冴えないオタクでしたが高校デビューに成功したので男子校でハーレムを築こうと思います

ムーン

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矛盾する感情を殺して

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土曜日の朝、とても気分がよかった。こんなにも希望に満ち溢れた朝は生まれて初めてかもしれないと思った。

土曜日は高校が休みだから、鳴雷が朝から来てくれるんじゃないかと願望を抱いていた。週に二日の貴重な休みを潰すはずがないと自分を嘲笑する自分と、鳴雷は俺の彼氏なんだから休みを使うに決まっていると自信満々な自分が頭の中で言い争っていた。

面会時間が始まって、ずっとウキウキしていた。テディベアに「今日は鳴雷がいつもより長く居てくれるんだぞ」なんて話しかけていた。

昼食を食べた後くらいから焦り始めた。
やっぱり俺なんかのために休みを使うもんかと俺が俺を虐めた。
俺に依存させておいて裏切って精神的ダメージを与える復讐が目的だったんだと疑り深い俺が嘆いた。
鳴雷は俺にキスをした。俺に笑いかけてくれた。好きだと、大好きだと、愛してると、大事にすると、幸せにすると、言ってくれた。だから必ず来てくれると鳴雷を信じる俺は呑気に俺を説得した。

窓の外が暗くなり始めると、鳴雷を信じる俺が気弱になった。俺を虐める俺が高笑いをするようになった。疑り深い俺は「予想通りだ」とふんぞり返りながら泣いた。
もしかして鳴雷は事故に遭ってしまったんじゃないか? と、いつもの不安が顔を出した。その不安はむくむくと成長した。鳴雷が事故に遭っても俺に連絡が来るなんてありえないから、俺は退院した後我慢し切れずに鳴雷の家を訪ねて鳴雷の母に罵られながら彼の死を告げられるのだと妄想した。

鳴雷が事故で死んだという妄想はとてもリアルで、俺は形見のテディベアを抱いて泣き、過呼吸を起こした。
看護師に呼吸の仕方を教えてもらった後は、ずっと時計を眺めていた。面会時間が過ぎるまでずっと眺めていた。時計の針が進むカチコチという音が一つ鳴る度、俺の心臓に針が一本刺さっていくようだった。
鳴雷の見舞い一つで心がぐちゃぐちゃになってしまう自分が惨めだった。

面会時間が終わった瞬間、叫んだ。そこから先のことはよく覚えていない──



「──多分っ、なんか……薬、入れられた。鎮静剤とか、睡眠薬とか、そんな感じの…………今日の朝になるまで意識ハッキリしなくて、朝飯の後……あぁ、昨日鳴雷来なかったなーって……そ、そしたら勝手に、泣いてて……泣いてたらっ、鳴雷……鳴雷、来てくれた、鳴雷」

土曜日をどう過ごしたかゆっくりと詳しく教えてくれたセイカは、話終えると俺の胸に頭を擦り寄せて俺の名前を何度も呼んだ。

「うれしい、うれしい、鳴雷、うれしい、これが、嬉しいなんだな。鳴雷。来てくれて、嬉しい。嬉しいよ、俺嬉しい。鳴雷……よかった、生きてた、生きてて嬉しい、事故に遭ってなかったんだな、嬉しい、無事で嬉しい、鳴雷、鳴雷、鳴雷」

喜ばせられたのに、笑顔を見られたのに、俺はちっとも嬉しくない。

「鳴雷、鳴雷は俺のこと好きか?」

「……好きだよ」

「だよ、な? あぁ……疑ってごめんなさい、ごめんなさい、うぅん信じてた、信じてた俺も居た、両方あった」

矛盾した感情を持つのは人間ならよくあることだ。

「ごめん……昨日、来れなくて。実はさ……」

理由を今考えて話さなければ。客観的にも感情的にも納得出来る、来れなくて当然の理由を考えなければ。素直に忘れていたなんて言ったらセイカは傷付いてしまうから、嘘をつくのはいいことなんだ。今回の嘘は方便なんだ。

「いい。来てくれた……嬉しいから、昨日はもういい。今日だけでいい。嬉しい……こんな早い時間から来てくれた」

嘘もつかせてくれないのか。最低最悪の失態を犯した俺には相応しい罰だな。

「俺のこと大事に思ってくれてるんだ……! 鳴雷、鳴雷が、俺のことっ、本当に大事にしてくれてる……! 嬉しい、嬉しいよ鳴雷、鳴雷、嬉しい、誰かに大事にされるのなんて初めてだ、こんなに嬉しいんだな。ありがとう、教えてくれて。もう惨めじゃない、俺には鳴雷が居るんだ、鳴雷が……!」

俺はセイカを蔑ろにした。大事に出来ていなかったから昨日来なかったんだ。なのに、なんで、こんなに喜んでいるんだ?

「あ、あぁ……俺はセイカを、大事に思ってる……分かってくれて嬉しいよ。昨日は本当にごめんな……今日は時間ギリギリまでずっと居るよ、居させてくれ。居たいんだ」

俺はセイカに俺を虐めたことを償わせたいと思っていた。なのにどうして俺が償いのために夜まで病室で過ごそうとしているんだ?

「セイカ……愛してる」

腕の中で幸せそうにしているセイカを見ると、胸の奥底で憎悪が煮えたぎる。俺にあんなに酷いことをしたくせに何幸せそうにしてんだよと殴りたくなる。俺がされたことを全てやり返してやりたくなる。泣き顔が見たい。仕返しだからと受け入れられないくらいに痛めつけて「やめて」と乞う声が聞きたい。
同時に、死にたがっていたセイカが「嬉しい」と口にしたことが嬉しい。俺が生きる気力を湧かせたのだと俺の自己肯定感すら育ってしまう。このままずっと抱き締めて、怖くて酷い世の中から守ってあげたくなる。
俺はセイカ以上に矛盾している。

「……俺も。うん……俺も、愛してる……かな。告白された時はよく分かんなかったけど、今は好きって何なのか分かった気がする。鳴雷が居ると嬉しい、鳴雷に好きって言われると嬉しい、鳴雷が居ないと寂しくて怖い、鳴雷に嫌われたらって思ったら死にたくなる…………これが好きだよな?」

「うん、それが好きだよ。セイカも俺のこと好きになってくれたんだな……嬉しいよ、これで俺達ちゃんとした恋人同士になれたな」

俺を虐めたセイカと恋人? 吐き気がする。
俺の初恋だったセイカと恋人? 夢みたいだ。

「キスしないのか?」

「んー……唇の怪我また開いちゃったら嫌だから、ちょっとだけな」

「お前がしたいなら俺どうなったっていいけど」

「好きな人に痛い思いして欲しくないって思いの方が強いんだよ」

「…………大事にされてるぅ~……へへへへ、痛っ」

ゆるゆるの笑顔を見せたセイカの唇から血が垂れた。笑ったことで唇が伸びて傷が開いたようだ。

「大丈夫か? 今リップ出すから血舐めとけ」

「俺は……鳴雷が大事にしてくれた俺を……鳴雷が痛い思いして欲しくないって言った俺に…………ぅ、うぅ……おれは、おれ、おれなんかぁ……」

「特殊な落ち込み方だなぁ」

零れた血を舐め取り、血を溢れさせる傷口に舌を押し当てる。しょっぱい血の味が癖になりそうだ。
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