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『慰め求む』

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病院からまた手を繋いで家に帰った。母も義母も家に居ない。アキ二人きりだ。

「出前頼むか。何食べたい?」

昼食は出前で済ませ、二人きりのうちにイチャつこうとアキを抱き締めると彼は不安そうに眉を顰めた。

「にーに、どうするしたです?」

「ん? あぁ、バストバンド気になるか。ちょっと骨にヒビが入っただけだよ。それよりせっかく二人きりなんだからさ……」

「ダメです! 骨怖いです、痛い痛いです、にーに大人しくする、いい思うです」

「……大丈夫だよ。ほら、フェラでも何でもしてあげるから」

「休むするです」

俺の腕の中から抜け出したアキは俺に毛布を被せた。肋骨にヒビが入ったんであって、風邪を引いたりした訳じゃないんだけどな。

「分かった分かった、休むよ」

眠くもないのにベッドに寝転がるとアキは満足そうに頷き、筋トレを始めた。腕立て伏せだろうか、俺は床に手のひらをつけるものしか知らないが、アキは床に拳をついている。なんか違うのかな……

(……あ、そうだ。表彰辞退する方法調べときませんと)

寝転がったままスマホを弄り、気になることを検索検索ゥ……辞退に特にこれといった手続きは必要なさそうだ。表彰すると連絡されたら嫌ですと丁寧に言えばいいだけだろう。

(意外と気楽なもんですな)

母に肋骨のヒビについて話す方が面倒臭そうだ。



予想通り面倒臭いことになった。帰宅した母に肋骨にヒビが入ったこととその理由について話すと、褒められるよりも前に怒られた。

「なんで病院に付き添わせただけでヒビ入れて帰ってくるのよ!」

「し、しかしわたくしは人命を救ったのでそ」

「どうせすぐまた似たようなことして死ぬわよ! ほっときゃよかったのに」

それが子を持つ親のセリフか?

「はぁ……もう、本当にいい子なのね、水月は。私は他の誰よりもあなたが一番大切だから、あなたが他人のために怪我をするなんて嫌なの。ごめんね、性格の悪いママで」

「いえいえ、心配してくれるのも、大切にしてくれるのも、愛してくだすっているのも、全部伝わってますし嬉しいでそ」

「…………虐められたんだから、ちょっとくらい人間不信になってもおかしくないのにね」

「ママ上の愛のおかげでそ~」

「……ふふふ、いい子ね、水月……本当にいい子」

虐められたんだから、か。確かにそうだな。ただ見た目や趣味を理由に虐められたならまだしも、俺を虐めたアイツは初めは俺に優しくしてくれていた、突然豹変したんだ、人を信じられなくなるのには十分な経験かもしれないな。
でもそうはならなかった。

《ユノぉ……俺、兄貴踏んじゃった。踏んで骨折っちゃった……ごめん》

《今水月から聞いたわよ。水月が滑り込んだせいなんだけど、それは水月がアンタが背中打っちゃうと思ったかららしいから……まぁ、事故よね、事故。水月のせいでもアキのせいでもないわ》

「…………にーにぃ、ごめんなさいです」

落ち込んだ様子で母と会話していたアキが不意に俺に謝った。

「えっ、いやいや、アキが謝ることじゃないよ。俺がアキのすごさを見誤ってたんだし」

《アキ……本当に飛び降りた人を三角飛びしてキャッチして着地したの?》

《兄貴の上にな》

《なんでそんなこと出来るのよ》

《…………鍛えてるから?》

「……私、三角飛びって生で見たことないのよね」

俺だって今日が初めてだ、大多数の人間がそうだろう。

「しっかし……これからちょっと忙しくなるわねぇ。水月の治療費は確実として……大好きなお兄ちゃんを踏まされたアキの精神的苦痛の分はキツいかしら」

「マ、ママ上? まさか訴える気ですか? やめて差し上げてくだされ、飛び降りるほど辛い方なのですよ」

「辛けりゃ私の息子に息子の肋骨折らせていいの?」

「その方の意思ではありませんし、ヒビですし」

「……そうね、患者が飛び降りて死にかけるなんて病院側の怠慢よねぇ?」

「悪い笑顔でそ……!」

俺が怪我をしなければ母に今日の出来事を報告しなくてもよかったし、請求させてしまうこともなかっただろう。本当に余計なことをしてしまったな……

「人の命救っといて全然ドヤる気になれないってどうなんでしょう」

俺を踏んだせいかアキも元気がないし、人が一人死ななかった以外いいことがない。いや、人命一つなら十二分にお釣りが来るな。



夕飯の後、部屋に戻った俺はアキによって安静に過ごさされていた。ベッドの上でスマホを弄るくらいしか許されないなんて、目の前で180度開脚を決めているアキに触れられないなんて、景色は天国なのに状況は地獄だ。

(放置プレイと思えばまぁ……お、返信来ましたぞ)

功績の割に気分が上がらないので彼氏達に褒めてもらおうとメッセージアプリのグループチャットで今日あった出来事を報告しておいた。その返信が今届き始めている。

『マジで人助けしちゃったの?』
『すごいじゃんみっつんお手柄~』

拍手するクマのスタンプと共に俺を褒めたのはハルだ。

『みーくんすごい』
『尊敬する』

土下座しているウサギのスタンプ。カンナは拝んでいるつもりで送ってきたのだろうか。

『えらいやん二人とも』
『水月は名誉の不詳やな』

誤字をしているメッセージはリュウのものだ。アキのことも褒めてくれて嬉しい。

『素晴らしいことですが私は褒めませんよ』
『彼氏ならともかく赤の他人のためにそこまでしないでいただきたい』
『私はあなたが怪我をするのは嫌なんです』

俺の心配を前面に押し出して来たのはシュカだ。こういうのも嬉しい。

『人助けなんて流石っすせんぱい!』
『身の回りのお世話は任せて欲しいっす!』

肋骨にヒビが入っただけだから世話なんて必要ないよと改めて言う。

『すごいじゃないか』
『警察か病院から謝礼でももらえるんじゃないか?』
『肋骨にヒビってバイトは大丈夫そうか?』

歌見のメッセージでバイトのことを思い出す。本屋での仕事は大抵腰を酷使する力仕事だ、肋骨に悪影響があるかは分からない。明日行ってから店長に相談してみよう。

『すごいねみーくん』
『今度会えたらよしよししてあげるね』

見慣れないウサギのアイコン……まさかカミアか? グループチャットに入ってすぐの自己紹介以来だな。

『しぐの弟じゃん珍しい!』

レアキャラの出現に彼氏達も湧いたが、カミアからそれ以上のメッセージはなく既読数からも彼がスマホを離したことは明らかだった。

『おやすみみんな』
『また明日、カラオケで』

ようやく人を救った自分を素直に誇れるようになった。俺には彼氏達が必要なのだ。
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