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本人よりも上手く
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駅前でちょっとしたトラブルはあったものの、何事もなくカラオケに到着した。予約はハルがしてくれていたようなのでスムーズに部屋に通された。
「誰から歌う~?」
「そりゃカラオケ行くって決めたハルからだろ」
「え~みっつんでもいいと思うけどぉ~」
ドリンクバーで各々好きなジュースを用意し、伝票に記された部屋に向かう。俺達に割り当てられた部屋はドリンクバーからほど近く、一階のパーティルームだ。
「八人ならこうなるか……広いな」
荷物を置き、上着を脱ぐ。すかさずハルに腕を組まれ、慌てたカンナにもう片方の腕が捕まり、引っ張られるままに席に座った。
(ほっほぅ両手に花、っとと、いけませんな。こういう場に不慣れなアキきゅんの隣で心細さを軽減して差し上げねばなりませんのに)
しかし、ハルとカンナどちらにどいてもらうかは難しい。考え込む俺の目に歌見の服の袖をめくるアキの姿が飛び込んできた。
(何してますのんアキきゅん!)
歌見は半袖の深い青色のシャツをボタンを留めずに着ている。その袖には余裕があり、めくりやすい。
《相変わらず日焼けすげ~》
「……えっと、アキくん? 何をしているのかな……力こぶでも作って欲しいのか?」
「一番はやっぱあの曲かな~」
一番手となったハルは予想通りカミアの曲を入れ、カンナは俺の手をぎゅっと握って不安そうにしている。
「日焼け見とるんとちゃいます? 俺ら歌見の兄さんみたいにくっきり日焼けしとるもん居りませんし、アキくん自身日ぃに当たったアカンような子やからね」
「あー……割とありそうだな、それ」
カンナに寄り添って安心感を与えつつ、ハラハラと心配しながらアキを見守る。アキは歌見の二の腕をしばらくじっと眺めた後、今度は歌見の髪をじぃっと観察し始めた。
「第235条~♪ 僕の心を盗んだあなたにパニーッシュ♪」
ハルの歌も気になる。シュカがレイに操作方法を教わっているのも気になる。
「歌見の兄さんも染めてんで、俺と一緒や」
「ぼく似るする、少しです」
「せやなぁ、歌見の兄さんは灰色っぽいもんなぁ」
「大学デビューを狙って大滑りした髪だよ……こんなもんでも気に入ってもらえたならよかった」
アキは俺が思っているよりもずっと社交的なようだ。心配することはなかったなとため息をついた頃、歌い終わったハルが腰を下ろした。自慢げな笑顔を浮かべて俺を見つめている。
「……お、89点か、なかなかだな」
「でしょ~? ねぇ次しぐ歌ってよー、カミアの曲! しぐ絶対上手いし似てると思うんだよね~」
「ハル……無理強いは」
「ぃ、よ……カミアの、ね」
ボソボソと呟いて了承したカンナはハルからマイクを受け取り、立ち上がった。普段静かで大人しいカンナがマイクを握るとなると注目度は段違いだ。
「あの子、歌声どんななのかな……」
「話してるのもあんま聞かないっすもんね」
緊張で声が出なくなるのではと心配していたが、カンナは曲が始まるとハッキリと声を出した。マイクがあるとはいえ普段のカンナからは考えられない声量だ。
「可愛いあの子みたいに「寂しいと死んじゃう」なんて甘えられないけれど♪ あの子よりもあなたを好きな自信はあるから♪」
「嘘……ここまで? もうほぼカミアじゃん」
「どうか♪ どうか♪ わたしの方へ♪」
時折ピクッと手や足を震えさせるのは、思わず踊ってしまいそうになるからだろうか? ピクッとなった直後に音程がブレるから動揺が分かりやすい。
「…………ふぅ」
歌い終えたカンナがマイクを胸の高さに下げる。俺が拍手をするとハル以外の全員が俺にならって手を叩いた。
「すごいぞカンナ、めちゃくちゃ上手かった! な、ハル。ハル? どうした?」
「……あっ、ご、ごめん、ボーッとしちゃってて。しぐしぐ……すごかった、カミアの生歌聞いてるみたい、ってかなんならカミアより上手くなかった?」
「そ、な……ことっ……な、ぃ……」
「あ~録っとけばよかった。ねぇねぇしぐ、次歌う時動画撮らせてよ。絶対バズるって!」
ぶんぶんと取れそうなくらいに首を横に振っているカンナの歌の点数が発表された。96点……そうそう見ない点数だ、つい踊ってしまいそうになるのを気にさせなければもっと高得点を狙えるかもしれない。
「ハル、カンナは目立つの嫌いだから……な?」
「じゃあ顔映さない!」
「そういう問題じゃない。ほら、座れ」
「え~もったいないなぁ~」
「……っ! と、ぃれっ……」
