて目で追うのがやっとな程にはしゃいでいた。
うさんぽなるものを知った俺はウサギ用ハーネスと鞄を買い与えた、近所の公園で十分だと思っていたのだ。しかしそこは多くの犬の散歩コースで、狼の形をした大型犬を見たカンナは半泣きで帰りたがり、下調べが足りなかった自分を恥じた。

「やったねぷぅ太、おさんぽできるね」

久しぶりに付けるハーネスを嫌がらないか、大人しく鞄に入っていられるか、カンナは早速お出かけの練習を始めた。本当に可愛らしい子だ、自慢の息子だ。日曜日は親子水入らずで楽しもう──と、思っていたのに。

「お父さん、日曜日友達一緒に行っていい?」

「えっ……ぁー……みぃくんか?」

みぃくん、鳴雷 水月くん。傷跡フェチのゲイでカンナにぞっこんのとてつもないイケメンくん。美し過ぎる見た目に反して気弱な彼が親同伴デートを望むとは……いやアイツ結構遠慮なかったな、俺の前で平気でカンナとイチャついて……思い出したら腹立ってきた。

「み、みぃ……くん、か、彼氏……だもん。友達……別の子」

「え……」

カンナに友達が出来ただと? 彼氏が出来ただけでも二度と起こり得ないだろう奇跡だったのに……赤飯炊いた方がいいのかな。

「みぃ、く……も、誘った、けど……よーじ、ある……て」

カンナは初めから親子水入らずで楽しむ気ゼロだったのか、お父さん寂しい。

「そ、そうか……うん、いいぞ。どんな子なんだ?」

今まで孤独だったカンナが友達を連れてきてもいいかと聞いてきたのだ、俺が寂しいからと却下するなんて父親どころか人としてダメだろう。

「どんな……」

「あー、名前は?」

「天くん」

「へぇ……」

彼氏の名前も直接本人から聞くまで「みぃくん」としか知らなかった、カンナはそういうところがある。そういうとこが可愛いんだけどな! ちゃんと分かってるんだろうな鳴雷 水月!

「明るい子か?」

「うん」

「えーっと……得意教科は?」

「数学。天くんすごいんだよ、中間も期末も数学ずっと百点なの」

「へぇー、すごいな」

偏差値の高い十二薔薇でそんな好成績を残すなんて、かなりのガリ勉くんと見た。

「その子はカンナの火傷のこと知ってるのか?」

「知ってるけど見せてはないよ」

理系で頭のいい子なら中学校に居たようなバカ共のようにカンナをからかわず、普通に接してくれるかもしれない。好感度が高くなってきたぞ天くんとやら、多分黒髪メガネっ子だな。

「ここは……みーくんだけに見せるの。カンナの大事なとこなの」

カンナはカツラを両手で押さえて顔を真っ赤にしている。あのド変態カンナに何しやがった、傷跡をコンプレックスに思わなくなって最近カンナが明るくなったのには感謝しているが、それとこれとは話が別だ。




来たる日曜日、俺は愕然とした。

「おはようございますー、天正 竜潜言います。よろしゅうお願いしますー」

黒髪メガネっ子のガリ勉くんが来ると思っていたのに、実際やってきたのはバカっぽい眉の薄い金髪……どう見ても不良じゃねぇか! しかも関西弁の!

「お、おはよう……カンナの父だ、今日はよろしくな」

いやいや、見た目で判断するのはよくない。俺が想像していたのは努力が得意な秀才、本当の天才というのは見て分からないものなのかもしれない。

「……天正くんは数学が得意なそうだね」

「はぁ、まぁいっちゃん得意な教科ですわ。一応数学の特待生で入れてもろてますし」

スポーツ以外にも特待生ってあるんだ……

「ふ、ふぅん……? じゃあ一つ問題を出してもいいかな? 何、試すわけじゃないんだが」

「ええですよ」

「よし、じゃあ……つがいって分かるか? 動物のオスメスのカップルだ。一つがいのウサギは産まれて二ヶ月後から毎月必ず一つがいのウサギを産むとする。ウサギは死なないとする。これが条件だ」

「しぐ……カンナさんウサギ飼ってるらしいですねー」

「あ、あぁうん、ぷぅ太だ、可愛いぞ。後で撫でさせてもらうといい」

ちゃんと聞いていたのかな?

