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新しい寝床と一面

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着替えなどの荷物と夕飯を持ってレイの自宅にアキを含めた三人でやってきた。

「Приятно……! 高い、です!」

「こらこらこらこら危ないぞ!?」

八階七号室──レイの部屋の前でアキは地上を見下ろすだけでは飽き足らず、鉄棒で前回りをする時のように手すりに身体を乗せようとした。慌てて引っ張り下ろし、部屋に連れ込む。アキの両肩を掴み、しっかりと目を合わせる。

「いいか、アキ。高いところ、登る、ダメ、絶対。分かったか?」

「……? 分かるするしたです」

「よし、晩飯の準備しよう」

買ってきたレトルトカレーを箱に書いてある通りに調理し、安定した美味しさを楽しんだ。

「……っ、はぁー! 美人見ながら飲む酒は格別っすねー」

「レイがお酒飲んでるの見ると脳がバグるんだよなぁ」

夕飯の後、風呂が湧くのを待つ間、レイはチューハイを飲み出した。態度のせいもあって歳下に見えるレイが酒を飲む姿には非合法性がある。

「ふふふふ……俺成人してるっすよ、せんぱいったらお上手なんすから」

「いや本当に」

「このめお酒飲むするです? 子供お酒飲むするダメです」

「あぁ、アキ。レイ、年、二十超えるしてるんだ」

アキは目を見開いて驚いている。やはりレイの幼さは俺だけが感じているものではないようだ。

「このめ、このめ、お酒、火つけるする欲しいです。お父さん、火つけるするしたです」

「お父さん酒に火つけてたんすか? だいぶ度数高いっすね~。チューハイじゃ無理だと思うっすよ」

「胸、髪、燃やすするです。面白いでした」

「胸、髪……? あ、胸毛っすね? お父さん胸毛燃やしたんすか!? 怖……絶対やらないっすよそんな飲み方、俺胸毛ないんすから胸直で燃えるじゃないっすか」

アキの両親の離婚の原因は父親の酒癖と浮気だと聞いていたが、身体を燃やすほどだとは予想していなかった。

「お父さんっすか~……俺はお父さん嫌いっす! 今どうしてるか知らないっすけど、惨めに死んでるといいっすねー! あははは!」

「酔ってるなぁ……アキに死ねとか教えないでくれ」

「アキくんアキくん、アキくんお父さん好きっすか?」

「お父さん痛いするです、だから好きちがうです」

レイは家との関係が良くなさそうだとは感じていたが、俺の想像以上に酷そうだ。今度愚痴を聞いてやろう……なんて考えていたらアキがとんでもない爆弾発言をしたではないか。

