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打算のない感情なんて知らない
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手足を片方ずつ切断しなければならないほどの大怪我を負うような事故だから、その他の部位にも当然大きく深い傷がある。
「顔も……多分、右の耳から頬の辺りにデカい傷残ると思うんだよな。耳はちぎれかけてたらしいし……手足も耳みたいに繋いでくれりゃよかったのにな」
完治が確認出来るまで右耳には触らないようにしよう。
「全身縫い目あるし……あんまり綺麗とかじゃないと思う」
心の中でしか言えないが、スカーフェイスも欠損も俺にとっては萌え要素でしかない。
「あのさ、鳴雷……お前に前言われた通り、俺は鳴雷に償うために生きる。そう決めたけど、なんか……俺ばっか尽くしてもらってる気がする。このクマとか……」
「俺がしたいからしてるんだよ、退院するまでは何かしろとか言わないって言ったろ?」
「怖い……お前が居なきゃダメなようにさせて、急に来なくなって……お、おれ、俺に、復讐する気じゃ、ない……よな? このクマもっ、俺にずっと意識させるためとか……」
「…………好きなんだよ、疑わないでくれ」
眉尻を下げてセイカを見つめると、彼は左手で俺にしがみついて身体を小さく丸め、呻くように泣き出した。下手くそな呼吸の仕方から彼がまだ泣き慣れていないことが分かる。
「ご、ごめ、ごめんなさい、ぅ、うたがっ、ぁ、おれっ、ぉ、わかんなっ……ぜ、ぜんぶ、ぜんぶこわくて」
「うん、ゆっくり息して、俺の声に合わせて……吸ってー」
「……っ」
ヒュッ、と苦しそうな音。
「吐いてー」
「はっ、はぁっ、はっ……」
途切れて震えた、弱々しい音。
その後しばらく俺はセイカを抱き締めたまま呼吸の仕方を教えてやり、彼が一人で呼吸出来るようになるまで彼が余計な勘ぐりをしないよう声の調子を変えなかった。
「……落ち着いたか? よしよし」
「お、おれ……めんどう…………」
面倒臭いのも鬱陶しいのも俺にとっては萌え要素でしかない。でも、そういうところも好きなんだと正直に伝えても、セイカはまた俺の気持ちを疑って怯えるだけだろう。
「………………な、鳴雷?」
存在そのものを愛されるのがそんなに不気味なのか? セイカと話しているだけで、顔を見るだけで癒されている、それが俺が求めている見返りだとどうして分からないんだ? 愛は打算の反対語じゃないのか?
愛され尽くされている実感が増して不安になるなんて、セイカの思考パターンは相変わらず理解し難い。
「……分かりやすく償わせて欲しいんだな?」
「欲しいっていうか……そうあるべきだから、そうじゃないのが……怖い。お前優しいからなぁ……退院するまでとか言っちゃってさ……で、でも、遠慮しなくていいんだ、殴ったって、何したって、俺は……そういうのされて当然のことしたんだから」
そんなに裁かれたいのか、俺は救いたいのに。
「……分かった。もう遠慮しない、気を遣わないよ。お前にやりたいことをやる。でも、俺には暴力振るう趣味はないんだよ、本当にダメなんだ、人を殴るとか……気分が悪くなる。だからそういうのはしない」
「そ、そっか……うん、何する……?」
上手く愛されてくれないセイカへの苛立ちを込めて、八つ当たりのように唇を重ねた。ボロボロの身体に痛みを与えないようゆっくりと押し倒し、唇の隙間に舌をねじ込んだ。
「ん、んっ……!?」
ぬるい口内に舌を侵入させた直後、セイカは咄嗟に右腕で俺を押した。しかしすぐに左手で俺の首に腕を回した。俺に償うべきだから、本当は嫌だけれどキスに応えているというところだろうか?
(……違う。私がしたいのはこんなキスじゃ……)
震える舌が舌に押し当てられる。ディープキスの経験も知識もさほどないようだが、舌を絡めるということだけ知っているのだろう。
「……っ、んん……」
やはりセイカの心の底からの同意が欲しい。しかし必死に尽くそうとしているセイカの拙い舌の動きをもう少し堪能したい。相反する思いを抱えてキスを続ける俺の舌に血の味が教えられた。
「……っ!? んっ……はぁ、セイカっ」
「な、鳴雷……ぇと、どうだった? 俺ちゃんと出来てたかな……自信ないんだけど」
不安げに俺を見つめるセイカの唇からは血が垂れていた。俺とのキスで塞がりかけていた唇の裂傷が開いてしまったようだ。
(治りかけの傷を開くなんて、わたくしはなんということを……!)