「で、今ここに産まれたばかりの一つがいのウサギが居るとする。二年後! ウサギは何つがいになっているでしょう」

これは有名な問題だ。レオナルド・フィボナッチのウサギの問題……本などに載っているのは一年後の数を聞くもの。有名な問題だから答えまで記憶しているかもしれない、だから俺はあえて二年後を聞いた──

「75025、です」

「早くなぁい?」

──のだが、瞬殺だった。昨日電卓片手に頑張って計算したのに。

「フィボナッチ数ですやん、簡単ですわ。もうちょい難しゅうしてくれてもええですよ」

次の問題を要求しているキラキラとした目に見られるうち、彼を試そうとした自分が酷く恥ずかしくなった。

「あー……そろそろ出発するから車乗っててくれ。カンナ呼んでくるよ」

後部座席にカンナと天正くんを乗せ、発進に手間取るフリをして彼らの様子を見守る。

「しぐ~、おはようさん」

「天くん、おはよ。見て、ぷぅ太」

「はぁー、真っ白やなぁ。目ぇクリクリでかぁいらしぃやん、飼い主似ちゃう? 俺は見てへんから知らんけど水月がしぐの目よぉ褒めとんで」

アイツとも仲良いのか。まぁそりゃそうだよな、カンナが自分で友達を作れるとは思えない。

「出発するぞー」

はーい、と緩くて明るい返事が重なる。なんだ、不良っぽい見た目に反していい子そうじゃないか。

『おはようございます、午前のニュースを……』

「おはようございますー」

ラジオにまで返事してる、間違いなくいい子だ。



車で二十分程の郊外、小さな牧場に到着。ヤギ五頭、ヒツジ二頭、ミニブタ二匹、ニワトリ三羽、ウサギ二羽、牧場の動物はそれだけだがウサギ用の広場があることでウサギ飼い達が集まり、開業したての今は特にウサギが多い。

「ほー、賑わっとるやん」

「…………ぅん」

案外と人が多い、カンナは怯えてぷぅ太が入った鞄を抱き締めている。不安がるカンナを俺が宥めるのは簡単だが、ここは天正くんの力を見てみようじゃないか。彼氏のアイツほどカンナを守る能力は必要ではないが、ここでカンナの不安に気付けないようでは俺は真の友人とは認めないぞ。

「しぐ人多いん苦手やったっけ、あっち人居らんで。あっこから回ろか」

「ぅん……」

なかなかやるな天正くん、合格だ。

「今日暑いけどぷぅ太くんそないなとこ詰めとって大丈夫なん?」

「うん。手、入れてみて」

「ん……? お、中涼しいやん。どないなっとるんこれ」

「ファン付いててね、二重底のとこに保冷剤入れるとクーラーみたいになるの」

「ファン……これ? えらい静かやなー。ええもんやなぁ」

ペット運搬用空調完備バッグは俺の食費半年分を優に超える値段なのだ、いい物でなきゃ困る。

「ぶたさん……」

空いていたのはミニブタの小屋だった。どうやらエサやり体験の時間が終わった直後のようだ。

「ちっこいのぉ」

ミニブタ達はまだ子供らしく、中型犬程度の大きさだ。懐っこく寄ってきて可愛らしい。

「みにぶた、だって」

床に膝をついてミニブタと触れ合っているカンナはもっと可愛い。撮っておこう。

「ほーん……食うとこあらへんなぁ」

なんてこと言うんだコイツ。ミニブタは愛玩用に改良された品種だぞ。

「可愛い……ぁ、みぃくん写真送ってって。天くん撮って」

「ん。可愛い顔しぃや」

スマホを天正くんに渡したカンナはミニブタを抱き上げて微笑んだ。俺の息子は世界一可愛い。

「……ん、ブタもええ顔しとるわ」

「見せて」

「こんな可愛いブタ見てもうたら次からなんぼブタブタ言われても褒め言葉に聞こえてまうなぁ」

え、何……天正くんイジメられっ子?