突然立ち上がったカンナが部屋を出ていった。直前でトイレと行っていたが、どうにも妙な予感がするので後を追うことにした。
「ごめん、俺もトイレ」
とりあえずトイレに向かってみると、カンナは個室に入らず鏡の前で目を擦っていた。
「……カンナ、どうしたんだ?」
「ぁ……み、くん……なん、でも……ぃ……だい、じょーぶ」
「…………カンナ」
声を低くしてゆっくりと名前を呼ぶと、カンナは嗚咽を漏らしながらとても小さな声で教えてくれた。
とても頑張っているカミアにほとんど努力せず勝ってしまうことに罪悪感があること、火傷を負った際に散々「もったいない」「もう片方が襲われればよかったのに」という大人達の声を聞いて辛かったこと、何の含みもないハルの「もったいない」の言葉で昔を思い出して辛くなってしまったこと、彼は褒めてくれているだけなのに傷付いてしまって申し訳ないこと──息苦しそうに教えてくれた。
「そっか……よしよし。うん、カンナは悪くないよ。誰にだって得意不得意はある、カミアに何か言われた訳でもないだろ? お兄ちゃんすごいって言ってくれてたろ? それにカンナがすぐにものに出来たならカミアに教えられたんじゃないのか?」
「ぅ、ん……いつ、も、おしえて……た」
「いいことだよ、罪悪感なんて覚えなくていい。きっと可愛い弟に教えてあげられるように、カンナの方が上手く出来るんだよ。カンナの方が火傷したのだって、カミアを庇ってあげたからだろ? いいお兄ちゃんだよな、俺には咄嗟にそんなこと出来る自信がないよ」
事実、アキと二人で居た時に不良に絡まれた際はアキが撃退してくれた。飛び降りた人を助けた時だって俺は邪魔をしただけ。俺は情けない兄だ。
「ハルもちょっとしつこ過ぎるよな。でも悪気はないって分かってるんだろ? カンナは感受性豊かだなぁ。嫌いな言葉だったんだな、ハルもカンナも悪くない、昔に嫌なこと言ったヤツらが悪いんだ。傷付いちゃうことに罪悪感なんていらないよ、カンナは優しいんだな」
「みぃ、くん……」
「……辛くなったら一人で逃げずにちゃんと俺に言ってくれ。こうやってカンナの嫌な考え全部、カンナのいいとこに言い換えてやるからな」
「ぅ、ん……みぃくん、みぃくんっ……だい、すき」
やはりカラオケはカンナには辛かったのではないだろうか。せめてカミアの曲を歌わせなければ……いや、今更後悔しても遅い。この反省を次に活かすのだ、今度みんなで遊びに行く時はボウリングだとかのカラオケ以外の遊び場を俺が提案しよう。
「誰から歌う~?」
「そりゃカラオケ行くって決めたハルからだろ」
「え~みっつんでもいいと思うけどぉ~」
ドリンクバーで各々好きなジュースを用意し、伝票に記された部屋に向かう。俺達に割り当てられた部屋はドリンクバーからほど近く、一階のパーティルームだ。
「八人ならこうなるか……広いな」
荷物を置き、上着を脱ぐ。すかさずハルに腕を組まれ、慌てたカンナにもう片方の腕が捕まり、引っ張られるままに席に座った。
(ほっほぅ両手に花、っとと、いけませんな。こういう場に不慣れなアキきゅんの隣で心細さを軽減して差し上げねばなりませんのに)
しかし、ハルとカンナどちらにどいてもらうかは難しい。考え込む俺の目に歌見の服の袖をめくるアキの姿が飛び込んできた。
(何してますのんアキきゅん!)
歌見は半袖の深い青色のシャツをボタンを留めずに着ている。その袖には余裕があり、めくりやすい。
《相変わらず日焼けすげ~》
「……えっと、アキくん? 何をしているのかな……力こぶでも作って欲しいのか?」
「一番はやっぱあの曲かな~」
一番手となったハルは予想通りカミアの曲を入れ、カンナは俺の手をぎゅっと握って不安そうにしている。
「日焼け見とるんとちゃいます? 俺ら歌見の兄さんみたいにくっきり日焼けしとるもん居りませんし、アキくん自身日ぃに当たったアカンような子やからね」
「あー……割とありそうだな、それ」
カンナに寄り添って安心感を与えつつ、ハラハラと心配しながらアキを見守る。アキは歌見の二の腕をしばらくじっと眺めた後、今度は歌見の髪をじぃっと観察し始めた。
「第235条~♪ 僕の心を盗んだあなたにパニーッシュ♪」
ハルの歌も気になる。シュカがレイに操作方法を教わっているのも気になる。
「歌見の兄さんも染めてんで、俺と一緒や」
「ぼく似るする、少しです」
「せやなぁ、歌見の兄さんは灰色っぽいもんなぁ」
「大学デビューを狙って大滑りした髪だよ……こんなもんでも気に入ってもらえたならよかった」
アキは俺が思っているよりもずっと社交的なようだ。心配することはなかったなとため息をついた頃、歌い終わったハルが腰を下ろした。自慢げな笑顔を浮かべて俺を見つめている。