包帯に血が染み込まないうちにセイカの唇を舐め、血が止まるまで舌を押し当て続けた。血は鉄の味だなんて話をよく聞くが、今味わった血はしょっぱくてそこそこ美味かった。
「……何それ」
「リップ。塗ってやるから口ちょっと開け、ちょっとでいいぞ」
通学鞄から取り出したリップをセイカの唇に塗ってやった。白いリップに赤い跡がついてしまったので、自分の唇に擦り付けることでリップの価値を保った。
「唇の上下を擦るんだ。こうやって、んー……って」
「んー…………リップなんて初めて使った。スースーするな……あのさ、これ使ったってことは……その、俺の唇……あんまりよくなかった? ガサガサしてた……とか?」
実際、セイカの唇の状態はあまりよくなかった。セイカが美少年だという時点でキスは最高だったが。
「まぁ、そんなとこ。明日のキスに期待してるよ」
「うん……なんか気を付けることとかある?」
「リップを拭かない、唇を舐めない、かな」
「……分かった」
そろそろ面会時間が終わる。今日は泣かせずに済むだろうか。
「セイカ、そろそろ時間だ。俺帰らないと」
「えっ、もう? そんな……嫌だ、行かないで……ここに居てくれよ」
「そうしたいのは山々なんだけど、病院側の決まりだからさ……退院したらずっと一緒に居られるよ、だから早く怪我治そう。いっぱい食べていっぱい寝るんだ、なっ?」
セイカは返事をせず、テディベアを抱き締めてぐすぐすと鼻を鳴らして泣き出した。
「……ばいばい、セイカ」
「ばいばい……なるかみぃ……」
泣いてしまったけれど叫びはしなかったし、それほど引き止めてこなかったし、挨拶をしてくれた。セイカの精神状態は確実に良くなって来ていると言えるだろう。
「顔も……多分、右の耳から頬の辺りにデカい傷残ると思うんだよな。耳はちぎれかけてたらしいし……手足も耳みたいに繋いでくれりゃよかったのにな」
完治が確認出来るまで右耳には触らないようにしよう。
「全身縫い目あるし……あんまり綺麗とかじゃないと思う」
心の中でしか言えないが、スカーフェイスも欠損も俺にとっては萌え要素でしかない。
「あのさ、鳴雷……お前に前言われた通り、俺は鳴雷に償うために生きる。そう決めたけど、なんか……俺ばっか尽くしてもらってる気がする。このクマとか……」
「俺がしたいからしてるんだよ、退院するまでは何かしろとか言わないって言ったろ?」
「怖い……お前が居なきゃダメなようにさせて、急に来なくなって……お、おれ、俺に、復讐する気じゃ、ない……よな? このクマもっ、俺にずっと意識させるためとか……」
「…………好きなんだよ、疑わないでくれ」
眉尻を下げてセイカを見つめると、彼は左手で俺にしがみついて身体を小さく丸め、呻くように泣き出した。下手くそな呼吸の仕方から彼がまだ泣き慣れていないことが分かる。
「ご、ごめ、ごめんなさい、ぅ、うたがっ、ぁ、おれっ、ぉ、わかんなっ……ぜ、ぜんぶ、ぜんぶこわくて」
「うん、ゆっくり息して、俺の声に合わせて……吸ってー」
「……っ」
ヒュッ、と苦しそうな音。
「吐いてー」
「はっ、はぁっ、はっ……」
途切れて震えた、弱々しい音。
その後しばらく俺はセイカを抱き締めたまま呼吸の仕方を教えてやり、彼が一人で呼吸出来るようになるまで彼が余計な勘ぐりをしないよう声の調子を変えなかった。
「……落ち着いたか? よしよし」
「お、おれ……めんどう…………」
面倒臭いのも鬱陶しいのも俺にとっては萌え要素でしかない。でも、そういうところも好きなんだと正直に伝えても、セイカはまた俺の気持ちを疑って怯えるだけだろう。
「………………な、鳴雷?」
存在そのものを愛されるのがそんなに不気味なのか? セイカと話しているだけで、顔を見るだけで癒されている、それが俺が求めている見返りだとどうして分からないんだ? 愛は打算の反対語じゃないのか?