「天くんのも撮る」

「俺のんも?」

「うん、ぶたさん抱っこして」

「ほーい」

膝によじ登ってきていたミニブタを抱き上げ、カンナのスマホの方を向いて満面の笑みでピースをした。カンナにもあれくらいのサービス精神があれば俺の息子フォルダがもっと輝くのだが。

「ひつじさん見たい」

「次行こか」

ヒツジは小屋の中には入れないようだ。柵の外側から餌をやったり撫でたりするだけらしい。

「ヒツジはエサやりの時間決まってないんだな。ヒツジ用のせんべいあげられるらしいぞ、やってみるか?」

「うん」

ぷぅ太入りの鞄を俺に託したカンナにヒツジのおやつを渡す。ちょこちょこと小股で柵に寄っていく様がたまらなく可愛い……と思っていたら俺の隣で天正くんがそんなカンナの様子を動画撮影しているではないか。後で送ってもらおう。

「ひつじさん……おせんべ……」

傍に居たヒツジにカンナがせんべいを与えていると、少し離れたところに居たヒツジがそのヒツジを頭突きで押しのけた。

「……なるほどな、中で触れ合えない理由はアレか」

「結構な威力でしたね、人間すっ転んでまうんとちゃいます?」

「背の高さ的に足を掬われるものな」

特にトロいカンナには危険だ、柵の内側に入れなくてよかった。羊の思わぬ危険性などカンナは気に留めず、平等にせんべいを与えながらヒツジを撫でていた。

「ごわごわ……」

「ふわふわしとらんの? ほんまやごわごわや」

「ぅん……ぁ、毛の奥、手、突っ込むと……ふわふわ」

「ほんまや。っちゅうか中熱いわ、暑ないんやろか」

いつの間にか天正くんもヒツジを撫でている。実を言うと俺は動物があまり得意ではない、撮影係に徹するとしよう。



次はヤギ小屋だ。

「ここヤギレンタルやってるらしいぞ」

「ヤギ借りて何しますのん?」

「庭の雑草を食べてもらうとかそういうのらしい」

「ほーん……餌代浮くしええ商売かもしれまへんなぁ。あんま客居らなさそぉやけど」

ここに居るヤギ達はカンナの膝辺りに頭が来る小さなものばかりだ。ヤギも頭突きをするらしいが、こちらは柵の中に入れる。先程のヒツジほど大きくなく、突進と言うよりは前足を上げての落下攻撃が主だからだろう……と柵の中を観察しながら予想してみた。

「ヤギさん可愛い……まっしろ、ふわふわ」

カンナは柵の中で屈んでヤギと戯れている。膝に前足を乗せたヤギを可愛がっている間に背後のヤギにシャツを咀嚼されているが、可愛いのでもう少し言わずに撮っておこう。

「しぐ、シャツしがまれとんで」

「……? ぁ……! た、食べないで……」

「……可愛ええのぉしぐは。水月がしょっちゅう抱きついてハァハァ言うとるんもしゃあないわ」

そんなことしてるのかあのド変態、今度会ったらただじゃおかないぞ。っていうか天正くんもカンナが可愛いと思っていたんだな……なかなか分かってるじゃないか!

「せやしぐ、知っとるか。ヤギて目ぇ長方形やん」

「黒目? うん……タコみたい。かわいい」

「地面と水平に回るらしいで、下向いとるヤツの目ぇ見てみぃ」

カンナが突然キョロキョロし始めた。床に落ちている草を食べようとしているヤギを見つけると、傍に寄ってその顔を見ようと身体を丸めて頭を下げ、ヤギに背中に乗られてしまった。

「どや? 水平なっとるやろ」

「ぅん、不思議……それより天くん、立てない」

天正くんがカンナの背中に乗ったヤギを抱き上げて床に下ろす。カンナが正座の姿勢に戻った直後、一匹の子ヤギがカンナの肩に飛び乗り、頭に登った。

「ぁあぁぁ……」

カンナは情けない声を上げてカツラを押さえる。

「よぉ跳ぶなぁ。しぐ、はよ立ち」

また天正くんがヤギを下ろし、カンナはため息をつきながら立ち上がった。

「びっ……く…………し、た」

「お、いつものしぐや。今日は声出とったんに」

「……ぼく、いつも、こんな感じ。みぃくん、とか、知らない人……居ると、恥ずかしくて、話せなく……なっちゃう、けど」

「せやったっけ……学校やとしぐいっつも水月の傍居るから分からんかったわ。そう思たら貴重なんやね今日って」

ぱんぱんとズボンに付いた草クズなどのゴミを払い、カンナと天正くんが柵の中から出てきた。

「次……とりさん」

「鶏やったら学校に居るやん、俺エサやりやっとってんで。夏休みも何回か行かなあかん……面倒臭いわぁ」

天正くんは飼育係なのか? 意外だな。

「カンナ、鶏には気を付けるんだぞ。父さんは小学生の頃学校で飼っていた鶏に手をズタボロにされた」

と脅して注意喚起をしたが、幼い日の凶暴な鶏の記憶は何だったのか、ここに居る鶏はとても大人しく人懐っこくカンナの膝の上に座った。

「学校のんより大人しいやん、可愛げあるわぁ。丸々肥えて美味そうやし」

なんでコイツちょくちょく生きて動いている動物を食い物として見るんだ?