「……お、89点か、なかなかだな」
「でしょ~? ねぇ次しぐ歌ってよー、カミアの曲! しぐ絶対上手いし似てると思うんだよね~」
「ハル……無理強いは」
「ぃ、よ……カミアの、ね」
ボソボソと呟いて了承したカンナはハルからマイクを受け取り、立ち上がった。普段静かで大人しいカンナがマイクを握るとなると注目度は段違いだ。
「あの子、歌声どんななのかな……」
「話してるのもあんま聞かないっすもんね」
緊張で声が出なくなるのではと心配していたが、カンナは曲が始まるとハッキリと声を出した。マイクがあるとはいえ普段のカンナからは考えられない声量だ。
「可愛いあの子みたいに「寂しいと死んじゃう」なんて甘えられないけれど♪ あの子よりもあなたを好きな自信はあるから♪」
「嘘……ここまで? もうほぼカミアじゃん」
「どうか♪ どうか♪ わたしの方へ♪」
時折ピクッと手や足を震えさせるのは、思わず踊ってしまいそうになるからだろうか? ピクッとなった直後に音程がブレるから動揺が分かりやすい。
「…………ふぅ」
歌い終えたカンナがマイクを胸の高さに下げる。俺が拍手をするとハル以外の全員が俺にならって手を叩いた。
「すごいぞカンナ、めちゃくちゃ上手かった! な、ハル。ハル? どうした?」
「……あっ、ご、ごめん、ボーッとしちゃってて。しぐしぐ……すごかった、カミアの生歌聞いてるみたい、ってかなんならカミアより上手くなかった?」
「そ、な……ことっ……な、ぃ……」
「あ~録っとけばよかった。ねぇねぇしぐ、次歌う時動画撮らせてよ。絶対バズるって!」
ぶんぶんと取れそうなくらいに首を横に振っているカンナの歌の点数が発表された。96点……そうそう見ない点数だ、つい踊ってしまいそうになるのを気にさせなければもっと高得点を狙えるかもしれない。
「ハル、カンナは目立つの嫌いだから……な?」
「じゃあ顔映さない!」
「そういう問題じゃない。ほら、座れ」
「え~もったいないなぁ~」
「……っ! と、ぃれっ……」
突然立ち上がったカンナが部屋を出ていった。直前でトイレと行っていたが、どうにも妙な予感がするので後を追うことにした。
「ごめん、俺もトイレ」
とりあえずトイレに向かってみると、カンナは個室に入らず鏡の前で目を擦っていた。
「……カンナ、どうしたんだ?」
「ぁ……み、くん……なん、でも……ぃ……だい、じょーぶ」
「…………カンナ」
声を低くしてゆっくりと名前を呼ぶと、カンナは嗚咽を漏らしながらとても小さな声で教えてくれた。
とても頑張っているカミアにほとんど努力せず勝ってしまうことに罪悪感があること、火傷を負った際に散々「もったいない」「もう片方が襲われればよかったのに」という大人達の声を聞いて辛かったこと、何の含みもないハルの「もったいない」の言葉で昔を思い出して辛くなってしまったこと、彼は褒めてくれているだけなのに傷付いてしまって申し訳ないこと──息苦しそうに教えてくれた。
「そっか……よしよし。うん、カンナは悪くないよ。誰にだって得意不得意はある、カミアに何か言われた訳でもないだろ? お兄ちゃんすごいって言ってくれてたろ? それにカンナがすぐにものに出来たならカミアに教えられたんじゃないのか?」
「ぅ、ん……いつ、も、おしえて……た」
「いいことだよ、罪悪感なんて覚えなくていい。きっと可愛い弟に教えてあげられるように、カンナの方が上手く出来るんだよ。カンナの方が火傷したのだって、カミアを庇ってあげたからだろ? いいお兄ちゃんだよな、俺には咄嗟にそんなこと出来る自信がないよ」
事実、アキと二人で居た時に不良に絡まれた際はアキが撃退してくれた。飛び降りた人を助けた時だって俺は邪魔をしただけ。俺は情けない兄だ。
「ハルもちょっとしつこ過ぎるよな。でも悪気はないって分かってるんだろ? カンナは感受性豊かだなぁ。嫌いな言葉だったんだな、ハルもカンナも悪くない、昔に嫌なこと言ったヤツらが悪いんだ。傷付いちゃうことに罪悪感なんていらないよ、カンナは優しいんだな」
「みぃ、くん……」
「……辛くなったら一人で逃げずにちゃんと俺に言ってくれ。こうやってカンナの嫌な考え全部、カンナのいいとこに言い換えてやるからな」
「ぅ、ん……みぃくん、みぃくんっ……だい、すき」
やはりカラオケはカンナには辛かったのではないだろうか。せめてカミアの曲を歌わせなければ……いや、今更後悔しても遅い。この反省を次に活かすのだ、今度みんなで遊びに行く時はボウリングだとかのカラオケ以外の遊び場を俺が提案しよう。
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