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選挙管理委員のお仕事

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選挙管理委員会の役員として俺に割り振られた仕事は、選挙活動が規約に則ったものかどうか見回ること。
選挙活動が許された場所以外で活動を行っていないか、華美な服装で目立とうとしていないか、物を配っていないか、そういったことを調べるのだ。ちなみに当番制のため、早朝登校は今日だけだ、明日は昼休みに見回り、明後日は放課後に見回りをする。

「ボタンはちゃんと第三まで留めてくださいね」

普段はボタンを一つも留めていなくても何も言われないくらい校則が緩いのだが、選挙活動中の立候補者はそうもいかない。

「学年、名前が分かりにくいので、ポスターなどを持つといいと思います」

注意だけでなくアドバイスも仕事のうちだ。

(さてお次は……おっほぅ! 狙っている年積ちゃんではあーりませんかぁ! ふほほっ、ちっこくてかわゆいゆいですなぁ)

次の候補者は副会長に立候補している年積としつみ 三冬みふゆだ。俺が今狙っている二年生の低身長男子だ。

「おはようございます、年積先輩」

カンナよりも背の低い彼に挨拶をすると、丸っこい猫のようなツリ目で上目遣い……じゃなくて、睨まれている。俺何かしたかな。

「おはよう、鳴雷一年生。朝からご苦労」

「いえ……ぁ、俺の名前知っててくれたんですね、嬉しいです」

「我々立候補者が選挙管理の者を把握していないなど無礼だろう」

硬い話し方をする子だな。おっと、先輩に「子」は失礼かな。しかし中学生どころか小学生でも通りそうなサイズと童顔の彼が声変わりもしていなさそうな声で堅苦しく話すのはなんだか、こう、ごっこ遊びをしている子供を見るような微笑ましい気分になってしまうな。

「ありがとうございます。場所、服装共に問題ありません」

「当然だ。貴様から見て改善点はないか?」

学年と名前、どの役職に立候補しているかは彼の背後のポスターで分かる。位置も悪くない。しかし彼自身が小さいからどうにも目立ちにくい気がする、言っていいのだろうか。

「えっと……」

「何かあるなら遠慮なく申せ」

「…………踏み台などを用いた方が、目立っていいかと……思います」

「……自分は小さく目立ちにくいと、そう言っているのか」

年積の『自分』は一人称だろうか、リュウが二人称に使っているからややこしいな。

「え、演説中にギャラリーがたくさん集まった時! 二列以上になってしまうと後ろの人が年積先輩を見づらいのでっ! 身長に関係なく踏み台は必要かと!」

「…………考えさせてもらう。ご苦労、次に行っていい」

機嫌は悪くなっていそうだが、怒られずに済んだ。しかし俺が望んでいた俺に惚れそうな運命的な出会いとは言い難いような……いや、低身長の彼に踏み台をアドバイスしたことで「チビに気を遣わないなんておもしれー女、いや男」的なコースがワンチャンあるかもしれない。

「はい。失礼します」

「あぁ、はやく……ひぁっ!? んっ、んん……!」

次へ向かうため年積に背を向けたその時、彼はエロい声、いや、甲高い声を上げた。

「せっ、先輩?」

「……っ、く…………なっ、なんでもない早く行け!」

「は、はいっ! 失礼します」

怒鳴られて慌てて背を向け、数メートル走る。なんだったのだろう、虫でも居たのだろうか、気になるが下手に食い下がっては好感度が下がりそうだし……仲良くなってから改めて聞こう。

(切り替えまそ。さてさてお次はこれまた狙っている紅葉サマでございますな、お耽美が過ぎるお方なのでついついサマ付けで呼んじゃいまそ)

次の候補者は生徒会長に立候補している紅葉もみじ 寝覚ねざめだ。

「おはようございます、紅葉先輩」

「おはよう、鳴雷くん……で、合っていたかな」

ポケットから手を出した紅葉は口元だけで優しく微笑んだ。眉や瞳の表情があまりないからこそ浮世離れした美しさを感じる、胡散臭さとも言う。

(すっげぇ美人ですなぁ、イケメンとか男前とかじゃなく、美人でそ。吹き替えがあったら裏切りそうな声ランキングトップ5から担当声優さん選ばれそうな感じの方ですな)

若干失礼な思考を外に漏らすことなく、俺も彼を真似て微笑んでみる。

「はい、ご存知だったとは光栄です」

「走っていたようだけど、ミフユに怒られてしまったのかな? ふふ……」

「え、えぇ……気に障ることを言ってしまったみたいで」

紅葉の活動場所は年積が見える位置にある、何となく気まずいな。

「気にしなくていいよ、あの子は気難しいところがあるから……特に歳下にはね。僕は歳下には優しく接するべきだと思っていて、それをミフユにも勧めているんだけどねぇ……」

紅葉の手が肩に置かれ、スルッと二の腕を撫でられた。突然のボディタッチに思考回路が一瞬止まる。

(……!?!!? 顔面強者にしか出来ない触り方でしたな)

自分の顔がいいと生まれた時から確信し続けていなくては出来ない行動だ。キモオタデブス期間を挟んだ俺には出来ない行動だ。

「えっと……場所、服装共に問題ありません。改善点も特にありません」

「ありがとう」

「はい、では……失礼します」

「待って、もう少しお話しよう。まだ生徒はほとんど登校してきていないし……君の見回りは僕で終わりだろう? 僕達は互いに暇を持っている、分かち合いたいな」

先輩だというのを無視しても、この美顔と態度には逆らえない。俺の方が顔面偏差値は上のはずなのに。

「……俺、面白い話なんて出来ませんよ?」

「構わないよ、僕もあまり自信がないから」

「…………では失礼して、しばらくここに居させてもらいますね」

紅葉はニコニコと微笑んでいて、その笑顔の深さを変える程度で、実質表情がないのと同じだ。腹の底が見えない。

「君のクラスの副委員長は副会長に立候補していたね」

「鳥待ですね、はい」

「僕は生徒会長に立候補しているから、通ったら彼に補佐をしてもらえるんだね。楽しみだよ。でも……」

紅葉が一歩俺に近付いたかと思えば、もう左手に触れられていた。手の甲をするりと優しく撫で、離し、紅葉はようやく眉を動かした。残念そうに下げたのだ。

「……君に補佐をしてもらえる未来を考えてしまったな。君は生徒会に興味はなかったのかい?」

「え、えぇ……俺、あまり成績良くなくて、勉強する時間これ以上削れるのはちょっと……バイトもありますし」

「おや……聡明そうな顔をしているけどねぇ」

紅葉の右手が頬に触れる。なんなんだこの人さっきから、誘ってるのか? 誘ってるんだな!?

「今度僕が勉強を見てあげるよ。ね、それがいい。きっと君はまだ実力を発揮出来てないだけだよ、僕が一から教えてあげるから安心するんだよ」

えっちな勉強を教えられそうだと思ってしまうのは俺の思考回路が腐りきっているからだろうか。

(めっちゃベタベタ触ってくるんですけどぉ! ふぉお、紅葉サマが美人でわたくしが紅葉サマを狙ってなきゃ許されませんぞこんなこと!)

社交辞令的に「ぜひ教えてください」と返すと、紅葉は口角を僅かに下げた。まるで手応えのなさを感じたような顔だった。

「……人通りが増えてきたね。そろそろお開きにしようか、君との会話は人気のない静かな時間でこそ価値があるような気がしているからね」

「はぁ……」

「また今度お話してくれると嬉しいな」

「……ぜひ。失礼します」

不思議な人だった。好感は持たれているようだが、落とせそうかと言うと微妙な感じだ。
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