「学校居るんチャボやん、白いの見たん俺初めて……ぁー、いや、実家の神社に昔住み着いとったような……どやったっけ。よぉ覚えてへん」

神社の子なのか、なら尚更動物を食い物扱いしちゃダメだろ。

「ふわふわ……」

「せやねぇ、羽毛はええなぁ」

「…………抜け毛落ちてる」

「抜け毛っちゅうか抜け羽っちゅうか……んひゃっ!?」

突然の甲高い声に驚いてよく見てみれば、カンナが拾った鶏の羽根で天正くんの耳をくすぐっていた。あんな茶目っ気がカンナにまだあったとは……

「もぉ~……何するんな」

耳を手のひらで擦った天正くんに笑顔を返したカンナの手にはまだ羽根がある。カンナは音を立てずにゆっくりと立ち上がり、鶏に視線を戻していた天正くんのうなじに羽根をつぅっと滑らせた。

「ひぁっ……!? な、なんやのもぉ……やめてぇな」

イタズラっ子な姿なんて何年ぶりに見ただろう。昔は……化け物になる前は、よくカミアを、当時のカンナを、双子の弟を、からかって遊んでいた。

「し、しぐ……? なにぃ……なんやの。わっ……!」

カンナはしゃがんでいた天正くんの肩に体重をかけて尻もちをつかせると、彼の首に左腕を巻き付けて頭を固定し、右手に持った羽根で耳をくすぐった。

「ひぁあぁああっ……!? ゃ、やめっ、しぐぅっ!?」

「……何?」

「こしょばすんやめっ、んぁっ、ゃ、あかんてほんまぁっ! ひぃっ……!? キツいてぇっ、堪忍してぇっ、ややぁっ、ほんまにあかんねんってぇっ!」

俺は慌てて撮影をやめて柵の中に入り、カンナの手首を掴んで引っ張り、羽根を取り上げた。

「やめなさいカンナ! やり過ぎだ! 天正くん大丈夫か?」

天正くんはぺたんと座り込んだままはぁはぁと荒い呼吸を続け、両手で股間を強く押さえている。

「ま、まさか……漏らしちゃったか?」

「……ギリセーフですわ」

「本当か? ごめんなカンナが……カンナ、お前も謝りなさい」

「…………ごめんね? 天くん……」

「ええよええよ、腰抜けてもうたからちょい待ってな…………萎えるまで」

笑顔で許してくれた。本当にいい子だ、見た目だけで不良だと断定してしまった初見時の俺をタイムスリップして殴りたい。

「……カンナ、多少のイタズラは可愛げがあるが、やり過ぎは絶対ダメだぞ。天正くんが優しい子だからよかったものの……あそこまでやったら逆ギレする子も少なくないとお父さん思うな」

「うん」

「聞いてた……?」

生返事の息子を疑いつつ、天正くんが立ち上がれるようになるのを待ってウサギ小屋へと移動した。

「ウサギ……! かわ、ぃ……」

二羽のウサギはそれぞれ白と黒のぶち柄と、腹側は白い茶色。真っ白なぷぅ太とは違い、カンナに新鮮味を与えたようだ。

「見て見て天くんっ、パンダさんみたい」

「おー……饒舌やのぉ」

以前アイツが家に来た時、カンナの声は酷く小さくなり、また普段以上に無口になっていた。後から聞くと「みぃくんがカッコ良すぎて普通に話せない」と言っていた、それは今でも変わらないのか、学校ではあの時の話し方になっているらしく、はしゃぐカンナを天正くんは物珍しそうな顔で眺めている。