愛され尽くされている実感が増して不安になるなんて、セイカの思考パターンは相変わらず理解し難い。
「……分かりやすく償わせて欲しいんだな?」
「欲しいっていうか……そうあるべきだから、そうじゃないのが……怖い。お前優しいからなぁ……退院するまでとか言っちゃってさ……で、でも、遠慮しなくていいんだ、殴ったって、何したって、俺は……そういうのされて当然のことしたんだから」
そんなに裁かれたいのか、俺は救いたいのに。
「……分かった。もう遠慮しない、気を遣わないよ。お前にやりたいことをやる。でも、俺には暴力振るう趣味はないんだよ、本当にダメなんだ、人を殴るとか……気分が悪くなる。だからそういうのはしない」
「そ、そっか……うん、何する……?」
上手く愛されてくれないセイカへの苛立ちを込めて、八つ当たりのように唇を重ねた。ボロボロの身体に痛みを与えないようゆっくりと押し倒し、唇の隙間に舌をねじ込んだ。
「ん、んっ……!?」
ぬるい口内に舌を侵入させた直後、セイカは咄嗟に右腕で俺を押した。しかしすぐに左手で俺の首に腕を回した。俺に償うべきだから、本当は嫌だけれどキスに応えているというところだろうか?
(……違う。私がしたいのはこんなキスじゃ……)
震える舌が舌に押し当てられる。ディープキスの経験も知識もさほどないようだが、舌を絡めるということだけ知っているのだろう。
「……っ、んん……」
やはりセイカの心の底からの同意が欲しい。しかし必死に尽くそうとしているセイカの拙い舌の動きをもう少し堪能したい。相反する思いを抱えてキスを続ける俺の舌に血の味が教えられた。
「……っ!? んっ……はぁ、セイカっ」
「な、鳴雷……ぇと、どうだった? 俺ちゃんと出来てたかな……自信ないんだけど」
不安げに俺を見つめるセイカの唇からは血が垂れていた。俺とのキスで塞がりかけていた唇の裂傷が開いてしまったようだ。
(治りかけの傷を開くなんて、わたくしはなんということを……!)
包帯に血が染み込まないうちにセイカの唇を舐め、血が止まるまで舌を押し当て続けた。血は鉄の味だなんて話をよく聞くが、今味わった血はしょっぱくてそこそこ美味かった。
「……何それ」
「リップ。塗ってやるから口ちょっと開け、ちょっとでいいぞ」
通学鞄から取り出したリップをセイカの唇に塗ってやった。白いリップに赤い跡がついてしまったので、自分の唇に擦り付けることでリップの価値を保った。
「唇の上下を擦るんだ。こうやって、んー……って」
「んー…………リップなんて初めて使った。スースーするな……あのさ、これ使ったってことは……その、俺の唇……あんまりよくなかった? ガサガサしてた……とか?」
実際、セイカの唇の状態はあまりよくなかった。セイカが美少年だという時点でキスは最高だったが。
「まぁ、そんなとこ。明日のキスに期待してるよ」
「うん……なんか気を付けることとかある?」
「リップを拭かない、唇を舐めない、かな」
「……分かった」
そろそろ面会時間が終わる。今日は泣かせずに済むだろうか。
「セイカ、そろそろ時間だ。俺帰らないと」
「えっ、もう? そんな……嫌だ、行かないで……ここに居てくれよ」
「そうしたいのは山々なんだけど、病院側の決まりだからさ……退院したらずっと一緒に居られるよ、だから早く怪我治そう。いっぱい食べていっぱい寝るんだ、なっ?」
セイカは返事をせず、テディベアを抱き締めてぐすぐすと鼻を鳴らして泣き出した。
「……ばいばい、セイカ」
「ばいばい……なるかみぃ……」
泣いてしまったけれど叫びはしなかったし、それほど引き止めてこなかったし、挨拶をしてくれた。セイカの精神状態は確実に良くなって来ていると言えるだろう。
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