「痛い!? な、えっ……酒癖悪いって虐待レベルなのか!? ア、アキ……ちょっと待ってくれ、ちゃんと聞きたい」

俺は翻訳アプリを使って何があったのかアキに尋ねることにした。まずはどんな痛いことをされたのかだ。

《親父にやらされた訓練めちゃくちゃキツかったんだよー》
『父がくれた訓練はとても大変でした』

「……訓練?」

《軍隊式格闘術? っての?》
『陸軍格闘技? だったのかな?』

「…………あ、なんか格闘技習わされて、それがキツかったから好きじゃないって? なんだそのレベルの話か……びっくりした」

アキの強さの秘密も少し分かった気がした。俺は安心してスマホをポケットに戻し、アキの頭を撫でた。

《殴り過ぎ蹴り過ぎで手とか足の皮剥けたんだぜ。もちろん受ける練習もやったから全身ボコボコよ。顔も腹も容赦なく殴りやがってあのクソ親父》

「よしよし、大変だったなぁ。ふふふ……」

《殴られ過ぎて熱出たんだよ。もっと慰めろ兄貴ぃー、へへへ……》

愚痴を言っている様子のアキもまた可愛らしい。俺がアキを愛でている隙にレイが三本目に手を伸ばしたので慌てて止めた。

「飲み過ぎだ。今日はもう二本も空けただろ、お酒は一日一本!」

「ええぇえ!? 嫌っすよ! せんぱいはお酒飲めないからそんな無茶言うんす!」

「俺を置いて早死する気か!? 泣くぞ!」

「う……! ず、ずるいっすよ。そんなプロポーズ紛いのセリフ……!」

「にーに、お風呂出来るしたです」

戯れているうちに風呂が湧いたようだ。さて、レイの家の風呂をじっくりと堪能させてもらうとしよう。



堪能した。自分の家以外の風呂や寝床というのは奇妙な高揚感を与えるものだ。

「何とか三人寝れそうっすね。じゃ、おやすみなさいっす」

レイのベッドに三人で寝転がる。俺が真ん中で腕を広げ、二人に腕枕をする形だ。二人とも俺の胸辺りの服をきゅっと掴んでおり、とても可愛らしい。

「まさに両手に花だな。幸せだよ、おやすみ」

それぞれの頭を撫で、髪にキスをした時にはまだ俺知らなかった。いわゆるハネムーン症候群、正式名称を橈骨神経麻痺という、腕枕をしていたために腕が痺れるという現象を。

「痛ててて……両腕とも、ぁー、曲げるのすらキツい」

「そんなことなるんすか……腕枕しない方がいいっすね」

「嫌だ!」

「せんぱいが嫌がるんすか? あ、そういや朝ごはん買っとくの忘れてたっすね。せんぱいは行きに買ってってくださいっす、俺はアキくんと一緒に出前でも頼むっすから」

朝食以外の朝支度を済ませ、二人の美少年に見送られて部屋を出た。レイの家からの登校は当然初めてで、何だか新鮮に思えた。



途中のコンビニで買った菓子パンを食べながら何事もなく学校に辿り着き、昼食は購買で済ませた。しかし焼きそばパン一つでは食べ盛りの腹は満足しない。

「早く帰って何か食べたい……」

よりにもよって今日は放課後に見回りをする日だ。腹を鳴らしながら各候補者を回っていき、踏み台に乗った年積に敵意剥き出しの目で見られた。

「年積先輩、問題ありません。頑張ってください」

返事すらしてくれなかった。彼がネザメと付き合っているとしても、ただの片想いだとしても、彼が見たのはネザメと俺が挨拶を交わすところだけだろう? そんなに嫌わなくてもいいじゃないか。

「鳴雷くん」

「ネザメさん、今日の演説ももう切り上げたんですか?」

「今日は君が当番だって聞いたからね。二人きりの時間が長く欲しかったんだ」

「そう言っていただけるのは嬉しいですけど……落ちちゃいますよ?」

早速距離を詰めたネザメは俺の腰に腕を回し、俺の尻をゆっくりと撫で下ろした。もう片方の手は肩をさすっている。ボディタッチは嬉しいが、何故だか値踏みされているような気分になってしまう。

「選挙活動なんてね、大した意味はないんだよ。演説をわざわざ聞きに来てくれるような子はまず投票してくれるし、来ない子達は選挙当日の体育館での演説で十分引っ張れる」

「……何人か聞いて回って確かめる真面目な子も居るかもしれませんよ? あんまり短く切り上げ過ぎると票を入れてくれないかも」

「ふふふ……素直で可愛いね、鳴雷くん。実際の議員選挙だとかでもハッキリとその議員の主張を理解している人はそう多くはないのに、ごっこ遊びの生徒会選挙なんかで頑張ったって仕方がないのさ」

そういうものなのだとしても、俺の彼氏であるシュカの頑張りを見ているからかネザメに腹が立った。

「僕はねぇ、選挙なんて当日だけでいいと思うんだよ。一週間も期間を設けるのは無駄だと思ってる、でもま、その分君に会える口実が増えるのだから悪いことではないけれど」

「……俺は短くあって欲しかったですね、あなたのそういう賢さをあまり知りたくありませんでしたから、会話の時間は短い方が良かった」

「おや、気に障ったかい? 真面目なんだね、可愛い」

申し訳なさそうになんてせず、ネザメはくすくすと笑って俺の身体を撫で回し、俺を愛でた。

「僕は不真面目な訳ではないよ、力の出し所を見極めているだけさ、当日の演説は全力で行う。選挙当日、見直してくれることを願っているよ」

俺は不真面目さを非難した訳じゃない、愚直に努力するシュカや年積のほうが好感が持てると言うだけだ。ネザメのような賢さのある男ももちろん好きだ。

(お耽美なネザメ様には努力とかあんまり似合いませんしな)

ま、このまま好感度が下がったフリをしておけばネザメの方から積極的にアプローチしてくれるだろうから、訂正はしないが。これが恋の駆け引きか? 俺も上手くなってきたな。

「生徒会長になったら、君を僕のものにする」

「……俺の同意は?」

「してくれるだろう?」

流石は顔面強者、凄まじい自信だ。俺はもちろんと本心を答えることなく、さぁ? と曖昧な返事をしてみせた。
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