「あんまし他のウサギ構っとったらぷぅ太くん嫉妬するんちゃう?」

「だって可愛くて……見て、お鼻ひくひくしてるぅ……かわいい~」

「……水月にもそんくらい話したったら水月めっさ喜ぶ思うで」

「ぇ……ぁ、う……したい、けど……恥ず、か、しぃ……」

「いつものしぐになってもぉた。付き合って何ヶ月やの、いい加減慣れてもええやろに……そら水月も猫可愛がりするわ。男っちゅうんは初々しいんが好きな生きもんやからなぁ」

やり過ぎなほどのイタズラっ子っぷりはどこへやら、カンナは顔を真っ赤にして俯いている。俺の息子超可愛い。

「……カンナ! うさんぽ広場空いてきたぞ。そろそろ行かないか」

久々の外なのに鞄から出してもらえないぷぅ太は不貞寝してしまっている。三人で広場に行き、隅っこで鞄を開けてぐっすり眠っているぷぅ太を引っ張り出した。

「ウサギてもっと警戒心強いもんちゃうん、されるがままやん」

「……人、やだって……言ってないで、もっと早く……散歩、させたげればよかったかな」

「そない落ち込みなや、ペットは飼い主に似る言うしぷぅ太くんもウサ見知りするかもしれんで」

カンナの膝から牧草の上へと降ろされたぷぅ太は寝ながらも鼻をヒクヒクと動かし、足をバタバタ揺らした。

「……っ、お父さん紐っ……!」

立ち上がったぷぅ太が走り出す。俺は慌ててカンナにリードを掴ませた。しゃがんでいてすぐに立ち上がれなかったカンナにリードを掴まれているぷぅ太はハーネスに疾駆を止められてリードをピンと伸ばした。

「ま、待って」

カンナが立ち上がって走り出し、リードに余裕が出来るとぷぅ太もまた走り出す。

「いい運動になりそうだな。カンナ、最近全然身体動かしてないからなぁ……運動神経自体はいいはずなんだが。体育とかどうだ? カンナは鈍くないか?」

「オブラートに包まんと言いますとどんくっさいですなぁ」

「そうか……」

「プールとか参加出来てまへんし、柔道もあんまちゃんとやってまへんから……ぁ、二学期の体育祭で創作ダンスやるんですけど、それの練習はしぐ……カンナさん、ダンス上手ぁてカッコええとこ見せてもらいましたわ」

「……そっか」

火傷を負ったことは話したとカンナに聞いたが、カミアと双子であることは天正くんも知っているのだろうか。ちゃんとそこも聞いておけばよかったな。

「なぁ天正くん、水月くんは……カンナを泣かせたりしていないか?」

「水月……? あぁ、お父さん付き合ってるん知ってはるんですよね。泣かせたりは……俺の知るところではありませんわ。見てるこっちが胸焼けしてまうくらいラブラブですわ」

「……それはそれで腹立たしいな」

「複雑な親心っちゅうヤツですなぁ、せやけど水月はええ男やさかい、カンナさんを不幸にしてまう心配はない思います」

「…………そうか。友人の君から見てそうなら、そうなんだろうな。君は人を見る目がありそうだし」

最初は馴染めなさそうだと思っていた関西弁の独特な抑揚が今は心地いい。彼の言葉は胸にするんと入ってきた。

「……はい! 水月もカンナさんも俺の大事な、大好きな友達です」

「君みたいないい子がカンナの友達になってくれてよかったよ、これからもカンナを……俺の将来の息子も、よろしく頼む」

ちょうど広場を一周したカンナが息を切らして帰ってきた。顔の放熱が上手くいかない髪型をしている彼の顔は真っ赤で汗だくだ。

「はぁっ、はぁっ……てんっ、くん…………交代っ」

「おかえりー。えらい暑そうやなぁ、ちょっと待ち」

受け取ったリードを手首に巻いた天正くんは肩にかけていた高校生男子には不釣り合いなトートバッグを開き、取り出した保冷剤らしきものを拳でパンっと叩いた。瞬間冷却のそれは途端に冷気を放ち始める。続けてバッグから無地のタオルを引っ張り出し、保冷剤を包み、カンナの首に巻いた。

「ちょっとは涼しいやろ、汗拭いとき。この湿度で無風じゃ気化熱は期待出来ん」

「ぁ……あり、がと……天くん」

「塩飴も舐めとき、汗かいた時には塩分も必要やで。これそないしょっぱないヤツやから」

「ん……ありふぁと」

「ぷぅ太はまだ走らせて平気なん? 水分補給とか暑さとか」

「……水はやっとくか」

ぷぅ太はまだ走りたそうにしている、というか天正くんの周りをぐるぐる回って彼の足をリードで拘束している。



本人、いや本ウサは必要とは思っていないだろう休憩を終えたぷぅ太がまた走り出す。ぷぅ太はリードを握っているのが飼い主でなくても気にしていない様子だ。

「……涼しいか? カンナ」

「ぅん」

「…………いい子だな、天正くん。お父さん安心したよ、反省もした。お前はもう一人でもしっかり立てるな」

「……一人は、やだ」

「あぁ……そうだな、彼氏や友達が居るんだものな」

問題なく自立していけそうだという意味で言ったのだが、と笑う。同時にカンナの巣立ちの日を近く感じて寂しくも思う。


あの日、異常者に執着され大火傷を負ったカミアを……後のカンナを見て、俺は後悔した。変な手紙が届いていたのに警備を強化させなかったことを、売れない顔になったからと我が子を罵るような女を伴侶に選んでしまったことを。
選択を間違え続けた自分を、カンナ達が望んだ訳でもないのに可愛い双子だから売れるんじゃないかとアイドルをやらせた自分を、蔑んだ。

鳴雷 水月が来たあの日、悔しかった。醜く痛々しいケロイドの肌を、眉も睫毛も失ったグロテスクな顔を、俺は一度も直視してこなかった。ホラー映画のゾンビのように成り果てたカンナを真っ直ぐに見つめて愛するあのド変態が妬ましかった。

息子の素顔に吐き気を催す自分の情けなさが、心ない人間から庇って隠して守るだけで父親ぶっている自分の浅ましさが、光り輝くようなあの異常なまでに美しい男に照らし出された。

俺がアイツを尊敬しつつも毛嫌いしているのはアイツに自分の醜さを思い知らされるからだ、父親が我が子の恋人を嫌うのは当然なんて風潮に甘えて、そのフリをしているだけだ。


深いため息をついているとカンナに服の端っこを掴まれた。

「お父さん……? 疲れた……?」

「……いいや、大丈夫だよ。休憩が終わったなら天正くんと一緒に遊んでおいで」

そう言いながら天正くんの方へと視線を移す。彼は走り飽きて牧草を貪っているぷぅ太の傍で屈み、他の女性客が連れているロップイヤーのウサギを撫でていた。

「わぁー! お姉さんとこのウサちゃん耳垂れとるんですね、可愛ええわぁ」

その他にも仲良くなった客が居るらしく、立ち上がって談笑したり他のウサギを撫でたり、すっかりウサギ飼いのコミュニティに溶け込んでいる様子だった。

「この子目ぇパッチリ~、お兄さんとこのウサちゃんですか? 美人さんやわぁ。ウサギ界のトップアイドルやね」

会話の中心になっているように見える。カンナがぽかんと口を開けている。

「この子ちっちゃあ~! えーこれこの子これで大人なん? 年積さんみたいやなぁ。あ年積さんは俺の先輩やねんけどね、140ちょっとしかないねん。せやのにえらい気ぃ強ぉてなぁ、見てたらこの子も活発そうやねぇ」

俺もいつの間にか口が開いてしまっていた。気付いてすぐに閉じ、本音を呟いて気待ちを落ち着けた。

「……なんだあのコミュ強」

「アメリカンファジーロップ……ネザーランドドワーフ…………か、わ……かわ、いい…………天くん……ぅ、羨ましい……ぼくも近くで見たい……撫でたい……」

「…………カンナも行ってきたらどうだ? 天正くんの友達なんだから触らせてもらえるかもしれないぞ」

「人、いっぱい……ストレスで死んじゃう……」

俺の可愛い息子はウサギよりも繊細なのかもしれない。

「電車も学校ももっと人がいっぱいいるだろう、いつも平気で通ってるじゃないか」

「その人達はっ、話しかけなきゃいけなくないもんっ……! 天くんに橋渡ししてもらってもっ、あの人達とは話さなきゃいけない……! 話しもしないようなのにっ、ウサギ触らせたり……ぼくならしないもん」

「どうしても勇気出ないか? そうか……じゃあ我慢するしかないなぁ」

先程は息子の巣立ちの日を近く感じたが、今は遠く感じる。情けなく悲しい話だが、俺はついつい安堵してしまった。
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